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第77話 話していなかったこと

竜宮城跡地での戦いを終えた八人は、宝箱の報酬を受け取り、海底移動艇へ戻りました。


次の目的地は、地図に示された竜宮城ホテル。


その道中、リリアはレイナと翔へ、まだ話していなかったことを打ち明けます。

竜宮城跡地での戦いを終えた八人は、宝箱の報酬を受け取り、再び海底移動艇へ戻っていた。


窓の外では、崩れた竜宮城跡地が少しずつ遠ざかっていく。


壊れた門。


砕けた真珠の階段。


黒ずんだ珊瑚に覆われた柱。


さっきまで戦っていた玉座の間は、深い青の闇の中へ沈んでいった。


海底移動艇の中には、重い沈黙が落ちていた。


誰も、すぐには口を開かなかった。


眠り。


麻痺。


魅了。


人魚王の水流。


怨念の声。


体の疲れだけではなく、心の奥にも重いものが残っている。


そのうえ、戦闘中にリリアの正体が明かされてしまった。


人間の体をまとった海の娘。


海を離れ、人間に恋をした娘。


リリアが元人魚だったことを、レイナと翔は初めて知った。


驚きは、まだ消えていない。


けれど、すぐに問いかけることはできなかった。


レイナも翔も、聞きたいことはあった。


どういうことなのか。


なぜ今、人間の姿をしているのか。


けれど、言葉にならなかった。


かすみも、誠司も、煌成も、早希も、大地も、無理に口を開かなかった。


誰もリリアを責めているわけではない。


これは、リリア自身が話すべきことだ。


みんなが、そう感じていたからだった。


ただ、リリアが自分の言葉で話し出すのを待っていた。


端末には、次の目的地が表示されている。


【竜宮城ホテル】


宝箱から手に入れた貝殻の地図は、淡い真珠色の光を放っていた。


その光が、海底移動艇の進路と重なっている。


竜宮城跡地からさらに奥へ。


珊瑚の森を抜けた先へ。


海底移動艇は、地図が示す道を進んでいた。


早希は操縦席の近くで、周囲の反応を確認していた。


「今のところ、敵反応はなさそうだね」


誠司は端末と貝殻の地図を見比べながらうなずいた。


「はい。ただ……前にも通ったはずなのに、やっぱり分かりにくいですね。地図の光がなければ、同じ場所を何度も回っているように見えます」


かすみも窓の外を見た。


「一度来たから大丈夫、という場所ではないですね」


青紫に光る珊瑚の森が、迷路の壁のように並んでいる。


枝の隙間を、小さな銀色の魚が星屑のように泳いでいた。


美しい。


けれど、道は分かりにくかった。


前に進んでいるはずなのに、似た形の珊瑚の柱が何度も現れる。


曲がったはずの場所へ、また戻ってきたように見える。


何度来ても、案内なしでは迷ってしまいそうな地形だった。


大地が低く言った。


「相変わらず、普通に来たら絶対迷う場所だな」


煌成は地図の光を見つめた。


「入場券や地図を持っていない者を近づけないための仕組みかもしれないね」


早希はレイナと翔を見た。


「二人は初めてだから、窓の外だけ見ていると余計に混乱すると思う。今は地図の光を信じて進もう」


レイナは、窓の外に広がる珊瑚の森を見つめた。


美しい場所だった。


けれど、さっきの戦いの後では、その美しささえ少し怖く感じた。


リリアは、向かい側の席で膝の上に手を置いていた。


顔色は悪くない。


でも、ずっと何かをこらえているように見えた。


さっき、レイナは考えるより先にリリアを守った。


リリアが元人魚だと知って、驚かなかったわけではない。


でも、黒紫の怨念がリリアへ伸びた瞬間、そんなことは全部あとでよかった。


目の前で仲間が傷つけられそうになっている。


それだけで、体は動いていた。


リリアは、レイナの視線に気づいた。


少しだけ迷うように息を吸う。


そして、静かに口を開いた。


「……レイナさん」


レイナは、すぐに顔を上げた。


「はい」


リリアは、座ったまま深く頭を下げた。


「先ほどは、ありがとうございました」


レイナは慌てて首を振った。


「そんな、お礼を言われることじゃないです。あれは……当然です。仲間なんですから」


仲間。


その言葉に、リリアの胸が小さく痛んだ。


嬉しかった。


けれど、だからこそ、もう黙っていることはできなかった。


リリアは、レイナと翔を見た。


翔は腕を組み、何かを言いたそうにしながらも黙っていた。


「まだ、レイナさんと翔さんには話していないことがあります」


艇内の空気が、静かに変わった。


早希も、大地も、かすみも、煌成も、誠司も、口を挟まなかった。


リリアは、自分の手を見つめた。


それは人間の手だった。


今の体は、自分のものではない。


借りたままの体。


返さなければいけない体。


リリアは、ゆっくりと言った。


「私は、元人魚なんです」


レイナは息をのんだ。


翔も、わずかに体を起こした。


「本当に……そうだったのか」


「はい」


リリアはうなずいた。


「私は、もともと海で暮らしていました。今のような人間の体ではなく、人魚の体で」


レイナは、さっきの人魚王の言葉を思い出した。


海の娘。


人間の体をまとい、人間を愛した娘。


「じゃあ、さっきの人魚王が言っていたことは……」


リリアは、小さく息を吸った。


「全部が正しいわけではありません。でも、全部違うわけでもありません」


その声は静かだった。


逃げようとしていない声だった。


「私は、人間の世界に憧れていました。海の外へ行きたいと思っていました」


リリアは視線を落とす。


「そして、ある漁師に恋をしました」


レイナは、何も言えなかった。


翔も黙ってリリアの言葉を聞いていた。


「その人が好きで、その人について行きました。その人は、私を水槽ごと欲望区へ連れて行きました。マーメイドラウンジにいれば、また迎えに来ると言われて……私は、それを信じて待っていました」


リリアの手に力が入る。


「でも、その人は迎えに来ませんでした」


海底移動艇の中に、静かな機械音だけが響いた。


窓の外では、珊瑚の森がゆっくり流れていく。


「マーメイドラウンジには、私と同じように連れて来られた人魚が他にもいました。誰かを信じて来た人。迎えを待っていた人。帰れなくなった人。事情は少しずつ違っても、水槽から出られないことは同じでした」


レイナは、思わず口元に手を当てた。


「水槽から……出られなかったんですか」


「はい」


リリアはうなずいた。


「だから、私はそこで接客の仕事をするしかありませんでした。最初はつらかったです。でも、生きていくために、一生懸命働きました」


少しだけ息を整えてから、リリアは続けた。


「そうしているうちに、ラウンジでの営業成績が一位になりました」


翔は、難しそうな顔をした。


レイナも、何も言えずにリリアを見ていた。


リリアは続けた。


「その頃、美波さんが私のことを知りました」


「美波さん……」


レイナが小さく名前を繰り返す。


「はい。今、私が借りているこの体の持ち主です」


リリアは、自分の手を見た。


人間の手。


水槽の外に出られる体。


自分の足で歩ける体。


「本物の人魚は珍しく、マーメイドラウンジでは人気がありました。指名も多く、触れると相手が珊瑚になってしまうので、お客様からめったに触られることもありません。それでもお給料は高かったので、美波さんには、私たち人魚が恵まれているように見えたのだと思います」


レイナは、マーメイドラウンジの水槽を思い出した。


以前、玲司と詩乃に案内されて見た場所。


華やかな照明。


美しい水槽。


きらびやかな衣装。


特別な席。


あの時は、ただ高級で華やかな場所だと思っていた。


けれど、その水槽の裏側に、そんな事情があったなんて思いもしなかった。


「私たち……何も知らずに見ていたよね」


レイナの声は、小さく震えていた。


翔も低く言った。


「表から見えていたものと、裏で起きていたことが、全然違ったんだな」


レイナは唇を結んだ。


確かに、あの時はそう見えていた。


美しい水槽の中で、きれいに着飾った人魚たちが客を迎える。


高級な場所で働いている人たち。


それ以上のことを、深く考えようとはしていなかった。


「マーメイドラウンジでは、私たちは接客をしていました。お仕事ですから、お客様の前では笑います。普通に見れば、そこで雇われて働いている人魚に見えると思います」


リリアは、少しだけ言葉を切った。


「それに……竜宮城の掟を破って、人間について行った私たち人魚にも、悪いところはあったのですから」


その言葉が、かえってレイナの胸に重く残った。


翔が少し考え込んでから聞いた。


「でも、美波って人は、今もその水槽にいるんだろ」


「はい」


リリアはうなずいた。


「美波さんは、私の人魚の体でマーメイドラウンジの水槽にいます。でも、人魚として泳ぐことも、接客をすることも、うまくできませんでした。人魚として生きることは、美波さんが思っていたほど華やかなものではなかったんです」


「それで、体を返してほしいって言ってるのか」


「はい」


リリアは視線を落とした。


「美波さんは、自分の体に戻りたいと願っています。だから私は、体を返さなければいけません」


静かな沈黙が落ちた。


リリアは、自分を守るような言い方をしなかった。


誰かのせいにもしていない。


ただ、自分のしてきたことと、自分の気持ちを、一つずつ言葉にしていた。


「美波さんに体を返さなければいけない。その気持ちは変わりません。これは、私の体ではありません。借りたままでいいはずがありません」


リリアの声が、少し震えた。


「でも、誠司さんを好きになった気持ちまで、なかったことにはできませんでした」


誠司は、そこで顔を上げた。


「リリアさんだけが悪いわけじゃありません」


リリアが振り向く。


誠司は、真剣な顔で続けた。


「俺も、リリアさんを好きになりました。事情を全部知った後でも、その気持ちは変わっていません」


「誠司さん……」


「だから、リリアさん一人が背負うことじゃないです」


誠司の声は、強くはなかった。


けれど、はっきりしていた。


「美波さんに体を返すことも、リリアさんが人魚に戻った後のことも、俺も一緒に考えます」


リリアは唇を噛んだ。


泣きそうになるのをこらえているように見えた。


レイナは、二人を見てから、ゆっくり口を開いた。


「私……正直、すごく驚きました」


リリアは静かにうなずいた。


「はい」


「でも、さっき戦っている時は、リリアさんが何者かより、リリアさんが危ないことの方が先でした」


レイナは、自分の胸元に手を置いた。


「人魚だったとか、人間の体だとか、まだ全部は理解できていません。でも、目の前で仲間が傷つけられそうになっているのに、知らないふりはできません」


リリアの表情が揺れた。


「レイナさん……」


「それに、私たちも海のことを何も知らなかったんです」


レイナは、窓の外に目を向けた。


真珠色の光の道は、珊瑚の森の奥へ続いている。


「お金を払って権利を買えば進めると思っていました。実際、そうやって進んできた部分もあります。でも、沈没船を自分たちで越えて、竜宮城跡地を見て……やっと分かりました。ここは、ただのゲームのエリアじゃないんですね」


翔も、少し息を吐いた。


「俺も同じだ」


全員の視線が翔へ向く。


翔は少し考えてから、リリアを見た。


「元人魚って聞いた時は、かなりびっくりした。今も全部分かったとは言えねえ。でも、さっき一緒に戦ったのは事実だろ」


「はい」


「だったら、ここまで来て急に知らねえふりはできねえよ」


翔の言葉に、リリアは小さく息を詰めた。


翔は続ける。


「それに、リリアさんが美波って人に体を返そうとしてるなら、逃げようとしてるわけじゃないんだろ」


「はい。逃げたくありません」


リリアはすぐに答えた。


「私は、美波さんに体を返します。そのために竜宮城へ来ました」


「なら、そこまでは一緒に行けばいい」


翔は短く言った。


「俺たちだって、ここまで来たんだ。途中で何も知らないまま帰る方が気持ち悪い」


レイナも小さくうなずいた。


「私も知りたいです。この海で何が起きているのか。美波さんがどうして帰れなくなっているのか。リリアさんが人魚に戻ったら、どうなるのか」


リリアは、二人を見つめた。


拒まれるかもしれないと思っていた。


距離を取られるかもしれないと思っていた。


けれど、返ってきたのは拒絶ではなかった。


戸惑いはある。


驚きもある。


それでも、二人は前を向いてくれていた。


「ありがとうございます」


リリアは、もう一度深く頭を下げた。


「本当は、もっと早く話すべきだったのかもしれません」


かすみが、そこで静かに口を開いた。


「それは、簡単に話せることではなかったと思います」


リリアが顔を上げる。


かすみは続けた。


「リリアさんのことでもあるし、美波さんのことでもあります。誰にどこまで話すのかは、慎重になって当然です」


煌成も端末の表示を確認しながら言った。


「ただ、ここから先は情報を共有した方がいい。竜宮城ホテルへ向かうなら、リリアさんの事情に反応するものがまた出てくるかもしれない」


早希もうなずいた。


「事情は先に聞いていたけど、まさか敵がここまでリリアさんに反応するとは思わなかった。今のうちに、レイナさんと翔さんにも話してもらえてよかった」


大地は盾をそばに置いたまま、低く言った。


「俺たちはもう一緒にここまで来てる。だったら、最後まで行くだけだ」


その言葉に、リリアは少しだけ表情を和らげた。


話しても、誰も離れていかなかった。


それだけで、胸の奥にあった重さが少しだけほどけた気がした。


「ありがとうございます」


リリアは小さく言った。


その時、海底移動艇がゆっくりと速度を落とした。


誠司が端末を見る。


「目的地に近づいています」


窓の外に、青紫の珊瑚の森が広がっていた。


枝のように伸びた珊瑚が、迷路の壁のように並んでいる。


その奥で、真珠色の光が集まっていた。


最初は、ただの岩壁に見えた。


珊瑚も、門も、建物もない。


けれど、海底移動艇が近づくにつれて、岩壁の表面に水紋のような光が広がっていく。


かすみが貝殻の入場券を見た。


「これに反応しているのかもしれません」


入場券に刻まれた文字が、淡く光っていた。


その光に呼応するように、岩壁の表面に珊瑚の模様が浮かび上がる。


真珠の粒が星座のように並び、岩壁全体へ光の線を走らせていく。


やがて、岩壁の中央に大きな門の形が現れた。


レイナが窓に手を添えた。


「ここが……」


翔も息をのむ。


「本当に、隠されてたんだな」


貝殻を重ねたような扉。


珊瑚で編まれた飾り。


真珠の灯り。


それらが海底の暗がりの中で、静かに輝いていた。


門が、音もなく開いていく。


その向こうには、温かな光があった。


竜宮城跡地の冷たい廃墟とは違う。


誰かが今も暮らしている気配。


誰かが守り続けている場所。


遠くに、大きな建物が見えた。


真珠色の壁。


珊瑚の柱。


海藻のカーテンのように揺れる飾り。


貝殻の屋根は、月の光を受けたように白く輝いている。


その建物の上に、文字が浮かんでいた。


【竜宮城ホテル】


リリアは、窓の向こうの光を見つめた。


美波へ体を返すために。


人魚に戻ったあとの自分を知るために。


そして、誠司との未来に少しでも道があるのかを確かめるために。


ここから先へ進まなければならない。


誠司が、リリアの少し後ろから声をかけた。


「リリアさん」


リリアは振り返る。


「はい」


「俺も一緒に行きます」


短い言葉だった。


けれど、それだけで十分だった。


リリアは小さくうなずいた。


「はい」


レイナが隣にいる。


翔が前を見ている。


かすみも、煌成も、早希も、大地もいる。


リリアは、もう一度だけ深く息を吸った。


竜宮城跡地は、過去の悲しみが沈んだ場所だった。


けれど、その先には、今も誰かが守り続けている竜宮城がある。


海底移動艇は、隠された竜宮城ホテルの門の前で静かに止まった。


読んでいただきありがとうございます。


今回は、竜宮城ホテルへ向かう途中で、リリアがレイナと翔へ話していなかったことを打ち明ける回でした。


リリアが元人魚だったこと。


美波と体を交換したこと。


そして、マーメイドラウンジの水槽の裏側にあった事情。


竜宮城跡地で知った過去と、今も続いている問題が、少しずつつながり始めました。

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