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第7話 戦う準備

今回は、残った側が少しずつ手を取り合いながら、戦う準備を始める回です。

同時に、欲望区へ進んだ二人にも、少しずつ別の現実が見えはじめます。

 朝の空気は、昨日までより少し重かった。


 共有の作業場へ向かう道を、四人は並んで歩いていた。

 誰も昨日のことを口にしなかった。


 作業場は朝から人が多かった。

 昨日届いた通知のせいか、みんな足早で、落ち着かない空気が広がっている。


 壁際には、昨日までの依頼札に加えて、新しい札がいくつも増えていた。

 畑の手入れ、調理場補助、道具修理。

 そういう生活のための依頼の横に、今日は戦うための準備が並んでいる。


 端末が小さく震えた。


 今後、初期エリア周辺にも敵性個体が出現します。戦闘準備を推奨します。


 推奨、なんてやわらかい言い方をしているが、要するに備えろということだ。


「……敵って、あの角鹿より強いんだよね」


 かすみがつぶやくと、誠司は前を向いたままうなずいた。


「そうじゃなきゃ、わざわざこんな通知は来ないだろ」


 優が肩を落とす。


「いきなり戦えって言われてもなあ」


「言ってる場合じゃないでしょ」


 久美子が返した声も、今日は少しかたい。


 四人は掲示板の前で足を止めた。


 鉱山で鉄鉱石採取 報酬:40

 石炭採取 報酬:30

 武器作成補助 報酬:50

 防具縫製補助 報酬:45

 回復薬品作成補助 報酬:35


 その下には、小さく注意書きがある。


 初回出現時は複数での対応を推奨します。

 単独行動は避けてください。


「嫌な書き方」


 かすみが言うと、誠司は短く返した。


「ああ。もう近いってことだろうな」


 少し離れた場所で、別のグループが依頼札を見上げていた。

 そのうちの一人の女の子が、こちらに気づいて苦く笑う。


「そっちも人、減った?」


 誠司がそちらを見る。


「……そっちもか」


「うん。昨日のうちに二人、欲望区行った。戻ってこなかった」


 言い方は淡々としていたが、顔は少し疲れて見えた。


 その横にいた背の高い男が、掲示板の札を指でなぞる。


「生活の当番も残ってるのに、戦闘準備まで一気に増えたら手が回らないだろ」

「だから、できるところはグループ同士で手分けしないかって話してたんだ」


 かすみはその言葉に少しだけ顔を上げた。


「手分け?」


「午前の鉱山は人数を集めた方が早いし、午後の加工場も薬品と武器と防具を別々に回した方が効率いいでしょ」


 誠司は少し考えてからうなずく。


「分かった。こっちもその方が助かる」

「じゃあ決まり」


 女の子はそう言って、少しだけほっとしたように息を吐いた。


 誠司が四人を見回す。


「午前は合同で鉱山。午後は加工場で分担だな。武器と回復手段を先にそろえる」

「防具は?」

「縫製室があるらしい。久美子、そっち見られるか」

「うん。やってみる」

「かすみは薬品補助。優は俺と鉱山」

「はいはい」

「返事軽いな」

「でもやるって」


 優がそう言うと、誠司はそれ以上は言わなかった。


     ◇


 鉱山は初期エリアの外れにあった。


 浅い坑道でも、中に入ると空気がひやりと変わる。

 合同になったのは三つのグループだった。人数が増えたぶん、道具の受け渡しや運搬も手分けしやすい。


「その辺りが鉄鉱石だと思う、って説明だったな」


 かすみが端末を見ながら言うと、近くにいた別グループの少年が笑った。


「思う、って雑だよな」

「この世界、だいたいそんな感じ」

「わかる」


 そんな短いやり取りのあとで、つるはしの音が重なっていく。


 誠司は壁を軽く叩いてから最初の一撃を入れた。

 優も嫌そうな顔をしながらつるはしを持ち上げる。


「重っ」

「文句言う前に動け」

「はいはい」


 何度か打ち込むうちに、灰色の石肌の中に赤茶けた筋が見えてきた。

 かすみがしゃがみ込んで欠片を拾う。


「これじゃない?」

「たぶん当たり」


 誠司がうなずくと、別グループの女の子がかごを差し出した。


「こっち入れて」

「ありがとう」


 一人でやっていた時より、流れが切れない。

 掘る者、運ぶ者、仕分ける者が自然に分かれていき、途中で黒い層が見つかると、今度は石炭の回収も始まった。


 優は石炭を見つけた時だけ、少し機嫌がよかった。


「黒いのはわかりやすくて助かる」

「さっきまで嫌そうだったくせに」

「嫌なのは変わってない。でも見つかるとちょっと楽しい」


 その答えに、近くにいた少年が吹き出した。


 午前の終わりには、それなりの量の鉄鉱石と石炭が集まっていた。

 係に渡すと、小さな札が切られる。


 鉱山で鉄鉱石採取 報酬:40

 石炭採取 報酬:30


「こういうの、地味に嬉しいね」


 かすみが言うと、誠司が少しだけ笑った。


「今の俺たちには十分大きいだろ」

「人数多いと、思ったより進むんだな」


 優が腕を振りながら言う。


 その時、さっきの女の子が息を整えながらつぶやいた。


「……売られてしまうリンクもあれば、新しくできるつながりもあるのかもね」


 誰に向けたわけでもない声だった。


 かすみはその言葉を聞いて、少しだけ胸の奥があたたかくなるのを感じた。

 なくなったものばかり見ていたけれど、それだけではないのかもしれない。


     ◇


 午後の加工場は熱かった。


 炉の前に立つ人、槌を振るう人、木材を削る人。

 昨日まで生活道具が多かった場所に、今日は武器や防具の材料が積まれている。


 誠司と優、それに合同になった何人かは武器作成補助へ回った。

 最初から立派な剣など作れるわけではない。短剣や短槍、木盾の仕上げを手伝い、持てる形にしていく。


「見た目より、まず扱えるものだな」

 誠司が言う。

「剣の方がそれっぽいのに」

 優が不満そうに返す。

「それっぽさで死んだら意味ないだろ」

「それはそう」


 優は口を尖らせながらも、槍の柄になる木材を運び始めた。


 武器作成補助 報酬:50


 一方、かすみは薬品補助の机へ向かった。

 乾燥した葉を量り、小瓶に粉末を分け、札を貼っていく。


 回復薬品作成補助 報酬:35


 隣で同じ作業をしていた年上の男が、手元を見て言った。


「丁寧だな」

「速くはないですけど」

「こういうのは、まず間違えない方が大事だ」


 かすみは小さくうなずく。

 速くなくてもいい。役に立てるなら、それでいいと思えた。


 久美子は別の部屋で、防具縫製補助に回っていた。


 布と革の匂いが混ざる縫製室で、何人かが厚手の上着や手甲を作っている。

 飾りはない。ただ裂けにくく、動きやすいように作られていた。


「初心者用なら、こっち」


 年上の女に言われ、久美子は裁断台の前に立つ。


「これ、本当に役に立つんですか?」

「何もないよりはね。最初の一撃で皮膚を持っていかれないだけでも違う」


 淡々とした返事だった。


 久美子は布を押さえ、線に沿ってはさみを入れる。

 戦うための服を、自分で縫う。そんなこと、少し前まで考えたこともなかった。


「あなた、手先は悪くないね」


 女がふとそう言った。


「え」

「縫い目、そんなに乱れてない」


 久美子は少しだけ息を止めた。


「……ありがとうございます」

「今は見た目じゃなくて、裂けないことを考えな」


 その言葉に、小さくうなずく。


 ちょうどその時、端末が震えた。

 何気なく見て、指が止まる。


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 その下には、小さく項目が並んでいた。


 目元の印象調整

 輪郭補正

 肌質最適化


 喉の奥が少し乾く。


 その時、女が布を置く音がした。


「ここは防具を作る場所だよ。そんな画面を見てる場合じゃない」


 低い声だった。


 久美子ははっとして端末を伏せた。


「……すみません」

「謝らなくていい。ただ、今はそっちじゃない」


 女はそれだけ言って、別の机へ移った。


 久美子は端末を裏返したまま、針を持つ。

 一針、二針。

 少しずつ呼吸が戻ってくる。


 今はそっちじゃない。


 その言葉だけが、胸の中に残った。


 作業を終えると、端末に表示が出た。


 防具縫製補助 報酬:45


     ◇


 一方、欲望区の空気は今日も甘かった。


 レイナは借りたばかりの狭い部屋で髪を整え、翔は隣室から出てくる。

 壁は薄い。窓も小さい。けれど初期エリアの小部屋よりはまだましだと、昨夜は思えた。


 端末には報酬履歴が残っている。


 接客補助 報酬:900

 ドリンク提供 報酬:1200


「やっぱこっちの方が早いじゃん」


 レイナがそう言った時、端末がまた震えた。


 敵性個体出現に備えて戦闘準備をしてください。


「……また来た」

「見た」

 翔が短く答える。


 二人は通りの武器屋へ向かった。

 欲望区の朝は派手だ。色の強い看板、濃い匂い、笑い声。武器屋の店先も、飾りだけは立派だった。


 レイナは軽い気持ちで値札を見て、足を止めた。


 粗鉄の短剣 3200

 初心者用短槍 4800

 木盾 1800

 革の胸当て 4200

 回復薬 600


 値札の下には、小さくこう書かれていた。


 分割可

 登録者向け前払い制度あり

 能力担保相談可


「……高っ」


 昨夜はかなり稼いだ気がしていたのに、数字を前にすると全然足りない。

 部屋の前払いと細かい出費を引いた残高では、短剣一本でも届かなかった。


 翔も黙って値札を見ている。


「なんでこんなにするの」

「困ってるやつから取るんだろ」

「足元見すぎでしょ」

「欲望区だしな」


 笑えない額だった。

 短剣だけ買っても意味は薄い。盾も薬もいる。

 最低限の装備を一式そろえるだけでも、まだ全然足りなかった。 


 武器屋を出たあと、通りの端で男たちの声が聞こえた。


「初期エリアから段階踏んで来いって話だよな」

「そうそう。最近いるんだよ、何もわかってないのに欲望区まで来るやつ」

「武器も防具もなしで来られても迷惑だろ」

「どうせそのうち死ぬって」


 レイナは思わず足をゆるめた。

 自分たちのことを言われたわけじゃない。

 でも、まったく無関係とも思えなかった。


「……何それ」


 翔は答えなかった。


 初期エリアの方は、まだ弱い敵から始まる。

 欲望区の外れに出るものは、もっと面倒だ。

 そんな噂を、昨日も今日もどこかで聞く。


 戻れたら。


 ふとそう思って、レイナはすぐに目をそらした。


 もう戻れない。

 初期リンクは、売った。


 そのまま二人は通りのパン屋の前で足を止めた。

 焼きたての香りは強いのに、値札を見た瞬間に現実へ戻される。


「……これも高い」


 棚の上に並んだ焼きたてのパンは、見た目がいいぶん値段も高かった。

 端のかごに入れられた、時間の経った見切り品だけが安い。


 レイナは少し迷ってから、見切り品を取る。


「まあ、お腹に入れば一緒でしょ」

「そうだな」


 その時、通りの向こうから登録業者の男が手を振った。


「お二人とも、今日もいい案件ありますよ。短時間、高単価。武器代くらいすぐです」


 笑顔が軽い。


 レイナは一瞬だけ迷って、それからうなずいた。


「……じゃあ、今日もお願い」


「ありがとうございます。では、こちらへ」


「……ほら、なんとかなるって」

「そうだな」


 翔もついていく。


 武器屋の値札も、冷えたパンの感触も、まだ胸の奥に残ったままだった。


     ◇


 夕方、加工場の仕事を終えた頃だった。


 端末が一斉に震える。


 かすみは何か新しい依頼かと思って画面を開いた。

 そこに出ていたのは、今まで見たことのない表示だった。


 共同作業スキルが上昇しました。

 連携レベルが上昇しました。


「……え」


 思わず声が漏れる。


 誠司も自分の画面を見ていた。


「こういうのもあるのか」

「共同作業って……さっきの合同作業のこと?」

 かすみが聞く。


 近くにいた別グループの男が肩をすくめた。


「前に聞いたことある。人数減った時とか、共同で動くと上がることがあるらしい」

「へえ」

「最初は地味だけど、あとで効いてくるってさ」


 優が自分の端末を見ながら言う。


「ちゃんと協力した方が得ってこと?」

「たぶん、そういうことだろ」


 誠司の声は落ち着いていた。


 なくなったものばかりではない。

 残った者どうしで動けば、増えていくのもあるのかもしれない。


     ◇


 夜、初期エリアの食堂は少しだけ混んでいた。


 どのテーブルでも、戦闘の話が出ている。

 誰が何を作ったとか、どこで敵を見たらしいとか、確かじゃない噂まで混ざっていた。


 四人は端の席に集まった。

 今日は昼間に手分けした別グループの子たちから、畑で採れた野菜も少し分けてもらっていた。


 食堂に並んだのは、焼きたてのパンと、採れたての野菜を使ったスープ、それに軽く炒めた野菜だった。

 豪華ではない。

 けれど素材が新鮮だから、味付けがシンプルでもちゃんとおいしい。


「これ、普通にうまいな」


 優がパンをちぎりながら言う。


「初期エリアって質素だけど、こういうのはいいよね」

 かすみが言うと、久美子もうなずいた。


「変に飾ってないのに、ちゃんとおいしい」


 初期エリアは稼ぎこそ大きくない。

 でも自給自足に近いぶん、食べるものは案外悪くない。

 かすみは、それが少し救いのように思えた。


「とりあえず、明日も同じ流れかな」

 誠司が言う。

「午前が鉱山で、午後が加工場?」

「たぶんな。武器は一本じゃ不安だし、薬も欲しい。防具も増やしたい」

「私、明日も縫うよ」

 久美子がスープを見ながら言った。

「今日の人に、手先は悪くないって言われたし」

「へえ、よかったじゃん」

 優はそれだけ言って、パンをちぎった。

 久美子は小さくうなずく。

「……うん」


 それだけのやり取りだったのに、食卓の空気はほんの少しやわらいだ。


 昼間の表示を思い出す。

 共同作業スキル。連携レベル。


 同じ世界で、切れてしまったものは確かにある。

 でも、残った者どうしで動くうちに、少しずつ形になるものもあるのかもしれない。


 食堂の外はもう暗かった。

 敵がいつ現れるのかは、まだわからない。

 それでも今日は、昨日よりほんの少しだけ、備えられた気がした。

読んでくださりありがとうございます。


切れてしまったつながりがある一方で、残った者どうしで生まれるものもある。

そんな気配が、少しだけ見えた回になりました。


次もよろしくお願いします。

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