第109話 湖牙魚の群れ
湖門を開くため、ランダムに生き物が選ばれる試練へ挑んだ誠司たち。
鋭い歯を持つ湖牙魚の群れが、二隻の船を取り囲みます。
パシャパシャパシャッ!
湖門の周囲で、無数の湖牙魚が一斉に跳ね始めた。
銀色と濃い青色の鱗が、水面の上で何度も光る。
二隻の船の下には、黒い魚影の群れが集まっていた。
「ロープを切られたら、二隻が離れる!」
翔が盾を構えた。
久美子も一隻目の端へ移動し、魚が飛び込んでくる方向へ盾を向ける。
二隻をつなぐロープの周囲では、何匹もの湖牙魚が口を開いていた。
ガリッ。
ガリガリッ。
鋭い歯が、濡れたロープを削っていく。
「もう噛み始めてる!」
早希が短剣を持った。
船の横から一匹の湖牙魚が飛び上がる。
早希は短剣の平らな部分で魚を受け、湖へ押し戻した。
湖牙魚は水中へ落ちると、すぐに群れの中へ戻っていく。
「倒しても、次が来るだけだな」
大地は斧を構えたまま、船の中央で周囲を確認した。
船の上では、大きな斧を自由に振り回せない。
無理に動けば、船を傾けることにもなる。
レイナが銃口をロープの近くへ向けた。
「ロープを噛んでいる魚だけ撃つわ」
「待ってください」
煌成が止めた。
「湖の妖精は、湖牙魚が音と揺れに集まると言っていました。ここで銃を撃てば、さらに集まる可能性があります」
レイナは引き金から指を離した。
「それなら、先に群れを船から離す必要があるわね」
湖の妖精は、早希の近くを飛びながら水面を見ていた。
「湖牙魚は、一匹が獲物を見つけると、群れで追いかけるの。船を動かし続けると、ずっとついてくる」
「止まっていても、ロープを切られそうだけど」
早希が言った。
ガリッ。
再び、ロープを噛む音がした。
久美子が端末ポケットから修理用の革ひもを取り出す。
「完全に切れる前に、補強しておきます」
久美子は盾を足元へ置き、傷つき始めたロープへ革ひもを巻いていく。
大地がロープを持ち、二隻の間で大きく動かないように支えた。
「急いだ方がよさそうだ」
「少しだけ時間をください」
久美子はロープの傷んだ部分を何重にも巻き、留め具で固定した。
その間にも、湖牙魚は二隻の周囲を回っている。
船の側面へ体当たりする魚も現れた。
ドンッ!
一隻目の船が横へ揺れた。
大地が船の縁を持ち、傾きを戻す。
二隻目では、翔が盾で飛び込んできた魚を受け止めた。
魚は盾の表面を滑り、そのまま水中へ戻っていった。
「湖門を通れば、試練は終わるのか?」
優が湖の妖精に尋ねた。
「門の向こうまで二隻とも進めば、湖晶石が試練の達成を認めるはず」
湖の妖精が答えた。
「湖牙魚を全部倒さなくてもいいのか」
「うん。試練は、選ばれた生き物を倒すためのものじゃないの。湖を渡る方法を見つければいい」
煌成は、湖門の前に集まる魚影を確認した。
「では、群れを別の場所へ移動させ、その間に門を通りましょう」
誠司が杖を水面へ向ける。
「水の流れを作って、船から離れた場所で水面を揺らしてみます」
「小さな音では、群れが二つに分かれるだけかもしれません」
煌成が答えた。
「船よりも強く、長く続く揺れが必要です」
優は端末に表示される魚影の位置を確認した。
湖門の左側には魚が多く、右側は少し数が少ない。
しかし、船を進められるほどの隙間はなかった。
「右奥なら、魚影が少ない。あの辺りに群れを集められれば、門の正面が空く」
優が右前方を指した。
霧の向こうに、水面から少しだけ突き出た石柱が見えている。
誠司は杖を構え直した。
湖門の右奥で、水がゆっくりと回り始める。
最初は小さな渦だった。
誠司が風を重ねると、回転が強くなり、水が何度も水面へ打ちつけられる。
ザバッ。
ザバザバッ。
湖牙魚の一部が、音のした方向へ向きを変えた。
黒い魚影が群れから離れ、渦へ近づいていく。
しかし、船の近くにはまだ多くの魚が残っていた。
「これだけでは足りません」
煌成が杖を持った。
掌ほどの丸い岩を三つ作り、船の床へ並べる。
「大地さん。あの渦の中心へ、一つずつ投げてください」
「分かった」
大地は斧を足元へ置き、一つ目の岩を持ち上げた。
船を揺らさないように姿勢を整え、右奥の渦へ向かって投げる。
岩は大きく弧を描き、水の中へ落ちた。
ドボン!
深い水音が響いた。
湖牙魚の群れが一斉に右へ動く。
続けて、大地が二つ目の岩を投げる。
ドボン!
誠司の作った渦が岩の落ちた場所を巻き込み、水面を強く揺らした。
船の周囲にいた湖牙魚も、次々と渦へ向かっていく。
「ロープの周りから離れ始めたわ」
レイナが言った。
優は端末に表示された魚影を確認する。
「まだ湖門の正面に三割ほど残っている」
湖牙魚の中には、渦へ向かわず、二隻の船を回り続けるものもいた。
一匹が水面から跳ね、一隻目の中へ飛び込んだ。
パタパタッ!
湖牙魚が船の床で暴れる。
口を開くたびに、鋭い歯が見えた。
早希が短剣の鞘で魚の向きを変え、久美子が盾で船の外へ押し出す。
魚は水面へ落ち、すぐに船の下へ潜った。
「石はあと一つだ」
大地が三つ目の岩を持つ。
「今度は少し遠くへお願いします」
煌成が言った。
「群れを湖門から完全に離します」
大地は先ほどよりも遠い位置へ岩を投げた。
ドボン!
誠司は渦を岩の落ちた場所へ移動させた。
水と風で作られた渦が、水面を叩きながら湖門から離れていく。
湖牙魚の群れも、黒い帯のようになって渦を追い始めた。
優が端末を見る。
「湖門の正面が空いた。今なら進める」
「櫂を強く動かせば、また魚が戻ってきます」
かすみが言った。
煌成は誠司を見た。
「船の後ろに弱い水の流れを作れますか?」
「できます」
誠司は湖門へ向かって、緩やかな流れを作った。
二隻の船の後ろから水が押し寄せ、船が少しずつ前へ進み始める。
大地と久美子、翔と煌成は櫂を水へ入れたまま、船の方向だけを整えた。
水を強くかかず、音を立てないように進んでいく。
湖門の石柱が近づく。
左右に立つ古い柱の間には、まだ見えない壁が残っていた。
「門は閉じたままだぞ」
大地が言った。
湖の妖精は石台を見る。
「試練が終わる前でも、湖牙魚が門から離れれば少しだけ通れるはず」
湖晶石の光が明滅する。
門の中央にあった見えない壁が、上からゆっくりと消え始めた。
船一隻が通れるほどの隙間が開く。
「一隻ずつでは、ロープが引っかかる可能性があります」
煌成が門の幅を確認した。
「二隻を少し近づけて、同時に進みましょう」
久美子が補強したロープを短くまとめる。
二隻の間隔が狭まり、並ぶような形になった。
翔と大地がそれぞれ船の外側へ櫂を入れ、石柱へぶつからないように調整する。
誠司の水の流れに押され、二隻の船が湖門へ近づいた。
その時、渦を追っていた湖牙魚の一部が向きを変えた。
黒い魚影が、船の後ろから戻ってくる。
「気づかれた!」
早希が言った。
優が端末を見る。
「このままでは、門を抜ける前に追いつかれる」
レイナが銃を構えた。
「渦の中心へ撃てばいいのね」
煌成がうなずく。
「魚ではなく、水面を狙ってください」
レイナは遠ざかっていく渦へ照準を合わせた。
一発の光弾が霧の中を走る。
光弾は渦の中心へ入り、水面を大きく跳ね上げた。
バシャアッ!
強い揺れが水中へ広がる。
戻りかけていた湖牙魚が再び方向を変え、渦へ向かった。
「今です!」
煌成の声に合わせ、誠司が水の流れを強めた。
二隻の船が湖門の柱の間へ入る。
船の側面すれすれに、苔のついた石柱が見えた。
大地と翔が櫂で方向を整える。
一隻目が門を抜けた。
続いて、二隻目も見えない壁の向こうへ進む。
二隻をつないだロープが、最後に湖門を通り抜けた。
その直後、石台の湖晶石が強く光った。
【湖門の試練を達成しました】
【湖牙魚の群れを退けました】
【湖門の通行が許可されました】
湖門の柱に彫られた模様が、一斉に青く輝く。
水面を塞いでいた見えない壁が、完全に消えた。
試練の終了を知らせるように、石台から澄んだ音が響いた。
リン……。
湖牙魚の群れは渦を追うのをやめた。
水面の下で何度か向きを変えたあと、群れは湖門の左右へ分かれていく。
黒い魚影は少しずつ数を減らし、霧の中へ消えていった。
誠司も水と風の魔法を止めた。
渦が弱まり、湖面が静かになる。
「全部倒さなくても、試練を越えられたな」
大地が斧を端末ポケットへ戻した。
「湖を渡る方法を見つけることが、試練の目的だったのでしょう」
煌成が答えた。
久美子は補強したロープを確認した。
「完全には切れていません。でも、湖を出たら新しいものへ交換した方がよさそうです」
「久美子が直してくれなかったら、途中で離れていたかもしれないな」
翔が言った。
湖の妖精は、開いた湖門を見上げた。
「守り人がいなくなってから、この門を通った人はほとんどいないの」
「この先に、守り人がいる可能性が高いのですね」
かすみが尋ねた。
「うん。導きの鐘の音も、この先から聞こえていた」
二隻の船は、湖門の奥へ進んだ。
門の向こうでは、霧が少しだけ薄くなっている。
水面には細かな光が浮かび、湖門の柱から届く青い光を反射していた。
誠司は周囲の水の流れを調べた。
「この先は、水が中央へ向かって流れています」
「流れを追えば、鐘の場所へ近づけそうだ」
優が言った。
大地と久美子、翔と煌成が再び櫂を動かす。
ザブッ。
ザブッ。
先ほどまでと違い、船は同じ場所へ戻されなかった。
霧の中を進むほど、導きの鐘の音が近づいてくる。
リン……。
一度。
少し間を置いて、もう一度。
リン……。
湖の妖精が前方を指した。
「何か見える」
白い霧の中に、船の影が浮かんでいた。
誠司たちが乗る船よりも細長く、船首には銀色の飾りがついている。
中央には、小さな鐘を吊るした柱が立っていた。
湖の妖精が声を上げる。
「あれは、守り人の船」
二隻の船が近づいても、守り人の船から返事はなかった。
櫂を持つ者もいない。
船の中には誰の姿も見えなかった。
それでも、柱に吊るされた導きの鐘だけが、ゆっくりと揺れている。
リン……。
風は吹いていない。
水面も静かだった。
早希が守り人の船を見た。
「誰もいないのに、どうして鐘が鳴っているの?」
守り人の船の下を、大きな影が通り過ぎた。
船が一度だけ大きく傾く。
導きの鐘が、先ほどよりも強く鳴った。
リン――。
湖の妖精は銀色の鈴を握り、船の下へ消えた影を見つめた。
誠司たちは櫂を止め、誰も乗っていない守り人の船を見守った。
誠司たちは音と水の流れを利用し、湖牙魚を倒さずに湖門の試練を越えました。
湖門の奥で見つけたのは、誰も乗っていない湖の守り人の船。
静かな水面の下では、大きな影が動いていました。




