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燕の騒乱  作者: 梔虚月
第一部 鳩の密告
25/31

25 降板俳優

今回は短いです。

 私は詐欺師の術中にはまっている。

 船内食堂から逃走した梶原は、雇い主が殺されたと考えて動揺したものの、私や九重が騒ぎを聞きつけて現場に訪れた後、野次馬に紛れて現場に戻ってきた。

 梶原は船内食堂から逃げ出したが、被害者が雇い主ではなかったとの疑念が生じている。

 そうでなければ、梶原が取引を続行するはずがない。


 九重は梶原を見つけて安堵していれば、梶原は殺されたのが雇い主ではないと確信している。


 私が被害者の素性について箝口令を敷いたのが、裏目に出たということか。

 いいや、梶原は雇い主が生きていると確信したからこそ、報酬が欲しさに偽情報を運んでいる。

 梶原が金で寝返った可能性は否定できないが、口封じに人殺しを辞さない相手であれば、陸軍省の九重を敵に回して寝返るだろうか。

 陸軍省の九重に梶原の素性が割れており、敵に回して勝てる相手ではない。

 だから彼が騒動後も殺されるまで船内食堂に残っていた訳合は、雇い主から受取った機密情報を九重に渡して報酬を得るためだったと推察できる。

 しかし梶原の遺体から見つかった二百円の報酬が陸軍省の九重から受取ったものならば、関東軍の根幹を揺るがす情報の価値としては些か少額である。

 仲介役まで用意した情報提供者が陸軍省の用意した報酬を直接受け取るとは思えないので、梶原は自分の取り分を残して雇い主に渡した。

「梶原の雇い主は、奥山ではなかった」

 声に出せば、これほどしっくりくる言葉はない。

 奥山が舞台を下りた後も策謀劇が続いていたのだから、梶原を仲介役に雇った者が、奥山ではなかったと考えれば辻褄が合う。

 貿易商の奥山が消えた訳合があるのであれば、それが謎を解く鍵になるのだろう。


 ◇◆◇


 私は船内食堂に場所を移すと、事件当夜の証言を再現する。

 端の千切れた品書きを読んでいる梶原、それを確認して符丁となる鍵札をテーブルに置く九重、新聞を広げた相田は現場となる展望通路に背を向けて座っており、二等船室から階段を下りてきた絢子は、右舷の出入口付近に座る窪坂と挨拶を交わした。

 被害者の姿は誰も見ていないのだから、既に左舷の展望通路にいたと考える。

 最初に現場から立ち去った九重は、偽情報を掴ませる役回りなので犯人ではない。

 梶原が右舷の出入口から絢子の後を追うように出ていくと、就寝するために窪坂が階段を上がって自室に戻る。

 船内食堂に残っているのは、新聞を読んでいる相田だけとなった。

「船首から現場を回り込んだ梶原は、被害者に鍵札を渡して酒を手に入れた。雇い主は仕事が終わったわけでもないのに、なぜ梶原に酒を渡す必要がある?」

 相田が船内食堂に戻った梶原が何処にいたのか知らなかった訳合は、現場に背を向けていたからだろう。

 そして被害者が海に突き落とされたのは、絢子が船尾を回り込んで現場に到着する五分後、青木が身投げを目撃した二十時五分である。

 被害者が落水する音を駆けつける笹木が聞いているのだから、その場にいた梶原と相田も気付いたはずで、だからこそ雇い主を現場に残してきた梶原は、自分も始末されると考えて船内食堂から逃げ出した。

「さて、どうしたものか」

 私は後ろ頭をかき揚げると、現場を向いて椅子に座った。

 目の前にいる弓田の幻影は、制帽を目深に被り冷笑を浮かべている。

 彼は思い通りに事が進んで、さぞや満足しているだろう。

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