二十一 拐われたティー(2)
ここは何処? 薄目を開けて辺りを確認した。カビ臭く、崩れた壁と剥がれた壁紙、シャンデリアは天井から崩れ落ちていた。
家具などはない殺風景な部屋。私はその部屋のひんやりした床の上に寝かされていた。
(足音だわ……誰かが、ここに来る)
「…………お嬢様、こちらです」
誰かを呼ぶ男の声が聞こえた。その後、コツコツとこちらに近付くヒールの足音……怖い。何が起きているの? …………そうだ、リコの店から数人の男たちに、気絶させられた。
店を襲った黒ずくめの男達は、私がお嬢様の想い人をとったと言っていた。もしかして、レオとのデートの帰りに王都で会った、アイリスと言う公爵令嬢のお嬢様?
部屋に鳴り響いていたヒールの足音は、コツっと、私の近くで消えて……誰かに見下ろされた。
「この子、そろそろ目覚める頃かしら?」
「はい、アイリスお嬢様」
いま"アイリスお嬢様"とハッキリ聞こえた、なんのために、私をこんなところに連れてきたの?
「それにしても流行遅れのダサい服……前も思ったけど、みそぼらしい子ね。こんな子がレオと一緒になりたいだなんて、公爵の私に失礼だわ」
「そうです、お嬢様!」
「お嬢様の方がお似合いです」
「当たり前じゃない。レオにはあの素敵な姿のまま、私の旦那になるの。獣の姿なんてあり得ないわ!」
その一言に腹が立った、もふもふの姿も含めて全てがレオなのに。
「やっぱり、レオはあの半獣の姿が素敵よ」
我慢できず私は声を上げてしまった。
「それは違うわ。レオさんを好きなのなら彼の全部を好きになって。全てがレオさんなの、もふもふのレオさんは可愛いし、素敵だわ!」
はあ、はあ、出せるだけの声で言い終わったあと、私の真上で"ギリリッ"と歯軋りの音が聞こえた。
「あなた、寝たふりがお上手ね。平民のくせに貴族に歯向かうなんて生意気、ちょっと、この子を起こしなさい!」
「かしこまりました」
強引に男に立たせられて綺麗な顔を歪ませた、アイリスの平手打ちが私の頬に飛ぶ。
バチィッ!
「きゃっ!」
「なに、訳のわからないことを言っているの? 早く、レオを諦めなさい! あの人は私のなんだから。私たちは両思いなの。後から出てきて私たちの間に割り込まないで!」
バチィッ! 今度は反対側の頬を叩かれた。この人にどんなに平手打ちをされても、痛くても、私は歯を食いしばり彼女を睨んだ。
「何よ、その目は! 何がもふもふ? 何が可愛い? あんな獣、恐怖でしかないわ!」
好きな人にその言い方は酷い。
「そんなことない! レオさんは怖くなんてない! レオさんは優しい。レオは傷付いた私を助けてくれた人だもの!」
「まだ、私にそんな口をきて、いいと思っているの!」
バチィ、バチィとまた叩かれて、ヒールでお腹を蹴られた。痛い、痛いけど、レオを想う気持ちはこの人なんかには負けない!
――絶対に負けないんだから!
「なん度だって言うわ。私はレオさんが大好き。全てが好き、好き、大好きレオさん!」
「違う、違う、違うわ! 彼が愛しているのは、この私なの!」
思いっきり彼女の拳で殴られた。
「ギャァ!」
「アイリスお嬢様、おやめください。それ以上は……あなたの綺麗な手に傷が付きます」
私を殴り、真っ赤になったアイリスの手をみて、周りの男達は止めた。しかし、怒りがおさまらない、アイリスは周りの男を押しのけた。
「煩い、私に指図しないで! な、何よ、その左手の指輪? それは私がレオから貰うはずだった指輪よ!!」
レオのと婚約指輪、お揃いの指輪にアイリスは触れようとした。
「この指輪に触らないで!」
必死に体を丸くして指輪を隠した、その姿を見たお嬢様は更に激情して、ヒールで背中を踏んだ。
「グフッ……こ、この指輪は私のだもの。あなたの物じゃない!」
「指輪をよこしなさい! 彼に愛されている私が貰ってあげるわ!」
お嬢様が足を振り上げて私を踏みつけようとした。怖い、レオさん! 彼の名前を心の中で叫び体に力を入れて目を瞑った。
アイリスがあたえる激痛ではなく、ふわりと体が温かな何かに包まれた。
「ああ、レオ、私に会いに来てくれるのを待っていたわ」
(レオ? いま、私を守ってくれたのはレオなの?)
また、アイリスの嬉しそうな声が聞こえる。
レオは私を胸に抱えて、アイリスを睨みながら眉をひそめた。
「はぁ? なんで俺がお前なんかに会いにくるんだ?」
キツイ物言いと牙を見せて、アイリスを威嚇する、レオの唸り声が部屋の中に響いた。
「許さんぞ! グルルルルッ、グルルルルッ、キサマは俺の番に何をした!」
「え、レオ、どうして?」
「お前はバカなのか?」
「酷いことを言わないで、私に会いに来たんでしょ?」
こんなことをしでかしておきながらも、自分に会いに来たと思っていたアイリス、しかし、怒りに震えるレオを見て恐怖に顔を歪ませた。
「アイリス、お、お嬢様、お逃げくだ……グハァッ」
「うわぁ!」
男たちの悲痛な声が聞こえた。レオと一緒に来た狼ルフの剣捌きと、雑貨屋モコの魔法で取り押さえられたようだ。アイリスはレオの威嚇に恐れ、腰を抜かし、床の上でガタガタ震えている。
「お前を殺してやる」
グルルルルッと低く威嚇するレオの声。それが私には懐かしくて、涙と、金色毛玉、たてがみと温かな体温を思い出していた。
「いやぁああぁ!! 獣、私に近寄らないで!」
「獣でなにが悪い? ケッ、嫌いな、お前なんかに近寄るかよ」
「……ティー、平気か? 平気じゃないよな」
アイリスに殴られて腫れてしまった私の頬を、彼は優しく撫でて、すりすり、すりすりした。
「助けに来てくれて、ありがとう」
「あたりまえだ……こうなったのは俺のせいだ、ごめんティー」
「そんな悲しい顔をしないで、私は平気……だよ。レオさん……大好き」
大好きな彼の腕の中で、安心して私は気を失った。
「ティー? ティー!!!」
「レオ、落ち着け、ティーちゃんは大丈夫だ。お前の腕の中だから、安心して眠っただけだ」
「そうみたいだね。よし、ティーちゃんの怪我をいまのうちに治そうね」
「あ、ありがとう、ルフ、モコ」
「感謝はこんな所から帰ってからしてくれ。ここ、カビ臭くて鼻が痛くなる」
「そうだな、帰ろう」
帰る前に、床に座る彼女の方に振り向き。
「アイリス、俺たちにニ度と手を出すな。今度出してみろ! 僕がお前の喉を噛み砕いてやる!」
「ヒィギャァ! ああ、ごめんなさい、もうニ度といたしません」
恐怖で震え上がり涙でボロボロに化粧が落ちた、アイリスを置き去りにしてリコのお店に戻った。
+
〈レオ視点〉
取り敢えず国の騎士に報告だけして、僕たちはリコの店まで戻り、ティーはソファーに寝かせてもらっている。
「なぁ、アイリスの奴がティーを連れて行った所、昔の俺たちの遊び場だったな」
「そうだったね。王都の北奥お化けが出ると噂の屋敷。その屋敷が立つ場所がアイリスの父、公爵様の土地だったんだよね」
「ルフ、モコ、アイツの話はやめろ!」
ティーが眠るリビングで、俺たちも休ませてもらっていた。あれだけ俺の威嚇に恐れたアイリスは、二度と俺たちに手は出さないだろう。




