第65話 ブーケのあとで
かすみと煌成の結婚式を終え、夜は二次会へ。
披露宴よりもやわらかな空気の中で、仲間たちはそれぞれの時間を過ごします。
披露宴のあと、マーメイドホテル内のパーティールームで二次会が開かれた。
大きな窓の向こうには、ライトアップされたプールと水族館が広がっている。
披露宴よりも照明はやわらかく、会場には軽い料理やデザート、色とりどりの飲み物が用意されていた。
二次会の会場に、グラデーションのドレスへ着替えたかすみと、披露宴より少し軽やかな装いに替えた煌成が入ってきた。
黒のスーツに明るいシャツとネクタイが、かすみのドレスの色合いによく合っていた。
二人が姿を見せると、会場から拍手が起こる。
かすみは煌成と顔を見合わせて笑い、招待客への挨拶に向かった。
最初に訪れたのは、久美子のところだった。
「煌成さん。こちらは久美子さんです」
久美子が丁寧に頭を下げる。
「初めまして。久美子です」
「今回のウェディングドレスとお色直しのドレス、それから今着ている二次会用のドレスも、久美子さんがデザインして作ってくださったんです」
煌成は久美子へ向き直った。
「三着とも、とても素晴らしいドレスでした。短い期間で仕上げてくださり、ありがとうございます」
「私も、かすみのドレスを作れてうれしかったです」
「どのドレスも、かすみさんによく似合っていました」
近くにいたホテル関係者が、その会話を聞いて久美子へ声をかけた。
「こちらのドレスをデザインされた方なのですか?」
「はい。工房のみんなにも手伝ってもらいました」
「純白のウェディングドレスも素敵でしたが、披露宴のサンゴピンクのドレスも印象的でした。今のグラデーションドレスも、とても華やかですね」
別の女性も会話に加わる。
「今後、当ホテルのウェディング衣装やパーティードレスについて、一度工房の方とお話しさせていただけませんか?」
突然の申し出に、久美子は少し戸惑った。
それでも、差し出された名刺を丁寧に受け取る。
「ありがとうございます。工房の者に相談してみます」
「久美子さんのドレスが、次のお仕事につながるといいですね」
かすみがうれしそうに言った。
「うん。まだ決まったわけじゃないけど、話を聞いてもらえるだけでもうれしい」
久美子の片手には、披露宴で受け取ったブーケ。
もう片方の手には、新しい仕事へつながるかもしれない名刺があった。
かすみと煌成は久美子へもう一度礼を伝え、次に早希と大地のもとへ向かった。
「こちらは早希さんと大地さんです」
かすみが二人を紹介する。
「早希さんは、今は戦闘訓練所で働いています。元の世界では、スポーツクラブのインストラクターをしていました」
「早希です。今日はお招きいただき、ありがとうございます」
「大地さんは、今は運送の仕事をしています。元の世界ではスポーツクラブのインストラクターをしながら、ラグビー選手としても活動していたんです」
「大地です。よろしくお願いします」
煌成は二人へ興味を示した。
「お二人とも、体を使う仕事の経験が豊富なのですね」
「はい。戦闘訓練所では、疲れが抜けないまま無理を続ける人も多いです」
早希が答えると、大地もうなずいた。
「運送の仕事も、腰や肩を痛める人がいます」
「僕は以前、医師をしていました」
煌成は二人の話を聞きながら続ける。
「今は、欲望区や都会で心身ともに疲れた人が、生活を立て直すための仕事をしています。健康相談や休養、食事、心のケアまで含めて支えられる仕組みを、もっと広げたいと考えています」
かすみも二人へ顔を向けた。
「私はこれから、薬剤師として煌成さんの仕事を手伝う予定です」
「そうなんだ」
早希が少し驚いた。
煌成は二人へ尋ねる。
「欲望区では、運動不足の方がかなり多いんです。今度、無理なく続けられるトレーニング方法について、相談させてもらってもいいですか?」
「もちろんです」
早希が答えると、大地もうなずいた。
「体力に合わせた内容なら、いろいろ考えられると思います」
「ありがとうございます」
かすみも笑顔で礼を伝えた。
早希と大地は、並んで立つかすみと煌成を見た。
披露宴で互いを意識してから、二人の間には今までと少し違う空気が残っている。
大地が隣にいることを、早希はいつもより近く感じていた。
大地もまた、早希の横顔を何度か気にしていた。
かすみと煌成は、次に優のもとへ向かった。
「煌成さん。こちらは優さんです」
「優です。今日はお招きいただき、ありがとうございます」
「優さんは、今は魚屋で働いています。魚の仕入れや、お客様への食べ方の紹介もしているんです」
優は、手にしていた魚料理の皿へ視線を落とした。
「披露宴の料理は、魚屋で働いている僕としても勉強になりました」
「料理の見せ方まで仕事に生かしているんですね」
煌成が感心したように言うと、優は少し照れたように笑った。
「こういう盛りつけや味付けを覚えておけば、お客様へ紹介できるレシピも増えるので」
「優さんらしいですね」
かすみも笑った。
優は窓の向こうにある大水槽を見た。
「ここは本当にすごいと思います。海のない都会に、ここまで海らしい景色を作っているので」
「でも、優さんは本物の海の方が好きなのでしょう?」
かすみが尋ねる。
「はい。今日ここで過ごして、改めてそう思いました」
優は水槽の魚を見つめた。
「波の音や潮の匂いがあって、魚が好きな場所を泳いでいる海の方が、僕は落ち着きます」
近くにいたリリアが、大水槽へ視線を向ける。
「そうね。本物の海は、こんなふうに静かに整ってはいないわ」
優は少し意外そうにリリアを見た。
「リリアさんは、海をよく知っているんですね」
「昔、海の近くで暮らしていたから」
リリアはそれ以上話さなかった。
少し離れた場所から、その様子を見ていた誠司は、手元のグラスを握り直した。
久美子。
早希と大地。
そして優。
かすみと煌成は、順番に仲間へ挨拶している。
このままなら、次は自分たちのところへ来るかもしれない。
何を話せばいいのだろう。
煌成と並ぶかすみを目の前にして、平静に話せる自信はなかった。
隣にいたリリアは、誠司の表情が固くなったことに気づいた。
やがて、かすみと煌成がこちらへ向かってくる。
誠司は無意識に背筋を伸ばした。
「煌成さん。こちらは誠司さんと、リリアさんです」
煌成が二人へ顔を向ける。
「初めまして。三宮煌成です。本日は来てくださり、ありがとうございます」
「誠司です。こちらこそ……お招きいただき、ありがとうございます」
誠司の声は、わずかに固かった。
かすみは煌成へ説明した。
「誠司さんは、初期エリアで一緒だった方です。リリアさんには、マーメイドラウンジで働いていた時にお世話になりました」
「そうだったのですね」
誠司は、夫婦として並ぶ二人を前にして、どこへ視線を置けばいいのか分からない様子だった。
煌成はその緊張に気づいたが、理由までは尋ねなかった。
「二次会は堅い場ではありませんから、緊張しないでください。どうぞ、ゆっくり楽しんでください」
「……ありがとうございます」
かすみと誠司の視線が短く重なった。
かすみは穏やかな表情で挨拶する。
「今日は来てくださって、ありがとうございました」
「結婚、おめでとうございます」
誠司はそれだけ答えた。
「ありがとうございます」
かすみはリリアへ顔を向ける。
「リリアさんも、お店では本当にお世話になりました」
「こちらこそ。今日は呼んでくれてありがとう」
リリアは笑顔で答えた。
煌成は二人へもう一度礼を伝え、かすみとともにその場を離れた。
誠司は、遠ざかっていく二人の背中を見つめた。
リリアはその横顔を見て、彼が何を考えているのかすぐに分かった。
誠司は手元の酒を一気に飲み干した。
少し前までは、ゆっくり飲んでいたはずだった。
けれど、グラスが空になると、すぐに次の酒へ手を伸ばす。
「誠司さん、少し早くないですか?」
「大丈夫です」
誠司は短く答え、また酒を飲んだ。
声は落ち着いていたが、視線は何度もかすみと煌成の方へ向いていた。
リリアは誠司のそばへ水を置いた。
しかし、誠司がその水へ手を伸ばすことはなかった。
そのあと、かすみと煌成はレイナと翔のもとへ向かった。
「今日は来てくださって、ありがとうございました」
「こちらこそ、招待してくれてありがとう」
レイナは、かすみのドレスを見ながら笑った。
「二人とも、本当に幸せそうね」
「ありがとうございます」
レイナは二人へ尋ねた。
「明日から、レジデンスで暮らすの?」
「はい。これから隣同士ですね」
「分からないことがあったら、いつでも聞いて」
「ありがとうございます。心強いです」
翔が煌成へ顔を向けた。
「レジデンスのことで困ったことがあれば、俺にも聞いてください」
「ありがとうございます」
煌成は翔と短く言葉を交わしたあと、続けた。
「また今度、仕事についてもゆっくりお話ししませんか」
「俺の仕事ですか?」
「はい。翔さんが今、どのような仕事をしているのか興味があります」
翔は少し意外そうだったが、うなずいた。
「分かりました」
レイナはかすみへ笑いかける。
「今度、四人で一緒に食事しようよ」
「ぜひ」
新婚夫婦同士で約束を交わしたあと、かすみと煌成は、煌成の仕事関係者たちへの挨拶へ向かった。
久美子はホテル関係者との話を終え、一人でブーケを眺めていた。
自分のドレスが評価され、次の仕事につながるかもしれない。
うれしい出来事のはずなのに、披露宴で感じた寂しさが完全に消えたわけではなかった。
「そのブーケ、披露宴で受け取ったんですか?」
男性から声をかけられ、久美子は顔を上げた。
落ち着いたスーツ姿の男性だった。
穏やかな話し方をする人だったが、どこか見覚えがあるような気がした。
「はい。偶然、私のところへ飛んできて」
「では、次はあなたかもしれませんね」
男性は笑った。
「実は、披露宴の座席表で久美子さんの名前を見て、少し気になっていたんです」
「私の名前を?」
「中学時代に、同じ名前の同級生がいました。でも、顔が全然違うから、別の人ですよね」
「……そうだと思います」
男性が学校名を口にした瞬間、久美子はようやく彼が誰なのか気づいた。
中学時代、久美子へ「ブス」と言った男子だった。
「実は、その久美子さんにずっと謝りたいことがあるんです」
「謝りたいこと?」
「中学生の頃、僕は同級生の久美子さんに『ブス』って言ったことがありました」
久美子は、ブーケを持つ手へ力を込めた。
忘れられなかった言葉だった。
「でも、本当はそんなこと、少しも思っていなかったんです」
男性は苦い表情を浮かべた。
「むしろ、好きでした」
久美子は何も言えなかった。
「あの頃は悪ぶっていて、友達にからかわれるのも嫌でした。好きだと言うのが恥ずかしくて、反対のことを言ってしまったんです」
「……そうだったんですね」
「同級生の久美子さんは、真面目で、一生懸命で、困っている人がいたら放っておけない人でした。僕はそういうところが好きだったのに、一番言ってはいけない言葉を言いました」
男性は静かに続ける。
「今でも後悔しています。もし本人に会えるなら、ちゃんと謝りたいです」
久美子は、目の前にいる男性を見た。
中学時代には悪ぶっていた彼が、今は落ち着いた大人になっている。
自分も、あの頃とは違う顔でここに立っていた。
「きっと……その人も、謝ってもらえたらうれしいと思います」
それだけを答えるのが精いっぱいだった。
自分がその久美子だとは言えなかった。
男性が別の知人に呼ばれ、軽く頭を下げて離れていく。
久美子は一人でブーケを見つめた。
自分が嫌いで、捨てたかった昔の顔。
その頃の自分を好きだった人がいた。
胸の中に生まれた感情を、すぐには整理できなかった。
二次会が終わりに近づく頃、誠司はすでに立っていることも難しい状態になっていた。
「誠司さん、もう飲まないでください」
リリアがグラスを取り上げる。
「僕は……大丈夫です」
「大丈夫な人は、まっすぐ立てます」
誠司は何かを言おうとしたが、言葉にならなかった。
誠司がすっかり酔いつぶれた頃、二次会も予定の時間を迎え、お開きとなった。
かすみと煌成は、招待客全員がそのままマーメイドホテルへ宿泊できるよう、部屋を用意していた。
参加者たちは案内を受け、それぞれの宿泊部屋へ向かっていく。
リリアが誠司へ声をかけた。
「誠司さん、歩けますか?」
まともな返事はなかった。
近くにいた優が、その様子を見て駆け寄る。
「僕も手伝います」
「助かるわ」
優とリリアは左右から誠司を支え、宿泊用の部屋まで連れていった。
何度も足を止めながら廊下を進み、ようやく部屋へたどり着く。
二人で誠司をベッドへ寝かせると、優はテーブルへ水を置いた。
「リリアさん、大丈夫ですか?」
「ええ。ここからは私が見ているわ」
「何かあったら呼んでください」
「ありがとう」
優が部屋を出たあと、リリアは誠司の靴を脱がせ、濡らしたタオルを用意した。
誠司は眠りながら、何度もかすみの名前を口にした。
そのたびに、リリアの胸が痛んだ。
自分がそばにいるのに、誠司の心はまだかすみを追っている。
かすみのことを、心から諦める日は来るのだろうか。
それでも、苦しそうに眠る彼を一人にはできなかった。
リリアは濡らしたタオルを取り替え、そのまま部屋に残った。
その頃、ホテル最上階のスイートルームでは、かすみと煌成が二人きりの時間を過ごしていた。
窓の外には、ライトアップされたプールと水族館、その向こうに都会の夜景が広がっている。
少しして、煌成が穏やかに口を開いた。
「かすみさんには、素敵な仲間がいるのですね」
「みんな、この世界へ来てから出会った人たちです」
「今日、皆さんと話していて、かすみさんが大切にしてきたつながりなのだと分かりました」
「はい。これからも、大切にしたいです」
かすみは窓の外へ視線を向けた。
「本当は、お母さんとお父さんにも、今日の姿を見てほしかったです」
煌成は、かすみの言葉を静かに受け止めた。
「僕も、いつかお互いの両親に紹介できる日が来ればいいと思っています」
「そんな日が来るでしょうか」
「すぐには難しくても、諦めたくはありません」
かすみは左手の結婚指輪を見た。
「今日は、本当に幸せな一日でした」
「僕にとっても、忘れられない一日です」
「これからも、今日みたいに幸せだと思える日を増やしていきたいです」
「二人で作っていきましょう」
煌成は、かすみをそっと抱き寄せた。
かすみも、その腕の中へ身を寄せた。
読んでいただき、ありがとうございます。
今回は、結婚式の二次会を描きました。
新しい仕事につながりそうな久美子のドレス、中学時代の同級生との再会、酒に酔いつぶれた誠司と付き添うリリア。
最後は、夫婦になったかすみと煌成が、仲間や両親への思いを語りながら、これからの幸せを二人で築いていく場面で締めました。




