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燕の騒乱  作者: 梔虚月
第一部 鳩の密告
15/31

15 秘密箱

 相田を招いた二等船室は狭く、被害者の遺留品をベッドに並べていれば、椅子も一脚だけで来客を呼べる広さがない。

「ところで今朝の話ですが、梶原が転落したのを目撃したのは、笹木さんだけだったのですか」

 私は散らかった遺留品を片付けながら、ドアを開けて待っている相田に話し掛ける。

「レストラントで過ごしていた方は、ほとんど寝ていました。あのとき起きていたのは、私と雑談していた笹木さんだけでしょう」

 部屋を覗き込んだ相田は、奥山の旅行鞄に詰め戻す衣類を見ながら答えた。

「相田さんは、すぐに駆け付けたはずですね」

「仰る通り、そういう性格です」

「転落した周囲には、怪しい人影がありませんでしたか」

「動揺した笹木さんに事情を聞いて、私が展望デッキに出ると、遭難者を捜索している船員がいましたが、怪しいと言えるかどうか……。あ、でも強いて言えば、笹木さんが現場に向かわずに、ステージで寝ていた御婦人の安否を確認していたのは、少しだけ気に掛かりましたね」

「絢子さん?」

「私が何事か尋ねると、その絢子さんを部屋に送ると言うので、そのまま見送りました」

 笹木は、転落した梶原より綾子の身を案じていたようだ。

 梶原が犯行を目撃して犯人に襲われたと考えた笹木が、現場で悲鳴をあげた絢子も狙われると思って、彼女を船内食堂から逃した。

 絢子が悲鳴をあげた訳合は、本当に海が怖いからなのか、それとも犯行を目撃していたのか。

 笹木は、船員の犯行を疑っているのだから、船室に匿う方が良いと判断しても理解できる。

「それから梶原ですが、展望通路に出たのはいつ頃ですか」

「私は背を向けていたので、はっきりしたことが解りません。ただ彼は夜通し、左舷側で作業している船員を見ていましたが、飽きてしまったのか、夜明け前には何処かに消えました。転落する十分前です」

 梶原が旅客船から転落したのは空が白み始めた七時頃、六時五十分まで船内食堂で目撃されているなら、犯人は被害者を右舷の展望通路で見掛けてから、十分以内に犯行に及んでいる。

 彼らが偶然に鉢合わせしていなければ、犯人が梶原を呼び出したのか、それとも展望通路を監視していた。

「私の話は、捜査の参考になりますか」

「ええ、有難うございます」

 私は一通り話し終えると、壁に造り付けのテーブルに寄木細工の小箱を置いて、後ろで見ていた相田と入れ替わった。

 一先ずは、お手並み拝見である。

 相田は寄木細工の図柄を観察していたが、暫くすると、格子模様の両端を指で押しながら横に開いた。

 箱自体に仕掛けが施されているなら、相田の言うとおり寄木細工の秘密箱なのだろう。

 相田は首を傾げたり、開けた仕掛けを閉じたりしているものの、総じて手際良く仕掛けを解いており、秘密箱の持ち主を疑わせる。

「相田さんは、同じ物を見たことがあるのですか」

「秘密箱の仕掛けは千差万別で、私は同じ仕掛けを知りません。でも作家の癖が解かれば、それほど難解なパズルではありません」

 相田は夢中になっている様子で、話し掛けた私を見ないで答えた。

 無邪気な相田は、玩具を与えられた子供のようであれば、試験問題に取組む学生のように思える。

 機密情報が入った秘密箱の持ち主と考えたのは、私の勘繰りが過ぎるのだろうか。

 もっとも相田が情報提供者であれば、奥山や仲介者の梶原が殺された訳合が解らなければ、わざわざ奥山の遺留品が秘密箱だと教える必要がない。

「この秘密箱は前の仕掛けを全開する前に、次の仕掛けの位置を探るのです。コツが解かれば、貴方にも解けます」

「そういうものですか」

「ここからは、貴方と交代しましょう」

 私に席を譲った相田は、謎解きを十分に堪能したようだ。

 相田の見様見真似で秘密箱の謎解きに取組めば、仕掛けを全開するとき、指先に僅かな引っ掛かりを感じる。

 私が手を止めれば、相田は『解るでしょう』と、聞いてくるので頷いた。

 しかし順調に仕掛けを解いていくと、上蓋に僅かな隙間を残して微動だにしなくなる。

「手順を間違えたのかな? キーホールの他にトラップがあるなら、前の状態に戻しますか」

「いいえ、このままで結構です」

「隙間からは、箱の中身を取り出せそうにありません」

「ですから協力は、ここまでで結構です」

「秘密箱に何が隠されているのか気になりますが、教えてもらえないのでしょうか」

 眉尻を下げた相田は、懇願するような表情で私を見ているが、箱の中身の詮索は遠慮してもらいたい。

「中身が他愛も無い物であれば、必ずお知らせします」

「お宝が見つかれば?」

「それほどの物は、隠されていないと思います」

「私は、貴方を信じて待つしかありませんね」

 名残惜しそうな相田は、船室を出ていくとき背中越しに秘密箱を覗き込んでいる様子だが、私が振り向けばドアを後手に閉めた。

 相田に謎解きを手伝わせて、顛末を見せないのだから不貞腐れるのも仕方がない。

 ただ相田が無関係ならば、箱の中身を知れば殺される可能性だってある。

 なぜなら犯人は、箱の中身を知っている情報提供者と仲介者を殺しており、丸腰の相田が機密情報を知るのは、危険な行為でしかないからだ。

「さて、どうしたものか」

 私が頭を掻いて弱っているのは、秘密箱の蓋が開かないからではなく、また当てが外れたことだ。

 寄木細工の小箱を解錠するための鍵が、奥山の上着に残された鍵札付きの鍵でなければ、九重中尉が箱の鍵を所持していると考えていたものの、鍵札付きの鍵が罠であれば、鍵そのものには、敵味方を識別する割符以上の価値がない。

 平たく言うと、鍵穴に合わない鍵が秘密箱と一緒に残されているなら、九重中尉は、既に機密情報を入手しており、秘密箱が空箱の公算が高まった。

「九重中尉は任務を終えた後だから、梶原が殺されても慌てなかった。中尉が入手した情報を知るには、犯人の身柄を取るしかなさそうだ」

 黒羽少佐を失望させた失点を取返すために、九重中尉の身辺調査をしても良いのだが、相部屋の三等船室に機密情報を隠すとは思えない。

 言い逃れできないように奥山の遺留品が消えてから、物証を押さえて、九重中尉の身柄を取れば良いと考えたのは誤算だった。

 黒羽少佐に『底が浅い』と、冷笑される訳合は、私の詰めの甘さにあるのだろう。

「僅かでも手掛かりが残されていれば、儲け物だが−−」

 自らを省みるは別にして、秘密箱の隙間に鍵の鍵札を挿し込んでみる。

 相田に黙っていた鍵札の寸法が、秘密箱の隙間に収まりが良いことに気付いていた。

 寄木細工の小箱の鍵は、鍵札付きの鍵ではなく、鍵の鍵札だったとすれば、まさに盲点だと言わざるを得ない。

 そして鍵札を挿し込んだ秘密箱の蓋が難なく開くと、そこには一寸程のカプセル容器が入っていた。

 奥山の遺留品である金属カプセルの中身が機密情報だとすれば、九重中尉が得たであろう情報は何なのか、仲介者の梶原が殺された訳合は、情報漏洩を恐れた犯人の仕業ではないのか。

「犯人が情報提供者の奥山と、彼に接触した仲介者の梶原を殺した。それで機密情報が守れたと判断したなら、なぜ取引に失敗した九重中尉が狼狽しないんだ?」

 私は自問自答したものの、冷静に考えれば容易に想像がついた。

 仲介者の梶原は、何かしらのトリックで、犯人を情報提供者と誤認させられており、九重中尉は情報提供者を知らなければ、犯人に偽情報を掴まされている。

 つまり九重中尉に偽情報を掴ませた梶原は、犯人に役目を終えて殺されたのである。

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