第8話 神様は見ている
「……だが、それでも防ぎきれない『不測の支出』があるだろう。病気や、怪我を負った場合の費用はどうするのだ? 王都なら医者にかかるが、この医療インフラの乏しい辺境の村では、教会の治癒士に薬草や治癒魔法で対処してもらうしかない。当然、それらはタダではない。教会に対して、それなりの高額な『寄進(治療費)』が必要になるはずだぞ?」
「そう。意外と攻略が難しいのが、その『医療費』なんだよな」
俺はニヤリと笑い、ジャガイモの皮を小気味よい音を立てて剥いた。
「手っ取り早いのが自分自身で治癒魔法を使えるようになることなんだが……。コーデリア、神聖魔法がなぜ、神学校を出たエリート聖職者にしか使えないか、その本当の理由を知っているか?」
「そ、それは……やはり日頃から神のお言葉を深く理解し、高潔な功徳を積まれている模範的な聖職者だからこそ、天界の神様が力を貸してくださるのだろう?」
「実に雑でお堅い回答だが、仕組みとしては大体正解だ。具体的に言うと、法術の発動には、難解な『神聖文字』を正しく理解して、一音の狂いもなく正確に発音する超高度な学識が不可欠になる。これは基本的に神学校の最奥でしか教えない秘匿技術なんだが……俺は学生時代、ある『裏技』を使って独学で習得することができた」
当時、王立学院の特待生だった俺は、学院の図書館が『教会神学校の一般蔵書室』と提携している契約の盲点を見つけ出した。教会側は「どうせ一般の学生が持ち出し禁止・複写禁止の教科書をパラパラ眺めたところで、あの難解な発音をマスターできるわけがない」と高を括っていたらしいが、俺は持ち前の賢者としての記憶術をフル動員して、蔵書の内容をすべて脳内に丸暗記。自分の学生寮の部屋に戻ってから、記憶を頼りにノートに全テキストを書き写すという驚異の力技で、神聖文字の基礎を完全マスターしたのだ。
さらに、その後に参加した勇者パーティーにおける魔王討伐の旅の途中では、同行していた女神官エリスの裏のコネを悪用、もとい最大限に活用して、教会の奥の院にある最高機密クラスの専門書まで合法的に閲覧させてもらい、高位聖職者レベルの神聖魔法まで使えるようになったってわけ。
「……学識の壁は、お前のその異常な執念、というか犯罪スレスレの努力でクリアしたとしよう。だが、法術のもう一つの絶対条件である『徳』の方はどうするのだ!? 信仰心のない人間に、神様が奇跡を与えるはずがない!」
「いや、それが一番単純なシステムなんだよ、コーデリア」
俺は呆れ顔で、天の方向を指差した。
「天界の神聖魔法の行使における『徳』の概念なんて、ぶっちゃけただの『ポイント制』だから。人間が何か一つ『善いこと』をするたびに、天界の神様がシステムから自動で善行ポイント(徳)をアカウントに付与してくれる仕様になってるんだよ。で、そのポイントが魔法ごとに設定された必要値まで貯まっていれば、聖職者じゃなくても誰だってポイントを使って神聖魔法の奇跡を発動することができる。――ということはだ」
「……あ」
ようやくすべてを察したのか、コーデリアの顔がにわかに引きつり始めた。
「そう。俺が毎日、村の子供たちにボランティアで勉強を教えたり、こうして教会の炊き出しの肉体労働にせっせと協力している本当の理由は――自分のアカウントに『善行ポイント(徳)』を効率的かつ大量にチャージするためさ。日頃からこうしてタダ働きでポイントをしっかり貯蓄しているおかげで、俺は万が一の病気でも怪我でも、いつでも実質ノーコストでセルフ治療できる。まさに完全なる『医療費いらず』ってこと。」
ついでにちょっと補足する。
「ああ、ちなみに、子供たちの親から『月謝(現金)』を銅貨一枚でも受け取ってしまうと、システムから『これはボランティアではなく、正当な対価を得た経済活動(仕事)』だと見なされて、善行ポイントが一切加算されなくなる仕様なんだよね。神様ってば、本当にそういう細かいところだけは、しっかり見てるんだよな。だから俺はあえて、絶対に現金だけは受け取らないことにしてるんだ」
なお、金銭以外の「自発的な善意による食材の差し入れ」については、受け取ってもなぜか善行ポイントのチャージに何の影響も与えない仕様(例外規定)になっている。
天界のシステム構築をした神様、大雑把なんだか緻密なんだか、本当に実によく分からないガバガバな設計である。
といった、大賢者によるあまりにも生々しい「ポイ活による医療費ゼロスキーム」の全貌を完璧に説明してやると、コーデリアは両肩をプルプルと激しく震わせ、今にも泡を吹いて卒倒しそうな顔をしていた。
「な……なんだそれは――っ!!! ポイントだの! 医療費の削減だの! アカウントへのチャージだと――っ!? 信仰というのは! 神への絶対の献身というのは、そんなゲスな打算で動くものではないだろ!! もっと、もっと、こう……崇高で、純粋な、美しい精神の結晶ではないのかぁぁぁっ!!!」
彼女の言いたい気持ちは大変によく分かる。情緒や感情の面においては、100%彼女の言う通りだろう。
しかし、俺は彼女が言うように、天界の教え(神聖文字や教典)を正しく理解し、日々功徳を積み上げている、神様から見れば極めて模範的な優良信徒であり、神様側もそんな献身的な子羊である俺に対して、ルールどおりに力を貸してくれているだけに過ぎない。客観的、かつシステム的に見れば、そうとしか言いようがないのだ。
この完璧なスキームの唯一の難点を挙げるとすれば、こうして手の内(意図)をクソ真面目な人間に説明すると、今のコーデリアのように、犯罪者を見るかのような凄まじいドン引きの目で凝視されることくらいだろうか。
そうこう熱弁しているうちに、手元のジャガイモ三百個の皮剥きが、きれいに完了した。
俺は腰に手を当てて「ふぅ」と大きく伸びをすると、皮をむいてツヤツヤになったジャガイモの山を、受付のシスターのところへと一気に運んでいった。
「シスター、ノルマ終わりましたよ。まだ何か手伝うことありますか?」
「あらユーリ、なんて早いの! 本当に助かるわ。でも、あとは教会の人員だけで十分回せるから大丈夫よ。あなたたち、まだお昼食べてないでしょ? 炊き出しの本番が始まるまでまだ少し時間があるから、先に中で出来たてのスープを食べていきなさいよ。そっちの綺麗な騎士様も一緒にね」
「あざーっす!! いただきます!」
これも、シスター側の純粋な善意による『まかない(現物支給)』なので、俺のアカウントの善行ポイントには一切のマイナスを及ぼさない。完璧な計算だ。
コーデリアは、悔し涙をポロポロと流しながらも、出された絶品の炊き出しスープを美味そうにハフハフと頬張り、
『くっ……! 施しをタダで受けるだけなのは、騎士のプライドが許さない! ユーリ、私は午後から、そこの孤児院の子供たちの子守(奉仕活動)を自発的に引き受けるからな!!』
と、大真面目な顔をして教会の奥へとドタドタと走っていった。
……フッ、素晴らしい。社会貢献の循環性という、現実的な構造を理解できてきたようじゃないか、金髪騎士。
こうして俺は、迷える不器用な子羊に対して、社会的側面からの『善行の必要性』を論理的に120%説明してやったのだった。
他人の心を正しい信仰の道へと導いたのだから、これもまた、天界のシステムからは立派な『布教功績』として、俺のアカウントに大量の追加ポイントがチャージされるに違いない。




