第94話 山道へ出発
猫山リゾートホテルの夜を越え、誠司たちは山道へ出発します。
装備や薬品を確認し、いよいよ山ミッション本番へ。
翌朝。
誠司たちは、猫山リゾートホテルのロビーに集まっていた。
大きな窓の向こうには、緑の山道が広がっている。
昨日は美しく見えた景色も、これから本格的なミッションへ向かうと思うと、少し違って見えた。
煌成が全員を見回す。
「みんな、よく眠れましたか?」
「まあ、なんとかね」
レイナが軽く肩をすくめた。
「部屋のものは、ほとんど使わなかったわ」
「それが正解です」
煌成は落ち着いた声で言った。
「今日からが本番です。山道では敵も出ます。装備と薬品の確認をしてから出発しましょう」
久美子が一歩前に出た。
「出発前に、防具の確認をします。もし不具合などがあったら、今のうちに応急措置します」
「助かる」
翔がそう言って、自分の盾を久美子に見せた。
久美子は留め具や肩の部分を丁寧に確かめた。
それから早希、大地、レイナの装備も順番に確認していく。
端末には、荷物転送サービスの案内が表示されていた。
【荷物転送サービスをご利用いただけます】
【戦闘装備・薬品・予備品などを端末に預けることができます】
【必要な時は端末から取り出してください】
【現在の収納上限があります】
【ミッションをクリアするごとに、収納上限が拡張されます】
「つまり、普段は身軽に歩いて、敵が出たら装備を切り替えるってことね」
早希が端末を見ながら言った。
「そうです」
煌成がうなずく。
「戦闘用、防御用、探索用。あらかじめ装備セットを登録しておけば、敵が出た時にすぐ切り替えられます」
誠司は自分の端末に杖を登録した。
普段持ち歩く小さな杖。
そして、本格的な戦闘で使う大きな杖。
誠司が扱う魔法は、水と風、そして雷。
回復魔法も使える。
水と風を重ねれば、雨風を巻き起こす。
そこに雷を加えれば、嵐のような魔法になる。
煌成も杖を登録している。
煌成の魔法は、炎、土、岩。
地面を揺らし、岩を隆起させ、炎と合わせれば火山のような大技にもなる。
かすみは、光、氷、闇の魔法を扱う。
闇の敵には光を。
光の敵には闇を。
回復魔法には光を重ねて、治癒の力を高めることもできる。
氷に光を合わせれば、白く美しい氷の結界になる。
氷に闇を重ねれば、黒い氷となって敵の動きを封じることもできる。
「薬品は、私と煌成さんで分けて持ちますね」
かすみが言った。
「回復薬、キズ薬、毒消し。状態異常に使う薬も、できるだけ分けておきます」
「前衛も、自分で使えるものは持っておいた方がいい」
煌成が続ける。
「ポーション、攻撃力を上げる薬、回避を上げる薬、動きを速くする薬。すぐに使える位置に登録しておいてください」
大地は大きな斧と鎌を登録した。
「俺は前に出る。重い敵は任せろ」
早希は短剣とソードに加えて、手裏剣を登録する。
「私は素早く動いて、牽制する感じかな。近くでも遠くでも動けるようにしておく」
翔はソードと盾を登録した。
「俺は前で守る。敵が来たら、まず受け止める」
レイナは銃を登録した。
この世界では、銃の弾も端末から購入できる。
通常弾だけではなく、光弾、火弾、雷弾、しびれ弾、閃光弾なども選べる。
ただし、弾は無料ではない。
レイナは端末で残数を確認する。
【通常弾:十二発】
【光弾:六発】
【閃光弾:二発】
「飛んでいる敵が出たら、私が狙うわ」
「レイナ、無駄撃ちはするなよ」
翔が言うと、レイナは少しだけ笑った。
「分かってるわ。弾だってお金がかかるもの」
久美子も盾とソードを登録した。
「私も前に出ます。防具の不具合やケガがあったら、すぐに見ます」
それぞれの役割が、少しずつ固まっていく。
翔と久美子が盾で前を守る。
早希が素早く動いて牽制する。
大地が重い一撃で押し返す。
レイナが離れた位置から銃で援護する。
誠司、煌成、かすみは後方から魔法と薬で支援する。
煌成は、さらに端末の購入画面を開いた。
画面には、ポーション、毒消し、ロープ、ランタン、予備の短剣、銃弾、属性弾などが並んでいる。
「装備や薬品を忘れても、その場で買うことはできます。ただし、場所によって値段が変わります」
「値段が変わるの?」
誠司が画面をのぞき込む。
煌成はうなずいた。
「ホテルや受付のような安全な場所なら通常価格です。ですが、山道で買うと一・五倍、トンネルや崖、戦闘中に買うと二倍になることがあります」
「二倍……」
誠司は思わず声を漏らした。
「さらに、ボス戦やダンジョンの奥で買うと、三倍になることもあります」
「三倍!?」
大地が大きな声を上げた。
レイナは端末の画面を見ながら、苦笑する。
「本当に、足元を見てるわね」
「この世界らしいですね」
かすみが小さく言った。
煌成は静かに続ける。
「だから、安い時に必要なものを買って、端末ポケットへ入れておく方が賢い。忘れ物をしても買える世界ですが、焦って買うほど高くつきます」
何でも買える。
けれど、いつでも同じ値段で買えるわけではない。
便利さの裏に、きちんと罠がある。
誠司は、自分の端末ポケットの中身をもう一度確認した。
回復薬。
毒消し。
ロープ。
ランタン。
予備の短剣。
必要なものは、今のうちにそろえておく。
煌成は全員の準備が終わったのを確認してから、静かに言った。
「では、出発しましょう」
ホテルを出ると、山の空気が肌に触れた。
川の音が聞こえる。
木々の間から、朝の光が差し込んでいる。
誠司たちは、川沿いの道を進んだ。
昨日見た地図の通り、山道はいくつもの場所へつながっている。
猫耳族の集落。
妖精の住む花畑。
滝。
洞窟。
崖。
湖。
山奥の古い城。
けれど、今はまだ入口に近い道だった。
しばらく歩くと、端末が音を立てた。
【次の試練が表示されました】
【正しい答えを選んでください】
全員が端末をのぞき込む。
「これ、答えは分かるわね」
レイナが落ち着いた声で言った。
「一応、押す前に確認しよう」
早希がそう言いかけた時だった。
「あ、これだろ」
大地の指が、先に画面へ触れた。
けれど、押した場所は正解のすぐ隣だった。
端末が短く鳴る。
【不正解です】
【迂回ルートへ進んでください】
「……え?」
大地が固まる。
画面に赤い地図が浮かび上がった。
【正解ルート:約五十メートル】
【迂回ルート:約二キロ】
【注意:吊り橋、暗いトンネル、敵出現あり】
早希が大地をにらんだ。
「だから確認しようって言ったじゃん!」
「いや……押す場所、ずれた」
「ずれたじゃないでしょ!」
レイナは端末を見て、ため息をついた。
「五十メートルが二キロ。なかなか大きな差ね」
翔も地図を確認する。
「しかも、吊り橋とトンネル付きか」
煌成は表情を変えずに言った。
「このミッションは、正解すれば安全に進めます。ですが、間違えると体力を削られる道へ回される。次からは、必ず全員で確認してから押しましょう」
「……悪かった」
大地は気まずそうに頭を下げた。
「俺が押し間違えた分は、俺が前で何とかする」
早希はまだ少し怒っていたが、それ以上は言わなかった。
「じゃあ、ちゃんと働いてよね」
「分かってる」
赤い迂回ルートに従って、誠司たちは山道の奥へ進んだ。
最初は、ただ距離が長いだけの道に見えた。
木の根が張り出した細い道。
少しぬかるんだ土。
遠くで聞こえる鳥の声。
けれど、歩いても歩いても、目的地はなかなか近づかない。
「五十メートルなら、もうとっくに着いてたわね」
レイナが小さく言う。
「言うなよ……」
大地が肩を落とした。
やがて、木々の間に古びた吊り橋が見えた。
谷の上にかかる、高い吊り橋だった。
板は古く、ところどころ欠けている。
風が吹くたびに、橋全体がきしむ音を立てた。
「これを渡るのか」
翔が盾を背負い直す。
「正解ルートなら、たぶんここは通らなかったんでしょうね」
久美子が不安そうに橋を見つめた。
煌成が先に一歩踏み出す。
「一人ずつ、間隔をあけて渡りましょう。走らないでください」
橋は思った以上に揺れた。
下を見れば、深い谷が広がっている。
川の音が、ずっと下から聞こえてきた。
誠司は息を飲む。
「大丈夫ですか?」
かすみが後ろから声をかける。
「はい……大丈夫です」
誠司はうなずき、慎重に足を進めた。
途中で、板がぎしりと大きな音を立てた。
「きゃっ」
久美子が思わず足を止める。
翔がすぐに振り返った。
「久美子、大丈夫か」
「はい。少し驚いただけです」
久美子は盾を持ち直し、ゆっくり歩き出した。
全員が何とか吊り橋を渡り切った時には、すでに少し疲れていた。
けれど、迂回ルートはまだ終わらない。
次に現れたのは、暗いトンネルだった。
入口から冷たい空気が流れてくる。
中は薄暗く、奥がよく見えない。
端末に警告が表示された。
【暗いトンネル】
【敵出現あり】
【装備セットの確認をしてください】
「来たわね」
レイナが銃を取り出す。
翔も盾を構えた。
「前は俺が見る」
「私も行きます」
久美子が盾とソードを構える。
早希は短剣と手裏剣を確認した。
「私は横から動く」
大地は大きな斧を手にした。
「今度は俺が前に出る」
誠司は小さな杖を握る。
煌成とかすみも、後ろで魔法と薬品の準備をした。
トンネルの中へ入ると、すぐに羽音が聞こえた。
暗闇の奥から、小さなコウモリの群れが飛び出してくる。
「コウモリ!」
早希が叫んだ。
翔が盾を上げる。
「下がれ!」
盾にコウモリがぶつかる。
その横で、レイナが銃を構えた。
「飛んでいる敵は、私が落とすわ」
レイナが引き金を引く。
光弾が暗いトンネルをまっすぐ走り、コウモリを撃ち落とした。
一発。
二発。
三発。
レイナは無駄に撃たず、確実に狙っていく。
早希はすばやく横へ動き、手裏剣を投げた。
風をまとった手裏剣が、暗闇の中を走る。
「当たった!」
コウモリの群れが乱れた。
誠司は杖を前に向ける。
「風で押し返します!」
小さな風が渦を巻き、コウモリたちを奥へ押し戻した。
翔が盾で前を守り、久美子が横から抜けてきた敵をソードで払う。
大地は前に出すぎず、重い斧を構えて待った。
「無理に追わないで!」
レイナが声を上げる。
「通路が狭い。隊列を崩したら危ないわ」
「分かった!」
早希がすぐに戻る。
さっきロビーで決めた役割が、少しずつ形になっていた。
前で守る者。
横から動く者。
遠くの敵を撃つ者。
魔法で支える者。
やがて、コウモリの群れは暗闇の奥へ散っていった。
端末が音を立てる。
【敵を撃退しました】
【通行可能です】
「……思ったより、何とかなったな」
大地が息をつく。
「押し間違えなければ、そもそもここを通らなくて済んだんだけどね」
早希がじろりと見る。
「それはもう言うなって」
大地は気まずそうに目をそらした。
レイナは銃の残弾を確認した。
【光弾:三発】
「三発使ったわね。今補充すると高いから、このまま行くわ」
煌成がうなずく。
「トンネル内で買えば二倍です。今は温存しましょう」
何でも買える。
けれど、焦って買えば高くつく。
誠司は改めて、このミッションの嫌らしさを感じた。
コウモリを追い払ったことで、トンネルの中は少し静かになった。
だが、完全に安心できる空気ではない。
奥はまだ暗い。
出口も、まだ見えない。
「進みましょう」
煌成が言った。
その時だった。
トンネルの奥から、大きな音がした。
ガサゴソ。
全員の足が止まる。
ガサゴソ。
ガリ、ガリ。
暗い奥の方で、何かが壁や床をこするような音が響いた。
「何……この音」
早希が息をのむ。
レイナが銃を構え直した。
「まだ、終わってないみたいね」
誠司も杖を握りしめる。
ガサゴソ。
ガサゴソ。
何か大きなものが、こちらへ近づいてきていた。
山ミッション本格開始です。
装備、薬品、端末ポケット、購入価格のルールを確認してから出発しました。
大地の押し間違いで、五十メートルの近道が二キロの迂回ルートになってしまいます。




