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第64話 水の祝福

二週間の準備を終え、いよいよ結婚式当日を迎えました。


久美子が仕立てたドレスをまとい、かすみは煌成の待つ水槽チャペルへ向かいます。


結婚式当日。


支度を終えたかすみは、控室の大きな鏡の前に立っていた。


純白のマーメイドラインドレスには、繊細な刺繍と小さな真珠があしらわれている。


首元には豪華な真珠のネックレス。


髪には真珠のティアラが輝き、その後ろから長いベールが流れていた。


久美子が、ドレスの裾を整える。


「久美子さん。短い期間で、こんなに素敵なドレスを作ってくれてありがとうございます」


かすみが鏡越しに伝えると、久美子は笑った。


「私の方こそ、ドレスを作らせてくれてありがとう」


「久美子さんにお願いできて、本当によかったです」


「かすみのドレスをデザインして作るの、とても楽しかったの。喜んでもらえてうれしい」


久美子はベールの位置を確かめ、かすみの肩へそっと手を置いた。


「すごく綺麗だよ」


「ありがとうございます」


かすみは鏡の中の花嫁姿を見つめた。


本当は、元の世界にいるお母さんとお父さんにも見てほしかった。


今日という日を、一緒に迎えてほしかった。


けれど、この異世界へ二人を呼ぶことはできない。


かすみは胸の中で、遠く離れた両親へ語りかけた。


お母さん。


お父さん。


今日、私は煌成さんと結婚します。


この人と一緒に、幸せになります。


控室の扉が軽く叩かれた。


「お時間です」


久美子が、かすみのベールをもう一度整えた。


「行っておいで」


「はい」


かすみは久美子に笑顔を返し、扉へ向かった。


水槽チャペルには、すでに参列者たちが集まっていた。


白いバージンロードの両側では、大水槽の魚たちがゆっくり泳いでいる。


水面から落ちる光が、真珠の飾りや白い花の上で揺れていた。


久美子、優、早希、大地、誠司、リリア。


レイナと翔も並んで座っている。


煌成側には、彼の仕事関係者や事業を支えてきた人々が集まっていた。


音楽が流れ、チャペルの扉が開く。


かすみがバージンロードへ足を踏み出すと、青い光の中で純白のドレスと真珠がやわらかく輝いた。


道の先で待っていた煌成が、かすみを迎えるために歩み寄る。


花嫁姿を前にした煌成は、一瞬だけ言葉を止めた。


「とても綺麗です」


「ありがとうございます」


煌成が手を差し出す。


かすみはその手を取り、二人で並んでバージンロードを進んだ。


つながれた手のぬくもりに触れ、かすみの緊張が少しずつほどけていく。


誓いの場所へ着いた時、大水槽の奥から大きな影が現れた。


ジンベイザメだった。


ゆったりと尾を動かしながら、水槽の向こうを横切っていく。


その下には、何匹ものコバンザメがぴったりとついていた。


参列席から、驚きの声が小さく上がる。


「ジンベイザメだ……」


優は大水槽を見上げた。


「コバンザメもいる」


隣にいた大地が、小声で言った。


「優、今は結婚式だぞ」


「分かってる。でも、すごい」


優は名残惜しそうにジンベイザメを見送った。


二人の前へ、結婚指輪が運ばれてくる。


細い波模様が刻まれた一組の指輪。


並べると、それぞれの波が一つにつながるように作られていた。


煌成は、かすみの左手を取った。


「かすみさん。これからも、あなたの気持ちを聞き、一緒に考えながら歩いていきます」


指輪が、かすみの薬指へゆっくり収まる。


淡い水色の小さな石が、水槽の光を受けて輝いた。


今度は、かすみが煌成の手を取る。


「私も、煌成さんのそばで、一緒に笑って、一緒に悩みながら生きていきます」


かすみは、同じ波模様の指輪を煌成の薬指へはめた。


二人の手が並ぶと、指輪に刻まれた波が一つにつながって見えた。


煌成が、かすみのベールへ手を伸ばす。


長いベールがゆっくり持ち上がり、真珠のティアラの下から、かすみの顔が現れた。


「かすみさん。幸せにします」


「はい。私も、煌成さんを幸せにしたいです」


煌成がそっと顔を近づける。


かすみは目を閉じた。


二人の唇が重なった瞬間、天井へ水の波紋を思わせる光が広がった。


透明な泡のような光が舞い上がり、大水槽の魚たちが銀色の帯を作って流れていく。


チャペルいっぱいに拍手が響いた。


煌成が少し離れると、かすみは指輪のついた手で、もう一度煌成の手を握った。


二人は顔を見合わせ、幸せそうに笑った。


挙式を終えた参列者たちは、大水槽に面した披露宴会場へ移動した。


白と淡い水色でまとめられたテーブルには、真珠を思わせる飾りと白い花が並んでいる。


大きな窓の向こうには、明るく照らされたプールと水族館が広がり、魚たちの影が壁や床の上をゆっくり流れていた。


会場の照明が少し落ちる。


扉が開き、かすみと煌成が並んで入場した。


かすみは純白のウェディングドレスをまとったまま、煌成の腕へ手を添えている。


二人が進むのに合わせ、大水槽の中を銀色の魚の群れが流れた。


参列者から大きな拍手が広がる。


煌成はかすみの歩幅に合わせて進み、席へ着く時には椅子を引いた。


久美子は、その姿を見ながら笑顔で拍手を送った。


自分が作ったドレスを着たかすみが、煌成の隣で幸せそうに笑っている。


短い期間に工房のみんなと仕上げた時間が、報われた気がした。


けれど、レイナと翔に続いて、かすみも自分の幸せをつかんだ。


仲間を祝いたい気持ちは本物だったが、自分だけが置いていかれたような寂しさも、胸の奥に残っていた。


料理が運ばれ始めた。


貝殻を似せた白い皿には、色鮮やかな魚介と野菜が美しく盛りつけられている。


香草と柑橘を添えた白身魚や、海藻と小さな魚介が入った透明なスープが、次々にテーブルへ並んだ。


レイナと翔は、久美子や優たちと同じテーブルに座っていた。


早希と大地にとっては初対面だったため、最初に簡単な挨拶を交わしたものの、しばらくは少し固い空気が残っていた。


初期エリアを離れてから、久美子たちとレイナ、翔は違う道を歩いてきた。


久美子は何度か二人の方を見たが、どう声をかければいいのか迷っていた。


先に口を開いたのはレイナだった。


「あの採寸の日、話しかけようか迷ってたの」


久美子がレイナを見る。


「あの時、採寸に来てたのは、やっぱり久美子だったんだ」


「うん。私も、レイナと翔じゃないかと思ってた」


翔も久美子へ顔を向けた。


「顔も雰囲気も変わっていたから、確信できなかった」


「私も同じ。だから、あの時は何も言えなかった」


少しだけ気まずさは残っていた。


それでも、互いに気づいていたと分かり、張りつめていた空気がわずかにやわらいだ。


その時、優が魚料理の皿を見ながら口を開いた。


「僕、今は魚屋で働いているんです」


翔が優を見る。


「そうなのか」


優は白身魚に添えられたソースを味わい、もう一度皿へ視線を落とした。


「結婚式に来て、魚料理の勉強までできるとは思いませんでした」


「料理もするの?」


レイナが尋ねる。


「仕事で魚を扱うので、簡単な調理や食べ方をお客様に伝えることがあります。こういう盛りつけや味付けを覚えておけば、紹介できるレシピも増えます」


久美子が笑った。


「優はどこに行っても魚なんだね」


優の話をきっかけに、翔もホテルで出される料理について話し始めた。


レイナも会話に加わり、同じテーブルにあった固さは少しずつほどけていった。


少し離れた席では、誠司が新郎新婦の方を見ていた。


かすみが煌成へ笑いかける。


煌成も、かすみだけを見ていた。


あの時、かすみの結婚の話にきちんと向き合わず、忙しいからと先延ばしにした。


ずっと自分を待っていてくれると、誠司は安心しきっていた。


今さら何を思っても、かすみが選んだ未来は変わらない。


隣にいたリリアは、誠司の横顔を見た。


彼が何を考えているのか、すぐに分かった。


まだ、かすみへの未練を手放せていない。


胸の奥が痛んだが、リリアは何も言わず、新郎新婦へ拍手を送った。


食事と歓談が一段落すると、かすみはお色直しのために席を立った。


しばらくして、会場の照明が淡いピンクと金色へ変わる。


扉が開き、サンゴピンクのドレスをまとったかすみが姿を見せた。


会場から歓声が上がる。


ドレスには透明な宝石と赤みのある宝石がきらめき、スカラップの裾には貝殻やヒトデの刺繍が入っていた。


「すごく綺麗」


レイナが思わず声を漏らす。


久美子は、裾の刺繍が照明を受けて輝く様子を見て笑った。


煌成は立ち上がり、かすみへ手を差し出した。


「とても綺麗です」


「ありがとうございます」


かすみが手を重ねると、煌成は隣の席までゆっくり導いた。


少し離れたところで、早希が二人を見つめていた。


「結婚式って、いいね」


隣にいた大地が答える。


「そうだな」


大地は花嫁姿のかすみを見たあと、自然に早希へ視線を向けた。


もし、いつか自分が誰かと並ぶ日が来るなら。


その時、隣にいてほしい相手として浮かんだのは早希だった。


早希も、大地の視線に気づいた。


まだ二人は付き合っていない。


それでも、いつもとは少し違う空気が流れた。


早希は少し照れたように前へ向き直り、サンゴピンクのドレスへ拍手を送った。


披露宴の終盤、かすみと煌成は参列者たちの前へ並んだ。


煌成が先に口を開く。


「本日は、僕たちのために集まっていただき、ありがとうございます」


仕事関係者へ向けた声は落ち着いていたが、かすみへ顔を向けると表情がやわらいだ。


「これから、かすみさんと支え合いながら暮らしていきます」


続いて、かすみが一歩前へ出た。


「今日、こうして皆さんに見守っていただけたことを、とてもうれしく思います」


かすみは参列者たちを見渡した。


初期エリアから一緒だった仲間たち。


別の道を選び、再び顔を合わせたレイナと翔。


煌成を支えてきた仕事関係者たち。


そして、隣に立つ煌成。


「これからも、煌成さんと一緒に、幸せな家庭を作っていきたいです」


大きな拍手が会場へ広がった。


その後、かすみはブーケを手に、会場の前へ出た。


独身の女性たちが集まっていく。


早希は楽しそうに前へ出たが、久美子は少し離れた場所に立っていた。


自分のところへ来るとは思っていなかった。


受け取ったとしても、今の久美子には好きな人も、結婚を考える相手もいない。


かすみが背を向ける。


「いきます」


ブーケが高く投げ上げられた。


白と水色の花が弧を描き、前にいた女性たちの手を越えていく。


久美子が反応するより早く、ブーケはその腕の中へ落ちてきた。


「え……?」


会場から歓声と拍手が上がった。


「久美子、次は久美子かもね」


早希が笑顔で声をかける。


久美子は、腕の中のブーケを見つめた。


うれしくないわけではない。


けれど、自分には好きな人も、浮いた話もなかった。


「私にも、そんな日が来るのかな」


誰にも聞こえない声でつぶやき、久美子はブーケをそっと抱きしめた。


大水槽の向こうでは、ジンベイザメがゆっくりと泳いでいた。


その下には、コバンザメたちが離れずについている。


水の光と拍手に包まれながら、かすみと煌成は夫婦として最初の一日を迎えた。


読んでいただき、ありがとうございます。


今回は、かすみと煌成の水槽チャペルでの挙式と、仲間たちに囲まれた披露宴でした。


レイナと翔との再会、誠司とリリアの揺れる気持ち、そして久美子のもとへ届いたブーケも、これからの物語につながっていきます。

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