第37話 海辺のロッジで
沈没船ミッションを終えた久美子たちは、海辺のロッジで報酬を確認します。
一方、欲望区では海エリアの報酬品をめぐる動きが始まっていました。
海辺のロッジへ戻った頃には、全員かなり疲れていた。
海の中では呼吸できていたはずなのに、地上へ戻ると、体の奥にずしりと重さが残っている。
久美子は椅子に座り、しばらく窓の外を見ていた。
波の音が聞こえる。
さっきまで自分たちは、その海の底にいた。
沈没船。
骸骨兵。
海賊の亡霊。
大宝箱。
そして、最後に海底へ沈んでいった古い帽子。
宝を手に入れたはずなのに、ただ楽しかったとは言えなかった。
「みんな、大丈夫?」
早希が全員を見た。
大地は椅子にもたれたまま、大きく息を吐いた。
「疲れた。海の中で盾を構えるの、思ったよりきつい」
「毒にもなったしね」
かすみが言うと、大地は苦笑した。
「あれは本当に助かった。毒消し、早かったな」
「かすっただけで毒状態になるんだから、次はもっと気をつけないと」
優は端末を見ながら言った。
「でも、全員戻ってこられてよかったです」
誠司は、ロッジのテーブルに端末を置いた。
「報酬を確認しましょう」
端末の画面に、沈没船ミッションの結果が表示された。
【沈没船調査ミッション完了】
【獲得報酬】
金貨。
宝石。
海底素材。
薬素材。
特殊装備素材。
特別な剣。
次の海エリアへ進むための鍵。
水中活動補助魔法Ⅱ。
久美子は、表示された文字を見た。
「水中活動補助魔法Ⅱって、宝箱に入っていた本だよね?」
「はい。ただ、物理的に本を持ち帰る形ではないみたいです」
誠司が説明する。
大宝箱の中にあった古い本は、開いた瞬間に光になり、参加者全員の端末へ保存された。
端末には、こう表示されている。
【水中活動補助魔法Ⅱ】
【魔法書データを保存しました】
【適性確認中】
少しして、それぞれの端末に結果が出た。
かすみの端末には、【習得可能】。
優の端末にも、【習得可能】。
誠司の端末にも、同じ表示が出ていた。
けれど、久美子の端末には違う文字が出た。
【適性不足】
早希の端末にも、大地の端末にも同じ表示が出ている。
「私は覚えられないみたい」
久美子が言うと、早希も端末を見ながらうなずいた。
「私も無理だね」
大地は肩をすくめた。
「俺もだ。見ても何も分からない」
かすみは、自分の端末を大事そうに持った。
「私、ちゃんと覚える。次の海エリアでは、もっと長く潜ることになるかもしれないし」
「僕も練習しておきます」
優が言った。
「補助役が増えれば、かすみさんだけに負担がかかりすぎなくて済むと思うので」
誠司も静かにうなずいた。
「僕も覚えます。機材と魔法、両方確認できた方が安全です」
久美子は、少しだけ安心した。
自分には覚えられない。
でも、覚えられる人がいる。
それなら、無理に自分が持つ必要はない。
早希は報酬の一覧を見ながら言った。
「金貨は全員で分けよう」
それには、誰も反対しなかった。
「素材はどうする?」
久美子は、海底素材と特殊装備素材の表示を見た。
「裁縫とか装備に使えそうな素材なら、私が預かってもいい?」
「じゃあ、薬に使えそうな素材は私が預かるね」
かすみが続けた。
誠司は、宝石の表示を確認する。
「宝石は、僕が預かってもいいですか」
「売らないの?」
久美子が聞くと、誠司は少し考えてから答えた。
「今すぐ売るより、調べた方がいいと思います。後で彫金技術を覚えた時に、装備や魔法道具に使えるかもしれません」
「彫金か……」
早希は納得したようにうなずいた。
「じゃあ、宝石は誠司に任せよう」
大地は、青い刃の剣を見た。
【特別な剣:潮切りの剣】
「これは?」
早希は少し考えた。
「大地が持っていて。盾役だけじゃなく、必要な時に使えるかもしれない」
「俺でいいのか?」
「前に出ることが多いし、持っていて損はないと思う」
大地は剣を受け取った。
「分かった。預かっておく」
最後に、早希は端末に表示された鍵を見た。
【次の海エリアへ進むための鍵】
「これは、私が預かる」
誰も反対しなかった。
早希が持っているなら大丈夫だと、自然に思えた。
その時、全員の端末が同時に震えた。
久美子は画面を開く。
【沈没船調査ミッションクリア、おめでとうございます】
【獲得した報酬品を高額買取いたします】
【使えない魔法書データ、特殊素材、宝石、装備品など、何でも査定可能】
【今なら通常買取価格より上乗せ中】
【他所より高く買います】
画面の下には、大きな売却ボタンが表示されていた。
久美子は、思わず手を止めた。
「……早くない?」
優も端末を見ている。
「まだ、クリアしたばかりですよね」
大地が顔をしかめた。
「もう嗅ぎつけてきたのか」
端末には、リサイクルショップ、オークション、競売所の案内も並んでいた。
売る場所はいくつもある。
今すぐ金に変えられる。
使えない魔法書データも、宝石も、素材も、装備品も。
この世界では、何でも売れる。
けれど、早希はすぐに首を横に振った。
「今回は売らない方がいいと思う」
「高く買ってくれるって書いてあるけど」
大地が言うと、早希は端末を閉じた。
「この世界って、売った後で後悔することが多い気がする」
その言葉に、少しだけ空気が静かになった。
感情。
権利。
魔法書。
素材。
何でも売れる世界だからこそ、売ってしまった後で必要になるものもある。
かすみも小さくうなずいた。
「私も、今は保管した方がいいと思う」
久美子は、売却画面を閉じた。
高く売れる。
その文字は、まだ頭の中に残っている。
でも、今は手放さない方がいい。
そう思えた。
「じゃあ、金貨だけ分けて、あとは役割ごとに保管でいい?」
早希の言葉に、みんながうなずいた。
沈没船の報酬は、すぐに売るためのものではなくなった。
次へ進むために、残しておくものになった。
話が一段落すると、優が端末の海エリア情報を開いた。
「次の海エリアって、沈没船より深い場所になるんでしょうか」
誠司が表示を確認する。
「詳細はまだ出ていません。でも、水中活動補助魔法Ⅱが報酬に入っていたということは、次はⅠだけでは厳しくなる可能性があります」
「潜る時間も長くなりそうだね」
かすみが言った。
「私も、魔法をもっと安定させないと」
大地は腕を組んだ。
「俺は体力だな。海の中で盾を構えるの、思ったよりずっときつかった」
「私も水中戦闘の動きを練習する」
早希はそう言って、端末に予定を入れた。
「沈没船でこれなら、次はもっと厳しいと思う」
久美子は、自分の端末に保存された素材の一覧を見た。
「私も、次の装備を考えておく。水の中で動くって、思ったより難しかったから」
その時、端末に小さな案内が浮かんだ。
【次区域への移動方法候補】
【海底移動艇】
【潜水艦型調査艇】
【詳細は次回通知されます】
「潜水艦……?」
久美子は、画面を見た。
泳いで潜るだけでは届かない場所。
そこへ向かうための乗り物。
海エリアは、まだ始まったばかりだった。
同じ頃、欲望区では、玲司が端末を見ていた。
【沈没船調査ミッション報酬品 買取状況】
今日の取引件数は、思ったより少ない。
玲司は、つまらなそうに画面を指で叩いた。
「今日の海ミッション参加者、全然売らなかったな」
前回は、使えない魔法書データをすぐに売った者がいた。
特殊素材を金に変えた者もいた。
宝石をまとめて手放した者もいた。
けれど、今回は動きが鈍い。
「水中活動補助魔法Ⅱ、欲しがるやつ多いんだけどな」
玲司は別の画面を開いた。
【海エリア報酬品 在庫不足】
【魔法書データ 高需要】
【海底素材 高需要】
【特殊装備 高需要】
玲司は、口元だけで笑った。
「手に入りにくいなら、値段を上げるか」
買い取れないなら、高く売る。
足りないものほど、欲しがる者は増える。
玲司は、買取価格と販売価格の欄を見比べた。
「次に売りに来たやつから、安く拾って高く流せばいい」
端末に、新しい表示が出る。
【海エリア報酬品 高額買取キャンペーン準備中】
玲司は椅子にもたれた。
正規ルートの者たちが手に入れたものは、欲望区ではすぐに商品になる。
誰かが使えないもの。
誰かが価値を知らないもの。
誰かが今すぐ金に変えたいもの。
それを待つだけで、商売はできる。
海辺のロッジでは、波の音が続いていた。
久美子たちは、まだ欲望区でそんな話がされていることを知らない。
机の上には、次の海エリアへ進むための鍵がある。
沈没船ミッションは終わった。
けれど、海の奥へ進む道は、もう開き始めていた。
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