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第18話 受けられない訓練

今回は、魔法の訓練が初めて出てくる回です。

 朝の食堂は、いつもより少し落ち着かなかった。


 パンをかじりながら端末を見ている者が多い。

 誰かが小さく声を上げ、そのあと別の席でも似たような反応が続いた。


「何か来た?」


 誠司が端末から目を上げる。

 向かいのかすみがうなずいた。


「うん。通知」


 久美子も自分の端末を開いた。


 最初に目に入ったのは、訓練対象者への案内だった。


 そろそろ戦いにも慣れてきたころだと思います。

 今日は魔法の訓練を受けていただきます。


「魔法?」


 誰かが声を上げた。


「やっとか」

「そういう段階なんだ」

「どんなのだろう」


 食堂の空気が少し変わる。

 同じ朝のはずなのに、みんなの顔つきだけがどこか軽く見えた。


 久美子は画面を指で送った。


 その下に、もう一件通知が届いていた。

 自分宛だった。


 開いた瞬間、指先が止まる。


 魔法の訓練の時期になりましたが、色々売った為に信用度が低いため魔法の訓練は受けれません。

 魔法も習得できません。

 今日はいつも通り作業をして過ごしてください。


 久美子はしばらく画面を見たままだった。


 何度見ても、文は変わらない。


「久美子?」


 かすみの声で、ようやく顔を上げた。


「……何でもない」


「通知、来てた?」


「うん」


 それだけ答えて、端末を伏せる。


 誠司が言った。


「魔法訓練ってことは、また次の段階って感じだな」


「だね」


 かすみは少しうれしそうだった。

 久美子は口元だけ動かした。


「よかったじゃん」


「久美子は?」


 返事が少し遅れる。


「私は……今日はいつも通り」


「作業?」


「うん」


 それ以上は聞かれなかった。


 朝食を終えるころには、訓練対象の者たちはどこか浮き立っていた。


「火とか出せるのかな」

「いきなり派手なのは無理じゃない?」

「補助でもいいから使えたら便利そう」


 そんな話を横で聞きながら、久美子は食器をまとめた。


 今日はいつも通り。

 通知に書いてあった通りだ。


 言われなくても、そうするしかないのに。

 ああやってはっきり書かれると、それだけで少し息が詰まる。


 作業場へ向かう途中、訓練に向かう者たちとすれ違った。


「行ってくる」

「あとでどんなだったか話すね」


 久美子は笑って手を振った。


「うん。いってらっしゃい」


 作業場には、いつもより人が少なかった。

 端の机では革紐を編み直している者がいて、奥では布を縫っている者もいる。

 数人、ここに残っていた。


 訓練の案内が来なかった者たちなのだと、見ればわかった。


 久美子も席につき、防具の補修に手を伸ばす。

 擦れた革の縫い直し、留め具の交換、裂けた布の補強。


 手を動かしている間は、余計なことを考えずにすむはずだった。


 けれど、ときどき朝の通知が頭に浮かぶ。


 魔法の訓練は受けれません。

 魔法も習得できません。


 針先が少しずれて、指先を刺した。


「っ……」


 小さく息をのみ、久美子は指を押さえた。


「何やってんだろ……」


 昼になっても、訓練組は戻ってこなかった。


 久美子は一人で昼食を受け取り、端の席に座った。

 向かいの席は空いたままだった。


 スープをひと口飲む。

 熱いはずなのに、味が薄い。


 廊下の向こうを、訓練に向かった者たちがいないだけで、食堂が少し広く見えた。


 魔法を習う側と、習えない側。


 ただそれだけで、見えない線が引かれた気がした。


「……まあ、いいけど」


 小さく言って、もう一度スープを飲む。


 午後も作業は続いた。

 内職用の布が運ばれてくる。艶のある生地、細い飾り紐、指先でつまむだけで滑っていくような布。


 久美子はそれを見下ろした。


 こういうものを縫う手はある。

 補修する手もある。

 戦うなら、前に出ることもできる。


 でも、魔法はだめ。


 そのことだけが、胸の奥に残った。


 夕方、訓練組が戻ってきた。


 廊下の向こうから、いつもより高い声が聞こえる。


「見て、できた」

「ちょっとだけだぞ」

「ほんとに光った」


 久美子は針を置いた。


 作業場の外を、何人かが足早に通り過ぎる。

 顔が明るい。


 作業を終えて食堂へ向かうと、そこにはもう小さな輪ができていた。


「もう一回やって」

「いや、さっきより弱くなってる」

「集中がいるんだって」


 かすみが手のひらを前に向ける。

 その上に、淡い光がふっと浮かんだ。ろうそくよりも弱い、小さな灯りだった。


「わ」


 誰かが笑う。


「すごいじゃん」

「小さいけど、ちゃんと出てる」


 かすみも笑っていた。

 誠司は指先に風を集めようとしているらしく、何度か失敗して、三回目で机の上の紙切れをかすかに揺らした。


「お、動いた」

「今の見た?」

「見た見た」


 その輪の少し外で、久美子は立ち止まった。


「久美子、見る?」


 かすみに呼ばれる。


「……うん」


 近づく。

 光は本当に小さかった。風も、紙が少し震える程度だった。


 それでも十分だった。


 今までなかったものが、みんなの手の中にはもうある。


「いいなあ」


 気づけば口から出ていた。


 その場の空気が一瞬だけ止まる。


 かすみが少し言いにくそうにした。


「久美子は……」


「私は受けられなかった」


 久美子が先に言った。


「信用度が足りないんだって」


 そう言って、少しだけ笑う。


「そっか……」


 誠司はそれ以上何も言わなかった。


「まあ、仕方ないよ」


 久美子は続けた。


「私はいつも通り作業してろって」


 そのあともみんなは魔法を試していた。

 小さな光。わずかな風。短い補助の術。


 派手ではない。

 でも、その小ささが逆につらかった。


 まだ入口に立っただけの力なのに、自分はその入口にすら立てない。


 食事の間、久美子は何度もみんなの手元を見た。

 いいなあ、と思うたびに、自分の皿に視線を戻した。


 部屋へ戻るころには、胸の奥が重くなっていた。


 扉を閉めて、椅子に座る。

 しばらく、そのまま動けなかった。


「……私は、もう」


 言いかけて、止まる。


 防具補修。

 内職。

 前に出る戦い方。


 それしかもう道がないのかもしれない。


 魔法はだめ。

 それを取り戻せるのかどうかも、今はわからない。


 ただ、今日一日で、また少し差が開いた気がした。


 そのころ、欲望区でも似たような通知が届いていた。


 レイナは端末を見たまま顔をしかめた。


「は?」


「どうした」


 翔が自分の画面を見て、同じように眉を寄せる。


「……魔法訓練、対象外」


「こっちも」


 二人の端末には、簡潔な文だけが出ていた。


 売却履歴および信用度不足により、魔法習得資格なし。

 本日は通常活動を継続してください。


「資格なしって、感じ悪」


 レイナが吐き捨てる。


「まあ、今さらだろ」


「今さらだけどさ」


 レイナは椅子にもたれた。


「ちょっとは欲しかったな。魔法」


 翔は黙ったまま端末を閉じた。


 欲しいものは先に揃えた。

 見た目も寄せた。装備も買った。

 それでも、こういうところで足りないものを突きつけられる。


「……結局、地味にやるしかないってことか」


 翔が立ち上がる。


「雑魚狩り、行くぞ」


「今日も?」


「今日も」


 レイナは面倒そうにため息をついた。

 それでも少し遅れて立ち上がる。


「ほんと、近道って楽じゃないね」


「楽だったら、みんなやってる」


 二人は武器を取って部屋を出た。


 魔法はない。

 派手な伸びもない。

 それでも、前に出て振るうしかない。


 初期エリアでも、欲望区でも。

 それぞれ違う場所で、同じように受けられなかった者たちがいた。


 久美子は自室の窓に映る自分を見た。


 前よりは整っている。

 前よりは、たぶん綺麗になっている。


 なのに今日は、その顔が少し空っぽに見えた。


 端末を開き、作業予定の一覧を流し見る。

 防具補修。

 縫製補助。

 内職受付。


 どれも今の自分にできることだ。

 どれも、魔法ではない。


 久美子は端末を閉じて、ベッドに横になった。


 いいなあ、とまた思った。


 光を灯していた手。

 紙を揺らした風。

 ああいう小さなものを、自分も持てたらよかった。


 天井を見つめたまま、久美子はしばらく目を閉じなかった。

今回は、魔法訓練の入口が開いた一方で、久美子と欲望区の二人にはその資格がなかった、という回でした。

大きな事件ではなくても、積み上げたものと失ったものの差が見える回になったと思います。


読んでいただきありがとうございます。

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