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第17話 休日の外側

今回は、休日の空気の中で、久美子の孤立がはっきり見えてくる回です。

外見を整えたはずなのに、居場所はどこにもできない。

そんな感覚が、少しずつ形になっていきます。

 この世界にも、休日というものがあった。


 本日は休日です。

 必要最低限の共同作業を除き、自由行動が認められます。


 朝の食堂には、いつもよりやわらかい空気が流れていた。

 みんな少しだけ顔つきが軽い。

 服も、仕事の日より気持ちきれいに見える。


「久しぶりに海行ってくる」

 優がパンを口に入れながら言った。


「釣り?」

 かすみが聞く。


「うん」


「いつも行ってるじゃん」

 久美子が言うと、優は少しだけ笑った。


「今日は仕事じゃないからな」


 かすみは今日は少しだけ服が違っていた。

 いつもの作業着よりやわらかい色で、髪も少し整えている。

 派手ではない。

 でも、誠司と並ぶと、どこかちゃんと“出かける人”に見えた。


「どこ行くの?」

 誰かが聞く。


「近くを少し見て回ろうかなって」

 かすみが答える。

「この前、休憩所の向こうに小さい市場みたいなの見えたし」


「じゃあ、ついでにあの辺も行くか」

 誠司が自然に言う。


 別の合同グループでも、休日に外出する話が聞こえる。

 女の子同士で遊びに行く話も聞こえてきた。


 朝ごはんを食べ終わるころには、みんなそれぞれの予定へ向かいはじめた。

 優は海へ。

 かすみと誠司も並んで出ていく。

 他の合同グループの男女や、女の子同士の連れも、笑いながら外へ向かっていった。


 気づけば、久美子だけが残っていた。


 誰からも声がかからない。

 男からも。

 女からも。


 前より綺麗になったはずだった。

 目元も、輪郭も、肌も、前よりずっと整っている。


 それなのに、誰も近づいてこない。


 むしろ前より少しだけ、話しかけにくい空気になっている気さえした。

 綺麗にはなった。

 でも、その綺麗さはどこか冷たくて、浮いていた。


 中身のない人形みたいだ、と久美子は思った。


 顔だけ整えて、外側だけ磨いて、でも中には何も入っていない。

 だから誰も寄ってこないのかもしれない。


     ◇


 部屋へ戻って端末を開く。

 夜内職の通知を探したけれど、今日は出ていなかった。


 今日に限って、縫い物もない。


 静かな部屋の中で、久美子はしばらく動かなかった。

 何もすることがない。

 それが余計に、自分だけ置いていかれたみたいに感じた。


 端末の画面に映る自分を見る。


 初期エリアでは、前よりかなり綺麗な方になったと思う。

 でも、それで何かが埋まったわけじゃない。

 誰かに選ばれるわけでも、輪の中へ入れるわけでもない。


 その時、地域案内の中に、小さく見慣れない表示を見つけた。


 欲望区見学ルート 外周のみ開放中


 久美子の指が止まる。


 見学だけなら。

 あの二人みたいに帰ってこないなんて、絶対にしない。

 みんなに迷惑もかけない。

 消灯時間までには帰ろう。


 そう思って、久美子は端末を握り直した。


     ◇


 欲望区へ入った瞬間、空気が違った。


 色も、匂いも、音も濃い。

 行き交う人たちはみんな、見られることに慣れている顔をしていた。


 服も違う。

 身体の線を隠さない。

 艶のある布、光る飾り、きっぱりと目を引く色。

 誰もが、自分を少しでも高く見せるために立っているみたいだった。


 久美子はその中で、自分だけが急に曇って見えるのを感じた。


 初期エリアでは、もう前よりずっと綺麗になったはずだった。

 でもここでは、誰の目にも止まらない。


 少し勇気を出して、外周の案内係らしい女に話しかけてみる。


「あの……ここって、見学だけでもいいんですか」


 女は久美子を上から下まで見た。

 その視線は短かった。

 でも、それで十分だった。


「見学?」

「はい……」


 女は軽く笑った。


「いいけど、働きたいならもうちょっと綺麗になってから来てね」


 言い方はあまりにも軽かった。

 親切みたいな調子で、あっさり。


 だから余計に胸に刺さった。


 初期エリアでも居場所がない。

 ここでも居場所がない。


 久美子は口を開いたまま、何も返せなかった。


     ◇


 帰り道、欲望区の外れへ向かう二人組とすれ違った。


 男と女。

 どちらも装備を身につけていて、これからどこかへ向かうところらしい。


 久美子は一瞬だけ、足をゆるめた。


 女の方の声が、どこかで聞いたことがあるような気がした。

 でも、顔は知らない。

 男の方も、雰囲気が前に見た誰かと少し似ているようで、やっぱり違う。


「今の人、欲望区の顔じゃないよね」

 女が小さく言った。


「見学じゃないか」

 男が短く返す。


 久美子は一瞬だけ、どこかで聞いたことがあるような声だなと思った。

 でも、気のせいかもしれないと思って、そのまま歩いた。


 レイナと翔と久美子は、そこで確かにすれ違った。

 でも、三人とも気づかなかった。


     ◇


 一方その頃、レイナと翔は欲望区の外れへ向かっていた。


 昨日決めた通り、雑魚相手のレベル上げをするためだ。


「ほんとに行くの?」

 レイナはあからさまに嫌そうな顔をした。


「行く」

 翔が言う。


「雑魚狩りでしょ?」

「だからだよ」

「面倒だなあ……」


 翔は短剣の位置を直しながら、前だけを見る。


「戦えるようにならないと、また同じこと言われる」

「わかってるけど」

「装備だけじゃだめだったろ」


 レイナは長く息を吐いた。

 それでも結局、翔の後ろについていく。


 派手じゃない。

 格好よくもない。

 でも、それしかないと二人ともわかっていた。


     ◇


 久美子は部屋に戻ると、すぐに鏡を見た。


 欲望区では全然足りなかった。

 初期エリアでは前よりずっと綺麗になったはずなのに、欲望区では見向きもされなかった。


 端末を開く。

 外見調整の項目が、静かに並んでいる。


 輪郭。

 胸部補整。

 姿勢補整。

 目元の微調整。


 次はどれだろう。


 久美子はしばらく画面を見つめたまま、動かなかった。


     ◇


 一方その頃、レイナと翔は欲望区の外れで雑魚敵と向き合っていた。


 雑魚といっても、油断すれば死ぬ。

 動きは速く、数も多い。

 一匹ずつなら何とかなる。

 でも、気を抜けばすぐに足元をすくわれる。


「右!」

 翔が叫ぶ。


 レイナが短剣を振る。

 浅い。

 それでも、前よりは当たる。


 翔も剣を振り下ろす。

 まだ重い。

 まだ遅い。

 でも、昨日よりは少しましだった。


 派手じゃない。

 格好よくもない。

 それでも二人は、地道にレベル上げとスキル上げを続けていた。

読んでくださりありがとうございます。


今回は、休日の空気の中で、久美子の孤立と、欲望区を見たことで強まる欠乏感を描く回になりました。

一方で欲望区の二人は、派手ではないけれど地道な積み上げへ少しずつ戻りはじめています。

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