Ash vs 「武田 火燐」前編
……どうしてこうなった?
なにもない空間の中でうなだれる私『武田 火燐』の頭の中を、答えの出ない問いが巡っていく。
ここは『World Exit』というゲームの中の世界。
今、ゲームの対戦の決着がついたところだった。
結果は私の惨敗だった。惜敗ではない、圧倒的な得点差を付けられての惨敗だ。
しかも、私が得点を取れなかったのではない。私は並みの相手なら圧倒出来るくらいの得点は取っていた。なのに、私は負けた。
明らかな実力差というものを見せつけられて、私は負けた。
……あの、仮面の男に。
World Exitアプリを起動させ、私は今回のゲームに参加した。
今回のげーむは『R』。私の持っていない頭文字のゲームだ。
参加者は私を除くと一人だけ。どうやら、今回のゲームは一対一のモノになりそうだ。
対戦相手を確認してみる。――何において、真っ先に印象に残るのは、その男が銀色の仮面を身に付けていたことだ。
「おや? 今回の参加者は武田 火燐さんと『Ash』さんの二人だけでしたか」
耳障りな奴の声。声の主は、ここの管理者とか名乗る奴だ。
「あれ? Ashさんはたしか『R』はお持ちだったのでは?」
管理者の質問に、仮面の男は携帯電話を開き、その画面に書かれた文字で返答した。
[カードはあの時捨てた。今の手持ちはあの時の『T』のみ]
「おやおや。そうでしたか。それはもったいないことをしましたねぇ。まぁ、それであなたが参加してくれるげーむが増えるのですから、こちら側としては大歓迎なんですがねぇ」
……なんのやりとりをしている?
火燐からはAshの携帯電話の画面は見えないため、会話がわからない。
「! これは失礼。これでは武田 火燐さんにはなんの話かわかりませんよね? ――実はAshさん、先のげーむを脱出した際に声を失ってしまいましてねぇ。こうやってでしか会話ができないのですよ」
げーむの脱出で声を失った?
「あ、安心してください。『脱出に成功された場合』は、げーむ中に受けたダメージとかは全てなかったことにされますから」
じゃあ、なんで彼は声を失ったわけ?
「いやぁ。武田 火燐さん、あなたもなかなか顔に言葉を出すタイプですねぇ。その方が声を失ったのはげーむから現実に帰ってからの話ですから、こちらが干渉することの出来る問題ではなかったってわけなんです」
つまり、彼はこのゲームで声を失うほどショックを受けたってことなの?
「ですが、このまま密話の出来る環境を認めては、げーむの妨げとなってしまいますので、少しその携帯電話の仕様を変えちゃいましょう。――Ashさん、今後、げーむの中でその携帯電話で文字を表示させた場合、そのメッセージは空間に投影させてもらうことにします」
Ashが携帯電話に文字を打ち込む。
[了解した] ――その文字は空間に投影され、火燐にも確認できた。
「では、今回のげーむのルール説明と参りましょうか。今回のげーむは『Ramen Strategy』です」
ラーメンストラテジー? 直訳すると、ラーメンの戦略って意味だけど、いったいどんなゲームなの?
「このげーむはお互いにラーメンを作って売ってもらい、どちらが多く売ることができるかを競ってもらいます」
は? ラーメンを作る?
「ちょっと待ってくれ。私、ラーメンなんて市販品しか作ったことないんだけど? ……だいたい、売るためのラーメンなんて素人に作れるものじゃないでしょ?」
「まだ説明の途中ですよ、武田 火燐さん。……あなた方にやってもらうのは、戦略げーむであって、料理バトルではありませんよ」
火燐とAshの前にテーブルが現れ、そこに一軒の店のジオラマが置かれた。
「お二人にはそのお店を自ら思い描く最高のラーメン屋さんにしていただいて、こちらが用意したNPCのお客さんを多く集めてもらいます。――あ、そのお店は見本なんでお好きに改装されていいですよ?」
え? 好きに改装していいって言われても……
火燐がテーブルのジオラマに手を伸ばすと、空中にメニューウィンドウが表示された。
ウィンドウの中には様々な種類の壁、椅子、机などのパーツ類、さらにはどう使うか不明の、工場のベルトコンベアのようなモノや作業用リフトなどのようなモノまで用意されていた。
「思い付く限りの店の内装に使えるアイテムを取り揃えましたよ。……次は提供するラーメンの作り方ですね。項目を切り替えてみてください」
言われた通りにメニューウィンドウの項目を切り替えてみる。
使うスープの種類から麺の種類、具材となる食材や隠し味にでも使えばと言わんばかりのおよそラーメンとは無関係の食材の数々までが用意してあった。
「もう、お分かりですよね? それらを組み合わせてラーメンが作れるということは。……もちろん、それらをどう調理するかも自由に選べますよ?」
ちょっと待ってくれ。どう調理するのも自由ったって、こんなジオラマで作った品がうまいかマズいかなんてどう判断する?
「これからお二人には、ラーメン屋を作っていただき、7日間ラーメンを売ってもらいます。あ、7日間と言いましても、そこのジオラマの世界とは時間の流れが違いますし、げーむに関係のない時間は再現されませんので、実際に7日を要するわけではないので安心してください。売り上げは100円=1ptとして得点に加算させていただきます。もちろん、ラーメンのお値段は自由に設定していただいてかまいませんよ。ただ、食材の原材料にかかった金額は最終得点から引かせてもらうことになりますがね」
Ashが携帯電話に文字を入力していく。
[引かれるのは原材料費だけ?]
「さすがはAshさん。すぐにそこに気づきましたか。……ええ。引くのは食材の原材料費だけです。店の改装にかかる費用や店員役のNPCの人件費、さらには調理器具や消耗品の購入資金はかかりません。だって、7日のげーむでそれを回収するのは無理があるというものでしょう?」
つまり、派手な看板で客寄せしたり、多くの店員を雇って店の回転率を上げる戦略はリスクなしでできるってことね。
「私からも聞きたいんだけど?」
「どうぞ、武田 火燐さん」
「味はどう決まるの? まさか、ジオラマで出来たラーメンを実際に食べて調べろともいうわけ?」
ん? また、あの仮面が携帯をいじってる?
Ashが文字を打ち終えたのだが、その文字が投影されない。
「ちょっと、Ashさん。それは相手へのアドバイスになってしまいますよ? ――武田 火燐さん。Ashさんはあなたの問いに対して、すでに答えをもっていましたよ?」
なに? あの男は味見する方法に気づいたってこと?
「それでも、この質問の答えをお聞きになりますか?」
ふーん。つまり、私の方が格下とでもいいたいわけ? 普通だったらプライドが邪魔をして取り下げる質問だろうけど――
「聞かせてもらえるんだったら、答えを聞かせてもらうわ。悪いけど、ここでは情報が私の自尊心より価値があることくらい、理解しているから」
「武田 火燐さんのそういうところは好きですよ」
別にアンタに好かれたくないわ。
文字が空中に投影される。おそらく奴が止めていた仮面男のメッセージだろう。
[訪れる客もジオラマのNPCなら、こちらもNPCの味見役を雇えばいい]
単純明快な答えだった。
「ちなみに、いつも通りげーむ中の質問は受け付けておりますので安心を。――それでは、Ramen Strategy、スタートです」




