俺は、無力だった
「はぁ!」
どこからともなく出現した椅子に座ろうとしたメルクの顔目掛けて拳を放つ。
入る。そう確信した。
「行儀が悪いですよ」
確信した直後、俺の視界が回転し、上下が反転する。
「ッは!」
背中から地面に落ち、体内の空気を吐き出す。
「何しやがった」
倒れた姿勢から跳ね起き、問いかける。
「まあ椅子に掛けてください。そしたら答えましょう」
「そうか」
またどこからか現れた椅子の背を引き、
メルク目掛けて投げつける。
投げた椅子はメルクに当たる前に木っ端微塵になる。
「椅子は囮だ!」
俺が狙ったのは視界の奪取。
椅子で視界を隠し、その隙に俺が横から拳撃を叩き込む。
「落ち着きなさい」
「なっ!」
俺が殴ったメルクの姿が陽炎の様に消える。
「話を聞きなさい」
後ろから威圧と共に声が発せられる。
屈するな。ここで負ければジリ貧だ。
「嫌、だね」
後ろを向かず、そう答える。
「しつこいと、嫌われますよ」
後頭部に強烈な衝撃が到来し、何回転もして顔から地面にぶつかる。
「悪いけど、今の俺は世界中から嫌われている。今更嫌うやつが一人増えようとどうってことはない」
「はぁ、わかりました。そういえば、あなたは何故ここに来たのですか?」
「お前を、殺す為だ」
「アッハハハハハハ!」
イラッときた。やっぱりこいつは、敵。
「いいねえ、やってみろよ」
メルクの纏う雰囲気が変わった。紳士的なそれから狂気的なものへ。
「はぁ!」
二足でメルクとの距離をゼロにする。
そして、幅2cmもない距離で、メルクの腹を突き上げる。
これも、爺さんに習った技だ。
当たる。
そう確信した一撃は、またもや、奴の体をすり抜ける。
「またっ!」
逃げたと思い振り返った瞬間、下から掌底が飛んでくる。
避けられない──
手を顎の下にいれ、多少の防御をする。
が、その掌底は顎にだけ衝撃を与えてきた。
顎が砕け、歯がかける。
飛び散った血がメルクの表情をより凄惨なものへと変える。
「ガハッ」
口内に血が溜まる。
「おや?もうかかってこないの?俺を殺すとか言っといて?
ねえアデル君、君さ、本当は俺を殺すのが目的なんじゃなくてさ、世界や神に一人で抗う自分カッコイイ!って思う、自己陶酔が目的なんじゃないの?」
ニヤけた顔でメルクが挑発してくる。
「ふざけるな...」
「だってそうだろ?俺を倒す努力は何をした!もしかしたら死ぬほど努力したのかもしれねえなあ?でもよぉ、それ、今の状況見て無駄だってわかるだろ?全然役にたってねえもんなぁ!
ほら、自分カッコイイって思うのが目的だったんだろ?素直に認めろよ」
「ふざけるな!」
自己陶酔目的?違う、俺は世界を変える為にメルクを殺すのが目的だ。
「ふざけてなんかないぜ?本当のことなんだからなぁ!」
「うるさい!黙れ!」
これ以上こいつの言葉に耳を貸すわけにはいかない。
「だってよ、お前が今俺とかろうじて戦えてるのってさ、俺があげた感情の強さで強くなる力のおかげだろ?」
感情の強さで強くなる力...?
「知らないで使ってたのか。まあ、その力を封じさえすれば、お前は何にもできないで俺に殺されるんだよ。キャハハハ」
「なら、封じ込める前に殺す」
感情の強さに応じて強くなる。いいことを聞いた。
今まで感じた怒り、憎しみ、愛、悲しみ、幸せ、殺意、
ありとあらゆる感情を俺の中で再現させる。
「かなりの修羅場をくぐってきただけあるなぁ。だけどよ、無駄なんだよ!『縛鎖・感情』対象アデル!」
そして再現させた感情を爆発させる──
「うぉらぁ!」
おかしい。さっきよりも動きが遅い。
「馬鹿め!お前の力はお前の感情の封鎖で消え去ったわ!」
「な!」
感情ごと縛っただと!?いや、確かにそうだ。俺は今メルクに対して何の感情も抱いてない。
メルクの言うことを信じるなら、俺はあいつに勝てない...。
いや、信じなくてもわかる。今の俺の動きは、本当にただの雑魚だ。
「ごめんな」
俺を生かす為に死んでった爺さんや、キャンデル、チヅルに、申し訳無い。
俺は、本当はこんなにも無力だった。
「さて、終わりだね中々に滑稽だったよ。次この世界で生まれる時も、俺を楽しませてくれよ」
メルクの足音がやけに大きく聞こえる。
この足音が消えた時、俺の肉体は本当に死ぬんだろうな。
今、そっちに行くよ。みんな──




