第21話 黄昏の疾走
外に駆け出すと、コーデリアはすぐに人差し指と親指で円を作り、口にくわえて勢いよく指笛を吹いた。
ピュゥーーイィィ――ッ!
夕闇の静寂を切り裂いて響き渡ったその音に応じて、すぐさま後方から、ドドドッ! ドドドッ! と重く激しい蹄の音が追いかけてくる。
いくら普段の態度が野蛮人に見えても、一応彼女は王国軍の精鋭たる騎士なのだ。騎士というのは本来、馬上での戦闘こそが基本のスタイルである。
よってコーデリアにも当然ながら愛馬がおり、毎度この温泉村にやってくる際の足として連れてきていた。彼女の求めに応じていつでも戦場へ駆けつける程度には、実に賢い馬である。
すぐにその愛馬、「黒鉄号」が猛スピードで走る俺たちに追いついた。
なんというか、とにかくデカい。普通の軍馬の五割増しはありそうな青鹿毛の巨大な体躯が並びかけると、コーデリアは手綱を掴み、「ハァッ!」と鋭い気合とともに鐙に足をかけ、ヒラリと馬上に飛び乗った。
そして上から俺に手を伸ばし、
「こい、ユーリ!」
などと言うのだが……。
「いらん!」
「????」
冗談ではない。
こん畜生、一応コーデリアの愛馬だからと、毎回俺が甲斐甲斐しく人参やら飼い葉やらを貢いでやっているというのに、こいつもこいつで「へっ!」みたいな顔でケツを向け、後ろ足で足元の泥をぶっかけてきやがるのだ。(なお、餌だけはしっかり完食する。こういう現金なところは本当にご主人様にそっくりだ。)
ともあれ、そんな奴の背中に乗ったら最後、俺だけ物理的に振り落とされかねない。そもそもコーデリアは当たり前のように言うが、運動神経が完全に死に絶えている引きこもりの俺が、全速力で駆ける巨馬の後ろへスタイリッシュに飛び乗るなど、物理的なハードルが高すぎるというものだ。
俺はその代わりに、地面を蹴って魔杖アポカリプスに跨がると、そのままコーデリアの目線の高さまで速度を合わせてふわりと浮かび上がった。やはり、使い道を間違えなければ決して人を裏切らない「道具」こそが至高である。
「お、おおお、ユーリ……お前、飛べるのか!?」
コーデリアが驚愕に目を丸くする。
杖やらホウキやらに跨がって空を飛ぶ魔法使いなんて、彼女にとっては完全に子供向けおとぎ話の中の魔女っ子の世界だろうが、できるイメージさえ脳内で完璧に固定できれば、とりあえずやってみたくなるのが男の子という生き物なのだ。
大地の精霊に対して地面に引かれる重力をキャンセルしてもらい、風の精霊に空中でのバランスをとってもらえば、運動音痴の俺であってもこの程度の空中機動は造作もない。
――あくまでも、いくら巨体の馬とはいえ人間二人も乗せたのでは機動力が大幅に低下するという、軍事的な冷徹な判断に基づく選択である。いい年した男が馬上で振り落とされまいと、女の子の背中に必死でしがみつく絵面が「恥ずかしい」とか「格好悪い」とか、断じてそんなちっぽけなプライドの理由ではないぞ。絶対に違う。
「飛ばすぞ! 遅れるなよ!」
「……っ! 誰に言っている!」
空中の俺と馬上の彼女は、互いに競い合うような速度で、迫り来る魔族の一千の軍勢との距離を急速に詰めていった。
やがて黄昏の向こうに、黒黒とうごめく魔族軍の先頭部隊が見えてきた。
「先駆けは任せた! 突っ込め!」
「応!!」
コーデリアの、野太い(一応女性の声なのだが)最高に頼もしい咆哮が、俺のコーリングシェルに響き渡る。
なにこれ。ちょっと惚れてまうやろ……。
コーデリアと黒鉄号は、一切の速度も進路も変えることなく、真正面から魔族どもの巨大な塊へと突っ込んだ。
それは、絶対的な強者がただ前進するのに、余計な小細工など一切不要であると言わんばかりの、傲慢かつ勇壮な行進曲だった。
キサマらが「力」しか信じない野獣の群れなら、人間が培ったより強大な「暴力」で叩き潰してやる。人間としての理性をあえてかなぐり捨て、野獣の理屈のさらに上を行く。それは、人馬一体となった彼女らの純粋な心の叫びに見えた。
バカァァァン!!!
突然の奇襲に狼狽する魔族の先陣、二匹のハイオークの頭部を、黒鉄号はよだれを垂らしながら、その強靭な前足の踏みつけによってグシャリと物理的に蹴り潰した。
しかしそれすらも、哀れな奴らにとっての災厄の、ほんの小洒落た序章に過ぎなかった。
そこから先は、ただただ一方的な蹂躙だった。
馬上のコーデリアが魔王剣アビスキャリバーをただ縦横無尽に振り回すたびに、片手、下手すると両手で数えるほどのモンスターどもの命が一瞬で消えていく。
さらに、ヒヒヒーン! と黒鉄号が前蹄を高く上げて振り下ろすたびに、確実に二体のモンスターの命が物理的に消滅していく。
怖えよ。なんだよ。この世紀末覇者だか戦国武将だかの、最悪の狂暴コンビは。
ともあれ、当初の目論見通り、魔族軍の前衛を完璧にすり潰すという任務を120%の成果で実行してくれた彼女らの勇猛には、俺も大賢者として応えなければならないだろう。
俺はコーデリアが衝突した前衛部隊はもとより、魔将軍の本陣の動きまで完全に視野に収めるため、上空五十メートルほどまで高度を上げると、コーリングシェルを通じて地上へ冷徹に伝えた。
「よくやってくれた。――コーデリア。デカいのぶちかますから、今すぐ敵から距離を取れ」
「わ、分かった!」
まずは、周囲に待機させていた風の精霊を数百単位で一斉に召喚。彼女らに戦場全域のモンスターどもの個別捕捉を依頼する。
俺の脳内に、精霊からリアルタイムで敵の座標情報が滝のように流れ込んでくる。いちいち脳内で確認している暇はない。システムが弾き出した数値を信じて、淡々と次の処理へと繋ぐだけである。
続いて、地獄の悪魔どもを呼び出す。コイツらは隙あらば契約者の隙を突いて人の魂を喰らおうとするクソどもだが、ビジネスとしての『契約』だけは絶対に裏切らない。奴らの実益的な取り分の要求を冷徹に受け入れ、その対価として、天空から一千以上のモンスターの総数に正確にジャストフィットさせた、燃え盛る隕石の召喚を請求する。
『――accept。相変わらず、いいディールをするではないか、人間よ』
と、悪魔が俺の脳内でドヤ顔で語りかけてきやがる。うるさい、黙れ。
少しばかりシステム構築に時間はかかったが、俺はすべての処理の最適化を終え、地上へと最終通告を飛ばした。
「まとめて行くぞ! 巻き込まれるなよ!」
その通知から、わずか五秒後。
大賢者の二元系複合魔術が、地上に向けて一斉に解き放たれた。
「――『アストラル・レーザー』」
天空から、無数の隕石が光の軌跡を幾条も描きながら、驚天動地の勢いでモンスターどもに降り注ぐ。
ただ闇雲に広範囲へ降らせるだけなら、王都の高位魔道士であってもできないことではないだろう。(その場合は『メテオ・フォール』という実にベタな術式になる。一応、上級魔法を超えた戦術級の破壊魔法なんだけどね。)
しかし、俺の構築したオリジナル術式は、最小限の数と質量の隕石をピンポイントで呼び出し、同数の敵を確実に仕留める、超高効率かつ洗練された「芸術」である。
無駄に地形を破壊して我が家の源泉へダメージを与えないよう、あらかじめ風の精霊がロックオンした敵座標へ完全に同期させているのだ。つまり、一千の隕石を降らせれば、一千の敵をピンポイントで一瞬にして葬り去る、極めてキルレートの高い驚異の秘術なのである。
夕闇の空に無数の冷徹な流星が走り、キィィィン! キィィィン! キィィィン! キュボッ! キュボッ!キュボボボッ!と、光と音のエフェクトが戦場を美しく染め上げる。
この超高精度の流星雨による蹂躙を前に、モンスターどもは頭を砕かれ、胴体にデカい風穴を開けられ、バタバタと消滅していった。仮に直撃による致命傷を奇跡的に回避した個体であっても、隕石の放つ凄まじい超光熱に身体の細胞を内側から焼かれ、塵となって散っていったのだ。
しかし――。高位の魔族どもは、その名に「魔」を冠する通り固有の魔力耐性があり、無駄にしぶとい。
雑魚の一千を綺麗に間引きしたここから先は、満を持して「先生」に本領を発揮していただこう!
「まずは敵の遠隔砲台を潰すぞ!」
俺はコーリングシェル越しにコーデリアへ的確な指示を飛ばす。
「右四十五度、距離二百。ダークメイジ二体。――駆逐しろ!」
「こ、心得た!」
「次、前方左十五度、距離百。範囲魔法の詠唱を狙ってる。一気に距離を詰めて逃げる隙を与えるな」
「まかせろ!」
コーリングシェルから、ダークメイジたちが肉迫されてバタバタと斬り倒されていく悲惨な悲鳴がリアルタイムで聞こえてきた。
後衛の俺としては、実に他人事じゃないな……。敵とはいえ、戦士に最短距離まで肉薄された場合の、無力な魔法職の底知れない悲哀を目の当たりにして、俺も思わず首筋が寒くなるものを感じる。
……俺もこれからの老後設計を考えて、少しは直接攻撃を避けたり物理防御できたりするよう、多少は身体を鍛えたほうがいいかも知れない。
「新しいことをやってみろ」とか偉そうに言っていたあの脳筋騎士の居候なら、自分の得意分野である筋肉トレーニングや体力強化のメニューなど、きっと喜んで付き合ってくれそうだしな。
いずれにせよ、戦鬼と大賢者という最凶のタッグに辺境のルートで遭遇してしまった魔族の連中は、前世の行いがよほど悪かったと諦めるほかない。
魔将軍の喉元まではあとわずかである。




