表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

8/63

第8話 守る場所、隠れる場所

今回は、初期エリアと欲望区の両方に、はじめて街を襲う敵が現れます。

同じ警報でも、立っている場所によって見えるものがまるで違う回です。

 翌日の昼前だった。


 初期エリアの見張り塔から、短く鋭い鐘の音が響いた。

 一度では終わらない。二度、三度と続いて、広場にいた人たちが一斉に顔を上げる。


 端末が震えた。


 警戒通知

 街周辺の弱敵群が接近しています。

 初期エリア居住者は防衛配置へ移動してください。


「来た……」


 かすみが小さくつぶやく。


 昨日まで文字だけだったものが、今日はもう街のすぐそばまで来ているらしい。

 誠司はすぐに槍を持ち直した。


「北側の水路沿いが手薄だって」

「行くしかないね」

 久美子が言う。

「はいはい、わかったよ」

 優も文句を言いながら、短剣を腰に差した。


 広場では、昨日一緒に鉱山へ行った他グループの面々も動いていた。

 畑側、水路側、柵の近く。何人かずつに分かれて、それぞれ守る場所へ向かっていく。


 初期エリアに来る敵は弱い。

 そう説明はされていた。

 けれど、初心者に合わせた弱さというだけで、何もしなくていい相手ではない。


     ◇


 水路沿いには、もう何匹か入り込んでいた。


 掌より大きい、黒い蚊。

 細長い脚をぶら下げながら、低く羽音を鳴らしている。

 光を見つけるたび、ぬるりと寄ってくるその動きが気味悪かった。


「……でか」


 優が顔をしかめる。


 かすみの端末に表示が出る。


 黒針蚊 Lv1


「一匹ずつならいけると思う」

「群れたら面倒だな」

 誠司が前に出る。


 その瞬間、一匹が久美子の肩口めがけて飛び込んできた。

 久美子は反射的に腕でかばう。針は厚手の布に突き立ったが、昨日縫った防具がそこで止めた。


「っ……!」

「大丈夫?」

「うん。抜けてない」


 防具越しでも衝撃はあったらしい。

 けれど、肌までは届いていない。


 誠司が槍を突き出す。

 羽音が乱れ、黒針蚊がよろめく。そこへ優が横から短剣を振り抜いた。


 薄い音を立てて、黒い胴が地面に落ちる。


 端末が小さく光った。


 討伐完了:黒針蚊

 報酬:金貨8

 経験値:10

 ドロップ:毒針×1


「入った」

 かすみが言う。

「ちゃんと経験値もある」

「たくさんじゃないけど、何もないより全然いい」


 その間にも、別の二匹が水路の上を滑るように寄ってきた。

 昨日一緒に手分けを決めた女の子が、木盾で一匹を弾く。


「そっち一匹流す!」

「ありがと!」


 かすみは腰の小瓶を抜いた。

 別グループの少年が腕を押さえている。見れば、袖の隙間を刺されていた。


「見せて」

「平気……」

「平気じゃないでしょ」


 かすみは毒消しを少しだけ傷口へ垂らした。

 少年が顔をしかめ、すぐに息を吐く。


「熱くない?」

「さっきよりまし」

「よかった」


 誠司の槍、優の短剣、他グループの盾。

 誰かが弾き、誰かが仕留め、誰かが薬を渡す。

 不格好でも、昨日の準備はちゃんと役に立っていた。


 やがて最後の一匹が落ちると、水路沿いは急に静かになった。


 端末には、今日の討伐分が少しずつ積み上がっていた。

 金貨も、経験値も、素材も多くはない。

 けれど、確かに入っている。


「地味だけど、ちゃんと前に進んでる感じする」

 かすみが言うと、誠司がうなずいた。

「今の俺たちには、それで十分だろ」

「最初から大金なんかなくても、これなら何とかなるかも」

 久美子も、小さくそう言った。


 黒針蚊は弱い。

 それでも初心者の自分たちにとっては、油断すれば刺されるし、群れれば面倒な相手だった。

 でも、倒せばちゃんと報酬が入る。

 金も、経験値も、使える素材も落ちる。

 派手ではない。

 それでも、自分たちの今に合っただけの積み上がりは、ちゃんと用意されていた。


     ◇


 一方、欲望区では警報音そのものが違った。


 高い建物に反響する、耳障りなサイレン。

 街路の上に赤い光が走り、掲示板と端末の表示が一斉に切り替わる。


 防衛パーティー登録を開始します。

 メンバー確定後、守る場所を入力してください。


 レイナは広場の端で、次々流れていく募集を見つめていた。

 パーティーが決まるたび、守る区画の入力欄が開き、高報酬対象の場所から埋まっていく。


 倒せば高い経験値が入り、大金と、誰もが欲しがるアイテムを落とす敵。

 そういう敵の出現地点は、あっという間に予約で埋まっていった。


 条件付きの募集が、冷たい速さで流れていく。


 防衛PT募集

 戦闘スキルLv50以上

 戦闘Lv50以上

 上級者以上の特別装備必須

 回復薬持参必須

 戦闘強化薬持参必須

 蘇生薬持参必須


 別の募集も、その次も、そのまた次も似たようなものだった。


「……何これ」

 レイナが端末を見たまま言う。

「全部、条件つきじゃん」


 翔も横からのぞき込む。


「申請する資格すらないな」


 欲望区へ来れば、もっと簡単に上へ行けると思っていた。

 けれど現実は違った。

 おいしい場所は、最初から強い者たちに押さえていく。

 自分たちみたいな半端な新参には、そこへ立つ権利すらない。


 比較的レベルの低い敵エリアは、最後まで空きが残っていた。

 けれど、そこに出る敵は金をあまり落とさない。

 欲しいアイテムも落とさない。

 倒しても経験値はわずかだった。


「……せめてこっちなら」

 レイナが残った一覧を見ながら言う。


 翔は何も答えなかった。

 一覧にある低報酬区画の敵ですら、二人の今のレベルではまともに倒せないとわかっていたからだ。


 やがて地面が低く揺れた。


 人のざわめきが、一段沈む。


 通りの向こうから現れたのは、初期エリアの黒針蚊とは比べものにならない大きさの魔獣だった。

 分厚い殻に覆われた体。石畳を鳴らす重い足。

 牙のある口が開くたび、喉の奥で鈍い音が鳴る。


 重殻獣 Lv58


 レイナの喉がひゅっと鳴った。


「……無理」

「隠れるぞ」


 翔はそれだけ言って、レイナの腕を引いた。


 高報酬区画では、上級者たちのパーティーがもう動いている。

 光る剣、厚い鎧、強化薬の瓶、回復役の詠唱。

 でもそこは、最初から自分たちの入れる場所ではなかった。


 路地へ入る。

 さらに曲がる。

 積まれた木箱の陰、閉まったままの鉄扉の前、薄暗い階段の下。

 二人は敵に見つからない場所を探して、息をひそめた。


 通りの向こうで、重い衝突音が響く。

 誰かの叫び声。

 それから、討伐成功を告げる歓声。


 端末には、公開設定にしているパーティーの討伐結果が流れてきた。


 防衛成功:中央北区画

 獲得報酬:高額経験値/大金/希少ドロップあり


 その表示を、レイナは暗がりの中で見つめた。


 同じ欲望区にいるはずなのに、自分たちは何もしていない。

 何もできない。

 戦えないから経験値が入らない。

 倒せないから報酬もない。

 レベルも、スキルも、実績も増えない。


「……これじゃ、ずっとこのままじゃん」


 レイナが小さく言う。


 翔は答えなかった。

 安い短剣を握ったまま、ただ息を殺していた。


     ◇


 夕方には、初期エリアの騒ぎは落ち着いていた。


 壊れた柵を直す者。

 水路のそばを掃除する者。

 倒した敵の素材を仕分ける者。

 広場には、いつもの生活の気配がゆっくり戻ってきていた。


 四人も、回収した素材を持って作業場へ向かう。


「これ、防具の補強に使えるかな」

 久美子が毒針を見ながら言う。

「そのままは危ないけど、うまく処理すれば使えるかも」

 かすみが答える。

「じゃあ無駄じゃなかったってことだな」

 誠司が言うと、優が肩を回した。

「疲れたけど、何もできないよりはマシだな」


 端末の経験値欄は、少しだけ増えていた。

 金貨も増えている。

 素材も入っている。


 多くはない。

 でも、ちゃんと手元に残る。


 初期エリアと欲望区。

 その差は、もう少しずつでは済まなくなっていた。


 稼げる額の差じゃない。

 前へ進めるかどうかの差が、ここではもう出はじめていた。

読んでくださりありがとうございます。


今回は、同じ警報でも、立っている場所によって難しさも報酬も違うことがはっきり見えはじめた回でした。

地道に積み上がるものと、入口にすら立てないもの。その差が少しずつ広がっていきます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ