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第4話 それ売っちゃって大丈夫なの?

今回は、近道に踏み出した者と、地道に積み上げる者の差が少しずつ見えはじめます。

軽い気持ちの「試しに」が、どこへつながるのかが動き出す回です。

 翌朝、広場に出ると、レイナはもう起きていた。


 妙に機嫌がいい。

 翔も少し離れた場所に立っていた。

 こちらは相変わらず無表情に近い。


「ねえ、聞いてよ」


 レイナは開口一番、そう言って端末を見せた。


「昨日、登録で五十入っただけでもラッキーって思ったのに、寝る前にムダ毛とか嫌な思い出とかちょっと売ったら、もう軽く千超えたんだけど」


 得意そうな声だった。


「そんなに……?」


 久美子が思わず言う。


 誠司の顔色が変わる。


「何を売った」


「ちょっとだけだって」


 レイナは肩をすくめた。


「ムダ毛とか、元カレと喧嘩した最悪な記憶とか。初回ボーナスもついてたし、感情の強い記憶は高くなるみたい」


 その言い方が、かすみにはぞっとするほど軽かった。


「今日もあっち行くから」


 レイナは髪をかき上げる。


「そっちの仕事、相変わらず地味ね」


 その一言に、広場の空気が少し冷えた。


 翔は端末を見せなかった。

 けれど、もう昨日の翔ではないとなんとなくわかる。


「翔は?」


 久美子が聞くと、翔は短く答えた。


「今日もあっちで仕事探してくる」


「……何か売ったの?」


 誠司が聞いても、翔はわずかに肩をすくめるだけだった。


「別に」


 それ以上は話さない。

 昨夜、翔もすでにいくつか売っていた。

 仕事で上司に怒鳴られた記憶。営業の下積み時代。しつこく絡んできた相手との記憶。

 持っていても今の自分に得にならないと思うものを、静かに整理していた。

 けれど、それをわざわざ説明する気はなかった。ごちゃごちゃ言われるのが面倒だったからだ。


 レイナはもう広場の外れへ視線を向けている。

 翔もそれに続いた。


「じゃ、行くね」


 レイナは軽く手を振った。


 まるで昨日の続きがそこにあるみたいに、二人は迷いなく欲望の街へつながる端末案内所の方へ歩いていった。


 残された四人のあいだに、少し重い沈黙が落ちた。


「やっぱり、おかしいよ」


 かすみが言う。


「一晩でそんなに増えるなんて」


「だよな」


 誠司も頷く。


「登録して、売って、いきなり千超えって。どう考えてもまともじゃない」


 優は眠たそうに頭をかきながら言った。


「でも、千はすごいな……」


 全員がそちらを見ると、優は少し間を置いてから続けた。


「まあ、俺は登録とか面倒だからやらないけど」


 そのゆるさに、ほんの少しだけ空気がゆるむ。


 けれど久美子だけは、自分の端末から目を離せなかった。


『所持金:530』


 昨日、自分で働いて増えた分。

 少ないとは思いたくない。

 けれど、レイナの言う千と並べると、どうしても小さく見える。


 しかもレイナも翔も、最初から外見がいい。

 だからこそ、ああいう近道にも最初から手が届くのかもしれない。


 ある意味、うらやましかった。

 もし自分ももっと外見が良ければ、地道な仕事なんかしなくても、登録だけでお金が入ったのだろうかと、一瞬だけ思う。


 その時、昨日の言葉が頭に浮かんだ。


 ほとんど永久脱毛してるけどさー……。

 残りもこの際売っちゃおうかな。


 久美子は自分の端末を開いた。


『簡易売却一覧』


『ムダ毛1本:1』


 昨日より、その表示が近く見えた。


 わき毛なら、いいかもしれない。

 昔、永久脱毛に憧れたことがある。

 みんな普通にやっているみたいで、少しうらやましかった。

 でも自分には高くて無理だった。


 見えない場所だし。

 これくらいなら。

 試しにやってみようかな。


 そう思っただけなのに、指先が少し冷たくなった。


     ◇


 少しして、久美子は一人で小部屋に戻った。


 誰にも見られたくなかった。

 ほんの軽いことだと思っているのに、見つかれば責められる気がした。


 端末を開く。


『ムダ毛売却』


『部位を選択してください』


 表示の中に、脇の項目がある。


 久美子はしばらくそこを見つめてから、思い切って触れた。


 一瞬だけ、ひやりとした感覚が走る。


「……え」


 服の上からそっと確かめる。

 何もない。

 ほんの少し前まで気になっていた感触が、きれいに消えていた。


 あわてて鏡で見る。

 きれいだった。

 驚くほど、きれいだった。


「すごい……」


 思わず声が漏れる。


 これで、苦労しなくていい。

 そう思った瞬間、端末が淡く光った。


『売却完了』


『報酬:120』


『容姿スキルが上昇しました』


『容姿スキル:2 / Lv.22』


 久美子は画面を見つめたまま、しばらく動けなかった。


 売ったのは、わき毛だけだ。

 名前でもない。

 思い出でもない。

 ほんの軽いもの。


 それなのに、たしかにお金が増えている。

 しかも、容姿レベルまで上がった。


 すごい。

 そう思ったのと同時に、胸の奥が少しだけざわついた。


 これくらいなら大丈夫。

 そう思ったからこそ、余計に怖かった。


     ◇


 その日の仕事掲示には、昨日までとは違う内容が増えていた。


『共同依頼一覧』


・畑を荒らす角鹿の追い払い 報酬:80

・角鹿の解体補助 報酬:50

・ジビエ調理補助 報酬:45

・初期収穫補助 報酬:40


「昨日より増えてる」


 かすみが言う。


「共同依頼って書いてあるな」


 誠司が表示板を見上げた。


「分担すると報酬が分かれるのかも」


 優が端末をのぞき込む。


「角鹿って、鹿みたいなやつ?」


 その時、案内役の女性が説明に来た。


「畑を荒らす小型の魔獣よ。角はあるけど、群れじゃなければそこまで危なくないわ。追い払い役、解体役、調理役で分かれるの。うまくやれば夕食にもなる」


「食べられるんだ」


 優が少し目を輝かせる。


「美味しいわよ」


 その一言で、優のやる気が少しだけ上がった。


 かすみは初期収穫補助の方も気になっていた。

 昨日植えたばかりのはずなのに、端末には『収穫可能』と出ている。


「この世界、育つの早いんですね」


「ここだけじゃなくて、この世界のものは全体的に育ちが早いのよ」


 ゲームっぽいようでいて、妙に現実的な仕組みだった。


 結局その日は、誠司と優が角鹿の追い払いへ、かすみが収穫補助へ、久美子がジビエ調理補助へ入ることになった。


 角鹿は、鹿に似ていた。

 だが目つきが少し鋭く、額から短い角が二本伸びている。

 畑の若芽を食い荒らし、逃げ足も速い。


 誠司は前に出て棒を構え、優は横から追う。

 最初はだらけた顔をしていた優も、走る相手が見えると意外に手際がよかった。


「そっち!」


 誠司が声を飛ばし、優が反対側へ回る。

 二人の動きは思っていたより噛み合っていた。


 別の場所では、かすみが収穫した早育ち芋をかごへ入れていた。

 土の中からころころと出てくる小ぶりな芋は、見ているだけで少し嬉しくなる。

 食べられる。売れる。

 昨日まではなかったものが、今日は手の中にある。


 久美子は調理場で、解体された角鹿肉を前に少し緊張していた。

 けれど案内役の年配女性はてきぱきしていて、切り方も下味も迷いなく教えてくれる。


「料理って、怖いだけじゃないのね」


 ぽつりと呟くと、女性が笑った。


「食べることって、意外と強い仕事なのよ」


 その言葉は、久美子の中に少しだけ残った。


     ◇


 夕方、四人はまた広場で落ち合った。


 誠司の端末には『追い払い成功 報酬:80』。

 優にも同じ額が入っている。

 かすみは収穫補助で40、久美子は調理補助で45。


 さらに共同達成ボーナスが出た。


『共同依頼達成』


『協力評価上昇』


『人間性が上昇しました』


「また出た」


 かすみが小さく言う。


「俺のも」


 誠司が頷く。


 優も自分の端末を見ている。


「なんかまたいい人ポイント増えた」


「だからその言い方やめてって」


 久美子が言った。

 でも昨日より少しだけ、素直に笑えた。


 夕食には、角鹿肉を使った煮込みが配られた。

 思っていたより柔らかく、少しだけ野生の匂いはあるが、ちゃんと美味しい。


「ジビエってもっと固いのかと思ってた」


 かすみが言うと、久美子は小さく胸を張った。


「下ごしらえ、ちゃんとやったからかも」


 その言い方が少しだけ自信ありげで、かすみは嬉しくなった。


「レイナと翔の分、少し置いておこうか」


 かすみが言うと、久美子もすぐ頷いた。


「うん。せっかく作ったし」


 小さな器に取り分けて、端に置く。

 少し冷めても食べられるように、布もかぶせた。


 最初は、少し遅いだけだと思った。

 今日もあっちで仕事が長引いているのかもしれない。

 戻ってきたら、鹿のお肉食べさせてあげよう。

 そう思っていた。


 けれど、外がすっかり暗くなっても、二人は帰ってこなかった。


 かすみは何度目かの視線を広場の向こうへ向ける。


「……まだ帰ってこないね」


 久美子も、不安そうに小さく頷いた。


「うん……」


 誠司は何も言わなかったが、その顔は固かった。

 優でさえ、さすがに遅いな、と呟く。


 置いておいた鹿肉の湯気は、もう消えかけていた。


 その時だった。


 端末がまた、新しい表示を出した。


『新しい買取項目が開放されました』


『初期リンク』


 かすみは息を止める。


 親切そうな表示だった。

 けれど、かえってぞっとした。


 最初に結ばれたつながりまで、売れるのだろうか。

読んでくださりありがとうございます。


近道に踏み出した者、地道に積み上げる者、その差が少しずつ広がりはじめました。

軽いものだから大丈夫、と思える一歩ほど怖いのかもしれません。

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