10 ファンファーレ
「勝ったぞおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
勝利の雄たけび、というのはかくも気持ちのいいものなのか。
俺は腹の底から声を絞り出して叫んだ。無人の廃墟に俺の雄たけびが木霊した。
そう、ピクシーマウスと俺の対決は、からくも俺の勝利に終わった。
足元で息絶えるピクシーマウスを見下ろし、俺は拳を握りしめ、天高くかざす。
達成感で心が満ち溢れている。枯れかけた体の隅から隅まで、じっくりと勝利の喜びが染みわたっていくのを感じる。
そもそもこっちの世界にくる経緯からして、なにも良いことがなかったからな!
少々ストレスの捌け口にしてしまった感も否めないが、それでも勝ちは勝ちだ!!
だからゴーレム! いい加減ドン引くのをやめてくれ! 頼むから祝福してくれ!
「よ、よくやったなキョースケ……本当、本当にもう、鮮やかな手腕で……」
「無理して褒めんなチクショー!」
カッぺの戦い方に鮮やかもクソもあるか!
いかに泥臭かろうが、卑怯臭かろうが、人道に反していようが獲物は確実に仕留めるのが田舎流なんだ!
「確かにピクシーマウスはモンスターじゃが、見た目は愛らしいわけで……それをなにもそこまでむごい殺し方をせんでもと、そう思ったのも事実で……しかしよくやってくれた……うっ」
「建前より本音の方が長いじゃねーか! 分かった! 俺が悪かったから!!」
よほどピクシーマウスの死に方がショッキングだったのか、いい年こいてゴーレムが嗚咽をもらしている。
年寄りの泣くところほど見ていられないものはない、俺はすぐさまゴーレムの下へと駆け寄った。
――すると、突然ゴーレムの身体を覆う赤錆の隙間から淡い光が放たれたのだ。
「うお!? なんだ!?」
「なんじゃ!?」
自分の身体のことなのに、何故かゴーレムも驚いている。
光は徐々に強さを増し、やがて目も眩むほどになった。
そして俺が眩しさから目を覆う段になると、ゴーレムの身体の内側から、ゴーレムのものとは違う一種機械じみた音声が聞こえてきた。
『結晶による魔力の供給量が正常値に快復しました。一時的に凍結していた自己修復機能を再始動させます。3,2,1……起動を確認しました』
この音声に従って、ゴーレムの全身から大量の粘液があふれ出した。
そしてそのエメラルドグリーン色の粘液はゴーレムの全身を纏う錆の僅かな隙間からどろどろと滲みだし、その圧倒的な量をもって困惑するゴーレムの全身をゆるやかに包み込みこんだのだ。
「ゴボボボ!?」
「お、おいゴーレム大丈夫か!?」
ゴーレムが窒息するのかはしらんが、どう見ても溺れている。
だが身動きのとれないゴーレムはこのスライムもどきになすすべなく蹂躙されるばかりだ。
助け出そうにもどうしていいか分からず右往左往していると、なんの前触れもなく粘液がはじけた。
ゴーレムの全身をまとった赤錆もろとも、きれいさっぱり。
「えっ……?」
これには度肝を抜かれてしまった。
あれほど錆にまみれていたゴーレムが、その全てをあの一瞬で粘液に洗い流され、今や本来の姿を白日の下に晒しているのだ。
頭のてっぺんから足先まで、その全身を構成する重厚な黒鉄のボディは鈍く光を返している。
黒鉄の継ぎ目には碧い発光体が脈々と流れており、さながら血管のようだ。
俺のことなど軽く包み込めてしまいそうなほど巨大な掌、神秘的な光が関節部を繋ぎ留め、彼の魔力に呼応しているのか、周囲をいくつもの光の玉が旋回している。
そしてなにより目につくのが、おそらく顔と胸にあたる部分の二か所に埋め込まれた巨大なエメラルド――のような鉱石。
「お、お、おおおおおおおおおおおっ!!? 復活!! 復活したぞ!! ユートピア・ゴーレム、完全復活じゃあ!!」
分厚い錆の鎧を脱ぎ去り、本来の姿を取り戻したユートピア・ゴーレムは高らかに宣言して、両腕をぶんぶんと振り回した。
長年の間、忌々しい錆によってその場に縛り付けられていたせいであろう。
ゴーレムはそれはもう気持ちのいいほどはしゃいでいるのだが――危ない!
人間の年寄りならともかく、俺の三回りもデカいゴーレムが巨木のような腕を振り回すのは生死に関わる!
「なるほどワシの体内に入り込んだピクシーマウスがコアからの魔力供給を阻害しておったのじゃな! しかしキョースケのおかげで脅威は取り除かれた! 晴れて自由の身じゃあ!」
「分かった! うれしいのは分かるが落ち着け! 俺今HP3しかないんだ! それに巻き込まれたら間違いなく即死だろ!」
「ワハハ! すまんのキョースケ! しかしどうにもこれが、抑えきれんのじゃ!」
ゴーレムは聞く耳も持たずに両腕を振り回し、全身を使って喜びを表現している。
こんな危機的状況だというのに、そんなゴーレムを見てるとなんだかこちらも楽しくなってきて、大口を開けて笑ってしまう。
――良かった、本当に良かった。
今思い返せば本当にクソみたいな異世界転生だったが、ゴーレムのこの喜びようが見れただけで、なんだか全部チャラになった気がしてくるのだから不思議だ。
世界の危機だろうが女神の気まぐれだろうがなんだっていい、俺はコイツを救うために生まれ直したのだ。
ゴーレムの中から、再び無機質な機械音声が聞こえてくる。
『ボディの自己修復が完了しました。続いて都市維持機能の復旧に移ります。この作業が完全に終了するまでにはしばらくの時間を要します』
「おおお! 聞いたかキョースケ! どうやら都市維持機能も復活するらしいぞ! これでここもかつての人が住んでいた頃の“理想郷”に戻る!」
「つまりあのバカげた突風に悩まされることも、鬱陶しい湿気を気にすることも、薄い酸素で苦しむこともないってことか!?」
「そうじゃそうじゃそういうことじゃ! 自己修復機能が回復した以上ワシの機能停止はナシ! ぬしはここで快適に過ごす! ワシらは生き残ったのじゃ! 生を拾ったぞ! ワハハハハ!」
生を拾った――
そうだ、その通りだ。
俺とゴーレムはあのままでは確実に終わる命だった。俺たちは今ようやく生を得たのだ。
俺たちの華々しい異世界生活は、ここから始まる――!
俺はゴーレムとともに拳を振り上げる。それは勝利宣言だ。
世界に見捨てられた俺たちが、このふざけた世界に反旗を翻した、その証。
――と、その時であった。
ぴこんと、珍妙な音が辺り一帯に響き渡った。
俺とゴーレムはほとんど同時に素っ頓狂な声をあげる。
例の奇妙な音は、ゴーレムから発せられたものでなく、当然俺が発したものでもない。
では何の音かと、俺とゴーレムは振り返った。
音は、俺が先ほど溺死させたピクシーマウスの亡骸より発せられていた。
これに気付いてから、時間はさほどかからなかった。
ピクシーマウスの亡骸から赤い閃光がほとばしり、この閃光はどういう原理か地を這った。
閃光は軌跡を描きながら、規則正しく、同心円状に広がっていく。
地面に描かれた赤い軌跡――それはとてつもなく巨大な魔法陣であったのだ。
ピクシーマウスを中心に展開されたこの魔法陣は、完成すると同時に光を放ち、その光はピクシーマウスに集中していく。
亡骸が赤く発光し、大地が鳴動する。それは立っているのもやっとのほどだ。
「ご、ゴーレム!? なんだアイツ、倒したんじゃなかったのか!? 何が起こってんだ!?」
当然ながら、俺にこの世界の魔法だのなんだのはさっぱり分からない。
そういうわけでゴーレムにその答えを求めたのだが、彼は珍しく、本気で狼狽していた。
そして彼は焦燥と驚愕に声を震わせながら、言ったのだ。
「なんということじゃ……! ピクシーマウスの亡骸が周囲のマナを無尽蔵に取り込んでおる! このままでは“理想郷”ごと消し飛んでしまうぞ!!」




