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燕の騒乱  作者: 梔虚月
第一部 鳩の密告
13/31

13 啄む者

 その日の正午、部屋の丸窓から短艇が次々に戻ってくるのが見えたので、船長室に戻って太田に事情を尋ねれば、付近を航行中だった漁船が、遭難者らしき遺体を陸揚げしたから捜索を打ち切るとのことだった。

 陸揚げされた漁港からの連絡では、遺体に身分を証明する遺留品がなく、旅客船から消えた奥山だと断定できないので、一先ず錦州港に陸揚げして乗船手続きした職員に面通しさせるようだ。

「奥山の遺体は、ここに戻さないのか」

「遺体発見の連絡を受けたときには、既に陸揚げされていた。遺体を見たところで、奥山氏の容姿を知っている乗船客がいないんだから、わざわざ移送する意味がないだろう」

「そうでしょうか」

「君は、奥山氏と面識があるのか」

「いいえ」

 太田の説明では、東京府銀座にある奥山の会社に連絡すると、朝鮮から関連会社の職員を錦州港に派遣すると言うので、一両日中にしっかりした身元確認ができるらしい。

 関連会社の職員とやらが遺体を身元確認すれば、奥山だったと答えるだろうし、奥山と名乗った別人だと解ったところで、正体を知る手掛かりにならないのだ。

 それに奥山が朝鮮軍と繋がる情報提供者ならば、関連会社の職員とやらが軍関係者とも限らないので、真偽の程がわからない情報に価値がない。

「佐世保港では、警察が捜査のために乗り込んでくる。寄港地で足止めされたくなければ、事件を穏便に解決する必要があるでしょうなぁ」

 太田は旅客船を航路に戻して、佐世保港には明日の正午過ぎに入港する予定だと言った。

 旅客船は本来、夜明けまでに黄海を抜けて、佐世保港には夕暮れまでに入港する予定だったが、奥山の捜索で一日ほど遅れている。

 佐世保警察が捜査で踏み込んでくれば、さらに横浜港までの到着が大幅に遅れることになるのだから、梶原の死は、他殺ではなく、事故や自死だったとの結論を出せと言うことだ。

 太田の意向に沿うのは、一向に構わない。

 私が知りたいのは策謀劇の真相であり、結局のところ犯人の行動が利するのであれば、見逃すのも辞さないし、害するのであっても、警察に身柄を引渡す義理もなかった。

「騒動は、太田船長の考えるとおりに収まるでしょう」

「そうか、解ってくれるのか」

「大事になるのは、私たちも好みません」

 私は視線を逸して、太田の真意を汲み取って答える。

 九重中尉だって後暗いのだから、私が穏便に済ませれば口裏を合わせるはずだ。

 それに黒羽少佐の任務が密使ならば、騒動に巻き込まれて頓挫するのは不本意だろう。

 私は黒羽少佐に『九重中尉を出し抜け』と言われているが、警察でもなければ、殺人事件の捜査を依頼された探偵でもないのである。

「奥山氏は身投げ、梶原氏は泥酔して足を滑らせた。船の乗組員は、本件と無関係で処理して良いのか」

「目撃情報を検証しても、第三者が関与した証言や証拠がなければ、船員が関わっていると言ったのも、私の勘繰りに過ぎません。佐世保警察には、そのように証言しましょう」

 太田は安堵したのか、溜め息をついて肘掛け椅子に背凭れるのだが、人殺しが乗り合わせている事実に変わりがない。

 九重中尉が犯人に襲われる事態になれば、事件の真相を隠し通せるはずがなかった。


 ◇◆◇


 梶原が手摺りを自ら越えたと証言した笹木は、絢子を送るついでに仮眠していると、相田から聞いてドアをノックしているのだが、反応がなければ留守のようだ。

「よもや三人目の犠牲者ではないだろう」

 笹木が共犯者であっても、殺された奥山と梶原の仲間でないのは明白である。

 不在の訳合に心当たりがあれば、探して回るほど野暮ではない。

 佐世保港の入港までは、まだ一日の猶予があるのだから、証言の裏取りを急がなくても、笹木には、そのように見えたと解釈すれば済む話だ。

 梶原を殺した実行犯にとっては、笹木の死角で殺して海に捨てようが、逃げた先で転落しようと、目的が達成していれば大差がないのである。

 また私は先程、梶原を仲介者と見立てるに十分な証拠を見つけており、彼が殺される訳合に見当がついた。

 騒動と無関係の者に偽証する訳合がなければ、被害者となった梶原の証言を思い出せば、犯人に繋がる手掛かりがあった。

 笹木を無関係と決め付けるには、証拠が不十分ではあるものの、船員の犯行を疑っている様子であれば、証言の信憑性は高いと言える。

「貴方が手にしているのは、秘密箱ですよね」

「相田さん?」

 相田は、支援者である窪坂の船室から出てくると、私の持っていた寄木細工の小箱を目ざとく見つけた。

 寄木細工の小箱は、九重中尉の反応を伺おうと持ち歩いていたのだが、好奇心が強いと自称する相田の興味を引いたようだ。

「それは、カラクリ仕掛けの寄木細工ではないのですか」

「鍵穴があるので、どうでしょうね」

「貴方のものでは?」

「いいえ。身投げした乗客の遺留品なので、私が預って調べているのです」

 秘密箱とは、複雑な手順を踏んで蓋を開ける寄木細工のことであり、奥山の残した寄木細工の小箱も、蓋を横にずらして開ける仕組みだったので、中身を取り出すのに鍵が不要なのかも知れない。

 小箱が単なる工芸品ならば、色々と弄って無理矢理に抉じ開けるのも厭わないが、この手の箱には、正しい手順を踏まなければ、情報の価値を損なう仕掛けが施されている場合があり、何でも試そうとは思わかった。

「少しだけ見せてくれませんか」

 相田が手を伸ばすので、蓋を開けようと試さない条件で手渡すと、日差しを背後に鍵穴の奥を覗いたり、寄木細工の木目を指で撫でたり細部を確認している。

「キーホールに奥行きがなければ、これはダミーですね」

「ダミー?」

「このキーホールは、ただの見せ掛けです。この寄木細工は、やはり秘密箱ではないでしょうか」

 箱の鍵は、情報の取引に不要だったのか。

 いいや。

 箱の鍵は割符としての役割と同時に、情報提供者の保険だったとすれば、箱の鍵が罠となっていた。

 情報提供者を通さずに鍵穴から解錠を試す者がいれば、中身の価値を失う仕掛けがあり、寄木細工の小箱を奪われても情報を抜き取られる心配がない。

 つまり奥山は、朝鮮軍の九重中尉と直接取引しないで、梶原という仲介者を通した上で、さらに寄木細工の小箱だけを奪われる事態を想定していた。

 情報提供者は、余程に慎重な男だったと思われるし、情報には過ぎた用心するだけの価値がある。

 そして腑に落ちない点があるものの、箱の鍵が機密情報を掠め取ろうとする者への罠だと解かれば、秘密箱の蓋を開けるのに、もはや躊躇う必要がなさそうだ。

 罠である箱の鍵が割符で、それが寄木細工の小箱と共に部屋に残されていたのなら、九重中尉と奥山の取引が終了しており、空箱の可能性だってある。

「他に仕掛けはないようですが、どうします?」

 相田が興味津々に顔を覗き込むので、私の船室に招くことにした。

 秘密箱と鍵穴の仕掛けに気付いた相田の知識は、秘密箱の蓋を開けるのに役立つと判断したからだ。

 



 

 

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