第34話 沈没船ミッションの準備
海エリア初級編の案内が届きます。
今回は沈没船ミッションの準備回です。
端末に、新しい通知が届いた。
【次回グループミッション】
【海エリア初級編:沈没船調査ミッション】
【実施予定:一週間後】
【目的】
沈没船内部を調査し、残された宝を回収してください。
【追加任務】
沈没船周辺および内部に出現する敵を討伐してください。
【特別任務】
沈没船に現れる特別敵を討伐してください。達成時、宝箱と追加報酬が出現します。
【報酬】
経験値、金貨、ドロップアイテム、魔法書、特殊素材、特別な剣、次の海エリアへ進むための鍵。
【注意】
海中では地上と同じように動けません。水中活動補助、調査服、調査機材、酸素装備、食料情報、敵性生物情報を準備してください。
久美子は、端末の文字をしばらく見ていた。
海エリア。
沈没船。
宝箱。
亡霊。
今までの街エリアの仕事とは、まったく違う言葉が並んでいる。
通知が届いてすぐ、グループチャットが動き始めた。
【早希:みんな、通知見た?】
【優:見ました。沈没船って書いてありますね】
【大地:宝探しっぽいな】
【かすみ:でも敵も出るみたい】
【誠司:海中用の準備が必要ですね】
【久美子:海の中で着る服もいるよね】
少し間を置いて、早希から返事が来た。
【早希:役割を分けよう】
【早希:かすみ、優、誠司は水中活動補助魔法のレッスン】
【早希:かすみは、魔法が使えない時のための薬も準備】
【早希:久美子は海中用の調査服】
【早希:誠司は海底調査用の機械と酸素装備の確認】
【早希:大地は備品と機材の運搬】
【早希:優は海で食べられる魚、危険な魚、食料関係】
【早希:私は海の敵と水中戦闘を調べる】
【大地:早希、完全に隊長だな】
【早希:茶化さない】
【優:でも分かりやすいです】
【誠司:助かります】
【かすみ:魔法レッスンの予約を確認してみるね】
【久美子:じゃあ私は工房で海中用の服を相談してみる】
久美子は端末を閉じた。
海の中で着る服。
普通の服ではない。
泳ぐためだけでもなく、戦うためだけでもない。
沈没船の中を動くための服が必要になる。
翌日、久美子は工房で海中用の調査服について聞いた。
職人は、棚から青みがかった布を出した。
「これが海中用の布。水を吸いにくくて、体にまとわりつきにくい」
久美子は布を触った。
さらりとしているのに、普通の布より少し張りがある。
「これで全員分を作るんですか?」
「まずは型を取るところからだね。水中では布が広がりすぎると動きにくいし、きつすぎると魔法の流れを邪魔する」
「魔法の流れ……」
「海中用の服は、ただ濡れないようにするだけじゃないよ。動きやすさと、補助魔法の通りやすさも大事」
久美子は、作業台に置かれた型紙を見た。
前に縫った服とは違う。
誰かを飾るための服ではない。
海の底で、仲間が動くための服だった。
「やってみます」
そう言うと、職人はうなずいた。
「まずは自分の分から。仲間の分を作るなら、自分で着た時の感覚を覚えた方がいい」
久美子は布を広げた。
沈没船へ行く。
その実感が、少しずつ手元に降りてきた。
かすみ、優、誠司は、水中活動補助魔法のレッスンを受けに行った。
教室の中央には、水の入った大きな透明な槽が置かれている。
講師は、三人に魔法書を見せた。
【水中活動補助魔法Ⅰ】
「今回の沈没船ミッションでは、この魔法が基本になります」
講師は言った。
「水中で呼吸を補助し、体の動きを安定させる魔法です。ただし、効果時間には限りがあります」
かすみは真剣に説明を聞いていた。
今回、仲間全員にこの魔法をかける中心になるのは自分だ。
優と誠司も、緊急時の補助役として覚えることになっている。
「主担当は、かすみさん。優さんと誠司さんは、補助として最低限の手順を覚えてください」
「はい」
かすみはうなずいた。
薬も準備する。
けれど、薬は魔法が使えなくなった時の保険だった。
魔法が切れた時。
敵に襲われた時。
かすみ自身が動けなくなった時。
その時に、水中活動薬と呼吸補助薬で時間をつなぐ。
「海の中で焦ると、魔法は乱れます」
講師は続けた。
「だから、かける側が一番落ち着いていること」
かすみは、自分の手を見た。
薬を渡すだけではない。
今回は、仲間が海の中で動けるかどうかを支える役目だった。
優は、魔法レッスンの後、魚屋の店主に海の食料について聞いた。
「食べられる魚と、食べない方がいい魚を知りたいんです」
「沈没船のあたりに行くのか?」
「はい。ミッションで」
店主は、棚から古い資料を出した。
「海で見かける魚が全部食えると思うなよ。毒のとげを持つ魚もいるし、見た目がきれいでも危ないやつもいる」
資料には、魚の絵と注意書きが並んでいた。
毒のとげを持つ魚。
光に集まる小型魚。
血の匂いに寄ってくる大型魚。
人食いサメに似た敵性生物。
優は端末に記録していった。
「魚屋の仕事が、冒険でも役に立つんですね」
「海に行くなら、食べ物の知識は大事だ」
店主は短く言った。
「腹を壊したら戦えないし、毒に当たったら帰れない」
優はうなずいた。
海は、ただきれいな場所ではない。
食べられるものと、近づいてはいけないものを間違えれば、それだけで危険になる。
誠司は、修理工房で海底調査用の機械を確認していた。
防水型の記録端末。
小型照明。
水圧計。
沈没船の内部を照らすための魔力灯。
狭い場所へ入れる小型調査機。
その横には、酸素ボンベと酸素マスクも並べられていた。
「魔法があるのに、酸素装備も使うんですか?」
誠司が聞くと、職人はうなずいた。
「魔法が切れた時の保険だ。沈没船の中で補助魔法が乱れたら、酸素装備が命綱になる」
誠司は、酸素マスクの接続部分を確認した。
「密閉、残量、予備の接続具……全部確認ですね」
「そうだ。海の中では、確認を怠ったらその場で終わる」
誠司は一つずつ点検していった。
魔法だけでは足りない。
機械だけでも足りない。
海の中では、準備を重ねるほど生き残れる可能性が上がる。
そういう場所なのだと分かってきた。
大地は運送会社で、海底ミッション用の備品をまとめていた。
防水ケース、予備の薬箱、ロープ、照明器具、調査機材、非常用の食料。
そこに酸素ボンベと酸素マスクも加わる。
「海に持って行く荷物は、濡れてもいいように分けろ」
先輩作業員が言った。
「濡れて困るものは防水ケース。すぐ使うものは上。重い機材は下」
「分かりました」
大地は荷物を積み替えながら返事をした。
地上の荷物とは違う。
海へ持って行く荷物は、濡れることを前提にしなければならない。
「あと、沈没船の中に入るなら、持ち込みすぎるな。狭い場所で荷物が多いと動けなくなる」
「少なすぎても困りますよね」
「だから難しいんだよ」
大地は、並んだ備品を見た。
運ぶだけではない。
どれを持って行き、どれを置いていくか。
それも判断しなければならなかった。
早希は訓練所で、水中戦闘の資料を読んでいた。
地上では踏ん張れる。
足を止めて、剣を振れる。
けれど水中では違う。
動きは遅くなる。
体は流される。
敵は前からだけではなく、横からも、下からも来る。
「これは厄介だな……」
早希はつぶやいた。
資料には、沈没船周辺に出る敵の情報もあった。
船員の亡霊。
骸骨兵。
錆びた武器を持つ亡霊。
宝箱に近づく者を襲う影。
そして、特別敵として表示されている名前。
【海賊の亡霊】
早希は、その文字を見つめた。
沈没船に残された宝を守る、強い亡霊。
倒せば、宝箱が現れる。
だが、水中での戦闘に慣れていない者が挑むには危険。
「前衛だけで突っ込むのは無理だね」
早希は端末にメモを入れた。
大地の盾。
久美子の補助。
自分の攻撃。
かすみの魔法。
優と誠司の支援。
全員で動かなければ、海の中では崩れる。
その夜、グループチャットに早希が情報を送った。
【早希:海の中では地上と同じ動きはできない】
【早希:敵は前からだけじゃなく、横や下からも来る】
【早希:沈没船には亡霊と骸骨兵が出るみたい】
【大地:骸骨が海の中にいるのか】
【優:怖いですね】
【誠司:特別敵は海賊の亡霊と表示されています】
【久美子:海賊……】
【かすみ:薬と魔法、ちゃんと準備しておくね】
その後、端末に新しい案内が浮かんだ。
【ミッション開始時、沈没船に関する記録映像が再生されます】
【ミッション終了時、調査結果に応じた終了映像が再生されます】
【記録映像は、沈没船に残された過去の断片です】
優がすぐに反応した。
【優:映像もあるんですね】
【誠司:過去に何があったのか、見られるのかもしれません】
【早希:敵を倒すだけじゃなくて、調査も大事ってことだね】
久美子は、端末の文字を読んだ。
沈没船に残された過去の断片。
宝だけではない。
そこには、沈んだ船の物語も残っているのかもしれない。
一方、欲望区では、レイナと翔が海エリアの情報を見ていた。
端末には、高額な表示が並んでいる。
【海エリア初級入場権】
【沈没船調査参加権】
【水中活動補助登録】
【海エリア通行許可】
【次区域開放権】
レイナは、金額を見て黙った。
「高すぎる」
翔も隣で画面を見ていた。
「俺たち、まず海エリアに行けないのか」
欲望区では、正規ルートのように段階を踏んでミッションを進めている者は少ない。
行きたいなら、権利を買うしかない。
しかも、一つ買えば終わりではない。
初級の入場権。
ミッション参加権。
水中活動の登録。
次の区域へ進むための開放権。
進むたびに、金がかかる。
レイナは端末を閉じた。
「やっぱり、ちゃんと段階を踏まなきゃいけなかったんだね」
翔は何も言わなかった。
けれど、後悔しても今さら戻れない。
「でも、今は海どころじゃない」
レイナは顔を上げた。
「私はアリスコースの勧誘を進める。レオコースに興味ある人も拾えるなら拾う」
翔も、自分の紹介リストを見た。
「俺も、今は初心者に部屋と仕事を紹介するので精いっぱいだ」
それでも、何人かはすでに紹介できた。
住む場所が決まった者もいる。
仕事を紹介されて、助かったと言った者もいる。
手数料も入った。
「感謝されたし、金も入った」
翔は、少しだけ声を落とした。
「結構、悪くない仕事かもしれない」
レイナは翔を見た。
自分たちは、まだ海へ行けない。
それなら今は、欲望区で稼ぐしかない。
その日の昼。
詩乃と玲司は、欲望区の高級レストランで向かい合っていた。
テーブルの上には、今日の紹介成績が表示された端末が置かれている。
「そっちはどう?」
詩乃が聞くと、玲司は端末を見たまま笑った。
「翔は思ったより数字を出してる。初心者相手に部屋と仕事を何件か決めた」
「へえ」
「本人は、感謝されたとか思ってるみたいだけどな」
玲司は軽くグラスを揺らした。
「こっちからすれば、ちゃんと手数料を運んでくるなら十分だ」
「レイナも悪くないわ」
詩乃は端末の数字を確認した。
「アリスコースの問い合わせが増えている。レオコースの案内も、少しは覚えてきたみたい」
玲司は笑った。
「本人は、自分のために稼いでるつもりだろうな」
「そうでしょうね」
詩乃は静かにグラスを置いた。
「でも、こちらから見れば、入口に立たせるにはちょうどいい人材よ」
沈没船へ向かう準備は、少しずつ始まっていた。
同じ頃、欲望区では、海へ行く権利にさえ高い値がついていた。
読んでいただきありがとうございます。




