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12 あとのまつり


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 クワガワキョウスケは 魔力暴走(大)【1】 のスキルを習得しました

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「オエエエエエエエエ゛ッ!!」


 俺は喜びを噛みしめる間もなく、犬のようにはいつくばって嘔吐する。

 しかしたいへん汚い話、俺の胃袋から絞り出されるのは半透明の胃液のみだ。

 スキル“邪道喰い”はしっかりと機能した。

 しっかりと機能した結果、ネズミもどきことピクシーマウスは魔法陣もろとも俺の体内に消化吸収されてしまったのだ。

 そのおかげでなんとか九死に一生を得たわけだが――吐き出せたほうがまだマシだった!


「キョースケ! ぬしは本当に……本当によくやってくれた!」


 しばらくの間を置いて、ようやく自分たちが助かったことを実感したのだろう。

 ゴーレムは歓喜の声をあげ、巨大な指先で背中をさすってくれた。

 本当のことを言うと力の加減が上手くいっていないためさすられるたびに背骨が軋むのだが、まぁ、それはいい。

 ようやく、終わったのだから。


「ハッ……! ざまあ見やがれ! 生き残った、生き残ってやったぜ!」


 冗談みたいな吐き気を乗り越えると、身体の奥から勝利の快感がとめどなくあふれ出し、俺はとうとう立ち上がって拳を天高く突き上げた。

 ゴーレムもまたそれを真似して、丸太のような腕を振りかざす。


「そうじゃ! 生き残ったのじゃ! まったくぬしはすさまじいやつよのう! 早速宴の準備をするしかあるまいて!」

「宴!?」


 「宴」というワードに反応して俺は目を輝かせた。

 宴は大好きだ。

 なんせこちとら田舎育ち、娯楽の少ない俺たちにとって宴会は唯一の楽しみなのだ。

 ビール日本酒などの酒類はもちろんのこと、隣町から買ってきたオードブルや刺身や寿司の数々(山奥の田舎では海魚が高級料理として扱われるのである)……考えただけで胸が高鳴る。

 だが


「というわけで理想郷スペシャルコースじゃ!」 

「やっぱりか……」


 こんな場所で酒や料理の類が期待できるはずもなく、目の前に現れたのは文字通り色とりどりの山盛り薬草サラダである。ご丁寧に虫だのトカゲだのが添えてあるのが憎らしい。

 むせるような青臭さでもうすでに鼻がダメになってしまいそうだが、しかし今の俺は機嫌がよかった。

 ゴーレム自慢の一品、とあれば俺がこれを食わない道理はあるまい。なんといっても、ネズミを食うより億倍マシだ。


「――よっし宴だ! ゴーレム食うぞ騒ぐぞ!」

「ああ! 理想郷の再建に乾杯、なのじゃ!」


 乾杯、といっても盃などはないので、俺とゴーレムは拳を突き合わせて乾杯の真似事をやり、二人きりの宴が始まった。


「ではワシことユートピア・ゴーレムが宴にぴったりの一発芸を見せてやるのじゃ!」


 ゴーレムは機嫌をよくしたのか、さっと立ち上がって宣言すると、手のひらを地面にあてがい、そこから光を送り込んだ。

 するとどうだ、見る見るうちに地面が盛り上がってあっという間に人の形になってしまったではないか。

 しかもそれは、よく見ると俺にそっくりの泥人形だ。


「おおお! すげえ! それも魔法か!?」

「ふふん、厳密には魔法とは違った体系の、いわゆる神秘じゃがな。こんなこともできるぞ」


 そう言って、ゴーレムが更に大地へ光を送り込むと、今度は泥人形がひとりでに歩き出した。

 俺が驚きのあまりに飛びのくと、ゴーレムはふんぞり返って笑う。


「どうじゃ! ワシの主な動力源は魔力じゃが理想郷維持のために精霊と契約を交わしておるため、このように神力を行使することも可能なのじゃ!」

「すげえ!」


 実際魔力とか神力とか、そのへんのファンタジーはよく分かっていないのだが、しかしすごいということだけは分かる。

 俺は惜しみない拍手と賛辞を送り、ゴーレムもまた調子をよくして胸を張っていた。

 だが、その傍らで泥人形がボロボロと崩れ落ちてゆく。


「おっと、くだらん用事で呼び出したせいで大地の精が拗ねてしまったようじゃな……正当な理由もなく呼ぶとこのように長続きはせんし、最悪機嫌を損ねてしまうのじゃ」

「だったら俺の人形にしないでくれよ……」


 自分そっくりの人形が徐々に土へ還っていくさまは見ていてあまり気持ちのいいものではない。

 気を取り直して、俺は力強く立ち上がった。


「しかし魔法だか神秘だかしらないが、そんなのを使ってるようじゃまだまだだぜ!」


 俺はツナギのポケットから、すっかり湿気ってしまい、無用の長物と化した一本のタバコを取り出した。


「? キョースケ、なんじゃそれは」

「あ、そうか、この世界にはまだないのか。まぁ、なんの変哲もない紙巻きタバコだよ」

「ああ、煙草か。で、その煙草がどうしたのじゃ」

「まあ見てなって」


 俺は手に取ったタバコを右手の人差し指と中指でつまむ。

 そして両手の平を裏返して、タネも仕掛けもないことを確認させると、つまんだタバコを逆の手の内へ差し込んだ。

 そのまま手の内へぐりぐりとタバコを押し込み、両手を開けばあら不思議、タバコは跡形もなく消えている。


「なんじゃ!? 煙草が消えたぞ!?」


 いっそ気持ちの良くなるくらい驚いてくれるので、今度は再び丸めた手の内からタバコを引き抜いて見せる。

 ゴーレムに目があれば、それはきっとこれ以上ないくらいに見開かれていていることだろう。

 俺は得意げになって、タバコを手の中でもてあそぶ。


「キョースケ! それは魔法か!? それとも神秘か!?」

「馬鹿め、魔法も神秘もない、ただの手品だ。本来宴会芸っていうのはそういうもんだろ」

「じゃあタネを教えてくれ!」

「はは、自分で考えろ」

「じゃあせめてもう一回……!」

「やらねーよ、手品は一度きりだ」


 ゴーレムの懇願を一蹴して、タバコをポケットの中にしまい込む。

 相手の悔しがる様子を眺めるのも手品の醍醐味だ。俺も親戚のオヤジに初めてこれを見せられた時は同じような反応をしたっけな。


 ちなみにこの手品のタネは、なんてことはない。

 タバコを手の内に差し込むフリをして、その実手の裏側に滑り込ませ、ゴーレムの見えない位置にタバコを隠しているという、それだけのこと。

 単純ゆえに、あまり何度も繰り返すとタネがバレてしまうのだ。


「ぐぐ……キョースケは意地が悪い……」


 ゴーレムは悔しそうに歯噛みをして(もちろんゴーレムに歯はないのだが)、うんうんと唸り始める。

 頭のいいアイツのことだ。どうせすぐにタネも気付いてしまうのだろうが、今だけは悔しがるヤツの姿を見て楽しむことにした。


 かくして宴は続いた。

 ゴーレムと俺は夜も更けるまで馬鹿のように騒ぎ、喉が枯れるまで語り明かした。

 そしてお互いが疲れ果ててひと段落つくと、背中合わせになって空を見上げる。

 かつて俺が「天国に最も近い地獄」と称したこの地からは、地上では決して見ることのできないであろう満点の星空が望めた。


「……こうやって空を見上げるのもいつ振りじゃったかのう」

「夜空なんてとうの昔に見飽きたもんだと思ったが、まぁ、なかなかいいもんだ」

「それもこれもキョースケのおかげじゃ、ありがとうよ」

「もう気にすんなって」


 気恥ずかしさを隠すために、ゴーレムの背中を軽く小突く。

 返ってきたのはいつもの錆にまみれた感触でなく、硬質な鉄の感触であった。

 やがて静寂が訪れる。しかしそれは決して嫌な沈黙ではなく、充実した心地よい静寂。


「……なぁ、ゴーレム」

「なんじゃ」

「お前、ずっと前に俺が13人目の転生者だって言ったよな。転生者って一体なんなんだ?」

「さあなあ、少なくともここが理想郷であった頃に、そんな素っ頓狂な連中はいなかったはずじゃが」

「だったらお前はなんでここに来たやつらが転生者だって分かったんだ?」

「本当のことを言うとワシも転生者がどういうものかよく分かっておらんのじゃ、だが彼奴ら妙に独り言がうるさくてのう、それに聞き耳を立てて学習したのじゃよ」

「そりゃまた……」


 俺もまた身に覚えがあるので、少しばつが悪くなる。


「神の意思によってこことは別の世界から来た人間、“ちーと”とかいう不思議な力を与えられた人間、ワシに分かるのはそれぐらいなものじゃ」

「俺はチート持ってないけどな」


 皮肉をたっぷり込めて呟いた。

 畜生、見ているかクソ女神め。


「ごく一部じゃが、この世界にも転生という概念自体はあるのじゃ。あの世へ還った魂が再び新しい生命に宿る。輪廻転生というやつじゃな。生前に徳を積めばこの循環から脱して極楽へ行けるとも」

「こっちじゃ大分都合よく解釈されてるがな、生前惨めな思いをしたやつほど来世は異世界で好き放題やれるんだと」

「ワシらとしては迷惑な話じゃ」

「こっちもこっちでいい迷惑だぜ、こんなトンデモ宗教を信じた馬鹿どもがポンポン死んでいく、しかも人を巻き添えにするんだからタチが悪い」

「なら、そっちの世界もその内破綻するのう」

「なに?」


 ゴーレムがあまりにも淡々と言うので、俺は思わず身を乗り出してしまった。


「だってそうじゃろう、人は無意味な生を生きるため死に意味を見出す、そうして秩序が成り立っているのじゃ。ところがどうじゃ、そのトンデモ宗教とやらは現世の生を否定しておる。しかもそこに転生はあるが、輪廻がない。そんな宗教が広がれば、いよいよ世界も終わりじゃのう」

「……やっぱりお前は頭がいい、まったく降参だよ」


 元の世界で20年以上も生きてきた俺たちが漠然と感じていた危機感の正体を、彼は一瞬の内に解き明かしてしまった。

 自分の頭の悪さがふがいなくなって、俺はごまかすように頭をかきむしる。

 いや、あるいは祖父は気付いていたのかもしれない。


 だって考えてみれば当然のことなのだ。

 アリスはワンダーランドから脱出し、浦島太郎は竜宮城を後にして、男が桃源へ至ることは二度とない。

 物語とは得てして異世界からの帰還によって締めくくられる。

 異世界とはあくまで異世界であり、本来ここは人の居ついていい場所ではないのだ。


「はーぁ、とうとう日本も終わりかぁ、二度と故郷の飯が食えないってのは悲しいねえ」

「ニッポン……それがキョースケの故郷の名か」

「スゲーいいとこなんだぜ、飯は美味いし、なにより静かで風情もある。しかも俺の地元は見渡す限りのライトグリーン、目にも優しいってわけだ」

「はは、それほど良いところならばワシも行ってみたいのう」


 ゴーレムが冗談めかして笑うと、もうすっかり忘れていたのだが彼の身体の内から機械じみた音声が聞こえてくる。


『都市維持機能、復旧率80パーセントに達しました』


「おお順調順調、この分なら夜が明ける頃には復旧も終わっておることじゃろう」

「目が覚めればこの地獄ともおさらばってことか、じゃあそろそろお開きだな、俺ももう眠い」

「そうじゃな、明日からは理想郷の再建に取りかからねばならん、忙しくなるぞ」

「わかったわかった、おやすみ」


 俺はひとつ大きなあくびをして、いつものようにパゼロへ歩み寄った。

 ……コイツにもだいぶ世話になった。あの恐ろしい風に吹っ飛ばされなかったのはコイツのおかげだ。愛着もわく。

 ゴーレムの復旧が終わって、理想郷の再建が成ったとしても俺はコイツを使い続けよう。

 そう思った、矢先の出来事だった。


「――おっと、剣&魔法のファンタジーな世界観にそぐわないもの発見しましたぞ、そこの経験値クン、それはなんぞ?」


 突然、背後から人の声が聞こえた。粘着質で背筋の震えるような声だ。

 当然ゴーレムはこのような声質ではないし、そもそもこんな気色の悪い口調でもない。

 頭の中に充満していた眠気は見事に吹っ飛んで、俺は体を翻す。


 珍妙な男が立っていた。

 相撲取りのような巨漢、それによって伸びきったアニメキャラのプリントTシャツは汗染みがひどく、眼鏡のレンズは自らの体温で白く曇っている。

 大きな身体に負けず劣らず巨大なリュックを背負い、鼻息も荒くこちらを見つめるのは――なんというか、一体いつのオタクだ? といった風貌の男であった。


「なんだお前……というかどこから来た……?」

「はい会話の成り立たないアホ登場~~もう面倒だしブッコロですぞ――ボックス開放」


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 ???が あらわれた!

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 男は懐からなにやら小さな箱を取り出した。

 箱はちょうどテニスボールほどの大きさで、表面にデフォルメ化された女神のイラストと、そして文字が記されている。

 男が宣言すると、箱がひとりでに開かれて内側から目も眩まんばかりの光が溢れ出した。


『ボックス開放、“天上天下唯一無双俺俺俺”起動します』


 どこからか謎の電子音声が響き渡ったと思うと、箱から溢れだした光は、その箱ごと全て男の身体に取り込まれてしまう。


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 ???の こうげきが 999アップ!

 ???の ぼうぎょが 999アップ!

 ???の すばやさが 999アップ!

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 ――転生者だ。

 頭でそう理解した時には、なにもかも遅かった。

 男の姿が一瞬の内に掻き消えて、次の瞬間、その巨体が目と鼻の先にあったのだ。


「な」


 男の不格好な体当たりが、全身に鈍い痛みをもたらした。

 凄まじい衝撃を受け、俺の身体はくの字に折れ曲がり、遥か後方へ吹っ飛ばされる。

 どうしようもない浮遊感ののち、俺の身体は背中から瓦礫の山に叩きつけられた。


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 クワガワキョウスケに 854 のダメージ!

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 頭の中に浮かんできたメッセージウインドウが、無情にもその現実を宣告していた。


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