表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
89/113

第89話 信じていた人魚たち

玲司と詩乃は、警察署でマーメイドラウンジの運営について事情を聞かれます。


人魚を紹介料つきで受け入れる仕組み。


本人同意とされていた記録。


そして、マーメイドラウンジの今後。


一方、ラウンジでは人魚たちへの事情聴取が始まり、キラリはリリアとミレナに出会います。

警察署では、玲司と詩乃への事情聴取が続いていた。


優については、端末に残っていたやり取りと、かすみ、誠司、久美子、大地、早希への確認を待つことになっている。


けれど、それとは別に、マーメイドラウンジそのものの問題は残っていた。


警察官は、机の上に置かれた資料へ視線を落とした。


「マーメイドラウンジでは、人魚をどのような形で受け入れていたのですか」


玲司は少し間を置いてから答えた。


「契約上は、紹介という形です」


「紹介?」


「漁師や仲介者が人魚を紹介し、ラウンジ側が受け入れる。その際に紹介料を支払っていました」


警察官は記録を取りながら続ける。


「その紹介制度を作ったのは誰ですか」


玲司はすぐには答えなかった。


詩乃も、膝の上で手を握りしめている。


やがて、玲司が口を開いた。


「仕組みそのものは、CEOの方針です」


「CEO?」


「はい。漁師や仲介者から人魚を紹介として受け入れ、紹介料を支払う。その後、マーメイドラウンジへ配置する。そういう流れは、私たちが作ったものではありません」


詩乃も静かに続けた。


「私たちは、その仕組みを営業として運用していました」


警察官は二人を見た。


「では、あなた方は問題がないと考えているのですか」


玲司は首を振った。


「いいえ。そういう意味ではありません」


玲司は目を伏せる。


「制度を作ったのは私たちではありません。ですが、その仕組みの中で営業を続けていた責任はあります」


警察官は記録を取りながら、さらに尋ねた。


「人魚本人の同意は、誰が確認していましたか」


その問いに、玲司と詩乃は黙った。


「紹介された人魚が、本当にここで働くことを望んでいたのか。迎えに来ると言われて待たされていたのではないか。人生交換について、どこまで理解していたのか」


警察官は、一つずつ言葉を置いていく。


「それを、誰が確認していましたか」


玲司は、苦しそうに唇を結んだ。


「報告上は、本人同意とされていました」


「報告上は、ですね」


警察官の声は淡々としていた。


詩乃が小さく息を吸う。


「直接、本人に確認したことはありません」


玲司も続けた。


「私もです。数字を見ていました。紹介数、稼働率、売上、顧客満足度……」


警察官が顔を上げる。


「人魚本人の声は?」


玲司は目を伏せた。


「聞いていませんでした」


詩乃も、膝の上の手を握りしめた。


「水槽の中にいる人たちが、何を思っていたのか。帰りたいのか。誰かを待っていたのか。後悔していたのか。私たちは、直接聞いていませんでした」


部屋の空気が重くなる。


玲司は、少し間を置いてから言った。


「この仕組みに関しては、先ほど三宮さんに指摘されました」


警察官の手が止まる。


「三宮さんに?」


「はい。本人同意という言葉だけでは説明にならない。その同意が本当の意味での同意だったのかを確認する必要がある、と」


詩乃も続けた。


「それで、改善に向けて話し合っていたところです」


「どのような内容ですか」


「人魚たち一人一人に希望を聞くこと。竜宮城へ帰りたい人魚は帰すこと。元人間の人魚については保護と調査を分けること。紹介契約と紹介料の流れを確認すること。そこまで話していました」


玲司は、静かに付け加えた。


「マーメイドラウンジを、本物の人魚を置く場所ではなく、演者による水中劇やショーの場所へ変えていく案も出ていました」


警察官は記録を取りながら、二人を見た。


「では、本当にその話をしていたのか、三宮さんに確認する必要がありますね」


玲司はうなずいた。


「はい。確認してください」


詩乃も静かに言った。


「三宮さん、翔さん、レイナさんも、その場にいました」


警察官は資料に名前を書き込んだ。


その後、煌成が別室から呼ばれた。


煌成は落ち着いた様子で椅子に座る。


警察官は、玲司と詩乃から聞いた内容を確認するように口を開いた。


「先ほど、玲司さんと詩乃さんから聞きました」


「はい」


「三宮さん。あなたは先ほど、玲司さんと詩乃さんと、マーメイドラウンジの改善に向けて話し合いをされていた。これは間違いありませんか」


煌成は静かにうなずいた。


「はい。間違いありません」


警察官は記録を取りながら続ける。


「どのような内容でしたか」


「人魚たち一人一人の希望を聞くこと。竜宮城へ帰りたい人魚は帰すこと。元人間の人魚については保護と調査を分けること。紹介契約や紹介料の流れを確認すること。そういった内容です」


煌成は少し間を置いて、続けた。


「本人同意という言葉だけでは説明にならない。その同意が本当の意味での同意だったのかを確認する必要がある。そう指摘しました」


警察官は顔を上げた。


「つまり、改善していこうという方針で話し合っていた、ということですね」


「はい」


煌成は答えた。


「その話をしている最中に、警察の方が応接室へ来られました」


警察官は記録を終えると、煌成へうなずいた。


「分かりました。確認は以上です」


煌成が部屋を出たあと、警察官は再び玲司と詩乃に向き直った。


「現時点で、お二人を逮捕することはしません」


玲司と詩乃は、わずかに息をついた。


けれど、警察官の言葉はそこで終わらなかった。


「ただし、任意で事情聴取は続けます。関係資料をそろえたうえで、書類送検の手続きを進めることになるでしょう」


詩乃の表情が強張った。


「書類送検……」


警察官は静かに続けた。


「制度を作ったのがあなた方ではなかったとしても、その仕組みを運用していた責任は残ります。人魚本人の意思を確認せず、報告書上の同意だけで受け入れを続けていた。その点については、今後も確認が必要です」


玲司は、何も言い返せなかった。


警察官は資料を閉じる。


「現在、マーメイドラウンジでは捜索を行っています。運営資料、紹介契約、紹介料の流れ、人魚本人の同意確認の記録。その他、関係する資料があれば、提出してください」


玲司は低い声で答えた。


「分かりました。こちらで保管している資料は、すべて提出します」


「従業員の名簿も、すべて提出してください。受付、ラウンジスタッフ、搬入口に関わった者、紹介者と連絡を取っていた者。関係者は全員確認します」


「分かりました。名簿と勤務記録も提出します」


詩乃も続けた。


「私の方で把握しているスタッフの記録も、すべて出します」


警察官は静かにうなずいた。


「それから、水槽の中にいる人魚たちについても、一人一人、事情聴取を行っています」


詩乃が顔を上げる。


「人魚たちに、ですか」


「はい。誰に連れてこられたのか。人生交換をしたことがあるのか。あるなら、誰と人生交換をしたのか。本人がここに残ることを望んでいるのか。竜宮城へ帰りたいのか。そういった事情を確認します」


玲司は言葉を失った。


今まで、数字として見ていた人魚たち。


紹介数、稼働率、売上、顧客満足度。


その一人一人に、初めて外から声が届いていた。


「それから、マーメイドラウンジについては営業停止となります」


詩乃が小さく息をのんだ。


「営業停止……」


「人魚の受け入れや紹介料の支払いに問題がある以上、営業を続けることはできません。中にいる人魚たちについては、警察立ち会いのもとで一時保護と確認を進めます」


玲司は目を伏せた。


「……分かりました」


詩乃も、膝の上で手を握りしめた。


マーメイドラウンジは、もう今までの形では続けられない。


二人は、その事実をようやくはっきり突きつけられていた。


その頃、マーメイドラウンジでは、人魚たち一人一人に警察官から事情聴取が行われていた。


誰に連れてこられたのか。


人生交換をしたことがあるのか。


あるなら、誰と人生交換をしたのか。


ここに残りたいのか、竜宮城へ帰りたいのか。


水槽の中にいた人魚たちは、順番に話を聞かれていた。


キラリは、水槽の中で不安そうに周りを見ていた。


「ワタル、警察っていう人たちに連れて行かれたの」


その言葉に、ミレナの表情が強張った。


リリアも静かにキラリを見る。


「理由を聞いたら、悪いことをしたからって言われたの。でも、ワタルは悪いことなんてしていないわ」


キラリは納得できないというように、首を振った。


「だって、ワタルは私を人間の世界に連れて行ってくれるって言ったの」


リリアは、その名前を聞いて小さく息を吐いた。


「この子も、ワタルに連れてこられたのね」


キラリは、リリアの言葉の意味が分からないようだった。


「ここで待っていたら、ワタルは迎えに来るよね?」


ミレナは何も言えなかった。


キラリは不安そうに続ける。


「ここにいたら、人間と体交換できるって聞いてついてきたの。人間になれば、ワタルと一緒にいられるでしょう?」


「人間と体を交換する?」


ミレナの声が、少し震えた。


「そうよ」


キラリはうなずいた。


「そうしたら、ワタルに触れられるでしょう? 人魚のままだと、ワタルに触れたらワタルがサンゴになっちゃうから」


ミレナは何も言えなくなった。


それは、自分が思っていたことと同じだった。


ワタルと触れ合いたい。


ワタルと一緒にいたい。


そのために、人間になりたい。


キラリは、まっすぐな声で言った。


「私、ワタルに愛してるって言われたの」


ミレナは言葉を失った。


「え……?」


キラリは少しだけ頬を赤くした。


「ワタルは、私のことを好きだって言ってくれたの。人魚の私が綺麗だって。人間になったら、ずっと一緒にいようって」


ミレナの顔から血の気が引いていく。


「私も……」


キラリがミレナを見る。


「私も、ワタルに愛してるって言われたの」


「え?」


今度はキラリの声が揺れた。


ミレナは唇を震わせながら続ける。


「ここで待っていたら迎えに来るって言われて……ずっと待っていたの」


キラリの表情が止まった。


「どういうこと?」


リリアが静かに口を開いた。


「私も、ずいぶん前に同じことを言われました」


キラリはリリアを見た。


「あなたも?」


「はい」


リリアの声は落ち着いていた。


けれど、その目は少し悲しそうだった。


「ここで待っていれば迎えに来る。人間になれば一緒にいられる。そう言われました」


キラリは何も言えなくなった。


ワタルは自分を愛している。


そう思っていた。


自分だけを見つけてくれたのだと思っていた。


けれど、目の前にいる二人も、同じ言葉を聞いていた。


「でも……」


キラリは小さく首を振った。


「だって、ワタルは私に優しかったの」


ミレナは目を伏せた。


「私にも、優しかったわ」


リリアも静かに言った。


「私にも、優しかったです」


キラリの瞳が揺れた。


優しかった。


愛してると言ってくれた。


迎えに来ると言ってくれた。


人間になれば一緒にいられると言ってくれた。


その言葉が、自分だけに向けられたものではなかった。


キラリは、ようやくその意味を少しだけ理解し始めていた。


「じゃあ……」


キラリの声が震えた。


「ワタルは、私だけに言ったんじゃないの?」


誰もすぐには答えられなかった。


ミレナは水槽の中で、自分の手を握りしめていた。


ワタルは、自分だけを見てくれていたのだと思っていた。


迎えに来ると約束してくれたのは、自分だけだと思っていた。


けれど、違った。


リリアにも。


キラリにも。


同じように優しくして、同じように愛してると言って、同じように待たせていた。


ミレナは、ようやく自分が見ようとしていなかった現実を見せられていた。


「私……」


キラリは混乱したまま、リリアとミレナを見比べた。


「私、ワタルに会えば分かると思うの。きっと何か理由があるのよね?」


リリアは、すぐには答えなかった。


キラリはまだ、よく状況が分かっていないようだった。


ワタルが捕まったことも。


自分が売られようとしていたことも。


愛してるという言葉が、自分だけに向けられたものではなかったことも。


すべてを一度に受け止めるには、あまりにも残酷だった。


その時、少し離れた場所で警察官が別の人魚に声をかけていた。


「次の方、こちらでお話を聞かせてください」


マーメイドラウンジの明るい照明の下で、人魚たちは一人ずつ事情を聞かれていく。


水の光だけが、静かに揺れていた。

マーメイドラウンジの仕組みは、玲司と詩乃が作ったものではありませんでした。


けれど、その仕組みを運用し、人魚たち本人の声を聞いてこなかった責任は残ります。


そして水槽の中では、ワタルを信じていたキラリ、ミレナ、リリアが向き合うことになりました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ