スキル”再生”
『ふう、流石は精鋭揃い。こちらも手ひどい傷を負ってしまった。魔力もすっからかんだ。だが、まあ及第点だろう。エレノア王女。黙ってついてきてもらえるかな?』
男がここで初めて言葉を発した。その声色は低いが、どこか抜けているような感じであった。藤田翔には、それが、とても気持ちが悪いことに感じた。
人を惨殺し、エレノアのすべてを奪おうとしている人間が、何故そんな気の抜けた声を出せるのかが、本気で理解できなかったのだ。
『ああ、お前誰だ?さっきから気になってたんだが・・・。リストにも載ってないし、王女様の親衛隊って風貌でもないなぁ』
『うーん。どうしようか。お前を殺したところでなぁ。殺す理由がないんだよなぁ。なあ、お前もそいつ、守る理由ないだろ?』
男は頭を掻きながら、面倒くさそうに翔に問いかけた。
『その嬢ちゃんそっちに渡してくれれば、お前の命は助けてやるよ。俺は無駄な殺生っていうのは嫌いでね。まあ、温情だと思って素直に受け取ればいいさ。』
『それに、こんなことっていうのは人生でいくらでも起こるものよ。だから君は、これから普通の暮らしをしていけばいい。今なら、町へ抜ける道も教えてやろう。』
相も変わらず気の抜けた、心底他人を思っていない声色で男は話し続けた。藤田翔の心の奥底では、燃え滾るような怒りと、冷鉄のような後悔が押し寄せていた。
なぜ、自分はあそこで動けなかったのだろうか。もし、あの時一緒に戦っていたら?最初に察知した時に、メアリーの手を引っ張っていれば?何故、何故、何故動けなかったのか。逃げ出してしまったのか。翔の頭の中はそのような思考で埋め尽くされていた。
無言で佇む翔の肩を叩き、降ろされたエレノアは、彼の沈黙を破るかのように言葉を紡いだ。それは、優しく、雄々しく、尊大な声色であった
。
『ここで終わりにしましょう。私があなたについていけば、この人は見逃してもらえるのでしょう?この人は巻き込まれただけよ。さあ、この話を終わりにしましょう。』
『話が分かる嬢ちゃんで助かるよ。それでこそ、王の器ってものだ。』
エレノアは翔の方を向き、気にしないで、と言わんばかりに笑顔を作って見せた。だが、翔には見えていた。震える拳を、赤くはらした眼を、彼女の悲しみを。怒りを。
ガッッーーー
エレノアを迎え入れようとした男の腕を気づけば掴んでいた。自分でも分からない。しかし、ここであきらめてしまえば、すべてを失ってしまうと彼は思ったのだ。
『お前、命を懸けるんだな!?いいか、俺はお前を殺すぞ!それでいいんだな!?お前に!命を懸ける理由がどこにあるというんだ!?』
『もう逃げたくないんだ。何も、失いたくない。』
『それに、だ。ここで逃げたら、多分一生兄にはなれないと思う。多分、一生。』
翔の右ストレートがゴングとなり、戦闘が開始される。彼にあるのは、相手の能力を推測するための材料である。それは、イシュメール達が彼に残したものでもあった。
『ごめん、少しだけ離れててくれる?巻き込んでしまうかもしれないから。』
翔がエレノアにそういい放つと、彼女は言われた通りに後ろの暗がりへと離れた。
『はあああああ。呆れて言葉もでないよ。君、名前は?』
『藤田翔だ。貴方の名前は?』
『エルフリック・ゲイルだ。』
『一応言っておくけど、逃げるならここがラストチャンスだよ?』
ゲイルが子供を諭すようにそう言った。声色は穏やかだが、彼の眼は殺意で満ちていた。
『だから、逃げない。そう決めたから。』
そう呟くと翔はゲイルに向かって突進した。
刹那、ゲイルが腕を振り下ろすと、斬撃のようなものが翔の左腕を切り裂いた。翔からは暗がりでよく見えなかったが、ゲイルの手には刀身のない剣が握られていた。
しまった、と翔は瞬時に感じた。イシュメールが残してくれた情報、それはとぶ斬撃であった。頭の中ではわかっていたのに、それの速度が速すぎて避けきることが出来なかった。翔は左腕から血を流し、あまりの激痛にうずくまった。
『ほらあ、だから言ったでしょ?これで君は動けない。そして、ここで死ぬ。』
ゲイルが呆れた声で近づき、翔の頭を蹴り上げ、目を見つめた。
その瞬間、ゲイルは戦慄した。目の前にいる小僧が、諦めるわけでもなく、ただ単に不敵な笑みを浮かべていたからである。刹那、翔の右腕が動き、ナイフを投げた。
ゲイルはそれを辛うじて避けた。しかし、そのナイフの飛んでいく先に目をやれば、そのナイフが彼に向って戻ってきているのが見えた。そのナイフが刺さったとして、彼の命を奪うほどの威力はないだろう。しかし、彼はまだ翔の能力を知らない。ナイフを操る能力なのか?ナイフに猛毒でも塗られていたら?彼は、戦闘で一番大事なのは、慎重さであると理解していた。だから、避けた。目を離してしまった。
『クソが!!・・・・』
ゲイルは思わず口に出した。振り返ると、さっきまで目の前にいた翔がいない。目を離した一瞬のすきに、森の奥の暗がりへと駆け込んだのだろう。こうなると、彼を探し出して殺さなければ、背を狙われることになる。それは、兵士たちの戦闘で手傷を負ったゲイルからしたら、避けたいものであった。
『ふざけろ、こんなのが時間稼ぎ以外の何になるというんだ!』
ゲイルは影に向かって大声で叫んだ。もちろん反応はない。ここでうかつに返事をしてくれるような相手であったら、どんなに楽だっただろうかとゲイルは後悔した。
ゲイルは一瞬の間思考し、はぁっとため息をつきながら、剣を握りながら森の残骸へと走った。
所々ある木々を切り倒し、血の跡を追っていった。ゲイルがつけた傷はかなり深く、出血が止められるようなものではない。血の跡を追うのに関しては、ゲイルがさんざん行ってきたことである。これは、彼の得意分野といえるものでもあった。また、彼の出血はよほどひどかったらしく、森の木にも付着していた。これも、彼の追跡をより容易にした。
『やあ、追いかけっこはもう終わりかな?』
血の跡が途切れ、ゲイルが立ち止まる。目線を地面から移すと、そこには血まみれの左腕を抑えながら、息を切らしている翔の姿があった。肩は激しく上下しており、その命の灯はもはや消えかかっているように見えた。
『ああ、もう終わりだ。その前に、一つ聞きたいことがある。いいか?』
翔は呼吸を戻し、落ち着きながら語り掛けた。ゲイルはそれに肩をすぼめ、仕方がないといった風に聞く姿勢をとった。しかし、攻撃の目線は翔に向け、殺気を放っていた。
『お前がなぜこのようなことをするのか、あいにく検討もつかないんだ。もしかしたら今逃げている彼女はとんでもない悪党で、そちら側が正義なのかもしれない。』
『ただ、いくら正義であろうとも、僕はこのようなやり方を認めない。だから、一つ聞きたい。』
『お前、自身の行為に一点の曇りもない行動理念があるのか?そこに正義は、信念はあるのか?それを最後に聞きたい。答えてくれ。』
ゲイルは深くため息をつき、あきれた表情を翔に向けた。
『それを今から死ぬ君に向けて言ってどうするっていうんだい。まあ、けど答えてあげるよ。私は私の行いを正義だと信じている。そこに一点の陰りはない。私が正義だ。』
軽く頭を掻き、目線をまっすぐに翔の方にやり、瞳に映る自身の顔をゲイルは見た。
そして、再び戦慄した。翔の顔は血まみれで、今にも死にそうな苦痛に顔をゆがませていた。それが、歯を見せて笑い、全てを見通すような目で、ゲイルの姿を胸像のように映し出していたのだ。
『はっ。嘘だな。お前は嘘をついている。だから、ここで僕は負けれないんだ。』
『リリース。』
ゲイルが動揺し剣を下げた瞬間、翔はボックスを開放した。そのボックスはちょうどゲイルの頭の上で解放され、彼の眼前に自身が切った翔の左腕が落下した。
ゲイルはとっさに翔に向かって剣を振り下ろし、飛ぶ斬撃を喰らわせた。それは血で滑ってしまい、わずかに逸れ、彼の右手を吹き飛ばしただけとなった。戻す刃で左腕を切り刻む。それを見て翔は再び笑った。
『はぁ、はぁ、戻れ、拉げろ、つぶれてしまえ。』
翔は左腕を再生するようにイメージをした。すると、ゲイルに向かって木々が飛んでいく。彼は、追跡が来ることをいとわず、木々に血を付着させていたのだ。先ほどの実験で翔は自分の与えられたスキルを把握していた。”再生”するとき、その対象が近くにあるのであればそのまま時を戻すように再生する。その時、周りを巻き込むような吸引力を発揮するのだ。
ゲイルは、迫りくる何かを感じ取った。そして、それに向かって剣を振り回し、斬撃を放った。木々破片のいくらかは勢いを落とし、落下していく、しかし、その数はあまりにも多すぎた
ゲイルに々が突き刺さる。ゲイルの『クソがああああああああああ』といった叫び声が木々に吸い込まれ、しばしの静寂が訪れた。
少し経っただろうか、ゲイルの反応はなくなっていた。翔は、どうにかして彼の生死を、とどめを刺さなくてはならないと思案したが、意識が酩酊しはじめ、微睡へと落ちていった。
規則正しく繰り返される揺れに身を任せながら、翔はまどろみの縁から引き戻された。まるで鼓動のような、その静かな振動に、身体の奥から少しずつ意識が浮かび上がってくる。目を開けると、霞んだ視界の先に、小さな背中があった。
「あら、起きたの? 大丈夫?」
その声は、穏やかで、けれどどこか無理をしているように感じられた。翔を背負って歩いていたその背中は、エレノアのものだった。無理もない。あの場から逃げ出すためとはいえ、あの細い身体で翔を運んできたのだ。肩越しに伝わる疲労は、言葉にせずとも翔の心に響いた。
「……ああ、すみません。大丈夫です。ご迷惑をおかけして……」
「謝らないで。あなたに謝られたら、私にはもう返せるものなんて、残っていないもの。」
その言葉は、優しさに満ちていたが、同時に一種の諦念も感じさせた。
「……本当に、心から感謝しているの。だから、だからこそ……」
エレノアはそれ以上を言わず、涙を飲み込むように唇を噛んだ。そして、静かに前を向いて歩き出す。翔から顔を背けたのは、彼女なりの意地――気高さのようにも思えた。
翔は何も言わず、その後ろ姿を黙って追いかけた。静かな夜道には、彼女の足音と、かすかな風の音だけが響いていた。
遅くなってしまいました。二話目です。ある程度書き溜めているので、更新をなるべく早くできたらなと思っています。よろしくお願いします




