第107話 霧の中の湖の妖精
銀色の鈴を手がかりに、船で霧の中へ向かう誠司たち。
霧に覆われた湖の中央で、鈴の音を待っていた者と出会います。
船着き場へ戻った誠司たちは、霧の中へ入る準備を始めた。
管理人が用意したのは、木製の船が二隻だった。
九人全員が一隻に乗ると、敵が現れた時に動きにくくなる。
そのため、二隻に分かれて進むことになった。
一隻目には、大地、早希、久美子、誠司、優。
二隻目には、翔、レイナ、煌成、かすみが乗る。
一隻目は大地と久美子が櫂を持ち、二隻目は翔と煌成が船を動かす。
二隻が霧の中ではぐれないよう、船の後ろには長いロープを結んだ。
「霧の中では、岸も山も見えなくなります」
管理人が船に予備の櫂を積みながら説明する。
「進んでいるつもりでも、いつの間にか同じ場所へ戻ってしまいます。霧が濃くなったら、無理に速度を上げないでください」
「水の流れを確認しながら進みます」
誠司が答えた。
全員が救命胴衣を身につけ、防水袋に端末や必要な道具を入れた。
戦闘担当の五人は、すぐに武器を取り出せる状態にしている。
誠司たち魔法担当も、小さな杖を手元に用意した。
早希は、岸辺で拾った銀色の鈴を首から下げていた。
「これを鳴らせば、また返事が来るかな?」
「霧へ近づいてから試してみましょう」
二隻目の煌成が答えた。
管理人が一隻ずつ船を岸から押し出す。
「危険を感じたら、すぐに戻ってください」
「分かりました」
翔が答えた。
二隻の船は、ゆっくりと船着き場を離れた。
湖面は穏やかだった。
船の横で、小さな波がチャプチャプと揺れている。
最初は振り返れば、桟橋や管理小屋、水辺の妖精たちの姿が見えていた。
しかし、霧へ近づくにつれて、岸の景色が白くかすんでいく。
早希が銀色の鈴を持った。
「もう鳴らしてみる?」
「お願いします」
煌成が言った。
早希が鈴を動かす。
リン……。
澄んだ音が霧の中へ広がった。
しばらく待っても、返事はない。
船はさらに先へ進んだ。
白い霧が周囲を包み、岸も山も見えなくなる。
先を進む一隻目からも、ロープでつながった二隻目からも、数メートル先までしか見えなかった。
「急に静かになりましたね」
久美子が周囲を見た。
岸にいた鳥の鳴き声も、森の木々が揺れる音も聞こえない。
聞こえるのは、櫂が水をかく音だけだった。
ザブッ。
ザブッ。
大地と久美子が交互に櫂を動かす。
二隻目では、翔と煌成が一隻目に合わせて船を進めていた。
誠司は杖を湖面へ向け、水の流れを確かめる。
「水は少し右へ流れています」
「では、その流れに沿って進みましょう」
煌成が言った。
二隻の船を右へ向ける。
しばらく進むと、霧の中から黒いものが見えてきた。
水面から斜めに突き出た、細い枯れ木だった。
早希が枯れ木を見る。
「この木、さっきも見なかった?」
「霧へ入る前に見えた木とは違うんじゃないか?」
大地が答えた。
船は枯れ木の横を通り過ぎた。
さらに十分ほど進む。
すると、正面の霧の中から、また同じ形の枯れ木が現れた。
幹の先には、三本に分かれた枝が残っている。
大地と久美子が櫂を止めた。
「同じ木だ」
翔が言った。
優が端末の地図を確認する。
「位置が記録されていない。霧へ入ってから、現在地の表示も止まっている」
「管理人が言っていた通り、同じ場所を回っているみたいですね」
かすみが言った。
「水の流れに沿って進んでも戻されるのか」
誠司は周囲の水を調べた。
流れそのものは右へ続いている。
それでも船は、同じ枯れ木の場所へ戻っていた。
「霧が進む方向を変えているのかもしれません」
煌成が銀色の鈴を見る。
「早希さん、もう一度鳴らしてください」
早希が鈴を持ち上げた。
リン……。
鈴の音が白い霧へ吸い込まれていく。
全員が静かに返事を待った。
リン……。
今度は、霧の右奥から鈴の音が返ってきた。
「あっちだ」
早希が右を指す。
船を音のした方向へ向ける。
しばらく進んでから、再び鈴を鳴らした。
リン……。
少し間を置いて、今度は左前方から返事が来る。
リン……。
「音の位置が動いているわ」
レイナが銃を手にしながら言った。
「私たちをどこかへ案内しているのかもしれない」
返ってくる鈴の音を頼りに、二隻の船は霧の中を進んだ。
何度か方向を変えたが、先ほどの枯れ木は現れない。
鈴の音が、同じ場所を回る道から外へ導いているようだった。
その時、二隻目の船の横で、小さな水音がした。
チャプン……。
レイナが銃口を水面へ向ける。
煌成とかすみも杖を構えた。
水面の下を、黒い影が通り過ぎる。
魚よりもはるかに大きい。
影は二隻目の船の下へ入り、そのまま一隻目の方向へ進んだ。
ギ……。
一隻目の船底を、何かがゆっくりとなぞった。
船がわずかに傾く。
「全員、動かないでください」
煌成が言った。
大地と久美子、翔と煌成が櫂を上げる。
早希も船の中央へ移動し、短剣を持った。
誠司が杖を水面へ向ける。
しかし、影は攻撃してこなかった。
二隻の船の周囲を一周すると、霧の奥へ消えていく。
水面には、大きな波紋だけが残った。
「さっき岸から見えた影かもしれないな」
翔が言った。
「こちらの様子を見に来たのかしら」
レイナは銃を下ろさず、影が消えた方向を確認している。
煌成は早希の鈴を見た。
「鈴の音に反応している可能性もあります。今は刺激せず、先へ進みましょう」
再び櫂を動かす。
リン……。
霧の奥から、鈴の音が響いた。
今度は、これまでよりもはっきり聞こえる。
返事をするように早希が鈴を鳴らすと、正面の霧に淡い青色の光が浮かんだ。
一つ。
二つ。
光は少しずつ増え、水面の上に道を作るように並んでいく。
「何か光っています」
久美子が言った。
船が近づくと、それが小さな花の光だと分かった。
湖の中央に、小さな島が浮かんでいる。
島の岸辺には、青白く光る花がいくつも咲いていた。
霧の中でも花の周囲だけは明るく、濡れた葉が銀色に輝いている。
端末が反応した。
【霧の小島を発見しました】
【湖明かりの花】
【霧の中で淡い光を放つ水辺の植物です】
「綺麗……」
早希が島を見た。
大地と久美子が一隻目を、翔と煌成が二隻目を岸へ寄せる。
小島の周囲だけは水が浅く、船を止められそうだった。
大地がロープを島の木へ結び、二隻が流されないように固定する。
「誰かいますか?」
久美子が島へ呼びかけた。
返事はない。
その代わり、島の奥で花の光が一斉に揺れた。
青白い光が集まり、小さな人の姿を作っていく。
水色の髪。
水の膜のように透き通った羽。
白と青の服を着た、小さな妖精が花の上に現れた。
水辺にいた妖精たちよりも羽が大きく、髪や服から細かな光がこぼれている。
妖精の手には、古びた銀色の鈴が握られていた。
早希が首から下げた鈴を見る。
「同じ鈴……」
湖の妖精は、早希の持つ鈴を見つめた。
「やっと、戻ってきた」
小さな声が霧の中に響く。
「その鈴を、どこで見つけたの?」
「湖の岸に流れ着いていました」
煌成が答えた。
湖の妖精は、早希の近くまで飛んできた。
二つの銀色の鈴には、同じ細かな模様が刻まれていた。
「これは、湖の守り人が使っていた二つの鈴なの」
「二つで一組なんですか?」
かすみが尋ねる。
湖の妖精はうなずいた。
「一つが道を尋ねて、もう一つが返事をする。霧の中でも、お互いの場所を見失わないための鈴」
早希が持っていた鈴を鳴らす。
リン……。
湖の妖精も、自分の鈴を鳴らした。
リン……。
二つの音が重なると、小島の周囲の霧が少しだけ薄くなった。
「あなたが、ずっと返事をしていたの?」
早希が聞いた。
「うん。誰かが岸で鈴を鳴らすのを、ずっと待っていた」
湖の妖精は霧の奥を見た。
「湖の守り人は、霧の中央へ向かったまま戻ってこないの。私も探しに行こうとしたけれど、何度進んでもこの島へ戻されてしまった」
「この霧を出したのが、湖の守り人なの?」
大地が尋ねる。
湖の妖精は首を横に振った。
「分からない。霧が出た日、湖の奥から大きな水音が聞こえたの。そのあと、守り人は二つの鈴を持って船で出ていった」
妖精は早希の鈴を見る。
「でも、一つだけ岸へ流されてしまったみたい」
優が周囲の霧を確認した。
「守り人は、まだ霧の中にいる可能性があるのか」
「鈴の音は、ずっと聞こえていたの?」
誠司が尋ねる。
「時々、霧のもっと奥から聞こえる。でも、私の鈴に返事はないの」
湖の妖精は、自分の鈴を胸元で握った。
その時、端末の表示が更新された。
【湖の妖精を発見しました】
【湖の守り人が、二つの鈴を持って霧の中央へ向かったことが判明しました】
【湖の妖精と協力し、守り人の行方を探してください】
湖の妖精は二隻の船を見た。
「その鈴が戻ってきたのなら、今まで進めなかった場所へ行けるかもしれない」
煌成が尋ねる。
「霧の中央へ続く道が分かるのですか?」
「はっきりとは分からない。でも、二つの鈴を同時に鳴らせば、霧の中に道が現れることがあるの」
早希が銀色の鈴を持った。
「じゃあ、一緒に探しに行こう」
湖の妖精は、早希の前まで飛んできた。
「うん。湖の守り人を見つけたい」
誠司たちは船へ戻った。
湖の妖精は一隻目の船に乗り、早希の隣で銀色の鈴を持つ。
二つの鈴が、同時に鳴らされた。
リン……。
リン……。
音が重なる。
小島の前に広がっていた霧が左右へ分かれ、細い水路のような道が現れた。
その先には、さらに濃い霧が広がっている。
湖の妖精が道の奥を見た。
「この先から、守り人の鈴の音を聞いたことがある」
大地と久美子が一隻目の櫂を持つ。
翔と煌成も二隻目の準備を整えた。
二隻の船が、小島を離れる。
青白く光る花が、霧の向こうへ遠ざかっていった。
船が新しく現れた道へ入る。
チャプン……。
霧の奥で、水が静かに揺れた。
先ほど船の下を通ったものとは違う、細長い影が水面近くを横切っていく。
湖の妖精は鈴を握ったまま、その影を見送った。
「湖の奥にいるものたちも、霧が出てから変わってしまったの」
霧の中央から、かすかな鈴の音が届いた。
リン……。
湖の妖精のものでも、早希の持つ鈴でもない。
三つ目の鈴の音だった。
「守り人の鈴?」
早希が霧の奥を見る。
湖の妖精は静かにうなずいた。
誠司たちは鈴の音を追い、さらに深い霧の中へ進んでいった。
誠司たちは二隻の船に分かれ、銀色の鈴を頼りに霧の中へ入りました。
霧の小島で出会った湖の妖精が持っていたのは、湖の鈴と対になるもう一つの鈴でした。
二つの鈴によって現れた道を進み、湖の守り人を探します。




