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月下の契約

着いたわ。今日はここで泊まりましょう。」

「ここって……廃墟?」

翔の目に映ったのは、崩れかけた石造りの建物だった。辛うじて屋根は残っていたが、壁はあちこちで剥がれ、夜風が隙間から入り込んでくる。空には雲が流れ、月光が廃墟を照らし出していた。


「ええ、まあ。廃墟と言っても差し支えないわ。でも、ここは王族の中でも今や私しか知らない“休息地”よ。追っ手が来ることはないはず。」

「ってことは……あなた、本当に王族なんですか?」

「ええ、一応ね。でも血筋は薄いわ。……それと、もう敬語はやめていいのよ。騎士のいない王族なんて、ただの肩書きでしかないわ。ここでは、私と――私の命を救ってくれた人。それだけの関係でいいの。」

翔は言葉を呑み込み、代わりに顎に手を添えて考え込んだ。エレノアの言葉の重みを噛み締めながら、彼女の素性や状況をどう聞き出すべきか思案する。無遠慮な問いは、今の彼女にとって刃になりかねない。


その様子を見てか、エレノアは静かに腰を下ろし、そっと翔に隣に座るよう促した。荒れた地面に座るその姿は、かつて王都にいたとは思えないほど質素で、けれど凛としていた。

「この道をまっすぐ進むと、パラディ王国の王都があるの。昔、私はそこに住んでいたわ。」

エレノアは遠くを見つめながら、静かに語り始めた。


「そこは本当に美しかった。建物も、人々の暮らしも、まるで夢のように整っていて、幻想的だった。」

「でも、私の母様と父様は、そこを離れた。もう五年ほど前ね。辺境の土地を買って、小さな家を建てたの。」

風がそよぎ、彼女の金の髪を揺らす。その横顔はどこか懐かしさを含んでいた。


「王都ほど華やかじゃなかったけど、私はその場所も好きだった。騎士たちは家族のようで、毎日が穏やかで――あたたかかった。」

翔は、エレノアの語りに耳を傾けながら、知らず心を重ねていた。彼女の中にある“日常”が、すでに壊れてしまったことを感じたからだ。


「でも、その平穏は続かなかった。現国王の意識が急になくなってしまったの。」

「呼吸はしているし、生きてはいるのだけれども、寝たきりの状態になってしまったわ。一部では、国王に呪いをかけた人間がいるとか噂されているわ。」

「それは公にはされていないわ。もともと、国王は病弱で、公の場に姿を見せることも少なかった。だから、多くの国民はそのことを知らない。知っているのは王族と、一部の有力貴族だけ。」

エレノアの言葉は淡々としていた。それを埋めるように少し冷たい夜風が翔の頬をかすめた。


「それが、君がこのような事態に会うのとどうやってつながるんだ?」

翔は疑問を投げかけた。


エレノアは、ひとつため息をついた。

「王族には、王となるための“証”が必要なの。血筋だけでは不十分。代々受け継がれてきた、王の正統性を示す象徴……それが“冠”よ。」

「冠……?」

「そう。頭にかぶるやつよ。彼は、その冠を意識を失う前に隠してしまったの」

エレノアは語りながら、どこか遠い記憶をなぞるように目を細めた。その横顔に、翔は言葉を挟むのをためらう。

「王位を正当に継承するには、現国王からの推挙と、冠を五年後に開催される“王直の儀式”までに所持してないといけない。」

「……つまり、冠と王からの認可がない限り、王位を正式に継ぐことはできないってわけか。」

「”正式に”はね。ただ、これを覆す方法があるのよ。誰が決めたのかは知らないけれども、王法には、こう定められているわ。」

「現国王が疾病、失踪、死亡その他一切の事由により、次代国王の認可を行うことが不可能となった場合、王冠を正当に所持し、かつ王家の血統を有する者を次期国王として即位させるものとする。

また、王冠が紛失、封印、破損その他の理由により継承不能と判断された場合は、王家の血統を有する者による選定会議を開き、その投票において最多得票を得た者を次期国王とする。とね」

「さて、話が見えてきたかしら?つまり、自分を推挙する王族以外を皆殺しにしてしまえば、王家の血を継いでいるならだれでも次期国王になれるようになったのよ。」


その言葉に、翔の心に冷たいものが流れた。そして、エレノアが“標的”にされている理由も、はっきりと見えた。

翔は静かに拳を握った。怒りとも悔しさともつかぬ感情が、胸の奥で渦を巻いていた。彼女は何も悪くない。なのに、ただ王族として生まれただけで、命を狙われている。

――理不尽すぎる。


「……ってわけで、私が狙われているの。そして……お願いがあるの。」

エレノアは立ち上がった。廃墟の月明かりの中、ゆっくりと翔の前に歩み寄る。その顔は静かで、決意に満ちていた。


「もう、ついてこないで。これ以上、あなたを巻き込みたくない。」

月光が彼女の髪を照らし、銀のようにきらめいた。その姿は、まるで夢幻のようだった。翔はその幻想的な光景に、しばし言葉を失った。


「でも……これからどうするんだ? 行く当ては? 頼れる人は……」

「あるわ。……だから、大丈夫。」

エレノアは微笑んだ。その笑みはあまりに儚くて、翔は胸が締めつけられる思いがした。


「あなたは、あなたのやりたいことをして。私のことは心配しないで。」

「もし、本当に――どうしようもなくなったときは。……そのときは、私があなたを助けるから。」

そして、エレノアはくるりと背を向けた。夜風が二人の間を吹き抜ける。その一瞬、翔は手を伸ばしかけたが、指先は空を切った。

「――また、会いましょう。」

その言葉だけが、夜に溶けていった。


翔は逡巡した。確かに、それは身を穿つほどの正論であった。元々助ける理由は翔の独りよがりの善行であり、当人が助けを求めていないのであればここで離れるのが筋である。


ただ、それをしないのが、藤田翔なのだ。彼は立ち上がり、そして真っすぐに、ただ真っすぐにエレノアの瞳を見つめた。ほのかな月光の明かりだけが、二人を照らしていた。


『なあ、エレノア。取引だ。取引をしてくれないか。』

ゆっくりと、翔の声が静寂をかき消した。


三話目です。感想などいただけると嬉しいです。よろしくお願いします。

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