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11 邪道ファンタジー


 瞬く間にしてヘリポートほどの大きさまで広がった赤い魔法陣、その中心にあるピクシーマウスの亡骸を、ぼんやりと赤い光が包み込んでいた。

 赤い光がピクシーマウスへ蓄積されるたび発せられる警告音にも似た甲高い音はもちろんのこと、大気の震えを肌で感じる。

 ゴーレムの言葉を聞かずとも、俺は本能で感じ取っていた。


 マナ? 魔法? そんなものは知らない。こちとらファンタジー世界の住人ではないのだ。 

 だが、なにか分からないがこのままではマズイ、ということだけは分かった。


「マナが器の臨界点を突破しかけておる……! ――爆発するぞ!」


 次の瞬間、俺とゴーレムは同時にスタートダッシュを切った。

 言うまでもなく、目標はあのピクシーマウスの亡骸である。


 ゴーレムはその見上げるほどの巨躯からは想像もできないほどに俊敏だった。

 大地を揺らしながら一気にピクシーマウスとの距離を詰めると、これを拾い上げて目いっぱい振りかぶった。

 彼はその巨腕をもって、ピクシーマウスを遥か彼方へ投擲し、この理想郷から追放しようというのだろう。


 しかし、それはすんでのところで中断された。

 ゴーレムは今にもピクシーマウスを投げ放つだろうという時になって、突然何かに気付いたように動きを止め、それを取り落としてしまったのだ。

 この不可解な行動に俺は驚愕を隠しきれない。


「ゴーレム! なにをやっているんだ!? このネズミをなんとかしないと俺たちは……!」

「……無理じゃ、全くおそろしいくらい用心深いヤツがいたものよ」


 ゴーレムの言葉は諦観に満ちていた。

 彼はその場に胡坐をかくと、うなだれて言う。


「……魔法陣に因果逆転の術式が組んである。魔法陣とのリンクを完全に絶たない限り、たとえピクシーマウスを世界の果てまで投げ飛ばそうが、ここで爆発するという結果は変わらん」

「じゃあピクシーマウスを潰せば……!」

「どれだけ粉々にしようが、刻まれた魔法陣を消さない限りは何をしても無駄じゃ」

「じゃあ魔法陣を消すしかない! 俺は魔法とかいうものはてんで分からんが、お前ならできるだろ!?」

「無理じゃ、無理なんじゃよ……ワシは所詮ただのゴーレム、魔法すら扱えんというのに、一度発動した魔法陣をどうにかする方法なぞ知らん……」

「そんな……」


 絶体絶命――そんな言葉が頭をよぎった。

 せっかくゴーレムを救えたと思ったのに、こんな結末があっていいものか。


「ワシの身体にピクシーマウスを仕込み、更にそこへ術式を組み込んだ……これをやったのは以前理想郷に暮らしていた魔術師たちの内の誰かじゃな。ハハ……! 傑作だと思わんかキョースケ!」


 ゴーレムの声が震えている。

 彼の表情は一切変わらないが俺には分かる、彼は泣いていた。


「ワシは裏切られたのじゃ! 人のために作られ、人のために裏切られた! 全く滑稽、結局ワシの存在価値などその程度だったのじゃ!」

「ゴーレム……」


 ――そうだ、ゴーレムは裏切られたのだ。

 かつての理想郷はゴーレムを必要としていた。しかしその中にはきっとゴーレムの存在を疎ましく思う者もいたのであろう。

 なんにせよゴーレムにとっては同じことだ。


 人の都合で作られ、人の都合により消される。

 結局のところ、これほどまでに人間じみたゴーレムは、人にとって単なるモノでしかなかったのだ。


「もう終わりじゃ……ワシは理想郷もろとも消えるのじゃ……」


 ゴーレムは体を丸めてさめざめと泣き始めた。

 深い絶望に沈み、もはやこちらを気にする余裕もなくなったようだった。


 ピクシーマウスをから放たれる赤い閃光が、もはや直視できないほどになっている。

 加えて、ピクシーマウスより発せられる音の間隔が段々と短くなっていることに、俺は気付いていた。

 いよいよ爆発するのだ。


 身体が赤錆に覆われるほど長い間人のために尽くしてきたゴーレムが、人の裏切りにより、誰にも看取られずに最期を迎える。

 なんと寂しく、孤独で、報われないことか。

 ――俺には、決して看過できることではなかった。


「スキル!」


 俺は今まで頭の中で呟くだけに留めておいたソレを、声に出して叫んだ。

 それによって、眼前に一枚のウインドウが浮かび上がる。


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  クワガワ・キョウスケ Lv1


  農民


  所有スキル

  ・環境適応(大)

  ・毒物耐性(大)

  ・ド根性

  ・野菜ソムリエ

  ・邪道喰い

  ・超野菜人

  ・ヤク(草)漬け

  ・観察眼(初級)

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 ここでゴーレムの言葉を思い出す。

 “観察眼”があれば、スキルの詳細を確認できる、と。


「観察眼!」


 そう宣言することにより、頭の底を微かに電流が走った。

 初のスキル発動――なるほど、心なしか力の充実する感覚がある。

 が、そんなことを言っている場合でもない。


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  アクティブスキル 観察眼(初級) が発動しました

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 ウインドウがそれを知らせるのを確認して、俺はすぐさま空中に浮かんだウインドウの、ずらりと並んだスキルへ目を走らせた。

 観察眼の効果により、目に入れた端から無数の小さなウインドウが現れてスキルの補足をする。

 俺は今までにないほどの集中力でウインドウの海をかきわけていった。

 なにかこの状況を打開するスキルがないかと、必死で探した。


 ――こんな地獄みたいな場所でひと月も過ごし、そのせいでスキルだって手に入れたんだ。

 不名誉でもいい、かっこよくなくたっていい、主人公みたいじゃなくても、全然かまわない。

 今ここでゴーレムを救えるのなら俺はチートなんかいらない。

 だから、お願いだ。もとよりご都合主義満載のファンタジー世界、一つくらいアイツを救えるスキルがあってもいいだろ!


 頭の奥がじんじんと痛み、熱に浮かされて頭の中が真っ白になる。ピクシーマウスよりも先に俺の頭が爆発してしまいそうだ。

 当然のことながら「魔法陣を解除できるスキル」や「爆発を無効化するスキル」などという都合のいいものは一つとしてない。それどころか、この状況に引っかかるものすらない。

 だが、絶対に探し出す。この状況を打開できるスキルを。


 そして――


「これは……!」


 まさに天啓だった。

 眩暈が起こるほどの情報の海から俺はある一文を発見して、目を留めた。

 これならば、もしや今の状況を打開できる切り札になりえるかもしれない――!


 とはいえ、そこから連想した方法はきっと正規の使い方ではない。

 それは推測でしかなく、唯一目の前に垂らされた蜘蛛の糸。

 しかしこれを掴まない手はない!


 俺はウインドウを全てかき消して、今にも爆発しようとしているピクシーマウスに向き直った。

 大きく息を吸い込み、頬をぱんと張って、俺はいよいよ覚悟を決めたのだ。


「ゴーレム!!」


 名前を呼ばれて、ゴーレムがゆっくりと面を上げた。

 不安そうにこちらを見上げるゴーレムに対して、俺は逆に自分でも嘘臭いくらい笑いかけてやった。


「……これから賭けに出るが、成功したら今度はドン引きしないでくれよ」

「キョースケ……? おぬし一体なにを……」


 ゴーレムの言葉をさえぎって、俺はピクシーマウスの長い尻尾をつまみ、それを目線の高さまでつるし上げた。

 最早“マナ”とやらの許容量も限界なのだろう。ピクシーマウスは身体のところどころがひび割れて、そこから刺すような閃光がもれている。

 極限まで目を細めることでかろうじて輪郭を捉えられているが、もうほとんどそれがピクシーマウスと確認することすら難しかった。

 しかしヤツの姿がはっきりと視認できないのは、唯一不幸中の幸いだ。


 しかし、しかしだ。

 いざ目の前にすると覚悟が鈍る。人間としてのプライドが邪魔をする。

 言うは易し行うは難し。

 頭の中に浮かんだそれを実行に移すには、さすがの俺でもためらいが生じた。


 だが、人間としての俺はすでに死んでいる。

 いかれた信者とともに崖から落ちて、首の骨を折り、死んだ。

 だからこそ俺は人間のプライドとかいうちっぽけな最後の砦をぶち破って、いよいよ“人間を捨てた”。


「いくぞおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」


 ピクシーの名を冠しているものの、見た目はネズミそのままのピクシーマウス。

 農作業用の長靴で踏みにじり、水たまりの中に突っ込んで溺死させたピクシーマウス。

 俺はそんなピクシーマウスをごくり、と。

 蛇がやるように、丸呑みにした。


 え゛っ、とゴーレムが形容しがたい驚愕の声をあげた。

 光の塊は口の中から入って、ずるりと喉を滑り、食道を通って胃に落ちる。

 途中何度か吐き出しそうになったが、俺はなんとかそれを抑え込んで、ピクシーマウスを“喰って”やった。


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  パッシブスキル 邪道喰い が発動しました

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 頭の中にスキルの発動を知らせるメッセージウインドウが浮かぶ。

 そして足元の魔法陣が見る見るうちに収縮し、拳大にまで縮んだのちにひときわ強い光を放って――ぽん、と音を立てて消滅した。

 残念だったな。現代風に言えば、リンク切れだ。

 ――これが、この世界に反逆する二つ目の白星。 


「消化の悪い、ミートボールだぜ……!」


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  邪道喰い パッシブスキル

  強靭な胃袋と麻痺した舌を持つ者に与えられる称号。飲み込んだあらゆる物を消化吸収する。

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 精一杯強がってみたものの、本当はもう、泣いてしまいそうだった。



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