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燕の騒乱  作者: 梔虚月
第一部 鳩の密告
18/31

18 考察

 船員の首実検は、船内食堂に残してきた笹木に任せるとして、二等船室を不在にしている絢子を探すことにした。

 ただ絢子の潜伏先に心当たりがあれば、笹木と別れて一階層の待合室や作業甲板、船底部屋の三等船室など船内に変わった様子がないのか、見回りする口実に過ぎない。

 船尾の作業甲板に出てみれば、捜索活動に下ろした短艇を船員の数名が草臥れた顔で片付けており、私が騒動を起こしたわけでもないのに、なぜか視線を逸して背中を向けた。

 もっとも船員の犯行を疑っていると、太田船長に伝えているので、痛くない腹を探られた彼からすれば、やはり私は厄介者なのだろう。

「少し話を聞かせてくれないか」

 船員の一人を呼び止めたものの、作業中だから話せないと、素っ気ない態度で断られた。

 夜通し捜索活動していた彼らを容疑者扱いしたのが、よほど嫌われたらしい。

 気を取り直して、作業甲板から張り出した展望通路を見上げれば、そこから飛び降りられても、ここから上に登るのは不可能に思える。

 船橋甲板や作業甲板は、乗船客の立入りを制限している区画であれば、展望通路との往来が出来ないようになっていた。

 次いで三等船室に下りた私は、乗船名簿と相部屋の入口に書かれたベッド番号を照らし合わせて、証言者の所在を確かめる。

 三等船室は、船室番号C020〜C040までが相部屋に二段ベッドが四台置かれており、一部屋に八人が就寝できるようだ。

 またC041以降の乗船客は、大部屋に雑魚寝するらしいのだが、内地に向かう航路では、帰省客で賑わう盆暮れ正月でもなければ、大陸から本国への貨物輸送に利用しており、照明が落とされた部屋には、大小様々な荷物が積まれている。

「絢子さんばかりか、九重中尉と相田さんの姿も見えないのか」

 船員から預かった乗船名簿を再度確認すると、相田は船室番号『C029』、九重中尉は『C037』なのだが、二人とも船内食堂で見掛けなければ、船室にもいなかった。

 しかし乗船名簿を指で追えば、二人が既に殺されており、三人が行方知れずである。


✕奥山高貴 【A】006

✕梶原夏雄 【C】021

△九重義一 【C】037

 窪坂倉雄 【A】003

 黒羽武  【A】002

 笹木正男 【B】016

△相田友助 【C】029

△中条絢子 【B】011

 A:一等船室/B:二等船室/C:三等船室

 ※証言者を抜粋しています。


 これが英国の女流作家が書いた探偵小説であれば、事件の真相に近付いた者から、次々に殺されていくのだろうと、不謹慎にも考えてしまった。

 しかし現実は、犯人に狙われる可能性があるのは、九重中尉のみだが、これも犯人が偽情報を掴ませているなら、殺さずに見逃す算段ではないか。

 私は吹抜け階段で一等、二等船室のある三階層に戻る途中、船内食堂を覗くと、目を皿のようにして、犯行に及んだ船員を見つけようとする笹木を見て、よもや彼の偽証を疑えなくなった。

 笹木の話を思い出せば、操舵室から現場に向かった副船長の青木、船尾から回り込んだ絢子、船内食堂から駆け付けた笹木、仮に絢子の犯行でなくても、犯人が逃げ場のない展望通路から消えた謎が解けたのである。

 九重中尉は、内通者の奥山の容姿を知らないのだから、被害者が現場付近にいたとしても気に掛けなかったし、中尉は船内食堂で、梶原に箱の鍵を託していれば、現場となった展望通路に出なかったかもしれない。

 だから奥山は犯行時刻より以前、既に展望通路で仲介者の梶原を待っていたと考えられる。

 窪坂の証言では、梶原は絢子に遅れて右舷の出入り口を使って展望通路に出た後、船首から左舷に回り込んで、現場で待っていた奥山と合流した。

 左舷出入り口の向正面に座っていた相田も、梶原の出入りを見ていなければ、窪坂の証言には矛盾がない。

 そして船員と思われる犯人は、操舵室の横にある船橋甲板を利用して展望通路に下りると、そこで『Y』の内通者で情報提供者の奥山と、仲介者である梶原の密会を目撃する。

 船員の存在に気付いた奥山と梶原が、二人で船内食堂に戻れば、何処かで見張っているだろう『Y』に関係を疑われるので、酒と報酬を受取った梶原が、先に人目を忍んで船内食堂に戻った。

 絢子が梶原を見ていないのだから彼は、犯人とすれ違うように船首を回り込んで移動しており、奥山を突き落とした犯人の人相を見た可能性が高い。

 奥山を海に突き落とした犯人は、梶原と逆走して船尾方向に逃走しようとしたものの、そこで船尾から回り込んだ絢子と鉢合わせして、咄嗟に『男が身投げした』と、慌てた様子で彼女に嘯いた。

 奥山が海面に着水したときの水音は、笹木にも聞こえたと言うのだから、絢子に聞こえて当然であり、犯人は言い逃れするしかなかったのだろう。

 絢子の悲鳴を聞き付けた笹木は、船内食堂から駆け付けると、現場で腰を抜かした彼女と船員を見つける。

 犯人は、絢子と笹木が揃うと、副船長の青木が到着する前に、転落した奥山を救助するふりでもして、展望通路の船尾から下層の作業甲板に逃走した。

 この見立てであれば、それぞれの証言に矛盾がなくなるのだが、矛盾がないと言うことは、現場周辺にいた全員の容疑を否定することになる。

 犯人が現場から忽然と姿を消した謎が解けた反面、犯行可能な位置にいた者の容疑も消え去ってしまった。

 しかし私の見立てで証言の矛盾はなくなったが、残された疑問を解消すれば、事件の真相に辿り着ける気がする。

 私の疑問は、大きく三つある。

 一つ目は、犯人が『Y』本人あるいは組織の構成員だった場合、機密情報を盗み出した内通者の奥山は、犯人と顔見知りではなかったのか。

 奥山の用心深さを考えれば、『Y』が旅客船に乗り合わせていると疑っており、近付いてくる顔見知りの犯人に、不用意に殺されたとは考え難い。

 『Y』が指すのが組織名なら必ずしも奥山と犯人が顔見知りとは限らないが、個人なら用心している『Y』の他に実行犯がいるのだろう。

 二つ目は、展望通路の船尾から絢子が、船首から梶原が奥山のいた左舷に回り込んでいるので、犯人は犯行直前に船橋甲板から現場に下りている。

 そうでなければ、操舵室からは船橋甲板で見渡せない展望通路であり、犯人は船橋甲板から身を乗り出して取引現場を監視していたことになるのだが、そんな奴がいたら操舵室にいた船員だって不審に思うはずだ。

 だから犯人は予め、取引時間と場所を心得ていたことになるのだが、そこまで調べがついていながら、『Y』が裏切り者の身柄を取らなかった訳合が解らない。

 『Y』が人殺しを辞さない人物や組織ならば、取引情報を得た時点で口封じすれば良いので、取引現場を押えて奥山の裏切りを確信したならば、犯行直前に時間と場所を知ったことになる。

 三つ目は、割符に使われた鍵札付きの鍵が、寄木細工の小箱の鍵穴に差し込めなかったことだ。

 鍵が鍵穴に差し込めなければ、鍵札付きの鍵が情報漏洩を防ぐための仕掛けとして、全く機能していないのである。

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