Ash vs 「伊達 まつり」その1
Ashは、なにもない空間に一人立っていた。
なにもない空間に一人だけ呼ばれる、Ashにはこういったカタチでのゲームスタートに心当たりがあった。
それは、Ashの運命を変えたあの最悪のゲームを彷彿させる光景だった。
「気分はどうですか? Ashさん」 奴の声だけが聞こえてくる。
Ashは携帯電話に一言「最悪」と打ち込み、表示させる。
「おやおや。また随分と手厳しいお言葉を。……ああ。もしかしてまた『True or Fake』のようなげーむではないかと警戒されていらっしゃるのですか? ――安心してください。今回、待機室からのスタートとなったのは別の理由ですから」
Ashはすぐに携帯電話に文字を打ち込む。
[その理由は?]
「まぁまぁ。そんなに急かさないでくださいよ。いやぁ、今回の相手の方が偶然、たまたま、決して意図的にではなく、Ashさんと面識のある方でしてねぇ」
そこまで偶然を強調されると、逆に疑ってしまう。
「要は、Ashさんと相手の方の心構えのためにワンクッション置かせてもらったわけなんですよ。……では、心構えが出来次第、『げーむふろあ』の方に移動してください」
待機室を出て、奴の言うげーむふろあに入ると、そこには見知った顔があった。
「よう。今日はまた、随分と洒落た格好をしてんなぁ、『霧崎』」
Ashを霧崎と呼ぶ、ツインテールが特徴的な小柄な女性。
そう、今回の対戦相手は『伊達まつり』だった。
Ashはまつりの呼び掛けに言葉を返さず、奴に向けての言葉を携帯電話に打ち込んでいく。
「おいおい。あたしはガン無視ってか? いい度胸だな、霧崎」
携帯の画面を上方にかざす。
[今回のゲーム内容は?]
この行動に反応を示したのはまつりだった。
「ん? それはいったいなんの真似だよ?」
まつりは今のAshの事情を知らない。よって、この疑問は当然の疑問だろう。
「ああ。まつりさんには少し説明が必要でしたね。そちらの方は今は『Ash』と名乗られていましてね、先のげーむを脱出された際に声を失ってしまったんですよ。――さて。前回のげーむの時にも言いましたが、このままではAshさんとの会話がまつりさんには通じない『密談』状態になりますので、ここからは前回同様、Ashがその携帯電話に打ち込んだ言葉はこの空間に投影させてもらいますね」
先程Ashが打ち込んだゲーム内容を確認する文章が空間に投影される。
「へぇ。霧崎ほどの奴が声を失うくらいにショックを受けるだなんてなぁ。そうか、ようやく霧崎『も』地獄を見てきたってわけか」
「ええ。そういうわけなんで油断はしない方がいいですよ、まつりさん。Ashさんもあなたと同じ『お気に入り』な方なんですから」
お気に入り――つまりはAshもまつりと同じ、地獄を見てきたプレイヤーといいたいのだろうか。
「さて。それではげーむの説明に入りましょうか。今回のげーむは――」
と、まつりが奴の言葉を遮った。
「ちょい待ち。――おい、今回のゲームの前にこいつを使うぜ」
そういってまつりが取り出したのは一枚のカード。
そのカードはげーむのクリア報酬とされているアルファベットのカードだった。
まつりの出したカードのアルファベットは『E』。げーむ名は『Escaper』となっている。
「おやおや。そのカード……まつりさん、それは『りぷれい』のご希望ですか?」
「他に何があるって? ――まぁ、他になにかあってもお前は教えてはくれないんだろうがな」
カードを使う? リプレイの希望? ……Ashにはわからないやりとりが始まっている。
「おっと。これは失礼。Ashさんには説明が必要になりますねぇ」
「けっ。いい身分だな、霧崎は。あたしには丁寧な説明なんて一度もなかったっていうのにな」
「まぁまぁ。では、少し説明をいたしましょう。げーむ報酬のそのカードにはいろいろな使い道がありましてねぇ。今、まつりさんがその使い道のひとつ『げーむりぷれい』を使用されました。よって、げーむ開始前ではありますが、これよりEscaperのりぷれいを始めることとなります」
そして、奴はカードについての説明を続けた。かいつまんでいうと、こうだった。
ゲームクリアの報酬で貰えるカードには様々な使い道があり、まつりはその使い道に内のひとつ『げーむりぷれい』を使用した。
『げーむりぷれい』とは、以前脱出に成功したげーむにもう一度挑戦するというものらしい。
そしてその際、一緒にいた者もそのげーむへと強制参加させられてしまう。
カードは使用すると消えてなくなってしまうらしい。
まつりが他に『E』のカードを持っていなければ、また新たに手に入れなくてはならなくなるのだが、りぷれいで使った場合は少々事情が違ってくる。
なぜなら当然、りぷれいしたゲームのアルファベットは出したカードのアルファベットとまったく同じ。つまり、一度カードは消えるが、脱出しればまた手元に戻ってくるのだから。
「あ。ちなみに、カードの使い道はほかにもたくさんありますが、お教えすることはできませんよ? それは、ご自分で見つけ出してください」
奴は最後にそういって言葉を締めた。
「さて。一応、Escaperについての説明をいたしましょうか」
「はぁ? 必要ねぇだろ? あたしも霧崎も2回目だ、説明なんて必要ねぇ。とっとと始めろっ」
「まぁまぁ。一応、決まりなんで我慢して聞いてください」
説明の内容は前の時とほぼ一緒だった。
プレイヤーはチェスのコマになって、南へと逃げる王の手助けをする。プレイヤーが国外に脱出できればクリア。他のコマは勝手に動き、その行動は王の逃亡を最優先させる等、明確に決まっているルールだけ説明し、肝心な部分はぼやかすところまでもほぼ一緒だった。
「以上です。質問がなければ、始めましょうか」
当然なことだが、まつりからの質問はない。そして、Ashも質問はしなかった。
「では、演じるコマを選択してください」
このげーむはりぷれい。すでにげーむの本当のクリア条件「王を見捨てようが自分が国外に退避すればクリア、しかも国外とは南側だけではなく、侵略してきた敵国も含む」ということがあきらかになっている。
攻略法がわかりきったげーむのりぷれい。淡々と消化されるげーむと思われていたが、まつりのコマの選択で状況が一変されることとなろうとは。
「Ashさんは『キング』を選ばれましたか。では、まつりさんはまた『ルーク』でいかれますか?」
するとまつりはコマを指定せず、こう言い出した。
「なぁ。今、この場所にチェスボード一式、出せるか?」
チェスボードの要求。管理者もその意図を読めない様子だが、管理者はすぐにチェスボード一式をこの空間に作り出した。
白と黒のチェス駒が並べられたチェスボードがまつりの目の前に置かれる。
「今回霧崎はこいつを選んだってことだろ?」
そういってまつりは白のキングの駒を指で弾き、倒した。
「で、あたしが選ぶのは――こいつさ」
まつりが手に取った駒。それは――黒色のキングの駒だった。




