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第70話 動き始める二つの調査

誠司から人魚たちの事情を聞いた仲間たちは、それぞれの場所から調査を始めます。


優は、以前港で不自然な反応を見せた若い漁師へ近づくことに。


一方、かすみは、マーメイドラウンジを調べていた煌成へ相談します。

誠司から相談があった翌朝。


優は、魚屋の仕入れのために港を訪れていた。


店で扱う魚を確認しながら、港にいる漁師たちの顔を一人ずつ見ていく。


探しているのは、以前、人魚について尋ねた時に不自然な反応を見せた若い漁師だった。


銀色に近い髪と、薄い青の尾びれを持つ人魚を見なかったか。


そう尋ねた瞬間、あの漁師だけがわずかに顔を曇らせた。


ほかの漁師たちに合わせるように笑っていたが、優はその反応がずっと気になっていた。


ただし、今回は自分から人魚の話題を出すつもりはない。


同じ話を持ち出せば、警戒されるかもしれない。


まずは魚や漁の話をしながら、自然に近づく。


優はそう決めていた。


しばらくすると、一隻の漁船が港へ戻ってきた。


船が岸へ近づき、漁師たちが獲れた魚や道具を運び始める。


その中に、探していた若い漁師がいた。


どうやら、ちょうど漁から帰ったところらしい。


優はすぐには近づかず、少し離れた場所から作業が終わるのを待った。


若い漁師が網や道具を片づけ、船から下りてくる。


優は少し緊張しながら声をかけた。


「すみません」


若い漁師が振り返る。


「何か用か?」


その様子を見る限り、以前、優が話しかけたことは覚えていないようだった。


優は内心ほっとした。


人魚について尋ねた相手だと気づかれていないのなら、魚や漁の話から自然に近づくことができる。


「僕、魚が好きで、今は魚屋で働いています」


「魚屋?」


「はい。街エリアへ行く前は、暇さえあれば海岸で釣りをしていました」


若い漁師は、優の話を黙って聞いている。


「いつか船に乗って魚を釣ってみたいって、ずっと憧れていたんです」


「それで、俺に声をかけたのか?」


「はい。僕は内気で、年上の漁師さんにはなかなか声をかけられなくて……。でも、あなたは僕と歳が近そうだったので、勇気を出して話しかけてみました」


「そんな理由か」


「すみません」


「別に謝ることじゃないけどな」


若い漁師は、小さく笑った。


優は港に停められた船へ目を向けた。


「魚釣りも好きなのですが、漁も体験してみたいです」


「毎日やってたら、そんなに面白い仕事じゃないぞ」


「そうなんですか?」


「朝は早いし、天気にも左右される。魚が全然獲れない日もある」


若い漁師は、疲れたように船を見た。


「毎日船に乗れるから楽しいなんて思えるのは、最初だけだ」


「でも、僕だったら、毎日船に乗れて魚が獲れたら、どんなに楽しいだろうってワクワクするんです」


若い漁師は、優の顔をじっと見た。


「お前、変わってるな」


「よく言われます」


「俺は、好きで漁師になったわけじゃない」


若い漁師は、船へ視線を戻した。


「親父のあとを継いだだけだ」


「そうだったんですか」


「本当は、街でみんなみたいに働きたかった」


優は少し意外に思った。


自分が憧れている暮らしを、この漁師は望んでいない。


「街で、どんな仕事をしたかったんですか?」


「そこまでは決めてなかった。ただ、毎朝暗いうちから海へ出る生活以外もあるんだろうなって思ってただけだ」


若い漁師は、少し自嘲するように笑った。


「結局、親父が残した船に乗ってるけどな」


「僕は、海で働けることがうらやましいです」


「本当に変わってるな」


若い漁師は、優をしばらく見ていた。


「そんなに船へ乗りたいのか?」


「はい」


優は迷わず答えた。


「船釣りだけではなく、漁の手伝いもしてみたいです」


「邪魔になるかもしれないぞ」


「教えてもらったことは、きちんとやります」


「船は揺れるし、酔うかもしれない」


「それでも乗ってみたいです」


若い漁師は少し考えたあと、優を見た。


「明日、来られるなら連れていってやるぞ」


「本当ですか?」


「ああ。朝は早いけどな」


「何時に来ればいいですか?」


「夜明け前には港へ来い。遅れたら置いていくからな」


「分かりました。必ず来ます」


優は深く頭を下げた。


「ありがとうございます」


若い漁師は、優の喜びようを見て小さく笑った。


「そんなに楽しみなのか?」


「はい。ずっと憧れていたので」


「分かった、分かった」


若い漁師は道具を持ち上げ、ほかの漁師たちの方へ戻っていった。


優は、その背中を見つめた。


今回は、自分から人魚の話題を出さないつもりだった。


まずは船に乗せてもらい、魚や漁の話をしながら、少しずつ若い漁師との距離を縮める。


そのためのきっかけは作ることができた。


優は、再び魚の仕入れへ戻った。



その頃。


かすみは、マーメイドレジデンスの部屋で煌成と向かい合っていた。


「煌成さん、お話があります」


かすみの真剣な表情に、煌成も手を止めた。


「どうしましたか?」


「先ほど、初期エリアから一緒だった仲間たちのグループチャットで、誠司さんから相談がありました」


「誠司さんから?」


「はい。マーメイドラウンジの人魚についてです」


煌成の表情が少し変わった。


「聞かせてください」


かすみは、誠司から届いた報告を思い出しながら話し始めた。


「誠司さんが、本物の人魚と面会したそうです。その人魚はエリーと呼ばれていますが、本当の名前は美波さんです」


「美波さん……」


「美波さんは、もともと人間でした」


煌成は黙ったまま、続きを待っている。


「そして、リリアさんは、もともと人魚だったそうです」


「リリアさんが?」


「はい。二人は体を交換しています」


かすみは、ゆっくりと説明を続けた。


「今のリリアさんは、美波さんの人間の体で暮らしています。マーメイドラウンジの水槽にいるエリーさんは、リリアさんの元の人魚の体に入っています」


煌成の顔から、穏やかな笑みが消えた。


「その話を、リリアさん本人も認めているのですか?」


「はい。誠司さんが直接確認しました」


「リリアさんの許可を得て、僕に話しているのですね?」


「誠司さんが確認してくれました。かすみさんの旦那様だけなら話しても大丈夫だと、リリアさんから返事があったそうです」


煌成は静かにうなずいた。


「分かりました。それなら、続きを聞かせてください」


「美波さんは、元の人間の体へ戻りたがっています。でも、リリアさんが人魚へ戻った場合、自分の力ではラウンジから出られないそうです」


「元の体へ戻っても、自由にはなれないということですか」


「はい。そのまま水槽で一生を終えることになるかもしれないと……」


かすみは言葉を詰まらせた。


「リリアさんは、人魚へ戻るとしても、人間のままでいるとしても、もう一度竜宮城へ行きたいと言っています」


煌成はしばらく考え込んだ。


「ほかに、何か分かったことはありますか?」


「リリアさんは、一人の漁師に恋をして、その漁師の船へ乗ったそうです」


「自分の意思で船に?」


「はい。でも、そのあと漁師の仲間が使っている魚を運ぶ車へ乗るように言われました」


「何と説明されたのですか?」


「車で行った先で待っていてください。あとから迎えに行きますから、と言われたそうです」


煌成の表情が険しくなる。


「その車で、マーメイドラウンジへ運ばれたのですね」


「はい。でも、漁師は迎えに来ませんでした」


かすみは続けた。


「リリアさん以外にも、迎えに来ると言われたのに、結局迎えに来てもらえなかった人魚がいるようです」


「同じ方法で、何人もの人魚が連れてこられた可能性があるということですね」


「はい。ミレナさんも、もしかしたら同じルートで連れてこられたのかもしれません」


煌成は、しばらく黙っていた。


「人魚本人は、マーメイドラウンジで働くことを希望していたのでしょうか」


「リリアさんは、漁師が迎えに来るのを待っていたそうです。ラウンジで働くために来たわけではありません」


「人間の街へ行きたいという意思と、マーメイドラウンジで働くことへの同意は別です」


煌成は端末を手に取った。


「もし、リリアさんやほかの人魚たちが、ラウンジで働くことへ正式に同意しないまま連れてこられたのなら……」


かすみは煌成を見る。


「違法なんですか?」


「可能性があります」


煌成は、まだ断定せずに答えた。


「ラウンジ側が、違法な方法で連れてこられた人魚を受け入れ、働かせている可能性もあります」


「調べることはできますか?」


「はい。僕は法律面から調べてみます」


「法律面?」


「人魚を移送するために、どのような許可が必要なのか。本人へ仕事内容を説明し、自由な意思で同意した記録があるのか」


煌成は画面へ視線を落とした。


「体交換についても、正式な証明や履歴が残されているのか確認する必要があります」


「もし問題が見つかったら、人魚たちを助けられますか?」


「まだ約束はできません」


煌成は、かすみをまっすぐ見た。


「今は、ラウンジが違法だと決まったわけではありません。漁師や受け入れ担当者だけが、勝手に手続きを進めていた可能性もあります」


「そうですよね……」


「ただ、契約や移送に問題があると証明できれば、店が人魚たちを拘束し続けることは難しくなるはずです」


かすみは小さくうなずいた。


「優さんは、港で以前不自然な反応をした若い漁師へ近づこうとしています」


「漁師へ直接?」


「人魚については聞かずに、まずは普通の魚や漁の話をしながら近づくそうです」


「慎重に進めた方がよさそうですね」


「大地さんも、運送会社で大量の海水について聞いた時、担当者が話を濁したことを思い出したそうです」


「港と運送会社、そしてラウンジ」


煌成は、それぞれの情報を頭の中で整理していた。


「別々に見えていたものが、つながるかもしれません」


「煌成さんが以前調べていたことも、何か関係がありますか?」


「まだ分かりません。ただ、あのラウンジの人魚がどこから来たのか、以前から気になっていました」


「だから、あの日もラウンジへ?」


「はい。そこで、かすみさんと出会いました」


かすみは、煌成と初めて言葉を交わした日のことを思い出した。


あの時にはまだ、ラウンジの奥で起きていることを何も知らなかった。


「これまで調べたことと、誠司さんたちが集めた情報を整理してみます」


「お願いします」


「それから、リリアさんと美波さんの体交換については、まだ限られた人だけの秘密にしておきましょう」


「はい。分かりました」


「勝手に広げることはしません」


煌成の返事を聞き、かすみは少し安心した。


「仲間のみんなには、煌成さんも調べてくれると伝えていいですか?」


「はい」


かすみは端末を開き、グループチャットへメッセージを送った。


『煌成さんにも相談しました。


煌成さんは、人魚の移送や雇用、体交換の記録について、法律面から調べてくれるそうです』


送信すると、すぐに既読がつき始めた。


優は港から。


大地は運送会社から。


煌成は法律や契約から。


まだ、何が起きているのかは分からない。


それでも、人魚たちがマーメイドラウンジへ連れてこられた経緯を知るための調査は、少しずつ動き始めていた。


優は、以前港で不自然な反応を見せた若い漁師へ、魚や漁の話から近づき始めました。


一方、かすみからリリアと美波の体交換や、人魚たちが連れてこられた経緯を聞いた煌成は、法律や契約の面から調べることにします。


港とマーメイドラウンジ。


二つの方向から、人魚たちをめぐる調査が動き始めました。

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