第108話 湖門の試練
湖の妖精とともに、さらに深い霧の中へ進む誠司たち。
三つ目の音を追った先には、湖の奥へ続く古い門がありました。
霧の中央から、かすかな鈴の音が届いた。
リン……。
湖の妖精のものでも、早希の持つ鈴でもない。
三つ目の音だった。
「守り人の鈴?」
早希が霧の奥を見る。
湖の妖精は、しばらく音のした方向を確かめていた。
「違う。あれは、二つの鈴とは別のもの」
「別のもの?」
久美子が尋ねた。
「湖の守り人が、湖の中央で鳴らしていた導きの鐘。遠くからだと、小さな鈴みたいに聞こえるの」
湖の妖精は、自分が持つ銀色の鈴を示した。
「この二つは、霧の中でお互いの場所を確かめるための鈴。導きの鐘は、湖を渡る船へ進む方向を知らせるためのものだったの」
「では、守り人が鐘を鳴らしている可能性があるのですね」
煌成が言った。
湖の妖精はうなずいた。
「でも、ずっと同じ場所から聞こえている。守り人が鳴らしているのか、それとも鐘だけが残っているのかは分からない」
再び、霧の奥から音が届いた。
リン……。
先ほどよりも、わずかに右から聞こえる。
早希と湖の妖精は、二つの銀色の鈴を同時に鳴らした。
リン……。
リン……。
重なった音が霧の中へ広がる。
正面に現れていた細い道が、右へ向かって伸びていった。
「鐘の音がした方へ道ができた」
早希が言った。
「このまま進みましょう」
煌成の言葉を受け、大地と久美子が一隻目の櫂を動かした。
二隻目も、翔と煌成が一隻目に合わせて進む。
二隻をつないだロープが、湖面の上をまっすぐに伸びていた。
霧の道は細く、左右には白い壁のような霧が立ち込めている。
道から外れれば、再び同じ場所を回ることになりそうだった。
湖の妖精は早希の隣に座り、銀色の鈴を持っている。
しばらく進むと、霧の中から石の柱が現れた。
一本だけではない。
苔に覆われた古い柱が、左右に三本ずつ並んでいる。
柱の間には、水面すれすれまで下がった石の飾りが渡されていた。
「門みたいだな」
大地が櫂を止めた。
二隻の船も、石の柱の前で止まる。
端末が反応した。
【湖門へ到着しました】
【湖の中央へ続く古い水上門です】
【現在、通行できません】
門の向こうには、さらに濃い霧が広がっていた。
水面は不自然なほど動かず、薄いガラスで塞がれているように見える。
翔が櫂の先を水面へ近づけた。
櫂は途中で止まり、それ以上進まなかった。
「水の上に壁がある」
レイナが銃を下ろし、門の周囲を見る。
「壊して進むものではなさそうね」
湖の妖精が、石の柱を見上げた。
「ここは湖門。昔は、守り人がこの門を開けて、湖の奥へ船を案内していたの」
「開け方を知っていますか?」
かすみが尋ねる。
「石台に湖晶石をはめれば、門が試練を始めるはず」
湖の妖精が門の右側を指した。
霧に隠れていた場所に、低い石台があった。
船を近づけると、石台の上に丸いくぼみが見える。
その周囲には、魚、水鳥、亀のような生き物、長い首を持つ生き物の模様が彫られていた。
久美子が石台を確認する。
「ここに石を入れるんですね」
「湖晶石はどこにあるの?」
早希が尋ねた。
湖の妖精は石台のくぼみを見る。
「以前は、ここに置いてあった。でも、なくなっている」
優が端末で周囲を調べた。
「湖晶石の反応を探せるかもしれない」
端末の探索機能を起動する。
しかし、画面に表示された範囲は狭く、霧の影響で遠くまでは調べられなかった。
【特殊素材の反応あり】
【湖門周辺を探索してください】
「近くにはあるみたいだな」
優が言った。
煌成は湖門の周囲を確認した。
「二隻とも離れすぎないようにしましょう。霧の道が消えれば、元の小島へ戻れなくなる可能性があります」
一隻目が石台の周囲を調べ、二隻目が湖門の反対側を確認することになった。
大地と久美子が船をゆっくりと動かす。
早希は船の前から、水面や柱の根元を調べていた。
誠司も杖を水へ向ける。
湖門の近くでは、水の流れが何度も向きを変えていた。
「石台の下から、左の柱へ水が流れています」
誠司が言った。
「その流れに運ばれたのかもしれないな」
優が左側の柱を見る。
二隻目では、レイナが柱の根元へ銃の照準を向けていた。
攻撃するためではなく、照準器を使って細かな場所を確認している。
「水の中に青い光があるわ」
レイナが一番奥の柱を指した。
苔に覆われた柱の根元。
水面から少し下に、淡い青色の光が見えていた。
翔が船を柱の近くへ動かす。
湖の妖精も飛んできて、水中を確認した。
「あれが湖晶石」
湖晶石は、倒れた石の飾りと水草の間に挟まっていた。
手を伸ばして届く深さではない。
大地が端末を確認する。
「潜って取るか?」
「水中呼吸薬はありますが、まだ使わなくても取れると思います」
誠司が杖を構えた。
湖晶石の周囲を流れていた水が、ゆっくりと渦を作る。
水草が左右へ分かれ、石の飾りの間から青い石が抜け出した。
湖晶石は水の流れに運ばれ、水面へ浮かび上がる。
優が防水袋の中から小さな網を取り出した。
石を網で受け止め、船の中へ引き上げる。
湖晶石は、手のひらに収まるほどの大きさだった。
透明な青い石の中で、小さな光が揺れている。
端末に表示が出た。
【湖晶石を入手しました】
【湖門の石台へはめてください】
「これで門を開けられるのね」
久美子が言った。
二隻の船は石台の前へ戻った。
しかし、湖の妖精は湖晶石を見ながら言った。
「石をはめれば、すぐに門が開くわけじゃないの」
「何か起こるの?」
早希が尋ねる。
「湖門を通る人は、湖の試練を受けることになっている」
湖の妖精が石台に彫られた模様を示した。
「湖晶石をはめると、湖に暮らす生き物が選ばれるの。選ばれるものは、その時によって違う」
大地が石台を見る。
「強いのが出ることもあるのか?」
「小さな魚の群れだけの時もある。大きなナマズや、船よりも大きい湖の生き物が出る時もある」
「完全にランダムなのね」
レイナが言った。
湖の妖精はうなずいた。
「戦わなくても、落ち着かせたり、道を譲ってもらったりすれば試練を越えられることもあるの」
「必ず倒す必要はないということですね」
煌成が確認した。
「うん。それから、とてもまれだけど、湖の女神が現れることもある」
早希が石台に彫られた女性のような模様を見つけた。
「女神が出たらどうなるの?」
「湖の祝福を受けられる。門もすぐに開くの」
大地が湖晶石を見る。
「それなら女神が出てほしいな」
「期待しすぎない方がよさそうですね」
かすみが言った。
石台に端末を近づけると、新しい表示が現れた。
【湖門の試練】
【湖晶石をはめると、湖の生き物が一組選ばれます】
【選ばれる対象は毎回異なります】
【危険度:低~高】
【試練の達成条件は、選ばれた対象によって変化します】
【まれに湖の女神が現れます】
翔は盾を端末から取り出した。
「何が出ても、船を守れるようにしておこう」
久美子も盾を用意する。
レイナは銃弾を確認した。
早希と大地も、それぞれ短剣と斧をすぐに使える位置へ置く。
誠司、煌成、かすみ、優も杖を構えた。
湖の妖精は早希の肩の近くまで飛んできた。
「石を入れると、湖門の周りから生き物が出てくる。船の外へ落ちないように気をつけて」
「入れます」
優が湖晶石を持ち、石台のくぼみへはめた。
カチッ。
湖晶石の中にあった光が強くなる。
石台に彫られた模様が、順番に青く光り始めた。
小さな魚。
大きなナマズ。
甲羅を持つ湖の生き物。
長い首を持つ大きな影。
杖を持った湖の女神。
光は石台の上を何度も回った。
端末にも、生き物の影が次々と表示される。
早希が画面を見る。
「どれで止まるの……?」
表示の動きが少しずつ遅くなった。
湖の女神の影を通り過ぎる。
長い首を持つ生き物も通り過ぎた。
最後に、小さな魚が集まった模様で光が止まった。
【選定結果】
【湖牙魚の群れ】
【危険度:中】
【鋭い歯を持ち、集団で船や獲物を囲みます】
大地が湖面を見る。
「小さな魚なのに、危険度は中なのか」
「数が多いのでしょう」
煌成が答えた。
湖門の周囲に、小さな波紋が一つ現れた。
続いて、二つ。
三つ。
波紋は一気に増え、二隻の船を囲んでいく。
パシャッ!
一匹の魚が水面から跳ねた。
銀色と濃い青色の鱗。
口には、小さく鋭い歯が並んでいる。
魚は再び水中へ落ちた。
その直後。
パシャパシャパシャッ!
湖門の周囲で、無数の魚が一斉に跳ね始めた。
船の下を、黒い魚影の群れが走る。
一隻目と二隻目をつなぐロープにも、何匹もの湖牙魚が集まり始めた。
「ロープを切られたら、二隻が離れる!」
翔が盾を構えた。
久美子も船の横へ盾を向ける。
レイナはロープへ近づく湖牙魚に照準を合わせた。
湖の妖精が声を上げる。
「湖牙魚は、音と揺れに集まってくるの! 無理に船を動かしたら、もっと増える!」
誠司は湖面へ杖を向けた。
魚影はさらに数を増やしている。
湖門を通るための最初の試練が始まった。
三つ目の音は、湖の守り人が船を導くために使っていた鐘の音でした。
湖の奥へ続く湖門を開くため、誠司たちはランダムに生き物が選ばれる試練へ挑みます。
選ばれたのは、鋭い歯を持つ湖牙魚の群れでした。




