十六 公爵令嬢アイリス様
「さてと、お腹すいたね。お昼にしようか?」
「はい」
レオの案内で美味しいと評判の、獣人街のサンドイッチ屋さんに連れて行ってもらった。
「レオ、いらっしゃい」
このお店はレオのお友達の熊のティガさんが経営するサンドイッチ屋さん。店内のディスプレイには綺麗な断面のサンドイッチが並ぶ。タマゴサンド、野菜たっぷりサンド、ハムとチーズのサンド。
分厚いお肉のサンドイッチ、フルーツサンド。ホットドッグもあって、どれもボリュームたっぷりで美味しそう。これは迷ってしまう。
「ティーさん好きなのを選んで、店の前のテラス席で食べよう」
「たくさんあって迷っちゃう」
「食べきれなかったら持って帰って、今日の夕飯にしよう」
「それはいいですね」
そのレオの提案に乗り。私はタマゴサンドとお肉のサンドにフルーツサンドと紅茶を欲張って選んでしまったと。並んだサンドイッチのトレーを見ながら反省した。
「ティーさん、頼み過ぎたって思った? 俺もたくさん選んだから一緒だよ」
レオのトレーの上には野菜サンドと、鶏肉のサンド、コロッケサンドにホットドッグ、それにコーヒー。
「ほんとだ。レオさんもたくさんサンドイッチを選んでる」
「ティーさんと同じだろ。ここのサンドイッチは美味しくて、ここに来るとついついたくさん買っちゃうんだ。さあ、座って食べよう」
店の前のテラス席で向かい合って座り、昼食を楽しんだ。
「ふうっ。もう、お腹いっぱい」
「俺もだ」
その後は本屋に寄ったり、画廊を覗いたり、八百屋で果物を買ったり、気が付けば夕方になっていた。
「ティーさん、ソフトクリームを食べながら帰ろう」
「はい」
レオの友達、ウサギのニカさんのソフトクリーム屋に寄った。少し明るめなウサギの店員さん。
「いらっしゃーい、なんにする?」
「私は苺のソフトクリーム」
「俺はバニラにするかな。ニカよろしく」
「はいはーい、レオの可愛い彼女さんにはおまけね」
彼女さんと言われて苺の果肉を付けてもらった。
「美味しそう、ありがとうございます」
「どういたしまして! レオ、可愛い彼女さんじゃーん」
「お前は相変わらず、お調子者だな」
「ハハハッ、そう言うなって」
明るく、楽しいレオのお友達。この獣人街はレオの知り合いの人がたくさんいて、みんな優しくてまた獣人街に来たいな。
「どうしたの? なんだか楽しそうだね」
「レオさんのお友達はみんな良い人ばかりで、また獣人街に来たいなって思っていたの」
「そっか、また来ようね」
と、レオは約束をしてくれた。
+
それは私達が家に帰ろうと王都の門に差し掛かったとき。突然後ろからレオ呼ぶ女性の声が聞こえて、私達の近くに真っ赤な馬車が止まった。
「見つけたわ、レオ。待ちなさい!」
「……アイリス様か、はぁ、ティーさん、ごめんね」
レオのお知り合いの女性?
アイリス様?
馬車から従者に手を借りて、ドレス姿の綺麗な女性が降りてきて、レオに抱きつこうとした。しかし、レオは両手で押さえ、その女性を迎える事をせず、一歩下がり私の手を掴み頭を下げた。
「なによ、久しぶりなのに連れないわね。まさかわたくしに会えて照れてるの?」
「いいえ……」
「まあいいわ。ところで婚約者のわたくしを差し置いて、レオはここで何していたの?」
女性は自分を婚約者と言い、レオの隣にいる私をギロリと鋭い瞳で睨んだ。
「前にも申しましたが、俺はアイリス様の婚約者ではありません。ちゃんとお断りして、婚約書の書類を旦那様にお返しいたしました」
「なぜ、婚約書の欄にあなたの名前を書かないの? わたくしと婚約すれば誰もが狙う、公爵家の跡取りになれるのよ」
「俺には興味ありません。なによりもアイリス様は俺の獣人の姿が醜いと、嫌いだとおっしゃったではありませんか?」
レオの獣人の姿が醜い?
「そうね、そんなことも言ったわね。でも、今のあなたは醜くないわ、ズッとその姿のままでいればいいじゃない。その姿のレオをわたくしは好きなの」
この人、ひどい。
「アイリス様、まえにも言いましたよね。この姿はここでの生活のためにしているだけで、獣人の姿が本当の俺です。俺達の家に帰ろうティーさん」
私の手を引き王都の門に行こうとした。
「レオ、待ちなさいよ、そんな子よりわたくしの方が何十倍も素敵よ。婚約書に名前を書きわたくしの婚約者になれば、わたくしの他に何でも貴方の手に入るわ。その子がいいのなら妾にしたっていい」
「馬鹿なことを言うな! ティーさんを妾だと? 俺は何もいらない、僕にはティーが側にいるだけで幸せだなんだ」
「レオさん」
私を見て微笑んでくれた、それの姿にお嬢様はギリッと歯軋りを立てた。
「そんなの嘘よ! レオはわたくしのこと好きだったくせに。そんな子よりも綺麗なわたくしが選ばれないはずがないわ! 今も貴方はわたくしのことが好きなはずよ」
「今の俺は好きではありません。いつの頃の話をしているのですか? アイリス様はご自身と釣り合ったお方と婚約なり結婚をした方がいいです。俺では無理です」
"失礼します"と礼をしてお後の門をくぐり、後ろでいくら名前を呼ばれても、振り向かずレオは私の手を引いた。
幾分か歩き畑道に入ってから、歩く速度を落としてフウッと息を吐いた。レオを下から見上げても、真っ直ぐ前を向いて歩く彼の表情は見えない。
『わたくしのことが好きだったくせに!』
レオはあの綺麗な人を好きだったんだ。
少しの沈黙が過ぎて、レオがポツリと声を漏らした。
「ねえ、ティーさんはどっちの俺がいい?」
「え、?」
小さな声だけど、確実に私の耳に届いた。
どっち、レオがいい? と。
私はその言葉にムッとした。
「レオさん、どっちってなんですか? どっちもレオさんなのに選ぶ事なんてできないわ! 私はどっちのレオさんも………あ、」
好き。
心にはっきりと"好き"と言葉が浮かんだ。
優しくて、一度、消えてしまおうとした私を助けてくれた。いつも大きな体で私を包んでくれる。
私、わたしはレオが好きなんだ。
「どっちの俺もなに? 教えて」
「え、聞こえなかったの?」
「うん、もう一回言って」
嘘だ、私が言ったことレオはわかってるくせに。
さっきから声が弾んでる、夕闇で顔が見えないけど、嬉しそうに笑ってる気がする。
「もう、どっちもレオさんだよ」
「……あ、ごめん、意地悪だったね。 ティーにもう一度言ってもらいたかったんだ」
謝りながらも期待するレオの声。
言うのは恥ずかしいけど。
もう、思いっきり言うんだから。
「わ、私はもふもふライオンのレオさんも、今のレオさんも、レオさんの全部が、だい……きゃっ」
大好き、と言うまえに我慢できなかったレオに抱きしめられた。
「嬉しい! 俺もだ。ティー、君が好きだ」
早く、帰ろうと、レオにお姫様抱っこをされたのだった。




