第十二話 人は見た目じゃない。
翌日、八時に目が覚めた。
フィーはまだスースーと寝息を発てている。
「……今日は夜に行動だもんな。別に起こさなくていいか。」
一人で硬いベッドから立ち上がり、身体を伸ばす。
「さて何をしようか……夜まで暇だなぁ」
幽霊、と言っても大して恐怖するほど強さでもない。あれでいて触れることが出来るのだ。魔力があればだが。
これには俺も驚いた。
幽霊っていったら、触れられなくて、急に消えて背後から襲いかかってくるセコいヤツだと思ってたからな。
ちなみに、これも本の知識だ。
コンコンッ
「ん、誰ー?入っていいよー。」
不意にノックの音が聞こえ、音の主を部屋に招き入れる。
「おはようございます、ラルさん。あ、えーっとラル、様……?」」
「別に昨日と変えなくていいよ。おはようアリア。どうしたんだい?」
入ってきたのは白い無地のワンピースを着たアリアだった。肌が若干透けている。
わざわざ俺の呼び方を直したのはアリアの母親が俺の名前を聞いて素性がバレたからだ。
ま、別にバレたからどうということはないんだが。
「はい、えと、朝食が出来たのでお呼びしようかと。」
「あー、朝ごはんか。いいのか?もらっちゃって。」
この親子もこの街で貧しい暮らしをしている者達の一人だ。そんな余裕があるのだろうか。
「いいんです。お願いを聞いてくださったお礼もかねていますので。」
「そっか、ありがとう。真面目でいい子だな、アリアは。」
正直にそう思った。
お礼として赤毛をナデナデ。
意外とサラサラしてるな。まあ女の子だし、それぐらいはちゃんとしたいよな。
「えへへ…ありがとうございます…」
お、今の可愛いぞ。とっても。
その後朝食を頂き、フィーを起こして家の前に置いておいた馬車の中でくつろいでいた。
朝食はなんとも素朴で物足りない物だったが、アリア達にとっては豪華な方なのであろう。なんとなくそんな気がした。
朝食をありがたく全て頂いてからも暇だ。
そういえばこの剣ってまだあんまり使ったことないよな。
使っている場面はそこそこな修羅場だったりするのだが。
手に馴染んで悪いことはない。素振りでもしてくるか。
「フィー、ちょっと剣の素振りしてくるから馬車の周り見張っといて。」
「りょーかーい。」
寝転がったまま、右手を振って肯定の意志を示してきた。
といっても、すぐ近くなんだけどな。
この街にも、一応城壁はある。見るからにかなり脆そうだが。
アリアの家は住宅地の一番端で、城壁と家までの間に、結構な広さの、雑草だけが生えている隙間空間がある。昨日寝る前に窓から見て発見したのが最初だ。
俺は馬車に立て掛けておいた、愛剣を鞘ごと左手で掴んだ。
「あれ、ラルさん、どうしたんですか?」
「んー?なんか剣振ってくるーって言ってたよー。」
「え!?今たしかあっちに行きましたよね!?」
「え?う、うん。もしかしてー、行っちゃいけなかった?」
「はい、とても。」
あ、あれ?
なに、これ。
聞いてないっすよ。
昨日見た風景とはどう見たって重ならない。天と地の差だ。
こんなに人はいなかった。今は物騒な男達がぞろぞろいる。加えてそのほとんどが、血の浸いた曲刀、妙に刃こぼれしている剣などなど、こわーい武装をしている。
さらに、立っている人と同じぐらい倒れている人が大勢いる。
え?もしかして死んでる?いやいやまさか。
何分立ち尽くしていただろうか。
俺はいつの間にか胸ぐらを掴まれ足が浮いていた。
俺の眼前にいたのは紫モヒカン。それしか特徴がないと言っていいぐらいモヒカンが目立っている。ついでに言っとくと、片手斧を二つ背中に付けている。
「おい、グゥァキィ!てめぇみたいなのがなんで俺らの縄張りに入ってきやがってんだ?!おい!」
縄張り、なるほど。
柄の悪い方たちの集団だな。
「いや、今すぐ立ち去りますんで離してもらえないでしょうかお願いします。」
とりあえず謝っとく。
「はっ!こいつちょービビってんじゃねえか!ハッハッハ!」
む、イラっ。
おいモヒカン。あんまり調子に乗るんじゃないぞ?
殺すぞ?
脳内でいい気になっていると、周りの奴らもぞろぞろ集まってきた。
さしずめ俺は肉食動物に捕まった草食動物か。
でもなお前ら。
「おいおい、なんかいい値しそうなもん着けてんじゃねぇか、例えばこの剣。イイネー!」
強い草食動物だっているんだぞ。
「うおぉらよ!」
一度男を両足の裏で蹴り、下半身を浮かせる。そして落ちていく勢いで、急所に蹴りをバッチリ命中させる。
独特で不快な感覚を両足に感じながら思った。
今のは絶対に痛いな。と。
「ぐぉぉぉ!あぁぁぁ!ぬおぉぉぉぉうぉ!!」
「ぷっ………」
俺を掴んでいた右手の握力はことごとく弱まり、地に足かついた。
モヒカンは急所をさぞ痛そうに両手でおさえている。なんとも無様だ。
「お、おい!てめぇ!ポールさんになにしやがる!」
近くで笑っていた金髪ツンツン頭の男が怒声を浴びせてきた。紫モヒカンのこと、ポールさん、って呼んでたし部下とかかな?
「こりゃあ、やるしかねぇなぁ?」
「おうよ、生意気なガキはしつけとかねぇとなぁ。」
予想通りの反応だけど、面倒だ。
さてどうするか。
逃げても後で見つかったりしたらそれこそ面倒。
返り討ちが一番いいけど、こいつらは武器を持ってる。一人ならまだしも、今は複数いる。
正直言うと、勝てないと思う。
うーーん……どうしたもんかなぁ……
「ん?おめぇら、なにしてやがんだ?」
俺の後ろから突如聞こえた男性の声。反射的に振り返った。
「ヴェ、ヴェナスさん……!」
その男、ヴェナスは、細身で長身の男だった。
黒髪をオールバックにし、広めの額を露にしている。
つり目ではあるが、睨んでいるようには見えない。常に余裕がある表情だ。
服装もその辺にいるやつより、はるかに高価な物であることは一目でわかった。腰ぐらいまである長いコートを羽織り、長い刀を付けているのが印象的だった。
ヴェナスを見た途端に奴らの表情は一変した。
全員揃って頭を下げ、ひざまずく。
「ん?そのガキはどうした?」
俺の方にゆっくり目を向けてきた。
その目は、なんとも感情が読みにくい不思議な目だった。
「へ、へい、ちょいと迷い混んできたもんですから、軽くしつけておこうかと………」
「ほう、じゃあなんでポールは倒れてんだ?」
あ、俺がやりました。
「小僧。」
この中で小僧などと呼ばれるのは俺ぐらいか。きっと俺のことを呼んだんだろうな。
「なんですか?」
極めて余裕な表情を見せるよう心がける。
「お前がやったのか?」
「えぇ、はい。此処に来たら、急に胸ぐらを掴まれて脅されたので、仕返ししました。」
うん、事実を言っただけだぞ、俺は。
ヴェナスは表情を全く変えない。こんなに心情が読めない人間は初めてだ。
「そうか……フッ…」
えっ?
今笑った、のか?
「大いに結構!面白いじゃないか!」
腕を左右に大きく開き、爽快な声を上げる。
ここでようやくコイツの表情が変化した。
「小僧!よく聞け。そこに転がってるポールはな、俺たちの中でも相当な腕を持つ戦闘の手練れだぜ?よくもまあ、そうも簡単にやりやがったなー!え?ハッハッハ!」
な、なんなんだ、この人。
「あ、あの…」
「ん?どうしたー?飯でもおごってほしいのか?」
「いえ、怒らないんですね。」
とても疑問だ。
大体こういうヤツらの集団は仲間意識がやけに強かったりするだけどな。
むしろ、仲間がやられて面白がってる。
でも面白がってるのはコイツだけだよな。他の奴らは、なんだか常に緊張している様子だな。
コイツ、ヴェナスが現れた途端、場の空気が一瞬にして変わった。
でも今のところ、コイツからは恐怖の対象となるような要素が見受けられない。
ここまで皆が怖がっているくらいだから、初見の俺にだってわかるところは出てきてもおかしくないのにな。
なんてことを、考えてると、右手で肩を軽く叩かれた。いや、手を置かれたと言うべきか。
「なに言ってんだ。面白いやつが来たんだ。怒ることなんて何一つねぇよ。折角の来客なんだ。俺はお前と少し話したい。」
言うと、俺のことを引っ張り、無造作に張られているテントの中に入れられた。
ちょっと強引だが、悪い奴ではなさそうだな。
とりあえず、ここに来てしまった理由を話すことにする。
「あの、俺、昨日の夜見たときは、こんなに人がいなくて、剣の稽古にはちょうどいいかなー、と思って、今日来てみたんです。そしたらー、こんな感じで…」
この際色々聞きたいな。
「ほうほう、なるほど。小僧、俺たちはな、この街で住む場所も、食うもんも無くなっちまった奴らなんだ。此処にいる全員で頑張ってなんとか生活してる。小僧に喧嘩を売っちまったことは、普段普通の奴と関わらないから、どう接したらいいかわからない、アイツらなりの挨拶だ。もしそれが不愉快だったんだとしたら、俺から謝ろう。すまない。」
急に頭を下げられ、対応に困った。
「い、いえ、そんな。勝手に入ったのは俺の方ですし。」
「優しいな、小僧は。そういえぱまだ名乗ってなかったな。ヴェナスだ。」
「あれ?性は?」
「性は捨てた。名前だけで十分だ。」
そういったヴェナスの目は、なんだか他の意味が隠っている気がして、それ以上聞けなかった。
「そう、ですか。」
「それより小僧、お前はなんという?」
言っていいもんだろうか。
仮にもコイツは、この柄の悪い集団のリーダー的立ち位置にいる人物であろう。
今ここで俺に振る舞っている態度はすべて偽りで、俺を陥れる為の罠かもしれない。
見ての通り俺は、高価そうな剣を持っている。加えて馬車の中にしまってある物まで盗られたら一大事だ。
それにフィーもいる。今はアリアだって。
よく考えて発言すべきだな。
「ヴェナスさん。」
「どうした?」
「あなたを疑いたくはありません。でも………」
「あー、わかった。もう大丈夫だぞ。」
へっ?
「お前はきっと、こんなところにいるべき人間じゃなくて、あまり名前を知られたくない。んで、俺みたいのに名乗ったら、危険だと判断した。違うかい?」
素晴らしいです。完璧です。パーフェクトです。
「すごい、ですね。その通りです。」
「ハッハッハ。人の考えてることを当てるのは俺の特技だからな。」
父さんと似てるな。いや、父さんは全部筒抜けに出来るから別次元か。
「まあ、名乗らずとも良い。どっちにするかは、お前さんの好きにするといいさ。」
「すいません、ありがとう。」
その後も、ヴェナスとの会話は弾んだ。
彼は話し上手のようだ。とても面白かった。
随分と長い間話して、俺はようやく時間気にし始め、そろそろ戻ることにした。
最後まで、ヴェナスは見送ってくれた。
「また来い、小僧。」
「ヴェナスさん、ラルと呼んでください。」
もう大丈夫だろ。
流石になにか企んでいるようにはとても思えなかった。
「ほう、わかった。またな、ラル。」
右手を振り、背中を向けて歩き始めた。
暫く歩くと、フィーの姿が目に入った。
こちらに走ってくるようだ。
「ラールゥー!」
「おう、遅くなって悪かったな。」
「大丈夫だった?」
「あぁ、少し柄の悪い奴らがいて絡まれたけど。」
「えっ!?そうなの?」
「あぁ、でもそいつらのリーダーのヴェナスってヤツがいいやつでさ、すぐ仲良くなったよ。それで、長い間話して、帰ってきた。」
あれ?
フィーの表情が、微妙なものに……
「ラル……」
「ど、どうした?」
「それ、全員幽霊だよ。」
はっ?へっ?
嘘、あれ幽霊だったの?全員?
「そ、そのわりにはハッキリ見えたけど……」
「怨念という魔力が強いからだよ。」
「え、な、なるほど。怨念……」
名前、教えちゃったよな?てことは、俺のこと、呪おうとして追ってくんじゃね?
「やっちまったぁぁぁぁぁーー!!!」
結局、今夜またヴェナスに会いに行き、お前は本当は幽霊なのか?と訊いたら。
「そうか、俺は、俺たちは……ありがとう、ラル……お陰でやっと地獄にいけそうだ。礼を言う………おいお前ら!なにそんなとこで生きてんだ!さっさと死んで地獄に挨拶しにいくぞ!」
てなった。
ま、まあ、変な形ではあるが、幽霊事件も解決。
一件落着、ハッハッハ!
ヴェナス達はたちまち姿が薄れていき、夜空に消えていった。
なんだか、変な体験をしたな。
次の話から少し話の進む早さを上げようかと思います。




