第204話 四郎は、甲府の騒動を知って
永禄4年(1561年)閏3月中旬 信濃国上原城 武田四郎
俺が父に送った縁組の話に対する答えを持って、甲府から勘助がやって来た。
「それで、父は何と?」
「四郎様の存念通りに……と」
「それはつまり、俺が四男だからどうでもよいと?」
「おお、流石は四郎様!お父君の御心を見抜かれるとは。この勘助、感じ入りましたぞ!」
勘助は大仰にそういうけれども、その目は笑っていなかった。そして、どこか試すように俺に訊ねた。それでどうするつもりなのかと。
だから、予め考えて用意していた答えを告げることにした。つまり、この縁組を承諾するつもりだと。
「その理由は?」
「俺が大きくなる好機だからだ」
「ほう……」
織田は今川に屈したとはいえども、尾張守殿は凄い人だった。ここ数日、魚釣りに出掛けたり、時には茶を頂くこともあり、その都度色々な話を聞かせてもらったが、見えている世界が違うというか……器の大きさを幾度となく感じさせられたのだ。
だから、そんな尾張守殿と義兄弟になれば、俺自身の成長にもつながるはずだ。武田家……いや、天下に何か爪痕を残せるほどの男になれるような気がする。大きくなるとはそういう事だ。
そして、その想いを勘助に伝えると、「わかりました」と答えが返ってきた。
「それでは、この話を進めてもよいと?」
「ええ、そもそもの話、お屋形様より四郎様の存念通りにとお言葉を頂いているのですから、 何も問題はございません。そこで……」
まだ何かあるのかと思っていると、勘助は父からだと言って一通の書状を差し出してきた。中身を開けて確認すると、縁談を承知するのであれば、これより数年間、尾張に行ってはどうかと記されていた。
「中身は……その様子だと知っているようだな?」
「はい。むしろ、某からお屋形様に進言し、許しを得ましたからな」
「その理由を聞かせてもらえるか?」
「四郎様をお家騒動のゴタゴタから守るためにございます」
「お家騒動だと……?」
武田家の家督は、長兄であり、嫡男の太郎兄上が継ぐことが決まっている。誰もその事に異議を唱える余地もない。俺だって同じだ。
それなのに、どうして家督を巡る騒動が起こるのかと思っていると、勘助は言った。ここ数年来、躑躅ヶ崎館内では父と兄上の仲が拗れ始めていると。
「どうしてだ。何かあったのか?」
「太郎様は御年24才。隣国では、形だけとはいえ同じ年頃の上総介(氏真)様が家督を継承されました。きっと焦りが生じておられるのでしょう……」
そして、そんな太郎兄上が痺れを切らして、ついに父に隠居を勧めたそうだ。なぜ……と俺も言葉を失ったが、当然父上は大激怒。飯富兵部ら重臣たちに止められたから事は収まったが、一時は廃嫡するとまで口にされたそうな。
「だが、そうなると……どこかでまた再燃するな」
「左様にございます。それゆえに、お屋形様は四郎様の身を案じになられているのです」
俺は四男ではあるが、次兄の竜宝兄上は目が不自由で僧籍に入られているし、三兄はすでに亡くなっている。つまり、太郎兄上が廃嫡されるようになれば、武田家の家督は俺に回ってくる可能性が発生するのだ。
だが、その一方で……兄上の対抗馬と見なされることで、俺の安全は危うい物にもなる。特に傅役の飯富兵部などは、後顧の憂いを断つためにと、処罰を恐れずに俺を殺しに来るかもしれない。
「……わかった。父上の言われる通り、尾張に行くことにしよう」
「それがよろしゅうございます」
また、尾張に行くにあたり、内定していた諏訪家継承の話も白紙になると勘助は言った。
「なぜだ?この諏訪の者らは俺が継ぐのを楽しみにしているが……」
「それはわかりますが、万が一の事を思えば、些末な事です」
「それは……もしや、父は俺が武田家を継ぐ、日が来ると思っているのか?」
「さあ?お屋形様のお気持ちは、某のような者には推し量れませぬ」
はぁ……それにしても、面倒な話になったものだ。もちろん、継げと言われたら継ぐけど……そうなると武田家は一体どうなるのか。はっきり言って、不安だな……。




