Ash vs 「武田 火燐」後編
「はぁ? ちょっと待ってよ? なんで私の負けになるわけよ?」
必死の抗議。当然、納得がいくわけない。私は14万取っているのに、12万の仮面男の方が勝ちだなんて。
「そりゃ、あんな店の状況で10万以上のスコアを叩き出したそいつはすごいと思うけど、結果は14万対12万で私の勝ちじゃない? なんでそいつの勝ちになるわけよ?」
「は? 12万? ……武田 火燐さん、あなた、ちゃんとAshさんのスコアを見ていますか?」
スコアを見ているかって、どういうこと? 現にあいつのスコアは12万――!
「ひゃ、129万っ!?」
端から見ていて火燐さんがおかしなことを口にしていると思いの方もいらっしゃるかと。
そう。スコア表記ははなっから『1294409』となっていた。
ただ、火燐さんが管理者の10万超えという言葉に反応して読み違えただけなのだから。
「武田 火燐さん。あなたは素晴らしかったですよ? 何も『追加請求』していないのにスコア10万超えなんて初めてです」
追加請求? どういうこと?
「おやおや。また、『どういうこと』って表情を浮かべられておりますねぇ。……武田 火燐さん。いままでにもこのゲームでスコア10万点を超えた方は数名ですがおりましてえねぇ。ただ、そういった方々は決まってこちらが用意した想定を超えておられて、そこに準備した素材では足らずに追加でなにかしらを請求されるんですよ。今回、Ashさんからも追加素材の請求がありました」
ちょっと待って、追加請求ってなに? ここにないモノが必要な状況ってどういうこと?
火燐さんがそう思うのも無理はない。あらかじめ準備された素材は、痒いところにすら手が届くほどに豊富。これで素材が足りないラーメン屋っていうモノが想像できない。
「まぁ、自分の思いもよらなかった世界なんて想像は出来ないでしょうねぇ。では、Ashさんが今回何を請求してきたかを教えましょうか? 賢明な武田 火燐さんならば、それだけで常識の壁が一枚崩れるでしょう」
……彼は何を請求したっていうの?
「Ashさんが追加請求されたのは――『モデム』です」
モデム? モデムを請求したってことは、ネット回線を引きたかったってこと? ネットを使って宣伝したわりには流行っているようには――
火燐の脳裏に、Ashの店を頻繁に出入りしていた大型トラックの光景が浮かび上がる。
「! ラーメンをネット販売していたっていうの? そんなの、ラーメン屋でもなんでもないじゃないっ」
「おや? ……どうやら武田 火燐さんはこのげーむを他のプレイヤーの方々と同じでラーメン屋を経営するげーむと思いのようですねぇ。それでスコアが10万超えされているのですから、本当に感服いたします」
ラーメン屋を経営するゲームじゃないって、じゃあ、このゲームはどんなゲームだっていうのよ?
「どうやら武田 火燐さんは私が最初に言った言葉をそのまま受け止めて、げーむの本質を見誤っていたようですねぇ。このげーむのタイトルは覚えていらっしゃいますか?」
ゲームタイトルって、あの『ラーメンストラテジー』とかいうふざけた名前のこと? ……ゲームタイトルだって、ラーメン屋の経営戦略からつけているんじゃない。
「げーむのタイトルを直訳して考えてみてください」
「だから、ラーメン屋の経営戦略になるじゃない?」
「それは意訳です。……『屋』という言葉と『経営』という言葉はどこにもありませんよ?」
なによそれ? じゃあ、このゲームはなんだっていうのよ?
「武田 火燐さんにわかりやすいよう、私もこのげーむのタイトルを意訳してさしあげましょうか? ――ラーメンストラテジー、『ラーメン』を売るために『戦略』――いえ、どんな手段を用いてもいいという意味の対戦げーむだったんですよ」
管理者はさらに言葉を続ける。
「Ashさんはすぐにそれに気づいたみたいで、真っ先にカップラーメンの工場を作り、試食コーナーを設けてそれを販売。同時にネット展開し大々的に販売していました。工場拡大のため、げーむ後半は試食コーナーを縮小していたみたいですね。ちなみに、値段設定は武田 火燐さんと同じ一杯――いえ、ひとつと言い換えた方がいいでしょう。ひとつ100円で販売されてましたよ? ……さていったい、あのトラック一台につきカップ麺はいくつ出荷されていたんでしょうねぇ」
想像はしたくない。想像はしたくないが、十倍近くのスコア差がそれを語っている。
「では、敗者である武田 火燐さんにはペナルティを与えましょうか。今回はなににいたしましょうか……」
考えている素振りを見せているのか、少しの間沈黙する。
「そうですねぇ、少しの時間、武田 火燐さんの身体に摩擦がなくなってしまうというのはどうでしょう? 摩擦のない状態ではどこもかしこもつるつる滑るので、元に戻るまでがんばってバランスを保ってくださいってルールです」
正直このペナルティが思いのか軽いのか判断がつかない。けど、少しの時間バランスを崩す程度なら――
Ashが携帯にメッセージを入力している。
[女性にそのペナルティは酷。ペナルティが発動したら『衣服』はどうなる?]
そう。摩擦が無くなれば当然、身に付けている衣服は脱げてしまうだろう。
「Ashさんの言う通りですねぇ。たしかにそんな辱しめのようなペナルティは私の望むところではありませんしね。いいでしょう、身に付けている衣服は対象外といたしましょう」
再度、Ashが携帯に文字を打ち込む。が、それがこちらに表示されることはなかった。
「ダメですよ、Ashさん。ペナルティに関する助言は認めてませんよ」
どうやらこれから罰を受ける私に対する助言のようだが、奴に止められて私には伝わらなかったようだ。
「今回のげーむはここまでです。また、次回があればお会いしましょう。……『次回』があれば、ですが」
私と仮面男の姿が消えていく。……ゲームが終わったんだ。私の敗北で。
あのゲームから数日。私はなにごともなく日常を過ごしていた。
学校帰り。いつも通り、帰宅路の途中にある歩道橋を渡るため、歩道橋の階段を上っている時だった。
あと一段で階段を上り終えるというタイミングで、私はなにかで足を滑らせて転倒した。
このままじゃ、階段から落下すると思った私はとっさに階段の手すりに手を伸ばした。
手すりを掴む手が滑り、手すりを掴むことができない。
私は歩道橋の階段を見上げる。私がなにかを踏んで滑ったと思った場所にあったのは、私の靴。
その瞬間に理解した。私は何かを踏んで転倒したのではない。
摩擦がなくなったため、靴を残してその場から転倒したのだと。
再度手すりに手を伸ばす。摩擦のなくなった状態の私では、手すりを掴むことができない。
このままの勢いで階段の下まで落下すれば、大怪我はまぬがれない。――いや、命さえ危ういだろう。
私はとっさに手を袖の中に入れて、袖越しに手すりを掴んだ。
衣服が摩擦対象外になっていたおかげで、今度は手すりを掴むことができた。
落下の勢いがあり、手すりを掴んでもすぐに止まれる状態ではなかった。が、手すりを掴んでいるおかげで落下速度は急激に落ちていく。
私は歩道橋の階段の一番下の段に倒れ込んだ。
私の摩擦はもう戻っている。私は階段から落ちたものの、怪我を負うことはなかった。
そして私は人目もはばからずに声を上げた。
「生き残ってやったぞぉぉぉぉぉぉ」




