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第7話 賢者の社会貢献

俺が完璧かつ合法的な公金便乗(FIRE)システムを熱弁した、その翌朝のこと――。

俺はリビングで、ふもとの村にある教会へと向かうことをコーデリアに告げた。


なお、コーデリアは昨晩も我が家の露天風呂を骨抜きになるまで満喫し、しっかり食べ、しっかり呑んで、泥のようにがっつりと熟睡できたようだ。

昨夜の夕食の献立は、生徒の親御さんから差し入れでもらった『丸鶏のハーブオーブン焼き』だったのだが、じっくりと焼き上げて適度に脂の落ちた鶏肉は、もも肉も胸肉もしっとりジューシーに仕上がり、我ながら畢生(ひっせい)の出来栄えだった。

コーデリアも騎士のプライドをどこかへ放り出し、両手を脂でベトベトにしながら骨の髄までしっかりとしゃぶり尽くし、

『素晴らしい! 今日は冷えた白ワインとの相性が最高だな!』

などと大はしゃぎしていた。

食事中は、彼女の口から王都の騎士団におけるむさ苦しい寮生活の実態など、なかなか聞けない軍隊の面白情報が次々と飛び出して結構盛り上がったのだ。途中、アルコールが回ったコーデリアが調子に乗って、

『あれ? 今の会話、普通に国家の軍事機密なんじゃないの?』

と思うような生々しい防衛網の情報もポロポロ漏れていた気がするが、別に俺が他国へ漏洩させなければ何の問題もないので、綺麗に聞き流しておくことにした。


……はて。何か一つ、コーデリアに関わる非常に重要な件を忘れている気がするんだが、何だったかな? まぁ、思い出せないということは大した用事ではないのだろう。


ともあれ、今日の彼女も特にこれといって辺境でやるべき仕事があるわけでもないので、「私も同行する!」とちょこちょこと俺の後ろをついてきたのだった。


二人で村の教会に向かうと、広い庭にはすでに巨大な大鍋が引っ張り出されており、薪を組んで焚き火を起こす準備が慌ただしく進んでいた。

俺が教会のなじみのシスターに挨拶すると、「あらユーリ、丁度いいところに。じゃああっちをお願いね」と、顎で一つの方向を指された。

その先には、笑えるほど大量のジャガイモが山積みにされていた。


「さてと。一仕事しますかね」

「仕事? ……お前、今『仕事』と言ったか?」

コーデリアがピクリと片眉を跳ね上げ、意外なものを見るような目を俺に向けてきた。昨日の俺の話から違和感を感じたのだろう。

「ん? ああ。ボランティアだから一銭の報酬も出ないけどな。要は、定期的に行われている教会の『炊き出し』の手伝いだよ」


この温泉村は決して大きな集落ではないが、悲しいかな、どんなに平和なド田舎であっても一定の貧富の差というものは存在する。中には明日の食事にも満足にありつけない困窮家庭もあるのだ。

特に成長期の子供たちを栄養失調の状態のまま放置しておけば、成人する前に病気で死んでしまったり、運よく生き残れたとしても、将来の労働力として満足に役に立たない身体的な弱者を地域社会に再生産してしまうことになる。

そうした経済的損失を防ぐため、月に一回くらいのペースで、教会が裕福な信徒から寄進してもらった余剰食材を使い、彼らに「たまには栄養のあるものをたっぷり腹一杯食べてもらおう」という慈善イベントが開催されているわけだ。


俺はジャガイモの横に置いてあったナイフを取り上げると、手慣れた高速のストロークで、くるくると滑らかにジャガイモの皮を剥き始めた。

一個につき約十秒。ジャガイモの総数はざっと三百個ほどあるが、集中すれば一時間もあれば俺一人でノルマ完了する計算だ。

黙々と、職人のような手つきでジャガイモの皮を剥き続ける俺の背中を見つめていたコーデリアは、なぜか次第にその緑がかったブルーの瞳をじんわりと潤ませ、何やら深く感動したような熱い目つきになり始めた。

「ユーリ……っ! すまない! 私は昨日、お前のことを税金泥棒だの、寄生虫だの、この自堕落なニート野郎だのと言ってしまって……!」

おい待て。昨日の会話で『ニート野郎』なんて単語は一言も出てこなかったはずだが、こいつ、内心では俺のことをそこまでボロクソに侮蔑してやがったのか?

「確かに、毎月きちんと給金が出るような正規の仕事ではないかも知れない。だが、村の子供たちに無償で文字や算術を教えていることといい、この炊き出しの手伝いといい、お前はきちんと自分の能力を活かして社会の役に立とうとしていたのだな……! 国から貰った公金で楽な生活ができる環境に甘んずることなく、こうして地道な奉仕活動で社会へきちんと還元するとは! ――私は、お前という人間を完全に誤解していたようだ!」

いや。今まさに、天を衝くほどの勢いで致命的な勘違いをしている真っ最中だ。

俺は流石に背中が痒くなってきたので、頭をガリガリと掻きながら、彼女のあまりにも美しすぎる脳内フィルターを現実の諸事情で訂正してやることにした。


「……あのさ、コーデリア。そこまで買い被ってもらうと大変申し訳ないんだが、俺は別に、そんな高潔なボランティアスピリッツで動いてるわけじゃないんだな、これが」

「何……?」

ちょうどいいことに、手元には鋭利なナイフがある。

俺は説明の代わりに、自分の左手の指先を、刃先でちょこっとだけ軽く切りつけてみせた。

当然のことながら、切れた指先から、タラリと赤い鮮血が滲み始める。

「な、何をするのだお前は!? 自分の指を突然切りつけるなど、正気か!? 早く止血を――」

慌てて俺の手を掴もうとするコーデリアを制し、俺は静かに指先を立てて念じた。

『――小癒(ヒール)』

「っ!?」

俺の手の平が柔らかな聖なる白い光に包まれたかと思うと、次の瞬間には、指先の切り傷は見る見るうちに内側から塞がっていき、一秒と経たずに跡形もなく完全に消滅した。


「お、お前……今のは法術!? 治癒術だと!? ユーリ、お前は教会の神官だったのか? いや、それならきちんとしかるべき教会組織に籍を置いていなければ、法術の行使など認可されないはずだし……」

彼女が驚愕するのも無理はなかった。

俺が今使ったのは法術、すなわち『神聖魔法』。教会の治癒士たちが使う、神の奇跡の一端だ。

例外を除き、基本的には王都の神学校を卒業し、教会に正式所属するエリート聖職者しか使えない高等技術である。

ちなみに王立の神学校は、将来の優秀な人材を確保するために「在学中の学費が完全タダ」で学べる特権がある一方、卒業後は一定以上の期間、王国教会の過酷な職務(膨大な書類仕事や辺境の駐在)に強制従事することが義務付けられている。(途中で嫌になって拒否すると、過去の莫大な学費を利子付きで一括請求される。実に世知辛いシステムだ)


俺はジャガイモの皮をテンポよく剥きながら、フッと不敵に笑った。

「コーデリア。人間が健康で、文化的で、最低限の生活を送る上で、どうしても避けられない固定支出には何があると思う?」

「ええと、生きるための『食費』。それから水道代や薪などの『光熱費』。あとは服を買う『衣料費』に、雨風を凌ぐ『家賃』……くらいか? 交際費や娯楽費は個人の裁量だろうが」

「正解。で、そのうち『食費』についてだけど。俺が村の子供たちに文字や算術を教えている謝礼の代わりに、その親御さんたちから、結構な頻度で大量の食材の差し入れ(現物支給)があるんだよ。この温泉村は一次産業が主力だからな。生徒の親御さんも、大半が専業農家なんだよ」

もちろん、俺の側から「現物をよこせ」などと催促するような無粋な真似は一切しない。何せここは良くも悪くも田舎だ。都会と違って『少しでも我が子がお世話になった先生』に対しては、形がちょっと悪くて市場に出荷できない規格外の野菜や余った果物なんかを、「ほれ、先生もっていけ!」のノリで、毎日食べきれないほどのお裾分けを頂戴できるわけだ。

時期によって多少のばらつきはあるけれど、生徒の実家には大規模な牧場を経営している家や、プロの猟師をやっている親御さんもいる。

――そう。昨日コーデリアに振る舞ってやったあの絶品のイノシシ肉も、昨夜の丸鶏も、すべて彼らからタダで貰った現物支給(頂き物)のストックなのだ。


「なるほど……。現物給付による生活費の圧縮か……」

「さらに、水道代や光熱費は、この家に最初から湧き出ている井戸と天然温泉を活用しているから、ほぼゼロにまで削減できる。暖房用の薪はたまに買うこともあるけれど、俺自身が魔法を使えるから火を起こすのは簡単だし、生徒の親御さんには優秀な木こりもいるから、これまた定期的に規格外品の大量の薪が玄関前に差し入れられたりする。家賃はタダだし、衣料費も流行り廃れから外れた頑丈な古着を、村の知り合いから格安で譲り受けている。つまり、俺の生活コストはほぼ最小限に圧縮されているわけさ」

俺は辺境のコミュニティーにおける賢明な処世術を説明してやった。

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