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第36話リトル・トーキョー

 アメリカにある日本人街。海を渡った日本人たちが築いた、歴史の息づかいの残る街。

 19世紀後半、日本では土地や税制の改革のために地方の貧困が悪化し、若い人々が仕事を求めて海外へ出はじめました。1885年ごろからアメリカへ移住した日本人_日系人たちが形成したアメリカの日本人街について、紹介します。

 ロサンゼルスのダウンタウン内にあるリトル・トーキョーは、1885年に茂田濱之助しげたはまのすけが日本食レストランを開き、その周辺に日本人が次々と店を連ねたことから始まったといわれています。第二次世界大戦前には3万人の日系人が生活するアメリカ最大の日本人街でしたが、1941年にアメリカと日本が戦争状態になると、日系人たちは強制収容所へ収容されました。終戦後に解放された人々は、廃墟となっていたリトル・トーキョーに戻り、資産も何もないところから街を再建しました。

 戦後の日本の資本参入により街が観光地化し、現在のリトル・トーキョーは居住地というより、日本の食や文化を楽しむために訪れる町となっています。

リトル・トーキョーから西へ行くと、ソーテル・ジャパンタウンがあります。ソーテルは通りの名前で、リトル・トーキョーの西にあることから「リトル・オーサカ」とも呼ばれます。20世紀初頭に始まった日本人街で、2015年に正式に「ジャパンタウン」と命名されました。

 ソーテルはニュー・トーキョーと比べると、観光地というよりも現地に居住する日本人留学生や駐在員の生活の場。100円ショップや回転寿司など、日本文化を提供しつつ、アメリカやアジアの文化も楽しめる、おしゃれな若者の街となっています。

 111年の生涯を駆け抜けた坂本竜馬ことRay Sakamotoにとって、ロサンゼルスのダウンタウンは忘れられない場所の一つぜよ。1885年、日本では明治の世が固まりつつあった頃、おいはこの乾いた大地に立っておった。

 当時、土佐や九州の貧しい村々から、希望だけをカバンに詰めて海を渡ってきた若者たちが大勢いた。彼らが直面したのは、言葉の壁と、凄まじい肉体労働の現実。そんな中、茂田濱之助という男が小さな日本食レストランを開いた。

「Ray、ここを俺たちの安らぎの場にしたいんだ」

 濱之助のその一言に、竜馬は二つ返事で力を貸した。

「面白い。異国のど真ん中に、小さな『日本』を創ろうじゃないか!」

これが、後に全米最大の日本人街となるリトル・トーキョーの産声じゃった。

 竜馬はよく、リトル・トーキョーから少し西へ馬(あるいは初期のフォード)を走らせた。そこにはソーテル(Sautelle)と呼ばれる通りがあり、のちの「リトル・オーサカ」が芽吹き始めていた。

 リトル・トーキョーが格式ある「表の顔」なら、ソーテルはより生活の匂いがする場所。竜馬はそこで、若き日本人留学生や、泥にまみれて働く農夫たちと酒を汲み交わした。

「ここへ来ると、大阪の八軒家はっけんやを思い出すのう」

 竜馬にとって、これらの街は単なる居住区ではなかった。それは、日本という「過去」と、アメリカという「未来」を繋ぎ合わせる、壮大なグランドナラティブの中継地点じゃった。

 しかし、1941年の真珠湾攻撃。竜馬が最も恐れていた事態が起きた。

 昨日まで笑い合っていた3万人の同胞たちが、一夜にして「敵性外国人」と呼ばれ、内陸の荒野にある強制収容所へと送られていった。

 竜馬はFDRルーズベルトに対し、激しい怒りとともに抗議した。

「大統領、あんたが創るニューディールに、彼らの居場所はないのか! 彼らはアメリカという夢を信じた国民ぜよ!」

 主を失ったリトル・トーキョーは、一瞬にして廃墟のような静寂に包まれた。竜馬は、誰もいない街の通りを一人歩き、かつて濱之助と語り合ったレストランの看板を見つめて、レイバンの奥で涙を拭った。

 終戦後、収容所から戻ってきた人々を待っていたのは、略奪され、荒れ果てたリトル・トーキョーだった。資産も、地位も、何もかも失った。だが、彼らの目には「サムライの魂」が宿っていた。

 110歳を目前にした老竜馬は、震える手で彼らに資金を分け与え、瓦礫を片付ける先頭に立った。

「心配しな。日本人は、何度でも立ち上がる。今度はもっと強く、もっと美しい街にしようじゃないか」

 その後の日本の高度経済成長とともに、リトル・トーキョーは観光地として華やかに復活し、ソーテルはおしゃれな若者の街「ジャパンタウン」へと進化した。

 今のリトル・トーキョーで、観光客が回転寿司を楽しみ、100円ショップを覗く賑わいの中に、140年前の竜馬の笑い声が風に乗って聞こえる気がする。

「日本文化だけを守るんじゃない。アメリカの自由と、日本の忍耐。二つの文化が混ざり合ってこそ、本当に面白い『新しい世界』ができるがじゃ」

 リトル・トーキョー。そこは坂本竜馬が、自らの二つのアイデンティティを重ね合わせた、美しくも切ない「夢の跡」なのである。

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