第4話 女騎士の懺悔
私は、コーデリア・アシュクロフト。
栄えある王国軍第七騎士団、第七十四小隊長を拝命した王国騎士だ。
小隊長に昇進したのは、今から四年前のことだが……正直に言うと、私はこのところ、ひどく焦っていた。
二十歳手前、しかも女性の身でひとつの小隊を預かる身分になるというのは、王国軍の歴史から見ても異例のスピード出世だった。当時は周囲から畏敬の目で見られ、私自身、だいぶ天狗になっていたのだと思う。
しかし、同じ時期に小隊長に昇格した同期の男性騎士たちが、数年を経て次第に『中隊長』へと昇格していく背中を見て、私は自分の力に段々と自信を持てなくなってしまった。
確かに、小隊長としては私はまだ若手だ。
しかし、二年後、三年後には、優秀な後輩たちが次々と小隊長に昇格してくる。
これまで『上へ、上へ』とだけ向いていた私の目線は、いつの間にか、今度は『下から追い抜かれるのではないか』という恐怖に怯えるようになってしまっていた。
大丈夫だ、自分はまだやれる。
そんな気持ちで自分を奮い立たせながら、私には一体何が足りないのか、年に一回の定期面談の際、何とか当たり障りのない口実を作って騎士団長に問いかけたこともある。
――だが、団長の答えはいつも同じだった。
『お前個人の武勇を疑う者は、この騎士団に誰一人としていない。ただ、それと、多くの命を預かる軍団長を任せられるかどうかは、まったく別の話だ』
何が足りないというのか。我が小隊は常に最小の犠牲で、最大の成果を上げているではないか。
確かに、私が多用する『初撃から全力投球で敵軍の前衛を打ち砕き、正面突破から一気に殲滅する』戦術は、多少強引で精緻さを欠くかも知れない。けれど、結果だけでは評価してくれないのだろうか。
そんな悶々とした気持ちを抱え続けていた最中、あの任務が下った。
魔族領にほど近い辺境の集落が、突如として現れたモンスターの軍勢に襲撃された。住民はすでに避難を完了しているが、今なお集落の占拠を許しているという。
斥候からの第一報によれば、モンスターの数は三十体ほど。ゴブリンやオークが中心で、我が第七騎士団の実力から見れば、脅威度はそれほど高くはない。
我が小隊は二十名ほどのメンバーだが、敵も一度に全戦力を展開できる地形ではないし、知性の低いモンスターどもが秩序立った連携を取れるわけもない。
そのため、我が第七十四小隊単独での『集落奪還任務』が命じられたのだった。
しかし、我が小隊が集落の近くに到着して陣を張ってみると、現地の戦況は事前の報告とはまったく違っていた。
まず、モンスターの数が斥候の報告よりも遥かに多い。少なく見積もっても、六十体はくだらない大軍勢。
さらに遠眼鏡で集落を監視したところ、あろうことかモンスターたちの中心に、高位魔族である『魔人将』の姿が見て取れた。そいつが群れを率いる親玉だということは明白だった。
私は少しのあいだ、迷った。
想定よりも敵の数が倍以上多く、しかも知性ある魔人将に率いられているとなれば、作戦のリスクは天を衝くほど跳ね上がる。これまで我が小隊が単独で相手にした中でも、間違いなく最大級の敵勢力だ。
しかし、集落に残された犠牲者の遺体がモンスターどもに汚され、追い出された住民たちが今も寒空の下で避難生活を送っていることを考えると、一刻も早く我が手で奪還したかった。
ここで一度王都に引き返して増援を依頼したとしても、手続きの間に奴らはさらに数を増してしまうかも知れない。
となれば、奴らがこれ以上戦力を増強する前に、速戦即決で敵軍を粉砕するしかない。
確かに敵の数は多い。だが、私が一人で四十体ほどを相手にして、力技で叩き斬ればいいだけの話だ。それに、親玉である魔人将さえ真っ先に潰せば、残されたモンスターどもは統率を失って自ずと潰走するはずだ。
そう決断した私は、夜行性のモンスターどもが活性を失う早朝を狙って、集落への奇襲攻撃を開始した。
まずは遠方から、我が小隊の弓兵や魔術師が先制攻撃を仕掛ける。
敵の前衛がにわかに狼狽した隙を突き、私は先頭に立って、魔人将の首を獲るべく敵陣の真っ只中へと突撃した。……のだが。
私が必死にモンスターを斬り払いながら前進していくと、敵の群れは妙に統率された動きで、私の退路を遮断するように回り込んできた。
しゃらくさい。オークやゴブリンごときが、この私の前進を止められると思っているのか。
私はなおも突き進もうとした。だが、ふと周囲の気配に気づいた時には――私はたった一人、後続を引き離して孤立し、無数のモンスターに完全に包囲されていた。
目線の遥か先、本陣にどっしりと構える魔人将は、そんな私の無謀な姿をあざ笑っているかのように見えた。
おのれ、今すぐそのそっ首、叩き斬ってくれると大剣を構えた、その時だった。
我が小隊の、遥か後方にあるはずの後衛部隊から、凄惨な悲鳴が上がった。
まずい。どうやったのか、前線の乱戦をすり抜けたモンスターの別動隊が、手薄になった後衛の攻撃陣へと襲いかかっていたのだ。
このままでは犠牲者が出るのは時間の問題だった。
実際、肉体の脆弱な魔術師や治癒士が、数体のゴブリンに取り憑かれて手足を傷つけられている光景が遠目にも見えた。
さらに悪いことに、私と共に突撃したはずの前衛の騎士たちも、慌てて後衛の救援に向かおうとしたせいで、無防備になった背中を敵のオークどもに切りつけられ始めていた。
ここにきて、私は――魔人将の元に到達することは不可能だと、あまりにも遅すぎる判断を下さざるを得なかった。
『撤退!! 撤退だ!! 駐屯地まで全軍後退せよ!!』
私は声を枯らして大音声の指示を飛ばした。
力任せに周囲のモンスターを斬り飛ばし、強引に血路を開いて後退すると、そこには敵に追われ、次々と負傷していく騎士たちの無惨な姿があった。
追いすがるモンスターたちを必死に斬って捨て、命からがら後退する後衛に追いついた時、何とか死人だけは出ていないようだったが、全員が血まみれの酷い有り様だった。
『全員揃っているか!?』
すぐに人数を確認したが、――一人、足りない。
振り返ると、一人の騎士が地面に引き倒され、巨大なオークにのしかかられようとしていた。まずい、足を負傷している。あれでは自力で逃げられない。
私は頭が真っ白になり、全速力でその騎士の元へと引き返した。群がるオークどもを力任せにぶった斬ると、動けない騎士を無理やり私の背中に背負い、全力で戦場を離脱した。
這々の体で部隊と合流し、隊員たちに負傷した騎士を委ねると、副隊長に全軍撤退の指揮を任せ、私はただ一人、その場に踏みとどまった。追いすがってくる残りのモンスターどもを、力技で引き付けるために。
『来い!一匹たりとも、この先へは通さん……!!』
そこから先は、ただただ無我夢中だった。
向かってくるモンスターを片端から斬り倒し、私の横をすり抜けて部下たちを追おうとする個体がいれば、泥を蹴って追いすがって背後から切り捨てはる。
私がボロボロになり、血と泥にまみれて駐屯地へと命からがら戻ることができたのは――その日の夕方のことだった。
……奇跡的に、死者こそ出なかった。
けれど、重傷者多数。モンスターはいまだに集落に居座ったまま、王都からの報復を恐れてさらに戦力を増強し続けている。我が第七十四小隊の、完全なる惨敗だった。
部隊を再編しなければ、とてもじゃないが集落に再攻撃をかけられるような状況ではなかった。
いずれにせよ、王都に戻り、予備兵力からの人員補充と、この戦況の報告をしなければならない。私は駐屯地の指揮を副隊長に預け、王都へ向けて早馬を飛ばした。
王宮で私の不甲斐ない敗戦報告を受けた騎士団長は、しかし、私を責めるようなことは一切しなかった。そればかりか、部隊を立て直した後に、再度お前たちの手で集落奪還作戦を遂行せよと、再び命じてくれたのだ。
こんな無能な私に、再び雪辱の機会を与えてくれるなんて。私はありがたいやら、情けないやらで、涙を堪えながら深々と一礼し、団長の執務室から退出しようとした。のだが……。
『ちょっと待て。今のままのお前では、次の戦いでもまったく同じ失敗を繰り返しかねんぞ』
騎士団長は、私の背中に向けて諭すように言った。
私は自分の無力さに、ぎゅっと唇を噛みしめることしかできなかった。
『どうせ部隊の再編と兵の派遣には、最低でも十日はかかる。……駐屯地からそう離れていない辺境の村に、俺の昔の古い友人が住んでいる。部隊が整うまでのあいだ、そいつに会いに行ってみるといい』
『団長の、旧友の方……ですか? 一体、どのような御方なのですか?』
振り返りながら私が尋ねると、あの厳格な騎士団長は、ほんの少しだけ口の端を上げて、何やら悪戯が成功した子供のように、楽しそうに教えてくれたのだ。
『――伝説の、大賢者さ』




