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第9話 休日の終わり

俺が完璧かつ打算的な「善行ポイ活スキーム」を熱弁し、コーデリアが涙目で孤児院の子守へと走っていった、その日の夜のこと――。


その日の夕食の献立は、村の特産である『川魚の揚げ物(甘酸っぱいあんかけ仕立て)』だった。

髭(ひげ)の生えたその川魚は、生きた状態の見た目こそ最高にグロテクスなのだが、丁寧に皮を剥いでやると、驚くほど綺麗でプリプリとした白身が現れる。

繁殖力が極端に強く、かつ水中のあらゆるものを貪り食うため、獲りすぎて絶滅するどころか、放っておくと地域の生態系を完全に破壊しかねない厄介な外来種だ。

たまたま今日の教会の炊き出しに合わせて、村内の全水路で実施された大規模な一斉駆除作戦において、住民たちでも食いきれないほどの量が捕獲されたため、「大喰らいの居候」を抱える我が家の現状を見かねた村人から、大変ありがたいことにロハ(タダ)で大量に譲り受けてきたわけである。

ネギや根菜をフライパンで香ばしく炒め、東方の貴重な調味料(醤油ベース)を隠し味に、ジャガイモのデンプンでとろみをつけた特性ソースを、サクサクの揚げたてに優しく絡める。甘酸っぱい濃厚な香りが、リビングいっぱいに広がって最高に食欲をそそる。


例によって、我が家の源泉掛け流し温泉に肉体がふやけるまでどっぷりと浸かり、全身がホコホコに上気したコーデリアは、もはや毎日のルーティンとなった神様への短い感謝の祈りを捧げるや否や、エールを片手に、サクサクとネットリがダブルで楽しめる極上の川魚の揚げ物へと勢いよくかぶりついた。

エールを二杯ほど一気に干した後、彼女は「うーむ、これは難しいな……。白ワインが合うか? それとも赤ワインを抜くべきか?」などと一人で真剣に悩み始めた。濃厚な甘酸っぱいソースと、淡白で上品な白身のどちらにワインの風味を合わせるべきか、彼女なりに決めかねているのだろう。

本当は、東方の広大な大地で作られるという『米』を原料にした酒、それも極東の島国において極限まで米粒を削り落として醸(かも)されるという、澄み切った果実のような香りの透明な伝統酒がこの料理には最高に合うらしいのだが……いかんせん、辺境の市場では値段がバカ高いので、そうそう気軽に呑めるものではない。

コーデリアは首をひねりながら、白を試したり、赤を試したりと忙しそうに杯を重ねていたが、結局「エールをガブガブ呑むのが一番無難だな!」という豪快な結論に落ち着いたようだった。


食後は二人で仲良く食器を片付け、そのままお互い気持ちよくそれぞれのベッドに入ったのだが……。


――夜半。日付が完全に変わった深夜のこと。

「うわあああああ!! 起きろおおお!! ユーリぃぃぃぃぃっっ!!」

突如として、寝室のドアを文字通り蹴り破って乱入してきたコーデリアの悲痛な絶叫と、ベッドごと壊れそうなほどの凄まじい揺さぶりによって、俺は強制的に叩き起こされた。

いや、揺さぶりどころか、パジャマの胸ぐらを両手でガッチリと掴まれて「ガクガクガクガク!」と脳震盪(のうしんとう)を起こしそうな勢いで前後にシェイクされている。

ちょっ、待て、苦しい! 息が止まる! 物理的に首が締まってるから一回手を離して……っ!

「もう、あ、明日は、駐屯地で我が小隊の出撃準備が完全に整ってしまう日ではないかあああああ!! すぐに駐屯地へ引き返さねばならん! ――それなのに、私はまだ伝説の大賢者様に会えてすらいないのだぞおおおおお!!!」


あー……。そういえば完全に忘れていたけれど、この金髪筋肉女騎士、別に我が家へ温泉バカンスを堪能しにやってきたわけじゃなかったんだっけ。

完全に我が家の温泉と飯と酒にどっぷり馴染みすぎていて失念していた。


「どうする!? どうすればいいユーリ! このまま手ぶらで戻っては、前回の惨敗の二の舞だ! また負けて部下を危険に晒したら、私は騎士団長に一体何と申し開きをすればいいのだ……っ!」


俺はコーデリアの怪力からどうにか命からがら身をよじって逃れ、乱れたパジャマのボタンをハァハァと息を荒くしながら嵌め直した。

「どうもこうもないだろ。お前の前回の戦術的な失敗の原因である、正面突破の無謀さなら、一昨日(おととい)の夜に全部論理的に説明してやった通りだ。残念だが、戦場において部下の多少の犠牲をある程度は必要な損耗として許容し、慎重かつ冷徹に進軍すれば、お前らの戦力なら決して勝てない相手じゃない。魔人将なんて魔族の中でもただの脳筋だし、人間を端から舐め腐ってるから、凝った高等戦術を使ってくるわけでもない。まあ、自分の指揮で初めて部下を死なせたら、しばらくは精神的に激しく落ち込むかも知れないが、それも一軍の指揮官としていつかは越えなきゃならん壁だから。……まぁ、せいぜい頑張れ」

一昨日の晩は涙を流す彼女を前に長々と優しく語ってやったが、要約すればこの程度のことだ。戦術のシステムとしては何も難しい話ではない。

冷静に考えると、その「ただの脳筋の魔人将」に戦術レベルで隙をつかれて完敗した目の前のアホ(コーデリア)の知能指数はどうなんだと思わなくもないが、ここでまた泣かれて夜通しの説教フェーズに戻られるのも面倒なので、大人の配慮で黙っておいた。


「部下の、犠牲……。そうか、やはり人を死なせることは、避けられないのか……」

「仕方がないだろ。モンスターは個々の知能は低いが、何しろ圧倒的に数が多い。相手は集落の建造物に立て籠もって迎撃する側で、こっちは開けた平地から攻め込む側なんだ。多少の部下が血を流そうが、絶対に隊列を崩さず、整然と機械のように魔人将の首を目指して前進するしかないな」

もちろん、戦術的な工夫でその犠牲を極限まで減らす工夫の余地はゼロというわけではない。

しかしながら、今の彼女にはそのための具体的な作戦を練り上げ、兵を訓練するための『時間』が物理的に残されていない。


「……まあ、その、なんだ」

俺は俯いてしまった彼女の金髪を眺め、ほんの少しだけ気まずくなって視線を逸らした。

「作戦が終わって、どうしても心が苦しくなったら、またうちへ美味いメシでも食いに来いよ。何日かくらいなら、温泉付きでタダで泊めてやるからさ」


気休めにもならないかも知れないが、俺も何日か同じ屋根の下で寝食を共にした彼女に全く情を移していないわけでもない。

初めて部下を失って打ちひしがれるであろう彼女が立ち直るために、少しは協力してやろうと、僅かな優しさを発揮して、慰めの言葉をかけてやった。

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