表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

19/62

第19話 着るのは私じゃない

今回は、魔法を覚えた者たちが次の段階へ進む回です。

久美子はその外側にいながら、近くでそれを見ることになります。

 朝の食堂では、昨日よりもはっきりと魔法の話が広がっていた。


「杖って、自分で作るの?」

「簡易のやつらしい」

「素材も集めるんだって」

「適性課題もあるみたい」


 久美子はパンをちぎりながら、その声を聞いていた。


 自分の端末にも通知は来ている。

 けれど、昨日とは違う意味で、少しだけ開くのがいやだった。


 画面を開く。


 魔法訓練者用の衣装補助作業を募集します。

 ローブ補修、袖調整、媒介具袋の縫製が主な作業内容です。

 作業希望者は本日中に作業場へ来てください。


 久美子は、その文をしばらく見ていた。


 魔法は使えない。

 でも、そのための服は縫える。


「何て書いてあった?」


 向かいの席のかすみが聞いた。


「作業依頼。魔法の人たちの服とか、小物とか」


「そうなんだ」


 かすみは端末を見ながら少し笑った。


「今日、課題も出るみたい。杖とか補助具も作るんだって」


「へえ」


「私、回復寄りかもって言われた」


 久美子は顔を上げた。


「回復?」


「うん。削れた体力を戻したり、毒状態を治したり、ひん死に近い仲間を助けたりする感じだって」


「すごいじゃん」


「まだほんとに初歩だけどね」


 かすみは少し照れたように笑った。


「でも、ちゃんと使えるようになったら、薬を前より使わなくてすむかもって言われた」


「それ、かなり助かるね」


「うん。全部は無理でも、少しでも減ったら楽になるかも」


 その横で、誠司も端末を見ていた。


「俺は攻撃寄りらしい」


「攻撃魔法?」


「たぶんな。離れた位置から敵に大きめのダメージを入れるやつ」


「前で戦わなくてもいいの?」


「近くでもやるけど、後ろから削れるならそのほうが楽だろ。前に負担かけすぎなくてすむし」


 優も少し遅れて口を開いた。


「俺は補助系っぽい」


「補助?」


「姿を見えにくくしたり、匂いを薄くしたり、敵を別の方に釣ったり。そういうの」


「そんなことまでできるの?」


「まだほんの少しだけらしいけどな」


 優は肩をすくめた。


「派手じゃないけど、前に出るやつを助ける役だって」


 同じ机でそんな話が続く。


 かすみは回復。

 誠司は攻撃。

 優は補助。


 役割が少しずつ見え始めている。


 久美子は笑って聞いていた。

 でも胸の奥では、自分の場所だけがまだ白いまま残っている気がした。


「久美子は今日、作業場?」


「うん」


「終わったら杖、見せるよ」


「うん」


 返事はした。

 けれど、見たいのか見たくないのか、自分でもよくわからなかった。


 朝食のあと、久美子は作業場へ向かった。


 中には、昨日と同じように数人残っていた。

 訓練の案内が来なかった者たちだ。


 その中の一人に、短く切った髪の女子がいた。

 背筋がまっすぐで、座り方にも無駄がない。元の世界でも体を動かしていたのだろうと、見ただけでわかる感じだった。


 その子は革紐を手早くまとめながら、あっさり言った。


「私、ちょっとムダ毛売っただけで外された」


「気にしてないの?」


 近くの誰かが聞く。


「別に」


 その子は肩をすくめた。


「もともと走るのも体動かすのも好きだし。前のほうが合ってると思う」


 言い方が軽い。

 久美子はその横顔を見て、何も言わなかった。


 しばらくして、まとめて運ばれてきた布の中に、見慣れないものが混じっていた。

 いつもの補修用の厚い布ではない。もっと軽くて、なめらかで、少し光を含んだような生地だった。


 指で持ち上げると、さらりと落ちる。


「これが魔法用……」


 小さくつぶやく。


 作業表には細かい指示が並んでいた。


 ローブの裾を少し詰める。

 袖口は広げすぎず、杖を振る動きを邪魔しない形にする。

 腰の横には、媒介具を入れるための小袋をつける。

 属性ごとに印の糸色を変える。


 久美子は一枚目を手に取り、布を机に広げた。


 淡い色のローブだった。

 胸元の印はまだ空白で、これから糸で入れるようになっている。


 針を通す。

 袖を測る。

 小袋の位置を決める。


 作業そのものは難しくない。

 むしろ、いつもより少し楽しいくらいだった。形がきれいで、布も扱いやすい。


 でも、楽しいと思ったあとに、すぐ別の気持ちがついてくる。


 着るのは自分じゃない。


 久美子は糸を引きながら、指先を止めた。


 自分は魔法を使えない。

 杖も持てない。

 こういう服を着て訓練へ向かう側ではない。


 縫うことはできる。

 整えることもできる。

 けれど、その中には入れない。


 昼前、魔法組の何人かが作業場の前を通った。

 手には細い木の枝や、石のようなものを持っている。


「これでいいのかな」

「もっとまっすぐな方がいいって言われた」

「属性ごとに相性があるらしいよ」


 楽しそうに話しながら通り過ぎていく。


 久美子は机の上の布に目を戻した。


 縫い目をそろえる。

 端を折る。

 小袋をつける。


 そのとき、端末が小さく震えた。


 通知が一件。


 作業の追加かと思って開くと、見慣れない文が出ていた。


 正規魔法訓練対象外の方へ

 裏ルートにて闇魔法習得権の案内があります


 久美子の指が止まる。


 すぐ下に、もう一件。


 通常成長が遅い方へ

 レベル上げ加速ルートを案内します


 さらに、もう一件。


 羨ましいと思う心、買います

 比較して苦しむ心を手放せます


 久美子は画面を見つめたまま動かなかった。


 羨ましいと思う心。


 その言葉だけが、妙にはっきり入ってくる。


 今の自分にちょうど刺さるような文だった。


「……そんなの」


 小さくつぶやき、画面を閉じる。


 閉じたのに、文だけは頭に残った。


 昼食のあと、作業場には短いざわめきが入った。

 魔法組が一度戻ってきたのだ。


 机の上に素材を置いて、またすぐ出ていく者もいる。

 かすみは薄い布に包んだ細い棒を大事そうに持っていた。


「見て。仮の杖」


 久美子の机まで来て、少しだけ見せる。


 白っぽい木に、細い糸が巻かれている。

 先には小さな透明石がついていた。


「軽いね」


「うん。まだ完成じゃないけど」


 かすみは嬉しそうに杖を見た。


「回復系は、杖があった方が安定するんだって」


 その横で誠司が、少し硬そうな木片を見せる。


「俺のはこっち。攻撃寄りだから、細すぎてもだめらしい」


「形も違うんだ」


「優のはもっと変だったぞ」


「変って何だよ」


 後ろから来た優が言う。


 手には小さな袋と、薄い布が巻かれた短い棒があった。


「俺のは姿を見えにくくしたり、匂いを薄くしたりする補助だから、こういうのを使うんだってさ。敵を別の方向に釣る練習もあるらしい」


「へえ……」


 久美子はそれぞれの手元を見た。


 同じ魔法でも、進む先は違う。


 そのとき、朝いた短髪の女子が近くを通った。

 木剣を肩にかけている。


「次の戦い、前衛と後衛である程度分けるらしいね」


 その子は何でもないことのように言った。


「私は前でいいかな。どうせ魔法だめだし」


 言い方に迷いがない。


 誠司がそれに続いた。


「前は前で人数いるだろうな。後ろ守れないと終わるし」


「俺は魔法あるけど、前で殴る方が合ってるかも」


 食堂の奥から、体格のいい男子が笑いながら言った。


「補助でちょっと使えれば十分だし。基本は前でやるわ」


 その言葉に、久美子の手が止まる。


 魔法が使えないなら、後衛には行けない。

 なら、前に出る側になるしかない。


 前に出るなら、力がいる。

 筋肉も、耐久も、もっと必要になる。


 きれいになりたいと思っていた。

 女らしくいたいとも思っていた。

 細く見える服、やわらかく見える体、そういうものばかり気にしてきたのに、これから求められるのは別のものかもしれない。


「久美子?」


「……あ、ごめん。聞いてる」


 かすみはそれ以上深く聞かなかった。


「まだ決定じゃないみたいだけどね」


「でも、そうなるかもってことだろ」


 誠司が言う。


「前は前で、ちゃんと強くならないと足引っ張るし」


 その言葉が、静かに残る。


 久美子は何も言わず、もう一度針を持った。


 ローブの袖を縫う。

 自分では使えないものを、自分の手で整えていく。


 午後の終わりごろ、久美子は最後の小袋を縫い終えた。

 小さな石や媒介具を入れるための袋だ。口を締める紐もつけてある。


 机の上に並べると、どれもちゃんとして見える。

 きれいにできていた。


 そのぶんだけ、少し苦い。


 夕方、食堂では魔法組がまた課題の話をしていた。


「素材足りなかった」

「私はもう一回やり直し」

「杖って意外と難しい」


 その中で、前衛の話も少しずつ混じり始める。


「前はもっと防御上げないとだめだって」

「後ろ守れないと終わるし」

「筋力も要るよな」


 久美子はトレイを持ったまま、その声を聞いていた。


 魔法がある者は後ろにも行ける。

 補助もできる。

 役割を選べる。


 でも、自分は。


 席について、スープを口に運ぶ。

 向かいの席では誰かが杖の話をしていた。


 久美子は自分の腕を見た。

 細いままではだめなのだろうかと思う。

 もっと力をつけたら、今度は別の形になっていくのだろうかとも思う。


 女らしくいたい。

 でも、弱いままではいられない。


 その二つが、胸の中でうまく並ばない。


 そのころ、欲望区ではレイナと翔が訓練場の隅で息を整えていた。


 今日も雑魚狩りを重ねて戻ってきたばかりだった。

 汗と土がついている。見た目を整えても、こういうところは隠れない。


「前よりは、ましになったよね」


 レイナが壁にもたれながら言う。


「まあな」


 翔は端末の数値を見ていた。


「欲望区で上級レベルで動いてる連中と比べたら、まだ半分くらいだな」


「半分?」


「まだまだ足りない。でもゼロじゃない」


 レイナは息を吐いた。


「遠いなあ……」


「遠いけど、前よりは動けるようになった。前よりは死ににくい」


「それ、褒め言葉として弱いんだけど」


 レイナは笑って、壁から背を離した。


「でもまあ、前衛なら筋力いるんでしょ」


 翔が顔を向ける。


「お前、大丈夫か? 前衛で」


「何が?」


「女だから、一応……」


 レイナは一瞬きょとんとして、それから笑った。


「何言ってるの」


 そのまま真っすぐ翔を見る。


「戦う女って、美しくない?」


 翔は黙ったまま聞いていた。


「私、強くて美しい女になりたい」


 少しの沈黙のあと、翔が息を吐く。


「……そういうもんか」


「そういうもんでしょ」


 レイナは軽く髪を払った。


「どうせ鍛えるなら、引き締まってて、強くて、かっこいい感じになるならそのほうがいい」


 そのとき、レイナの端末にも通知が出た。


 闇魔法習得権を案内します

 正規訓練対象外の方も利用可能です


「来た」


 レイナが画面を見せる。


 翔も同じ通知を開いていた。


「闇魔法ね」


「何か、いかにもって感じ」


「買うか?」


 翔がそう聞くと、レイナは少し考えてから首を振った。


「今はいい。どうせまた何か売るんでしょ」


「だろうな」


「それなら、今はまだいい」


 そう言いながらも、レイナは画面をすぐには閉じなかった。


 近道は甘い。

 でも、そのたびに別のものが足りなくなる。


「とりあえず、今日は休む?」


「いや、あと少しだけ素振りしてから戻る」


「まじめ」


「ここで止まったら、また足りなくなる」


 翔は剣を持ち直した。


 レイナも小さく肩をすくめて、その横に立つ。


 欲望区の夜は派手だ。

 でも、その端では、地味な動きを何度も繰り返す者もいる。


 その夜、久美子は部屋に戻ってから、もう一度端末を開いた。


 作業報酬の一覧。

 明日の補修依頼。

 それから、昼に閉じたはずの通知履歴。


 羨ましいと思う心、買います

 比較して苦しむ心を手放せます


 指先が、その文の上で止まる。


 羨ましいと思う心がなくなったら、少しは楽になるのだろうか。

 誰かを見ても、自分と比べなくなるのだろうか。


 でも、それを失ったら、何も欲しくなくなる気もした。


 久美子は画面を閉じ、ベッドに腰を下ろした。


 昼に縫ったローブの感触が、まだ指に残っている。

 やわらかくて、軽くて、自分のものではない布の感触。


 魔法を使う者の服を縫いながら、自分は前に出るしかないのかと考えていた。


 力が必要になる。

 筋肉も、耐える体も。


 それはきっと、今まで自分が欲しがってきたものとは少し違う。


「……どうしたらいいんだろ」


 誰もいない部屋で、そうつぶやく。


 答えはまだ出ない。


 ただ、周りは少しずつ次の形へ進んでいる。

 魔法を覚える者。後衛へ寄っていく者。前で強さを求められる者。


 久美子は薄い毛布を引き寄せて横になった。


 羨ましいと思う心も、比べて苦しい心も、まだここにある。

 だから苦しい。

 でも、たぶん、まだ捨てたくはなかった。

今回は、魔法組の役割が少しずつ見え始めて、久美子の立ち位置も逆にはっきりしてくる回にしました。

同じように外れた者でも割り切れる子がいて、前衛を前向きに受け取るレイナもいて、その中で久美子だけがまだ揺れている形です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ