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第3話 最初の仕事と金貨の稼ぎ方

今回は、六人が最初の仕事と金貨の稼ぎ方に触れていきます。

地道に積み上げるか、近道を探すか。少しずつ考え方の差が見え始める回です。

 翌朝、かすみは鳥の声で目を覚ました。


 窓の外はもう明るい。

 昨日は気づかなかったが、小部屋の裏手には小さな畑がついていた。土はまだほとんど手つかずで、端には簡易な木の柵が立っている。


 支給された種袋を机の上に並べ、かすみはしばらく見つめた。


 早育ち芋。

 小麦草。

 薬草苗。


 今すぐ何かが変わるわけではない。

 けれど、何もしないままではもっと不安になる気がした。


 外へ出ると、誠司がもう起きていた。


「おはよう」


「おはよう」


 誠司は端末を見せた。


「朝になったら仕事掲示が出るらしい。広場のところ」


 言われて見ると、かすみの端末にも新しい通知が届いていた。


『初期仕事案内が更新されました』


 二人で広場へ向かうと、しばらくして久美子も小走りで合流した。

 少し寝不足そうだったが、昨日よりは顔つきに迷いが少ない。


 広場と呼ばれた場所は、畑と簡易住宅の中心にある開けた空間だった。

 木の掲示板と、端末連動の青い表示板が立っていて、そこに仕事一覧が並んでいる。


『初期向け仕事一覧』


・畑の整地補助 報酬:20

・薬草の採取 報酬:25

・川辺の石集め 報酬:15

・小屋の修繕補助 報酬:30

・共同調理補助 報酬:18

・釣り場整備補助 報酬:22


「安っ……」


 最初に呟いたのはレイナだった。

 翔と一緒に、いつの間にか後ろに来ていた。


「これ、一日やってこの額?」


「最初の仕事なんだからそんなものでしょ」


 誠司が言う。


「少なくともゼロよりはいい」


 翔は表示板を見たまま、小さく息を吐いた。


「これで五百増やすの、だいぶ遠いな」


「だよね」


 レイナもすぐ同調する。


 優だけは別の表示を見ていた。


『釣り場整備補助 報酬:22』


「釣り場ってことは、魚いるんだ」


「そこ?」


 久美子が思わず言うと、優は少し首を傾げた。


「魚いたら食べられるし」


 かすみは表示板の前で立ち止まった。

 二十。二十五。三十。

 少ない。けれど、何もしないよりはましだ。


「私は薬草の採取かな」


 誠司が頷く。


「俺は小屋の修繕補助にする。木工に少し近いかもしれない」


 久美子は少し迷ってから言った。


「共同調理補助……かな」


「料理?」


「得意ってほどじゃないけど、外で力仕事するよりはまだいいかも」


 優はすぐに決めた。


「俺、釣り場整備でいいや」


 レイナは表示板を見たまま動かない。

 翔も同じだった。


「やらないの?」


 かすみが聞くと、翔が軽く肩をすくめた。


「これで一日終わるの、効率悪すぎる」


「でも最初はこうするしかないんじゃ」


「そうとも限らないだろ」


 翔の視線は、もう別の画面へ向いていた。


 レイナも自分の端末を開いている。

 そこには昨日と似た柔らかい案内文が出ていた。


『もっと早く稼ぎたい方へ』


『あなたに合った高効率コースをご提案します』


「ほら」


 レイナが画面を見せる。


「ちゃんと別ルートあるじゃん」


 誠司が眉を寄せた。


「高効率って、ろくでもなさそうだけどな」


「でも稼げるならよくない?」


 レイナは昨日より、はっきりそう言った。


 結局、その日は四人が初期仕事を受けることになった。

 翔とレイナは「ちょっと見に行ってくる」と言って、広場の外れにある端末案内所へ向かった。


     ◇


 薬草の採取は、想像していたより地味だった。


 案内役の中年女性に連れられて森の手前まで行き、似たような草の中から指定されたものだけを抜いていく。

 見分けを間違えると報酬が下がると言われ、かすみは何度も葉の形を見直した。


 昼前、ようやく端末に報酬通知が出る。


『薬草の採取 完了』


『報酬:25』


 たった二十五。

 けれど、自分の手で得た最初の金貨だった。


 同じころ、誠司は木材を運び、傷んだ板を外し、小屋の修繕を手伝っていた。

 久美子は材料を洗い、切り、鍋を見張り、思っていたよりずっと忙しい時間を過ごしていた。

 優の仕事は釣り場の足場を整えるだけのはずが、途中で本当に魚が跳ねるのを見つけて少しだけ機嫌が良くなっていた。


 夕方近く、四人はまた広場で顔を合わせた。


「疲れた……」


 久美子が小さくこぼす。


「でも三十入った」


 誠司が言う。


「私は二十五」


「俺は二十二。魚いた」


 優は相変わらずそこが大事らしい。


 かすみは端末を見る。


『所持金:525』


 たった二十五しか増えていないのに、昨日より少しだけ落ち着く。

 手を動かせば、一応増える。


 その時だった。


 しばらくして、レイナと翔も戻ってきた。

 レイナは見るからに上機嫌だった。


「ねえ、聞いてよ」


 開口一番、そう言って端末を見せる。


「説明聞いて登録しただけなのに、短時間で五十よ? すごくない?」


 得意そうな声だった。


「このちまちま一日中働くお給料の、二倍くらいもらえるなんて」


 かすみは思わず言葉を失う。


「登録しただけで……?」


 翔も軽く肩をすくめた。


「仮登録した。初期仕事やるより、こっちの方がずっと早い」


 誠司が眉を寄せた。


「登録だけで金が入るって、それ普通に怪しいだろ」


「私も、ちょっとそう思う」


 かすみも小さく言った。


「楽なのはいいなあ……」


 優がぼそっと呟く。


 全員がそちらを見ると、優は少し間を置いてから続けた。


「でも登録とか面倒そうだし、俺はいいや」


 その気の抜けた言い方に、久美子は少しだけ肩の力が抜けた。


 けれど、心の奥では別のものが揺れていた。


 レイナも翔も、最初から外見がいい。

 だからこそ、ああいう近道にも最初から手が届くのかもしれない。


 ある意味、うらやましかった。

 もし自分ももっと外見が良ければ、地道な仕事なんかしなくても、登録だけでお金が入ったのだろうかと、一瞬だけ思った。


 誠司がもう一度言う。


「やめとけよ。登録だけで金が入るなんて、どう考えても怪しい」


 かすみも頷く。


「うん。ちょっと怖い」


 レイナは目を細めた。


「……もしかして嫉妬してる?」


「え?」


 かすみが言葉を失う。


 レイナは口元だけで笑った。


「私たちが見た目でこういう近道使えそうだから、羨ましいんでしょ?」


 その言葉に、久美子の胸がちくりとした。

 違う、とすぐには言えなかった。


「そういう話じゃないだろ」


 誠司の声が少し強くなる。


「じゃあ何? 怪しい怪しいって、止めたいだけじゃん」


 翔は横から口を挟まない。

 けれど否定もしなかった。


 その時、全員の端末に新しい通知が届いた。


『特別買取キャンペーン』


『嫌な思い出、買い取ります』


 表示を見た瞬間、空気が変わった。


 優が声に出して読む。


「嫌な思い出、買い取ります……?」


 その下には、さらに細かい文が続いていた。


『恋人との別れ』

『友人との喧嘩』

『思い出したくない失敗』

『忘れたい言葉』

『繰り返し苦しむ記憶』

『条件に応じて高価買取』


「なにこれ」


 かすみが思わず言う。


 レイナは少しの間それを見つめてから、あっさりと言った。


「いいじゃん」


 その軽さに、久美子の肩が小さく揺れる。


「よくないでしょ」


 誠司の声ははっきりしていた。


「なんで? 嫌な思い出だよ?」


 レイナは端末を閉じずに続ける。


「忘れたいなら忘れればいいし、それでお金も入るなら得じゃん」


 そして少し笑って、


「元カレと喧嘩した思い出とか、ほんといらないんだけど」


 と口にした。


 その瞬間、久美子の胸に浮かんだのは、もっと古い傷だった。


 中学生の時に、男子にブスと言われた。

 たった一言だった。

 でも、その一言だけは今も残っている。


 あの記憶を売れたら。

 少しは楽になるのだろうか。


 久美子は何も言えなかった。


 翔は通知文を読み返しながら、淡々と言う。


「嫌な記憶って、別に持ってても得しないしな」


「そんなことない」


 かすみは思わず強く言った。


 全員の視線が向く。


 少しだけ息を詰めてから、かすみは続ける。


「嫌なことでも、自分のものじゃん。売ったら、たぶん何か違う」


「何が違うの?」


 レイナはすぐ聞き返した。


「思い出すたび嫌なだけの記憶でしょ?」


 かすみは言葉に詰まった。

 うまく説明できない。

 でも、何かが嫌だった。


 誠司が代わりに言う。


「嫌な記憶ごと消したら、同じ失敗をまたやるかもしれない」


 翔は少しだけ笑った。


「やる前提なんだ」


「そういうことじゃない」


「でも、苦しい思い出を持ってるよりマシじゃない?」


 レイナは端末を見たまま言う。


「忘れたくても忘れられないなら、消した方が早い」


 その言葉に、久美子の心がわずかに揺れる。

 忘れたい。

 あの一言だけでも消えたら。

 鏡を見るたび思い出す気持ちが少しでも軽くなるなら。


 けれど同時に、喉の奥がひやりとした。


 それを売ってしまったら、自分の中に何が残るのだろう。


 優が端末をのぞき込みながら言った。


「嫌な思い出に値段つくの、なんか変だな」


 それから少し考えて、


「でも、そういうの売るやつ、普通にいそう」


 と付け加えた。


 翔はもう別の画面を開いていた。


『初回買取ボーナスあり』


『感情の強い記憶ほど高価買取』


「へえ」


 レイナの目が動く。


「感情の強い記憶の方が高いんだ」


 その言い方が、かすみにはひどく嫌だった。

 記憶そのものより、値段を先に見ている気がした。


 誠司が言う。


「今日はやめとけ」


「今日は、ね」


 レイナは軽く答えた。

 それが否定ではないことは、全員にわかった。


     ◇


 夜、小部屋に戻っても、かすみの頭からその通知は離れなかった。


『嫌な思い出、買い取ります』


 優しい言い方だった。

 救いのように見える文章だった。

 だから余計に気味が悪い。


 端末の光を消して、かすみは小さく息を吐く。


 今日は二十五しか増えなかった。

 効率は悪い。

 地道すぎる。

 たしかに、そうなのかもしれない。


 でも、嫌なことまでお金に変える世界で、自分はどこまで踏みとどまれるのだろう。


 その問いに答えは出ないまま、風の音が小さく聞こえた。

読んでくださりありがとうございます。


最初の仕事と金貨の稼ぎ方、そして「嫌な思い出も売れる」という新しい誘惑が出てきました。

ここから少しずつ、六人の選ぶ道がはっきり分かれていきます。

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