第97話 妖精の花畑へ
猫耳族のロッジで一晩を過ごした誠司たち。
翌朝、村の水源である山奥の滝へ向かうため、まずは妖精の花畑を目指します。
翌朝。
誠司たちは、猫耳族のロッジで目を覚ました。
窓の外では、村の人たちが朝の支度を始めている。
畑へ向かう者。
水を運ぶ者。
水車の様子を見に行く者。
昨日手伝った村の景色が、少しだけ身近に見えた。
広間に集まると、猫耳族の村長が朝食を用意してくれていた。
石窯で焼いたばかりのパン。
村で手作りしたソーセージ。
焼きじゃがいもと、香ばしく焼いたきのこ。
そして、熱でとろけた手作りチーズ。
パンにチーズをのせると、やわらかく伸びて、ほのかに甘い乳の香りが広がった。
久美子が、チーズののった温かいパンを口に運ぶ。
「……おいしいです」
猫耳族の村長は、少しほっとしたように耳を動かした。
「水の力が弱ってから、畑の葉物はあまり育たなくなりました。それでも、村で作れるものを用意しました」
誠司は、朝食の並んだテーブルを見つめた。
温かい食事。
それでも、村長の言葉を聞くと、この村が少しずつ弱っていることも分かった。
朝食の後、村長は木の地図を広げた。
「山奥の滝へ行くには、まず妖精の花畑を通ります」
「妖精の花畑……」
かすみが小さくつぶやいた。
「以前は、花が一面に咲いて、とても美しい場所でした。花の妖精たちも、そこで花の世話をしています」
村長の表情が少し曇る。
「ですが最近、その花畑も元気がないそうです。滝の力が弱っている影響かもしれません」
レイナは地図を見ながら言った。
「つまり、花畑の様子を見ながら、滝へ向かうってことね」
「はい。妖精たちに会えれば、滝の詳しい様子を聞けるかもしれません」
端末が音を立てた。
【目的地:妖精の花畑】
【山奥の滝へ向かうため、妖精の花畑を通過してください】
出発前、誠司は村の水路と畑を見に行った。
水は流れている。
けれど、勢いは弱かった。
村の端にある水車も、ゆっくりとしか回っていない。
「前は、もっと勢いよく回っていたんです」
村長が水車を見ながら言った。
「水車の動きが悪くなってから、粉をひくのにも時間がかかるようになりました。畑の葉も、以前より弱っています」
誠司は杖を空へ向けた。
「畑の上だけなら、少し雨を降らせられるかもしれません」
水の魔法に、風の魔法を重ねる。
畑の上に小さな雲のような水気が集まり、細かな雨が静かに降り始めた。
乾きかけていた土に、水が染み込んでいく。
弱っていた葉が、少しだけ持ち上がった。
村長は、ほっとしたように耳を動かした。
「ありがとうございます。これで、しばらくは助かります」
けれど、その表情はすぐに曇った。
「ですが、これは一時的なものです。山奥の滝の力が戻らなければ、また水は弱ってしまうでしょう」
誠司はうなずいた。
「だから、滝を調べに行きます」
「はい。どうか、お願いします」
村長は深く頭を下げた。
その後、村長はもう一つ注意をした。
「妖精の花畑へ行くなら、肌を出さない服装にした方がいいでしょう」
「どうしてですか?」
久美子が尋ねる。
「最近は、大きなスズメバチが出るようになりました。ミツバチを襲うだけでなく、人にも向かってくることがあります」
「スズメバチか……」
翔が盾を確認する。
煌成は端末を開いた。
「念のため、防虫用の装備に切り替えましょう。首元、手、顔まわりを守れるものがいいです」
端末には、花畑用の装備が表示された。
【フード付き上着】
【手袋】
【首元を守る布】
【顔まわりを守る薄い網】
【防虫香】
「花畑で火を使うのは危険です」
煌成が続けた。
「戦うことになった場合は、風や氷で動きを止める方が安全でしょう」
「分かりました」
かすみは氷魔法用の杖を確認した。
大地は斧を背負い直す。
「今日は押し間違えないからな」
早希がすぐに言った。
「押す前に全員で確認ね」
「分かってるって」
村長に見送られ、誠司たちは猫耳族の村を出発した。
山道は、昨日の迂回ルートより歩きやすかった。
木々の間を、細い道が続いている。
鳥の声が聞こえ、風が葉を揺らす。
けれど、道の脇に咲いている花は、どこか元気がなかった。
花びらは少し下を向き、色も薄い。
土も乾いているように見える。
かすみがしゃがみ込み、花をそっと見た。
「やっぱり、水の力が弱いのかもしれません」
誠司も近くの土に触れる。
「表面は少し湿っているけど、奥まで水が届いていない感じがします」
しばらく進むと、森が開けた。
そこには、広い花畑があった。
本来なら、美しい場所だったのだろう。
色とりどりの花が一面に広がり、細い小川が花畑の間を流れている。
けれど今は、花の多くがしおれていた。
花びらは色を失い、風に揺れる力も弱い。
小川の水も、細く頼りなかった。
「ここが、妖精の花畑……」
久美子が静かに言った。
その時、小さな光が花の陰からふわりと浮かんだ。
羽のある小さな花の妖精だった。
花びらのような服をまとい、淡い光をまとっている。
けれど、その光も少し弱かった。
「あなたたちは……猫耳族の村から来たの?」
煌成が丁寧に頭を下げた。
「はい。山奥の滝の異変を調べに来ました」
花の妖精は、少し安心したように花の上へ降りた。
「やっぱり、村にも影響が出ているのね」
「花畑も弱っているんですね」
かすみが言うと、花の妖精はうなずいた。
「滝から流れてくる水の力が弱くなっているの。花に水をあげても、前みたいに元気にならない。小川も細くなって、花の根まで力が届かないの」
その時、花畑の奥から騒がしい羽音が聞こえた。
ブン、ブン、と低い音が近づいてくる。
ミツバチの群れが、花の間を逃げ回っていた。
その後ろから、黒と黄色の大きなスズメバチが数匹、追いかけている。
花の妖精が不安そうに言った。
「お願い。ミツバチたちを助けて」
「ミツバチ?」
久美子が聞き返す。
「花の世話をしてくれる大事な子たちなの。でも、花の力が弱ってから、ミツバチも弱ってしまって……最近はスズメバチに襲われることが増えたの」
端末が反応した。
【妖精の花畑クエスト】
【大きなスズメバチを退治してください】
【注意:花畑を傷つけすぎると評価が下がります】
「花畑の中で火は使わない方がいいですね」
煌成が冷静に言った。
「花に燃え移れば、被害が広がります」
「それなら、凍らせます」
かすみが杖を構えた。
誠司は風の魔法を使い、大きなスズメバチたちの動きを一か所へ寄せた。
さらに細かな水をまとわせて、羽と体の動きを鈍らせる。
「今です」
かすみの杖から、白い冷気が広がった。
大きなスズメバチの体が、羽ごと氷に包まれる。
空中で動きを止めたスズメバチが、重い音を立てて地面に落ちた。
「落ちた!」
早希が短剣を握って走る。
大地も前に出た。
「任せろ!」
大地は斧を振り下ろし、凍ったスズメバチを砕いた。
別のスズメバチが、ミツバチの方へ向かう。
翔が盾を構え、進路をふさいだ。
「こっちには行かせない」
久美子も盾を構えて、花の前に立つ。
「花を踏まないようにしてください!」
早希は素早く回り込み、手裏剣でスズメバチの進路をそらした。
レイナは銃を構えたまま、狙いを定める。
「花畑の中では、無駄撃ちはできないわね」
スズメバチが花の少ない方へ動いた瞬間、レイナは一発だけ撃った。
光弾がスズメバチの横をかすめ、動きを止める。
その隙に、誠司が風で押し戻した。
かすみが再び氷魔法を使う。
スズメバチの体が白く凍り、地面へ落ちた。
大地がそれを砕く。
最後の一匹は逃げようとしたが、煌成が地面を少しだけ盛り上げて進路をふさいだ。
「かすみさん」
「はい」
かすみの氷が、最後のスズメバチを包み込む。
凍ったスズメバチは、花畑の端に落ちた。
端末が音を立てる。
【大きなスズメバチを退治しました】
【花畑の被害:軽微】
【ミツバチが花畑へ戻ります】
ミツバチたちは、少しずつ花の上へ戻っていった。
花の妖精たちも、花の間から姿を見せる。
「ありがとう。ミツバチたちを守ってくれて」
最初に出てきた花の妖精が、誠司たちに頭を下げた。
けれど、花畑全体が元気になったわけではない。
しおれた花は、まだ多い。
小川の流れも細いままだった。
誠司は花畑の中央で杖を掲げた。
「花畑の上だけなら、少し雨を降らせられると思います」
水の魔法に、風の魔法を重ねる。
花畑の上に、細かな雨が静かに降り始めた。
強すぎない雨。
花びらを傷つけず、根元まで染み込む雨。
乾いていた土に水がしみ込み、しおれていた花が少しだけ顔を上げる。
やがて雲の切れ間から、太陽の光が差し込んだ。
雨粒が光を受け、花畑の上に小さな虹がかかる。
花の妖精たちは、しばらくその虹を見上げていた。
「ありがとう。少し、花たちが楽になったと思う」
花の妖精は静かに言った。
「でも、滝の力が戻らなければ、また花は弱ってしまうと思う」
誠司はうなずいた。
「だから、滝を調べに行きます」
花の妖精は、花畑の奥を指さした。
そこには、花に隠れた細い道があった。
さっきまでは見えなかった道だ。
「この先に、山奥の滝があるの」
端末が反応した。
【妖精の花畑を通過可能になりました】
【目的地:山奥の滝】
「花畑を助けたから、道が開いたみたいね」
レイナが端末を見る。
花の妖精は、少し不安そうに言った。
「気をつけて。滝の近くには、前にはなかった気配があるの」
「敵がいるかもしれないということですか?」
翔が聞く。
「分からない。でも、花も水も怖がっている感じがする」
煌成は静かに表情を引き締めた。
「油断しない方がよさそうですね」
誠司は花畑の奥に開いた道を見つめた。
山奥の滝。
そこに、猫耳族の村と妖精の花畑を弱らせている原因がある。
誠司は杖を握り直した。
「行きましょう」
花の妖精たちに見送られながら、誠司たちは花畑の奥へ進んだ。
妖精の花畑へ向かいました。
花畑では、ミツバチが大きなスズメバチに襲われていました。
誠司たちは花畑を傷つけないように戦い、かすみの氷魔法でスズメバチを退治します。
その後、誠司が小雨を降らせると、花畑に小さな虹がかかりました。
山奥の滝へ続く道が開きます。




