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第28話 それぞれの戦い

戦いの日が始まりました。

久美子たちは、練習で覚えた連携を使って敵に向かいます。


欲望区では、レイナと翔も野良パーティーで戦いに出ます。

 鐘の音が、街に響いていた。


 一度。


 二度。


 そのたびに、空気が重くなる。


 遠くから聞こえる叫び声に、かすみは杖を握り直した。


「敵、門の方に集まってるみたい」


 早希が端末を見ながら言う。


「行こう」


 誠司が短く言った。


 大地が前に出る。


 早希も武器を持ち直した。


 久美子は少し遅れて、剣を握る。


 昨日の練習の時より、顔色は戻っている。


 けれど、完全にいつも通りではない。


 感情が戻ったせいで、まだ胸の中は落ち着かないのだろう。


 それでも、久美子は立っていた。


 剣を持って、前を見ていた。


「大地、早希、久美子が前」


 誠司が確認するように言う。


「大地は正面を受ける。早希は前衛で攻撃。久美子は横に流れた敵を止める。優は三人に強化魔法をかけて。かすみは前衛三人のHPを見る」


「分かった」


 かすみがうなずく。


 優も杖を握った。


「強化は僕が見る。かすみの回復が追いつかない時は、僕も手伝うね」


「僕も必要なら回復に回る」


 誠司が言った。


「でも基本は攻撃魔法で敵を削る」


「うん」


 かすみは短く答えた。


 久美子は何も言わなかった。


 けれど、剣を握る手には力が入っていた。


 門の近くに着くと、すでに何体もの敵が押し寄せていた。


 以前見た敵より大きい。


 動きも速い。


 街の入り口で、他の組もそれぞれ戦っている。


 優が杖を掲げた。


「強化、かけるよ」


 淡い光が、大地、早希、久美子の体を順に包む。


 大地の盾を持つ腕が、少しだけ安定する。


 早希の攻撃に、鋭さが増す。


 久美子の足元も軽くなった。


 かすみはその後ろで、三人のHPを見ていた。


 大地。


 早希。


 久美子。


 誰か一人が崩れれば、敵は後ろへ流れる。


 だから、目を離せなかった。


 大地が一歩前に出た。


「来るぞ」


 最初の敵が、大地めがけて突っ込んできた。


 大地は盾を構え、正面から受け止める。


 重い音が響いた。


「くっ……!」


 大地の足が少し下がる。


 けれど、倒れない。


「早希!」


「分かってる!」


 早希がすぐに踏み込む。


 優の強化が乗った攻撃が、敵の足元に入った。


 敵の動きが鈍る。


「今!」


 誠司が魔法を放った。


 まっすぐ伸びた光が、敵の胴に強く当たる。


 敵が大きくよろめいた。


 そこへ大地がさらに踏み込む。


「おおっ!」


 盾で押し込み、そのまま武器を叩きつける。


 大きな衝撃とともに、敵が倒れた。


 かすみは息をのむ。


 倒せた。


 昨日の練習通りとはいかない。


 でも、形にはなっている。


「次、横から来る!」


 誠司の声で、久美子がそちらを見る。


 敵が一体、大地と早希の間を抜けるように動いていた。


 後ろへ流れれば、かすみたちの方へ来る。


「久美子、止めて!」


 早希の声が飛ぶ。


 久美子は一瞬ためらった。


 怖い。


 大地ほど強くない。


 早希みたいに、迷わず前へ出られるわけでもない。


 それでも、胸の奥に残っている悔しさが、足を動かした。


 何もない。


 誰にも見てもらえない。


 そんなみじめさを、久美子は剣に乗せるように振った。


「……こっちに来ないで」


 剣が敵の進路をふさぐ。


 完全に止めたわけではない。


 でも、敵の足は一瞬鈍った。


「そこ!」


 早希がすぐに攻撃を入れる。


 敵の体が横にずれた。


「止まった!」


 かすみが小さく声を出す。


 久美子は息を荒くしながら、剣を握り直した。


 今のは、大地や早希のような強い一撃ではなかった。


 でも、昨日のように動けなかったわけではない。


 かすみは、その背中を見つめた。


 久美子は、確かに動いている。


 戦いは続いた。


 何度も敵が押し寄せる。


 大地は正面で受け続けた。


 盾に傷が増えていく。


 それでも大地は下がらない。


 敵の大きな攻撃を受け止め、その隙に重い反撃を返していく。


 早希は、大地が止めた敵へ鋭く攻撃を重ねた。


 優の強化を受けた早希の攻撃は、前よりも深く敵に入っている。


 大地の次に前で動き、敵を削っていくのは早希だった。


 久美子は、その横で必死についていく。


 率先して敵へ突っ込むほどの余裕はない。


 けれど、横へ逃げようとする敵を見つけるたびに、剣を出す。


 怖さもある。


 迷いもある。


 でも、胸の中のもやもやが消えない。


 羨ましさも、悔しさも、惨めさも、まだ残っている。


 それをどうすればいいのか分からない。


 だから、久美子は敵にぶつけた。


「大地、回復する!」


 かすみが杖を向ける。


 光が大地の体を包み、減っていたHPが少し戻った。


「助かった!」


 大地はすぐに盾を構え直す。


 次の敵が早希へ向かう。


「早希、無理しないで!」


「まだいける!」


 早希は強化された攻撃で、敵の腕を弾いた。


 その反動で、早希のHPが少し削れる。


 かすみはすぐに回復の準備をした。


「早希、回復する!」


「お願い!」


 かすみの回復魔法が早希に届く。


 早希のHPが少し戻った。


 その間に、別の敵が横から抜けようとする。


 久美子の方へ来た。


 久美子は一歩下がりかけた。


 でも、後ろにはかすみがいる。


 優もいる。


 誠司もいる。


 ここで止めなければ、後ろに行く。


「……私だって」


 久美子は低くつぶやいた。


 剣を出す。


 敵の動きは重い。


 腕に衝撃が来る。


 そのまま押し負けそうになる。


「久美子!」


 かすみが叫ぶ。


 久美子のHPが赤く光った。


 けれど、久美子は剣を離さなかった。


「私だって、何もしないわけじゃない!」


 その声と一緒に、久美子は敵を押し返した。


 ほんの少しだけ。


 けれど、その少しで十分だった。


「早希!」


「任せて!」


 早希が踏み込む。


 優の強化が乗った一撃が、敵の足元を崩した。


「誠司!」


「見えてる!」


 誠司が攻撃魔法を放つ。


 光が敵の中心を貫き、敵はその場に崩れた。


 かすみはすぐに久美子へ杖を向けた。


「回復する!」


 光が久美子の体を包む。


 赤く減っていたHPが少しずつ戻っていく。


 久美子は息を荒くしながら、かすみを見た。


「……ありがと」


 小さな声だった。


 かすみは一瞬だけ表情を緩めた。


「まだ来るよ」


「分かってる」


 久美子は剣を握り直した。


 強くはない。


 きれいでもない。


 でも、止まってはいなかった。


 戦いはさらに続いた。


 大地の盾に、また大きな衝撃が走る。


 早希の攻撃が敵を削る。


 優は前衛三人の強化が切れないように、何度も魔法を重ねた。


 かすみはHPを見続ける。


 回復を重ねるたびに、少しずつMPが削られていく。


「かすみ、無理しないで」


 優が声をかける。


「早希のHP、僕が少し戻す」


「お願い」


 かすみはすぐに大地の方へ杖を向けた。


 優の回復魔法は、かすみほど強くはない。


 それでも、小さな傷を戻すには十分だった。


 早希のHPが少し回復する。


「助かる!」


 早希が短く言った。


 誠司はその間も、敵の動きを見ていた。


「次の敵、硬い。大地が受けて。早希は右から攻撃。久美子は抜けようとする敵だけ止めて」


「分かった!」


 大地が前へ出る。


 早希が右へ動く。


 久美子は剣を構えたまま、横へ流れそうな敵を見た。


 自分が一番強いわけではない。


 むしろ、この前衛三人の中では一番弱い。


 それでも、役目はある。


 敵を全部倒せなくてもいい。


 後ろへ行かせなければいい。


 そう思うと、少しだけ足が動いた。


 同じ頃、欲望区でも戦いは始まっていた。


 レイナと翔は、前に組んだ野良パーティーの者たちと一緒に敵と向き合っていた。


 正式パーティーではない。


 回復役もいない。


 魔法を使える者もいない。


 頼れるのは、用意した回復薬と、それぞれの武器と、前に一度だけ合わせた動きだった。


「来るよ!」


 レイナが声を上げる。


 敵が二体、同時に走ってくる。


 翔が横へ動き、片方の注意を引く。


 レイナはもう一体の前に出た。


 前回なら、ここで少し迷っていた。


 でも今回は違う。


 敵の動きが、前より少し見える。


 どこで止めればいいか。


 どこで踏み込めばいいか。


 完全ではないけれど、体が覚え始めている。


「今!」


 野良の一人が叫ぶ。


 レイナはその合図に合わせて攻撃した。


 敵の体が大きく揺れる。


 翔が横から斬り込み、敵の足を崩す。


 もう一人が後ろからとどめを入れた。


 敵が倒れるまでの時間が、前より短かった。


「今の、早かったよね」


 レイナが息を整えながら言う。


「前よりはな」


 翔も肩で息をしていた。


 腰の回復薬を確認する。


「薬、まだある?」


「ある。思ったより減ってない」


 レイナは少しだけ驚いた。


 多めに用意していた薬は、まだ余裕があった。


 前回は、もっと早く減っていた。


 それだけ無駄に傷を受けていたのだと、今なら分かる。


「少しは動けるようになったってことかな」


「かもな」


 翔は敵から目を離さずに答えた。


「でも、やっぱり魔法ジョブがいないときつい」


「うん」


 レイナはうなずいた。


「回復も補助も、全部薬と自力だもんね」


「正式パーティーが魔法を使えるやつを欲しがるわけだよ」


 翔は短く笑った。


 でも、その笑いに余裕はなかった。


 前より戦える。


 それは確かだった。


 けれど、まだ足りない。


 回復薬が減ればお金も減る。


 武器を強化するにもお金がいる。


 戦いながら、また次の出費のことを考えなければならない。


「次、来る!」


 野良の一人が叫んだ。


 レイナは武器を握り直す。


「倒すよ」


「ああ」


 翔が横に並ぶ。


 正式な仲間には選ばれない。


 それでも、今ここでは互いに背中を預けるしかなかった。


 敵が迫る。


 レイナは一歩前に出た。


 一方、愛璃は戦場にはいなかった。


 特別シェルターの中は静かだった。


 外で戦いが起きていることが、少し遠く感じるほどだった。


 端末には、主演女優保護対象と表示されている。


 仕事は休み。


 撮影もない。


 面談もない。


 安全な場所で待機するように言われていた。


 愛璃は椅子に座り、ぼんやりと手元を見ていた。


 戦いの日。


 その言葉を聞いて、ふと彼のことを思い出した。


 そういえば、前の戦いの日はいつも彼がそばにいた。


 怖い敵が来る時も、彼は少し前に立ってくれた。


「危ない時は、俺の後ろにいて」


 そんなふうに言われたことがあった。


 その時は、当たり前みたいに受け取っていた。


 守られていることも。


 一緒にいることも。


 次の戦いの日も、また同じように過ごすのだと思っていた。


 でも、今は違う。


 愛璃は安全な場所にいる。


 彼は、どこにいるのか分からない。


「……大丈夫かな」


 小さくつぶやく。


 もう別れた相手なのに。


 もう関係ないはずなのに。


 それでも、戦いの日に彼がいないことが、急に寂しかった。


 外では、誰かが戦っている。


 彼も、その中にいるのだろうか。


 愛璃は端末を開きかけて、すぐに閉じた。


 連絡をする理由が、見つからなかった。


 かすみたちの場所では、戦いが終わりに近づいていた。


 最後に残った大きな敵が、門の近くで暴れている。


 大地が正面から受ける。


 だが、今までの敵より力が強い。


「重い……!」


 大地の足が地面を削る。


「大地!」


 かすみが叫ぶ。


「大丈夫だ!」


 大地は盾を構え直した。


「ここを抜かせたら後ろに行く!」


 早希が右から攻撃を入れる。


 優の強化を受けた一撃が、敵の動きをわずかに鈍らせた。


 久美子は横へ回った。


 敵が後ろへ抜けようとする。


 足がすくみそうになる。


 でも、胸の奥の悔しさが消えない。


 私には何もない。


 そう思うたびに、剣を握る手に力が入った。


「行かせない」


 久美子は敵の前に剣を出した。


 敵の腕が振られる。


 久美子のHPが削れた。


 早希も攻撃の反動で、HPがわずかに減っている。


 かすみは一瞬、どちらに回復を飛ばすか迷った。


「久美子は私が戻す。早希は優、お願い!」


「分かった。僕が早希を回復する!」


 かすみの回復魔法が久美子へ飛ぶ。


 優の回復魔法が早希にかかる。


 二人のHPが少し戻った。


「助かった!」


 久美子が前を向いたまま言う。


 優は息を整えながら、すぐに杖を持ち直した。


「強化、かけ直す!」


 大地、早希、久美子に、もう一度光が重なる。


「誠司!」


 大地が叫ぶ。


 誠司はすでに攻撃魔法を準備していた。


「今、撃つ!」


 強い光が、敵の中心へ向かって走る。


 敵が大きくのけぞった。


「早希、今!」


 誠司の声に、早希が踏み込む。


 強化された攻撃が、敵の足元を崩す。


 大地が正面から押し込む。


 久美子は横へ流れそうになった敵を、必死に止めた。


 強くはない。


 でも、止まらない。


 久美子は、胸の中のもやもやを剣に乗せるように押し返した。


 最後に、大地の重い一撃が入る。


 敵は大きく揺れ、その場に倒れた。


 しばらく、誰も動けなかった。


 息だけが聞こえる。


 敵はもう立ち上がらない。


「……終わった?」


 優が小さく言う。


 早希が周囲を見回す。


「この辺りは、たぶん」


 その時、全員の端末がほぼ同時に震えた。


 戦闘経験値を獲得しました。


 レベルが上昇しました。


 戦闘スキルが上昇しました。


 共同作業評価が上昇しました。


 協力レベルが上昇しました。


 かすみは画面を見つめた。


 大地も、早希も、優も、誠司も、自分の端末を確認している。


 久美子も、ゆっくりと端末を見た。


 そこには、同じように評価上昇の通知が出ていた。


 昨日、責任評価が下がった。


 言葉でぶつかって、対人評価も下がった。


 それでも、今日の戦いで動いたことは記録されていた。


 久美子は何も言わなかった。


 ただ、剣を握る手を少しだけ緩めた。


 かすみは杖を下ろした。


 手が震えている。


 怖かった。


 でも、乗り越えた。


 久美子は剣を下げ、荒い息を吐いていた。


 練習の時よりも動けていた。


 危ない場面もあった。


 けれど、止まらなかった。


 大地は前で受け続けた。


 早希は主力として攻撃を止めなかった。


 優は強化と回復補助を続けた。


 誠司は攻撃魔法で敵を削った。


 かすみは全員のHPを見続けた。


 全員で戦って、この場を越えた。


 欲望区でも、レイナたちの戦いが一段落していた。


 最後の敵が消えたあと、レイナの端末が震えた。


 戦闘経験値を獲得しました。


 レベルが上昇しました。


 武器スキルが上昇しました。


 共同作業評価が上昇しました。


 協力レベルが上昇しました。


「上がった」


 レイナがつぶやく。


 翔も端末を見る。


「俺も」


「正式パーティーじゃなくても、ちゃんと協力したら上がるんだね」


「見てはいるってことだな」


 翔はそう言ったあと、画面の下に残った別の案内を見た。


 武器強化を推奨します。


 回復薬の追加購入をおすすめします。


 戦闘後処理業務 高報酬。


 翔は小さく息を吐いた。


「でも、金がかかるのは変わらないな」


「うん」


 レイナは武器を握ったまま、画面を見つめた。


 評価は上がった。


 少しは強くなった。


 前より薬の減りも遅くなった。


 けれど、正式パーティーにはまだ入れない。


 魔法ジョブもいない。


 闇の仕事からも、まだ切れない。


 前に進んだはずなのに、足元にはまだ重いものが残っていた。


 かすみたちの場所では、久美子がまだ端末を見ていた。


 上がった評価。


 下がったままの評価。


 どちらも同じ画面の中にある。


 全部が解決したわけではない。


 久美子の感情も、昨日からの言葉も、そのまま残っている。


「久美子」


 かすみが声をかける。


 久美子は振り返らなかった。


「……あとで」


 小さく言った。


「あとで、話す」


 かすみは、少しだけうなずいた。


「うん」


 戦いは終わった。


 レベルは上がった。


 スキルも上がった。


 協力したことも、ちゃんと記録された。


 それでも、話さなければならないことは、まだ終わっていなかった。


 レイナと翔は、評価が上がっても、まだお金と闇仕事から逃げられない。


 愛璃は、安全な場所にいても、彼のことを思い出していた。


 それぞれの場所で、少しだけ前に進んだ。


 けれど、残ったものはまだ多かった。

読んでいただきありがとうございます。

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