第23話 若き日の邂逅
魔人将たちを完全に片付けた俺たちは、すべての配下を失って孤立した魔将軍の前に、悠々と歩みを進めた。
完全に目論見が外れたはずなのだが、さすがは魔王軍の最高幹部というべきか。魔将軍は、
「ぜ、全滅ぅ? 十五体の魔人将がわずか三分で全滅だとぉ!?」
などという分かりやすい三流のリアクションを示すでもなく、見た目上の焦りは一切見せないまま、淡々と不気味に俺たちを待ち受けていた。
「お仲間は綺麗に片付いたぜ? さっさと尻尾を巻いて逃げなくていいのか?」
俺はアポカリプスの先端を向けて、魔将軍を軽く煽ってみせる。
魔将軍クラスともなると、先ほどの脳筋な魔人将どもよりさらに知的なレベルが高く、人間の言葉を完璧に解するのだ。
『フン……数がいれば少しは役に立つかと思ったが、所詮は雑魚は雑魚か。まあよい。魔王軍が最高幹部・魔将軍たる我が、キサマらを直々に冥府に送ってやろう……』
地獄の底から響くような重厚な声で、魔将軍は盛大な死亡フラグを立ててみせる。
いや、確かに魔人将などとは比較にならない強さなのは感知できるので、こちらの挑発に乗ってさっさと大人しく魔族領へ帰ってくれれば、俺としても非常に楽だったのだが。
『久しいな……小僧。かつて魔王城でキサマに味わわされたあの屈辱、一刻たりとも忘れたことはないぞ! この失われた角を鏡で見るたびに、いつかキサマをなぶり殺しにしてやることだけを考え、今日まで生き恥を晒してきたのだ!』
そう言われて改めて観察してみれば、この魔将軍、頭の左右に立派な角が生えているのだが、右側の角が半分くらいのところで不自然にポッキリと折れている。……ふぅん、過去に何か痛々しい事故でもあったのだろうか?
『キサマが麓の人間どもの村でこの方面を監視していると聞き、今日まで虎視眈々と復讐の機会をうかがってきたのだ。我が開発した偵察用の魔羽蟲は、さすがのキサマの結界でも感知できなかったようだな! フン! 見たところ、ここ最近は女にうつつを抜かして、随分と腑抜けているようではないか! あの血に飢えた獣のような目をしていた、ガキの頃のキサマと同一人物とは到底信じられんぞ!』
心外にもほどがある。
脳筋の女騎士に我が家を物理的に占拠され、毎週末の食事の用意やら風呂や部屋の掃除を一方的に強いられている不幸な俺の現状を見て、「女にうつつを抜かしている」とは、コイツは一体どこまで目が腐っているのだろうか?
……いや、腑抜けているという指摘自体は、悲しいかな100%確かか。ここ最近はこいつと一緒に、平穏なリタイア生活をだいぶダラダラと満喫していたもんなぁ。
しかし、魔羽蟲による隠密偵察だと?
完璧に構築したつもりだった俺の自動結界システムだったが、やはり十年の歳月が流れると、魔族の側にも新しい技術革新が生まれると見える。こちらに感知されずに常時監視できる手段があるとは驚いた。これは一度、その蟲の個体を何とか生け捕りにして、徹底的にリバースエンジニアリングして調査する必要があるな……。
(※注:あくまで今後の魔族の諜報技術への防衛策を講じるためである。別に、同じ仕組みの蟲を自作して、週末の風呂場にこっそり放り込んだら彼女の様子を限界まで覗き見できるんじゃないかとか、そんな邪なことは一切、一ミリも考えていないぞ! 本当だってば!)
『む、そこの小娘!』
突然指名されたコーデリアが、ビクッと肩を揺らして反応する。
『その手にある大剣は、かつて魔王様のおそばにあった魔王剣ではないか? キサマのような浅薄な小娘が軽々しく使ってよいものではないぞ! 身の程を知れ、小娘!』
「小娘」をこれでもかと連発されたコーデリアの背中が、ワナワナと激しく震え始めた。
「――小娘、小娘と、さっきからやかましいわボケェ!! ぶっ殺すぞ、汚らわしい魔族風情が! 今すぐこの魔王剣の錆にしてくれるわ!!」
煽り耐性ゼロか? こいつ。
「小娘」呼ばわりにそこまで瞬間湯沸かし器のようにキレ散らかすだなんて……。
___そういえば少し前、駐屯地で誰かからこれ見よがしに『小娘』『小娘』『小娘』と三回くらい大音量で連発して、衆目の前で辱めてられてたっけ……。なるほど、そのトラウマが綺麗に地雷として埋まってやがったのか。酷い奴がいたものである。俺は他人事のように彼女に深く同情した。
(あの時、内心ではだいぶ我慢して怒りを溜め込んでたんだな……。村に帰ったらどっかのタイミングで、美味しいスープでも作りながら丁重に謝っておこう……)
おしゃべりな魔将軍が、コーデリアに対して天然の「憤怒」の攻撃バフを無料でかけてくれたことに内心で感謝しつつ、俺は胸の奥に生じた素朴な疑問を、そのまま口にしてみることにした。
「ところで……さっきから何か俺のこと昔から知ってるみたいに熱弁してるけどさ。あんたと俺、どっかで会ったことあったっけ?」
……。
次の瞬間、戦場に地獄のような気まずい静寂が満ちあふれた。
数秒経って、俺の発言の残酷な意味をようやく咀嚼したのだろう。今度は魔将軍の側が、怒りと羞恥のあまりワナワナと全身を震わせ始めた。
いや、これは本当に気まずい。自分の方は十年間ずっと執念深く相手の顔を覚えていて、満を持して再会した時の思い出話をドラマチックに持ちかけたのに、肝心の相手からはきょとんとした顔で、「え? 誰? こいつ?」みたいな薄い反応を返された時の精神的ダメージ。これは普通の人なら、数日はベッドの中で枕に顔を埋めて悶絶するレベルの特大の黒歴史である。
もっとも、かつての仲間である勇者ガイなどは、文字通り「脳の回路がバグっている勇者」であったため、そんな失敗を犯したところで、
『あれぇ? 覚えてない? まあいいや、俺ガイウス! 今日から親友な、仲良くしようぜ!』
と、相手が恐怖で名前を覚えるまで、笑顔で何度でも物理的な距離を詰めたものだ。あの強靭すぎる鋼鉄のメンタルが一体どうやって鍛えられたのか、大賢者の知識をもってしても未だに全く想像ができない。
「――っ、おい。ユーリ、いくら人類の敵である魔族が相手だからと言っても、さすがにその対応は失礼ではないか……? ほら、相手の名前をどうしても思い出せない時はだな、『えーと、名前……何だったっけ?』ととりあえず聞いてみて、名乗られた瞬間に『いや、そうじゃなくて下の名前のことだよ』と誤魔化すのが大人のマナーだぞ?」
横から、この脳筋騎士が信じられないほどポンコツなライフハックを耳打ちしてくる。お前、それで本当に世の中の人間を誤魔化せると思っているのか?
念のために言っておくが、別に俺が二十代にして若年性健忘症にかかっているというわけではない。
ただ、魔王自身とか、固有のエリアボスクラスの化け物と違って、この『魔将軍』という個体は、当時の俺たちからすれば魔王城の最深部で複数体でゾロゾロと出没する「一般エリートモンスター」という認識なのだ。確かに油断すれば一瞬でパーティーが全滅させられかねない強敵だったのは事実だが、あの最後の戦場では、ダークドラゴンだとか、ギガントベヘモスだとか、カオスキマイラだとか、神話級の魔獣が次から次へと無限湧きして襲いかかってきていたのだ。こっちは生き残るために必死で倒したり逃げたりしていたので、個々のモンスターの顔つきなんていちいち覚えちゃいられなかったのである。
なので、仮に十年前の俺がこの魔将軍の個体とエンカウントして角をへし折っていたとしても、俺の脳内データベースには「魔将軍A」という雑なデータしか残っていないのだ。
『こ、この魔将軍をそこまでコケにしおってからにぃぃ! おのれ、今すぐその身に我が恐怖を刻み、十年前の絶望を思い出させてくれるわ!』
いや、無理だろ。多分俺、死んでもあんたの個体識別名思い出せないと思う。
人間相手なら、自分の人間関係の悪化を心配するところだが、俺は相手が魔族であるこのに安堵しつつ、魔将軍に向き直った。




