第72話 竜宮城へ帰りたい
仲間たちが人魚についての調査を始める中、誠司はその報告をするため、リリアの部屋を訪ねます。
そこでリリアから、今後についての大切な願いを打ち明けられます。
優が初めて漁へ出た日の午後。
誠司は、リリアの住む部屋を訪ねていた。
仲間たちが始めた調査について直接伝えたいと、先に端末で連絡していた。
呼び出し音を鳴らすと、しばらくして扉が開いた。
「こんにちは」
「こんにちは。来てくださってありがとうございます」
リリアは、以前訪れた時よりも顔色がよくなっていた。
髪もきれいに整えられている。
「体調は、もう大丈夫ですか?」
「はい。今日から仕事に戻ります」
「そうですか。無理はしないでくださいね」
「ありがとうございます」
誠司はリリアに勧められ、部屋の中へ入った。
二人はテーブルを挟んで向かい合って座った。
「調査のことなんですが、仲間たちがそれぞれ動き始めています」
誠司は、これまでに決まったことを順番に話した。
「優さんは、港で以前不自然な反応を見せた若い漁師へ近づいています。大地さんは、生きた魚や海水を運ぶ仕事について調べています」
「漁師さんに、直接人魚のことを聞くのですか?」
「いいえ。今は普通の漁の話をして、少しずつ近づいているそうです」
誠司は続けた。
「煌成さんも、人魚を運ぶための許可や、ラウンジで働くことへの同意、雇用記録について調べ始めました」
リリアは静かに話を聞いていた。
「私たちのために、皆さんが動いてくださっているんですね」
「はい。美波さんやミレナさん、ほかの人魚たちのためでもあります」
誠司はリリアを見つめた。
「でも、僕はリリアさんを助けたいと思って、みんなに相談しました」
リリアは少し驚いたように誠司を見つめたあと、小さく笑った。
「ありがとうございます」
しばらくして、リリアが膝の上で両手を重ねた。
「誠司さん。私も、お話ししたいことがあります」
「何ですか?」
「私、近いうちに美波さんへ人間の体を返そうと思っています」
誠司は驚いた。
「そして、私は元の人魚の体へ戻ります」
「決めたんですか?」
「はい。でも、本当は怖いです」
リリアは誠司から視線をそらさずに続けた。
「人魚へ戻れば、誠司さんに会うことも、触れることも難しくなります」
人魚に触れた人間は、珊瑚になってしまう。
今のように隣を歩いたり、手をつないだりすることもできなくなる。
「それに、ラウンジの水槽から出してもらえなければ、竜宮城へ帰ることもできません」
「リリアさん……」
「それでも、これは美波さんの体です。美波さんが自分の体へ戻りたいと願っているのに、私が借りたままにしておくことはできません」
リリアは、もう一度はっきりと言った。
「美波さんへ人間の体を返します。そして、私は元の人魚の体へ戻ります」
誠司は、すぐには何も言えなかった。
リリアがどれほど迷ったうえで決めたことなのか、分かっていたからだ。
「でも、その前に一度、竜宮城へ帰りたいんです」
「竜宮城へ?」
「はい」
リリアはうなずいた。
「人魚の体へ戻ってからでは、ラウンジの外へ出られないかもしれません。だから、まだ人間の体で自由に動けるうちに、もう一度だけ故郷へ帰りたいんです」
「家族に会いたいんですか?」
「家族が今もそこにいるのかは分かりません」
リリアは少し寂しそうに笑った。
「私が海を出てから、かなり時間がたっています。それでも、自分が暮らしていた場所をもう一度見たいんです」
リリアは、まっすぐ誠司を見た。
「私を竜宮城まで連れていってもらえませんか?」
誠司は少し考えてから答えた。
「海のミッションで通った道は、何となく覚えています」
「では、連れていってもらえますか?」
「僕一人では難しいです」
誠司は正直に話した。
「道を間違えるかもしれません。それに、途中で敵が出たら、僕一人ではリリアさんを守りながら倒すことができません」
以前、かすみたちと海のエリアを進んだ時も、途中には敵が現れた。
一人で安全に竜宮城まで行ける道ではない。
「仲間たちと一緒なら、竜宮城まで連れていけると思います」
「皆さんにも、お願いしていただけますか?」
「はい。相談してみます」
「お願いします」
リリアは少し安心したように表情を和らげた。
◇
リリアの部屋を出たあと、誠司は初期エリアからの仲間たちが入っているグループチャットを開いた。
『今日、リリアさんと話しました』
『リリアさんは、近いうちに美波さんへ人間の体を返すつもりです』
『そのあと、リリアさんは自分の元の人魚の体へ戻ります』
『ただ、その前に一度、竜宮城へ帰りたいそうです』
『僕も海のミッションで通った道は何となく覚えていますが、一人でリリアさんを連れていくのは危険です』
『みんなで一緒に竜宮城へ行くことはできないでしょうか』
しばらくして、かすみから返信が届いた。
『レイナさんと翔さんの海のミッションを、私たちが手伝う時に一緒に行くのはどうでしょうか』
レイナと翔は、正規の順番でエリアを進まず、初期エリアから欲望区へ移動していた。
そのため、二人だけでは海のミッションを始めることができずに困っていた。
かすみから、続けてメッセージが届いた。
『二人の海のミッションを私たちが手伝って、リリアさんも一緒に参加します』
『レイナさんと翔さんのミッションがうまくいけば、そのままみんなで竜宮城へ行けると思います』
誠司は返信した。
『でも、レイナさんと翔さんには、リリアさんと美波さんが体を交換していることは話せません』
『リリアさんが元人魚だということも、秘密にしておきたいです』
かすみから、すぐに返事が届いた。
『もちろんです』
『二人には、リリアさんも竜宮城へ行く必要があるとだけ伝えます』
『体交換のことも、リリアさんが元人魚だということも話しません』
誠司は、念のためリリアへ個別にメッセージを送った。
レイナと翔の海のミッションへ同行する形で、一緒に海へ行けるかもしれないこと。
二人には、体交換のことも、リリアが元人魚であることも話さないこと。
その内容で話を進めてもよいかと尋ねた。
しばらくして、リリアから返信が届いた。
『秘密にしていただけるのであれば、大丈夫です』
『よろしくお願いします』
誠司は、その返事をグループチャットへ伝えた。
かすみから、最後にメッセージが届いた。
『分かりました』
『まずは私から、レイナさんと翔さんに話してみます』
レイナと翔の海のミッションがうまくいけば、リリアを連れて、みんなで竜宮城へ行くことができる。
リリアが美波へ人間の体を返す前に、故郷へ帰るための道が動き始めた。
美波へ人間の体を返す前に、もう一度だけ故郷へ帰りたいと願うリリア。
レイナと翔の海のミッションを手伝いながら、竜宮城を目指す計画が動き始めました。




