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第47話 画面の中の花嫁

マーメイドエリアのプレオープン映像は、欲望区だけでなく街エリアにも広がっていきました。


久美子の工房には、二組のカップルのウェディング衣装の注文が入ります。

マーメイドエリアのプレオープン映像は、翌日には街エリアにも広がっていた。


水族館の前で手をつなぐ男女。


ナイトプールの光。


花火。


バーでのプロポーズ。


白い花束と青い薔薇。


映像は、どれも短い。


けれど、見る人の心に残るように作られていた。


久美子の働く裁縫工房でも、その話題は朝から出ていた。


先輩職人が、端末を見ながら言う。


「久美子、これ見た?」


「何ですか?」


「欲望区のマーメイドエリア。昨日のプレオープンで、二組もプロポーズ成功したそうよ」


久美子は、作業台に置かれた端末をのぞき込んだ。


画面の中には、青い水槽を背にした男女が映っている。


男が指輪を差し出し、女が花束を抱えて笑っていた。


別の映像では、深い青のドレスを着た女性が、バーの照明の中で祝福されている。


「すごいですね……」


久美子は小さく言った。


その言葉は、本音だった。


美人で、スタイルもよくて、華やかな場所に立っている。


お金も、注目も、愛される立場も、全部手に入れているように見えた。


プロポーズされて、結婚まで決まっている。


画面の中の女性は、久美子が昔、どうしても欲しかったものを持っているように見えた。


羨ましい。


久美子は、久しぶりにそう思ってしまった。


「それでね」


先輩職人が、別の資料を開いた。


「この二組のウェディング衣装、うちで作ることになったの」


「うちで、ですか?」


「そう。マーメイドホテルの結婚式用。ドレスも、男性用の衣装も、会場演出に合わせて作るらしいよ」


久美子は資料を見た。


そこには、採寸予定の名前が並んでいる。


レイナ。


翔。


詩乃。


玲司。


久美子の指が、少し止まった。


レイナ。


翔。


その名前には覚えがあった。


初期エリアで会った二人と同じ名前だ。


けれど、画面の中の二人は、久美子の記憶にある姿とは雰囲気が違っていた。


同じ名前なだけかもしれない。


久美子は、すぐに口には出さなかった。


先輩職人は、採寸用の紙をまとめながら言った。


「今回は特別に、こっちから欲望区へ出張採寸に行くことになったの」


「欲望区へ……」


「会場も衣装も特殊だから、現地で見た方がいいって。久美子も来てね」


「はい」


久美子は返事をした。


採寸道具の入った鞄が、今日は少し重く感じた。


同じ頃、かすみもマーメイドエリアの投稿を見ていた。


青い水族館。


ナイトプール。


花束。


指輪。


たくさんの人に祝福される女性。


かすみは、豪華な演出そのものに強く憧れたわけではなかった。


あんな大きなホテルでなくていい。


高そうな指輪でなくてもいい。


たくさんの人に見られる結婚式でなくてもいい。


ただ、誠司と未来の話をしたかった。


「誠司さん」


かすみは、少し迷ってから口を開いた。


誠司は端末を見ていた。


「何ですか?」


「私、あんなに豪華じゃなくていいんです」


「何がですか」


「結婚式です」


かすみは画面を見たまま、少しだけ笑った。


「小さくてもいいから、いつか誠司さんと……そういう話ができたらいいなって」


誠司は一瞬、黙った。


「……今は、まだ早いと思います」


「早い、ですか」


「僕たちは、この世界のミッションも中途半端です。僕の仕事も、まだ成功したとは言えません」


誠司は、悪気なく続けた。


「今は、仕事のことでいっぱいなんです」


かすみの笑顔が、少しだけ固まった。


「……そうですよね」


誠司の言っていることは正しい。


でも、かすみが欲しかったのは正しい説明ではなかった。


少しだけでもよかった。


いつか考えましょう。


僕も、かすみさんとの未来を考えています。


そんな言葉が欲しかった。


かすみは端末の画面を閉じた。


豪華な演出が欲しかったわけではない。


ただ、誠司に女として見てほしかった。


恋人として、未来を少しだけ見てほしかった。


その夜、いつものメンバーは食堂に集まった。


久美子は、工房で聞いた話をみんなに伝えた。


「今度、採寸のために欲望区へ行くことになりました」


早希が顔を上げる。


「マーメイドエリア?」


「はい。プレオープンで話題になった二組のウェディング衣装を作るそうです。私も同行します」


大地は腕を組んだ。


「それなら、現地の様子も見られるかもしれないな」


「できる範囲で調査してきます」


久美子はうなずいた。


「でも、仕事で行くので、無理はしません」


「それでいい」


早希はすぐに言った。


「欲望区では、無理に踏み込まない方がいい」


誠司は、しばらく黙っていた。


それから、静かに口を開いた。


「それなら、僕もマーメイドラウンジに入ってみます」


かすみがすぐに顔を上げた。


「誠司さん?」


「外から見ているだけでは分からないことがあります。ミレナさんの手がかりも、ラウンジの中にある可能性が高い」


優は心配そうに眉を寄せた。


「一人で行くんですか?」


「はい。まずは客として入って、料金や店の構造、客層を確認します」


大地は少し考え込んだ。


「危ないとは思う。でも、誰かが中を見ないと話が進まないのも確かだな」


早希は誠司を見る。


「無理はしないで。少しでも危ないと思ったら戻ってきて」


「分かっています」


誠司は落ち着いた声で答えた。


「調査として行くだけです」


かすみは、その言葉を聞いても安心できなかった。


マーメイドラウンジがどんな場所なのか、まだはっきり分からない。


それでも、誠司を一人で行かせることだけは、どうしても不安だった。


「誠司さん、本当に大丈夫ですか」


かすみが聞くと、誠司は少しだけ表情をやわらげた。


「大丈夫です。冷静に見てきます」


冷静に。


その言葉は誠司らしかった。


でも、かすみの不安は消えなかった。


「じゃあ、誠司よろしく」


大地が言った。


優も小さくうなずく。


「何か分かったら、すぐ共有してください」


「はい」


話は決まった。


久美子は採寸のため、マーメイドホテルへ。


誠司は調査のため、マーメイドラウンジへ。


それぞれ別の入口から、欲望区の中心へ近づいていく。


かすみは、誠司の横顔を見た。


仕事のことを考えている顔だった。


真面目で、落ち着いていて、頼りになる。


けれど今は、その落ち着きが少し遠く感じた。


翌日、久美子は先輩職人と一緒に欲望区へ向かった。


マーメイドホテルの採寸室は、白と青で統一されていた。


壁には、結婚式用のイメージ画が並んでいる。


水槽に囲まれたチャペル。


真珠色のドレス。


青い花束。


久美子は、採寸用のメジャーを持ちながら、予定表を確認した。


最初の名前は、レイナ。


久美子の胸が、また少しだけざわついた。


扉が開く。


入ってきた女性は、画面で見たよりもずっと華やかだった。


淡いマーメイドカラーの服。


整えられた髪。


自信のある立ち姿。


久美子は、一瞬だけ息を止めた。


けれど、確信はできなかった。


初期エリアで見たレイナとは、雰囲気が違いすぎる。


「本日はよろしくお願いします」


久美子は仕事の顔で頭を下げた。


レイナは、久美子の名札を見た。


久美子。


その名前に、レイナの指先が少し止まる。


初期エリアにいた久美子と同じ名前。


けれど、目の前の女性は記憶よりも落ち着いて見えた。


顔も雰囲気も違う。


整形したのか。


それとも、ただ似た名前の別人なのか。


レイナは何も言わなかった。


「よろしくお願いします」


短くそう答えて、採寸台へ上がる。


少し遅れて、翔も部屋に入ってきた。


翔も久美子の名札に気づき、わずかに視線を止めた。


だが、口には出さない。


久美子も、二人に踏み込まなかった。


メジャーを伸ばし、肩幅、袖丈、ウエストを確認する。


仕事として。


ただ、仕事として。


それでも、部屋の中には小さな違和感が残っていた。


その頃、誠司はマーメイドラウンジの入口に立っていた。


青い看板。


水槽の光。


奥から聞こえる歌声。


誠司は端末を握りしめた。


料金表。


客の流れ。


店員の動き。


奥へ続く通路。


見るべきものは、いくつもある。


これは調査だ。


そう自分に言い聞かせ、誠司は店内へ足を踏み入れた。


青い光が、彼の足元を静かに照らした。

読んでいただきありがとうございます。


今回は、マーメイドエリアの噂が街エリアにも広がり、久美子と誠司がそれぞれ欲望区へ向かう回でした。

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