タバコ
「すみません、安達さん。あいちゃんは、私には治せません...」
「ど、どうしてですか?これだけ科学が進んでいるのに治せない病なんてないでしょ?」
「厳密に言いますと、本当なら治せる病気です。薬を飲めば治りますよ。でもね、今の日本にそんな薬を作る余裕がないんですよ」
「余裕があるかないかとかそんな話じゃないでしょ」
「安達さんも医療の現状を知っているでしょ?健康な人には薬を与え、死にゆく人は見殺しにする。そうして人口を減らそうとする。これが医療なんですよ」
「知ってますよそんなの。だからこうしてあなたのところへ来たんですよ」
この医者は政府に逆らって裏で人命を救うために働いている数少ない医者の1人だ
しかし、そんな彼でも
「私はオペで治せるなら喜んでやりますよ。たとえそれが犯罪でも。だけどあなたの娘さんは薬がないと治せないんだ。今の日本では睡眠薬や精神安定剤くらいしか薬は作られていないんですよ。まず薬は手に入らないし、薬を作る材料すらままならないでしょうね」
エネルギーの深刻な不足により、わざわざ貿易を行うことは滅多になく、今のこの世界は全ての国が鎖国をしているかのように繋がりを絶っていた
「ああああっ」
とっくに希望が途絶えていたことくらいこの男はわかっていた
改めて現実を突きつけられ、とうとうありもしない希望を持つことすら許されない状況に頭を抱えるしかなかなった
「吸うか?」
顔を上げて見ると、医者は電子タバコをくわえながらもう1本を男に差し出した
病院で吸っていいものなのかと抵抗があったが、気持ちよさそうに吸う医者を見て、男も楽になりたくて、タバコに手を伸ばした
初めて吸う現代のタバコには葉など入っておらず、指の神経にタバコのを吸ったときの快感を与えそれを直接脳へ伝える
「資源がないだの騒いでるくせにタバコは腐るほどあるからな、この国には。どんだけ政府はおれたちを殺したいんだか」
「知ってるか?今病院から処方される薬のほとんどはただの白い粉なんだぜ?おれはそんな粉を人にホイホイ配るために医者になったんじゃないんだよ」
持っていた電子タバコにヒビが入るくらい力強く握り締められた手からどれだけこの医者が怒っているかが伝わってくる
「なあ、先生、もしも薬があればあいは助かるんだよな?」
「ああ、そうですね。薬さえあれば」
またいつもの丁寧語に戻して医者はそのもしもの話に答えた
ただそんなことは起こりえないだろうというのはわかっていたから、その言葉はどこか投げやり気味にに放たれた
「先生、私に薬のデータとあいの病気について教えてくれませんか?」
「別にいいですけど、知ってどうするんです?」
「私が薬をつくって、あいを治してみます」
「はあ?この世界でそんなの無理に決まってるでしょ」
「いや、この世界じゃなくて、別の世界でつくります」
電子タバコを見つめながら何かを思いついた男は、決意を固めた様子だった




