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第60話 恋人として

マーメイドエリアで、友達として一日を過ごしたかすみと三宮煌成。


水族館、パフェ、ナイトプール、ディナー。


楽しかった時間の余韻を抱えたまま、かすみは翌朝を迎えます。

朝食の時間より少し前に、かすみは部屋を出た。


昨夜は、なかなか眠れなかった。


水槽の光。


ナイトプールの青。


煌成の声。


「自分を大事にしてほしいです」という言葉。


何度も思い出しているうちに、胸の奥が温かくなったり、急に恥ずかしくなったりした。


友達として来たはずだった。


けれど、昨日の夜にはもう、その言葉だけでは足りなくなっていた。


廊下を歩くと、壁の水槽の中で小さな魚がゆっくり泳いでいた。


昨日、水族館で見た魚たちを思い出す。


あの時、煌成は隣にいてくれた。


パフェを見て笑った時も。


ウェディング映像を見て、結婚式の話をした時も。


ナイトプールで胸が騒いだ時も。


ディナーのあと、もう少し一緒にいたいと言ってしまった時も。


煌成は、かすみの気持ちを大切にしてくれた。


部屋へ入ろうともせず、外のソファで話すことを選んでくれた。


その距離の守り方が、かすみには嬉しかった。


安心した。


でも、少し物足りなかった。


もっと一緒にいたい。


もっと近くにいたい。


そう思った。


その気持ちを、もう誤魔化せなかった。


朝食会場の前に着くと、煌成はすでに待っていた。


「おはようございます、かすみさん」


「おはようございます、三宮さん」


煌成は、かすみを見てやわらかく微笑んだ。


「昨日は、よく眠れましたか」


かすみは少しだけ言葉に迷った。


「少し……眠れませんでした」


「大丈夫ですか」


「はい。体は大丈夫です」


かすみは、紅茶のカップに手を添えた。


「ただ、昨日のことを何度も思い出してしまって」


「昨日のこと、ですか」


「はい。楽しかったので」


言ってから、かすみは少し恥ずかしくなった。


けれど、嘘ではなかった。


水槽の光も、パフェも、ナイトプールも、ディナーも。


全部、思い出すたびに胸の奥が温かくなる。


煌成は、静かに微笑んだ。


「僕も、昨日はとても楽しかったです」


その言葉に、かすみは少しだけ顔を上げた。


案内された席は、水槽の見える窓際だった。


朝の水槽は、昨夜よりも明るい青に見える。


テーブルには、焼きたてのパン、サラダ、白身魚の小さな料理、果物、紅茶が並べられた。


かすみは、昨日より少し落ち着いて座っている自分に気づいた。


昨日は、ひとつひとつの場所に緊張していた。


けれど今朝は、煌成が向かい側にいることが自然に感じられる。


言うなら、今だと思った。


昨日の夜、自分の部屋で何度も考えた。


友達として、もう少し知ってから。


そう言ったのは本心だった。


でも、昨日一日を過ごしてみて、分かったことがある。


煌成をもっと知りたい。


友達としてだけではなく。


かすみは、ゆっくり顔を上げた。


「三宮さん」


「はい」


煌成が、まっすぐにかすみを見る。


その視線が優しくて、胸が少しだけ震えた。


「昨日、私……すごく楽しかったです」


「僕もです」


「でも、それは場所が綺麗だったからだけじゃなくて……三宮さんと一緒だったからだと思います」


煌成の表情が、少しだけ変わった。


かすみは、指先をそっと重ねた。


「私、三宮さんといると安心します」


「かすみさん……」


「でも、安心するだけじゃなくて、昨日の夜から、もっと一緒にいたいと思ってしまいました」


言葉にすると、顔が熱くなった。


それでも、もう止めたくなかった。


「部屋の前で別れたあと、寂しかったです」


煌成は黙って聞いていた。


かすみは胸の奥で小さく決めた。


「三宮さん」


「はい」


「私……三宮さんと、付き合いたいです」


言えた。


言ってしまった。


胸の奥が大きく揺れる。


けれど、不思議と後悔はなかった。


煌成は、すぐには答えなかった。


驚いたようにかすみを見て、それからゆっくり息を吸った。


「本当に、いいんですか」


「はい」


かすみはうなずいた。


「昨日まで、友達からって言いました。もちろん、まだ知らないことはたくさんあります。でも、もっと知りたいと思いました」


煌成の瞳が、静かに揺れた。


「僕は、最初から真剣です」


「はい」


「だから、かすみさんが無理をしているなら、急がなくていいと思っています」


「無理はしていません」


かすみは、はっきり言った。


「これは、私の気持ちです」


煌成はしばらくかすみを見つめていた。


それから、やわらかく微笑む。


「ありがとうございます」


その声は、少しだけ震えていた。


「僕でよければ、真剣にお付き合いしてください」


かすみの胸が、温かく満たされていく。


「はい」


小さく返事をすると、煌成は少し照れたように視線を落とした。


「嬉しいです」


その素直な言葉に、かすみの胸が温かく満たされていった。


照れくさくて、すぐには顔を上げられなかった。


朝食の席に、しばらく穏やかな沈黙が落ちた。


水槽の魚たちが、青い光の中をゆっくり泳いでいる。


昨日とは違う朝だった。


友達として来た場所で、恋人になった朝だった。


食事を終えたあと、二人はレストランを出た。


廊下には、マーメイドエリアの朝の光が差し込んでいる。


煌成は、かすみに合わせてゆっくり歩いた。


その横顔を見て、かすみは少しだけ勇気を出した。


「三宮さん」


「はい」


「手を……つないでもいいですか」


煌成の足が止まった。


かすみは慌てて言葉を足す。


「あの、昨日、水着の時も、ナイトプールの時も、少し意識してしまって……でも、三宮さんはずっと距離を守ってくださって」


「はい」


「だから、今度は私から言いたいと思いました」


かすみは、少しうつむきながら続けた。


「触れても、大丈夫です」


煌成は、かすみの言葉を大切に受け取るように、静かにうなずいた。


「ありがとうございます」


そして、そっと手を差し出した。


かすみは、その手に自分の手を重ねた。


温かい。


指先が触れた瞬間、胸の奥がまた小さく跳ねる。


けれど、怖くはなかった。


煌成の手は、強く握りしめるのではなく、かすみがいつでも離せるようにやさしく包んでくれた。


「大丈夫ですか」


「はい」


かすみはうなずいた。


「大丈夫です」


二人は、手をつないでホテルのロビーへ向かった。


昨日とは違う。


今朝から、二人の関係は少し変わった。


けれど、煌成の歩幅は昨日と同じだった。


急がず、かすみに合わせてくれる。


そのことが、かすみには嬉しかった。


ロビーには、朝のマーメイドエリアを楽しむ客たちが行き交っていた。


水槽の光。


白い床。


青い装飾。


昨日見た景色が、今朝は少し違って見える。


かすみは、つないだ手をそっと見た。


友達として歩いた場所を、今は恋人として歩いている。


その変化が、まだ少し恥ずかしい。


でも、胸の奥は確かに温かかった。


ホテルの入口まで来ると、かすみは立ち止まった。


「三宮さん」


「はい」


「今回は、友達として来ましたが……」


かすみは、つないだ手を少しだけ見てから、もう一度煌成を見た。


「今度は恋人として、もう一度マーメイドエリアをデートしたいです」


言った瞬間、顔が熱くなった。


けれど、今度は目をそらさなかった。


煌成は、嬉しそうに微笑んだ。


「もちろんです」


「本当ですか」


「はい。次は、恋人として、かすみさんの行きたいところを一緒に回りましょう」


かすみの胸が、ふわりと軽くなった。


「はい」


二人は、手をつないだままホテルを出た。


朝のマーメイドエリアは、昨日の夜とは違う明るさに包まれている。


友達として過ごした昨日の余韻は、翌朝、恋人としての約束に変わった。


かすみは、隣にいる煌成の手を少しだけ握り返した。


かすみと煌成の関係が、友達から恋人へ進みました。


昨日一日を通して、かすみは自分の気持ちに気づきます。


三宮煌成ともう一度、今度は恋人としてマーメイドエリアを歩きたい。


その小さな願いが、二人の新しい始まりになりました。

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