第25話 終焉の予感
――コーデリアは、魔将軍が蒼き炎に焼き尽くされ、魂の根源ごと消滅していくその凄まじい光景を見つめながら、ただただ呆然と立ち尽くしていた。
戦場を包んでいた蒼き劫火が完全に消え去ると、彼女はハッとしたように我に返り、ゆっくりと俺の方を振り返った。
そして、激戦で喉が極限まで干からびてしまったかのように、ひと言、ひと言を絞り出しながら、かすれた声で俺に問いかけてきた。
「ユーリ……お前は……いや、あなたは……一体、何者なのだ……?」
よし! ここだ! こここそが、すべてを告白する最高のタイミングである。
今ここで俺がすべての真実を美しく開示すれば、これまでの数々のチート超魔術の謎も、俺が辺境に引っ込んでいた理由も、すべてが「点と線」で綺麗に繋がった、最高にドラマチックな美しいストーリーが完成するはずだ。
俺はフッ……と夜風に神威の外套をなびかせ、10年ぶりとなる完璧なキメ顔を作り、これ以上ないほど重々しく厳かな大賢者トーンで彼女に告げた。
「我が名は、ユリウス・ルクレール。かつて勇者と共に魔王を打ち倒し者。――市井の民は、我を『伝説の大賢者』と呼ぶ……」
フッ……決まった……。我ながら120点満点の完璧な演出である。
コーデリアは案の定、驚きに大きく目を見張り、しばらくの間、信じられないといった風に俯いて俺の言葉を脳内で反芻していたようだったが。
やがて、その白銀の鎧の奥にある身体がプルプルと激しく震え始め、みるみるうちに彼女の顔が耳の付け根まで真っ赤に染まっていった。そして――。
「――ふざけるなッ!!! お前が大賢者様だなどと、そんな不届きな大嘘、誰が信じるかァァァッ!!!」
「あれえええええええっ!?!?!?」
おかしい。何かが致命的に歪んでいる。
ここはどう考えても、俺が目の前で見せた神話級超魔術の数々と、出会った初日の『語るに落ちたな!』というマヌケなやり取り、さらには先ほど俺がトツトツと打ち明けた『10代前半での重苦しい過去の自分語り』、ついでに魔将軍が10年間の執念を込めて叫んでいた「大賢者」という完全な名指しコール。それらをすべて頭の中で綺麗にマッピングし、「あぁっ! ユーリ=大賢者ユリウス本人だったのね!」とすべてを正しく理解したコーデリアが、俺を神のごとく崇め奉ってひれ伏す展開じゃないの!?
「って、どうして信じてくれないんだよ!? 目の前で大賢者クラスしか行使できないような、超格好いい三元系複合魔術とか連発したじゃん! こんな理不尽なことできる奴、この世界に大賢者に誰がいるんだよ!?」
「ぐぬぅぅ……っ。しかし、あの魔王討伐の偉業は十年も前のことだぞ!? お前が本人なら、あまりにも年齢の計算が合わんではないか! まさか、大賢者様の秘術で『若返り(アンチエイジング)』でも使っているとでも言うつもりか!?」
「いや、さっきの夕方のティータイムではさ、『割と子供の頃からできる子だった』とか、美徳としてだいぶ謙遜してぼかして言ったけどさ! 俺、実際は脳の回路がバグってるレベルの超天才だったから、十歳で王立学院に飛び級入学して、十四歳の時に魔王を討伐したわけ! 国のデータベースのプロフィールを機密設定で隠してたから、王都の一般人に正確な年齢が知られてなかっただけなの!」
俺は先ほど綺麗にぼかしておいた、自分自身のあまりにも重すぎるリアルタイムの年齢情報を、ここにきて必死になって補足する。
何で俺、自分で自分のことを「超天才でした」なんて、一番恥ずかしいクソ痛い厨二病みたいなセリフで自己申告しなきゃならんのだ? 一体何の最悪な罰ゲームだよ、これ。
「最初に出会った日だって、俺はちゃんと『私がユリウスです』って実名で名乗ったし! この村の警備委託契約だって、魔王討伐の功績があったからこそ王様のトップダウンでねじ込めたの! そういうシステムの裏事情を全部並べて考えたら、ほら、完全に納得がいくだろ!?」
「ぐっっ……ぬぬぬぬ……っ! た、確かに……すべての断片的な情報を並べてみれば、時系列の辻褄がおそろしいほど完璧に合ってしまう……。しかし……しかし……っ!」
コーデリアはなおも地平線を睨みつけるかのように、頑なにその事実を認めようとしなかった。
彼女の筋肉でできた脳ミソでも、提示されたすべての証拠データが完全に整合されており、目の前の引きこもりニートこそが本物の大賢者ユリウスの正体であると認めざるを得ない段階に達している。しかし、彼女の「感情」の側が、どうしてもそれを認めたくない――そんな複雑な葛藤が、その緑がかったブルーの瞳の奥に透けて見えた。
ふと、王都の執務室で聞いたあのクソお節介なレオンハルトの言葉が、再び俺の脳裏をよぎる。
――二人の美しい友情を、伝説の英雄の重苦しい肩書で上書きする必要がどこにある?
その言葉が胸に冷たく突き刺さり、俺は、彼女とのこれまでの気楽な関係が、この身バレによって完全に終わってしまうのではないかという恐怖を、心のどこかで少しだけ、本当に覚えてしまっていた。
しかし、人と人の関係というものは、片方の身勝手なソロバン勘定だけで成り立つものではない。
自惚れかも知れないが。アポなしで俺のマイホームに押し掛け、温泉に肉体をふやかされ、一緒に美味い飯を貪り食って安ワインを酌み交わしながらバカバカしい仕事の愚痴を語り合う――そんな、何物にも代えがたい温かな「トモダチ」としての関係を、彼女もまた同じように大切に想ってくれているのだとしたら……。俺を伝説の英雄だと、おいそれと認めてしまうことの意味は――。
「とにかく! お前が大賢者様本人であるか否かについては! 私に紹介された、直属の上司たる騎士団長殿に王都で詳しく聞いてみるまで、私は絶対に納得せんからな! それまで……それまでは、お前はお前、大賢者様の弟子であるただのユーリだ! いいな!?」
ビシィッ!!! と鋭く指先を俺の鼻先に突きつけ、有無を言わさぬ脳筋100%の命令口調で言ってきやがる。
これ、一応は俺の同意を求めているポーズを取っているけれど、絶対拒否権がないやつだよな。
「ハァ……分かったよ。騎士団長殿に今回の作戦完了の事後報告を入れるついでに、直接聞いてみりゃいいだろ……」
俺はやれやれと肩をすくめ、全面降伏の白旗を掲げた。
さすがに、国境の防衛線を突破してきた魔将軍率いる一千の魔族の正規軍を、たった二人で完全に壊滅させましたなんていう常識外の戦果を報告したら、俺たちの温泉宿バカンスをニマニマと楽しそうに覗き見てやがったあの趣味の悪いレオンであっても、さすがに誤魔化しきれないだろう。
こうして、大賢者の正体露見イベントは、彼女のポンコツさによって「もうちょっとだけ保留」に落ち着いたわけだが……。
それよりも、今後の俺のFIREライフにとって、遥かに深刻で致命的な問題が目の前に残されていた。
「え〜っと、コーデリアさん……?」
この先の王国軍の手続きのことを考えて、俺はついつい生存本能から声音が敬語になる。
「その〜、今回の戦いの件って、やっぱり……王国軍のしかるべき窓口へ、正式に『報告書』として上げたり、するんですか、ね……?」
「??? 当然だろう、ユーリ。我らの迅速な迎撃によって結果的に事なきを得たが、辺境の国境ルートにおいて、あれだけの規模の正規軍勢が組織的に動いていたのだ。魔王軍の残党どもが、人間界に対して何らかの重大な軍事的再侵攻を企図しているのは間違いない。今後の国家防衛網の再構築のためにも、可及的速やかに事態の顛末をすべて詳細に報告しなければな」
「ですよね~~~……」
知ってた。知ってたよ。
この温泉村のすぐ裏山に、魔族が大規模な軍勢を差し向けて武力侵攻を試みてきたという決定的な事実。それは、ただの監視小屋兼マイホームであるこの『砦』の戦略的重要性を国家レベルで激変させ、今後の国境警備業務の方針――すなわち、王国軍の予算から毎月毎月振り込まれていた、俺の生活基盤である「警備委託契約」の存続に、破滅的な影響(例えば現役兵の常駐による施設の接収)を与える可能性が極めて高くなったことを意味する。
絶望のあまり深い、深いため息をつく俺の様子を見て、コーデリアは彼女なりにこちらの経済的な危機を察してくれたのだろう。
俺の肩をポンと優しく叩き、励ますような優しげな笑みを浮かべてこう言ってくれたのだ。
「確かに、あの砦の警備業務が、これから先もこれまで通り『何もやることがない引きこもり仕事』のままでいられるわけにはいかないかも知れないな。……だがな、ユーリ。私は、あそこの庵がお前にとってどれほど大切な『静かな聖域』であるかをよく知っているし、温泉と食事を楽しませてもらった私にとっても……あそこはもう、ただの他人の家じゃないんだ」
彼女は、その緑がかったブルーの瞳に、この上なく純粋で、どこまでも頼もしい絶対の自信をみなぎらせて、力強く宣言した。
「――大丈夫だ。この私が、何とかうまいこと報告書をまとめて、あの家を守ってみせるさ!」
そう言って、彼女は聖母のようにつやつやとした美しい笑みを浮かべたのだが……。
これまで、王都の財務官に泣かされてきた彼女の壊滅的な事務処理能力を鑑みると、俺はFIREライフ崩壊の不安を、どうしても拭い去ることができなかったのだった−−−−−−




