第20話 最凶の相棒
「なっ……! お前、正気か!? 死ぬ気なのか!?」
コーデリアが叫び、俺の肩を掴んだ。
そんな気は毛頭ない。だが、リスクの跳ね上がる危険な選択であることは否定できない。俺が彼女の手を払って背を向けようとすると、
「ダメだ! 行ってはダメだ! どうしたんだユーリ、そんな自己犠牲の塊みたいな無茶な行動、いつものお前らしくないだろう!? 十年間お世話になったこの村のみんなを、命を懸けて守るためか? それとも、ここで燻っていた十年のニート生活の精算のつもりか!? 理由が何であれ、そんなの絶対にダメだ! 私は絶対に、お前を一人で行かせたりしないぞ!」
そう叫ぶと同時に、コーデリアは俺の右腕を、自らの胸元へとギュッと力任せに抱き寄せた。
___今は、彼女はあの白銀の頑強な甲冑を着ていない。薄っぺらい布地のアンダーウェア一枚を隔てただけで、彼女の特定部位(女の子としての抜群のボリューム)の驚くほどの柔らかさと温もりが、ダイレクトに俺の右腕へと伝わってくる。
(……あ、これ凄い。めちゃくちゃ良い匂いするし、健康な男子の本能として、できればあと一時間くらいこのままの状態で密着していたい。……いや、さすがに今はそんなラッキーを楽しんでいるどころの騒ぎではないな。非常事態だ)
俺は未練を残しながらも優しく腕を引き抜くと、真面目な顔で彼女を見つめた。
「安心しろ、死にはしない。最悪の場合、俺には…師匠の仕掛けた侵入者をまとめて消し飛ばす最後の切り札がある。ただ……」
「ただ、何だ?」
コーデリアがはらはらと見つめ返してくる。
「……それを使うと、周辺の地殻の構造が完全に変わって、我が家の源泉が永遠に止まる可能性があるんだ……」
「――絶対にダメじゃないかぁ!!!」
コーデリアは、リビングに響き渡るほどの凄まじい絶叫を上げた。我が家の温泉を日々の激務の最高の逃避手段とする彼女にとって、ここの源泉の消滅は魔王の復活よりも恐ろしい事態らしい。
「要約するぞユーリ。つまりお前は、最悪の場合、その『大賢者様の残した防衛トラップ』を起動して、魔族軍を一撃で消し飛ばす秘術が使えるのだな?」
「……まぁ、そういうことにしておいてくれ」
嘘である。裏山にそんな都合のいい自動迎撃システムの仕込みなんて一ミリも存在しないが、俺がこの手で戦略級の広域破壊魔法を本気でぶち込めば、一千の魔族軍など文字通り一瞬で跡形もなく消滅させられるのは事実である。
「しかし、今すぐ駐屯地に正規軍の連絡を入れたり、村民の大規模な避難を始めたりすれば、この温泉村は王国の軍勢と魔族が激突する悲惨な戦場になり、今後長期にわたって人が二度と住めない焦土になる。――それを完璧に回避し、かつ、我らの愛する最高の源泉を守り切るためには。リスクを冒してでも、奴らが村の境界に到達する前に、隠密裏に正面から軍勢を撃退するしかない。――そういうことだな?」
建前としてはそんなところだ。
ただ、一見無謀にも単騎で迎撃に出ようというのは、この村への魔族の襲来という事実そのものが、この砦の戦略的重要性を激変させ、俺のFIREライフの前提条件を脅かす可能性があるからだ。
なので、一応タイムリミットを設定した上で、できれば魔族の襲来自体を表に出さず、自分だけで解決したいというのが俺の本音だった。
「まぁ、勝算は十分にある。不覚を取らないという保証はどこにもないがな」
コーデリアは、腕を組んでフムと少しだけ考えるような仕草を見せた。が――。元々その強靭な筋組織と野生の直感によって大半のスペックが占められている彼女の脳細胞では、下手に論理的な戦術を組み立てるよりも、肉体の本能に従った方が何倍もマシな最適解が出る。案の定、
「――よし、分かった。私も行くぞ、ユーリ!」
と、最高に脳筋らしい、しかし騎士としてこの上なく男前な決断を下した。
「だいたい、いくら神話級の怪しい装備を持っているとはいえ、お前は所詮は【後衛の魔道士職】だろう! そんな奴が単身で前線へ突撃して、もしモンスターの群れに完全に周囲を囲まれたらどうするのだ!? たった一人でも、お前の前に盾となる【前衛職】がいるだけで、その作戦の生存率と成功率は、戦術的に天と地ほど跳ね上がるのではないか!?」
……確かに、彼女の言う通りだ。
いくら後衛用最強クラスの防具を装備しているとはいえ、俺の本質はMP極振りの紙耐久・後衛職だ。前線でヘイトを稼いで敵の足を止めてくれる、信頼できる優秀な前衛であるコーデリアがいるかいないかでは、俺の魔法の詠唱速度と安全マージンには雲泥の差が生まれる。
「――はぁ。分かったよ。お前のその頑固さに付き合わせてやる」
俺はため息を一つ吐くと、手元の水晶球を素早く操作し、かっきり二時間後に村長の自宅と隣町の駐屯地に対して、魔族軍襲来を自動で伝える通報が入るようタイマーをセットした。これは万が一、俺たちが前線で不覚を取って全滅した場合に備えた、管理人の便利な自動保険機能である。
そして、俺は台所の床の木目の切れ目に手をかけると、「よっこらしょ」と、普段は封印されている隠し床下収納の頑丈な扉を持ち上げた。
その床下の闇には――一本の、禍々しい漆黒の大剣が鎮座していた。こいつは常に周囲の熱量をじわじわ奪い去る、凄まじい暗黒冷気を放ち続けているため、普段は夏場の生肉や生魚の鮮度を保つための『最高級の冷蔵庫代わり』として重宝していたシロモノだ。
「――ほら。今夜は激しい戦いになる。お前はこいつを持っていけ」
かつて勇者ガイウスの天剣と、剣聖レオンの聖剣を、真っ向から受け止めて刃毀れ(はこぼれ)一つしなかった伝説の最凶魔王剣――『アビスキャリバー』を、床下から引き抜いてコーデリアの胸元へと放り投げてやった。
「ふ、ふおおおおお……っ!? 何だ、何なのだこれは……!? 初めて握る剣のはずなのに、妙に、恐ろしいほどしっくりと我が手になじむぞ……! まるで、前世からの運命の相棒にようやく巡り会えたかのような感覚だ……!」
マジかよ。確かに、こいつの中に詰まっている前世の魂が、かつて異世界で大暴れしたという本物の魔王の転生だったと言われたら、全く信じられなくもない。
魔族が信奉するのは「力」であり、もっとも分かりやすく魔族を服従させる「力」とは、自らの肉体をもって他の存在を破壊する物理的な強制力、すなわち筋肉を最大限に活用した直接攻撃力というのが、魔族社会の伝統であるからだ。
十年前、俺たちが命がけで倒したあの魔王も、開幕直後は広域火炎放射だの高位魔術だのといった小賢しい遠隔攻撃を仕掛けてきたけれど、最終盤、完全にキレてこの大剣をガムシャラに振り回して脳筋物理攻撃の戦闘スタイルに切り替えてきた時が、戦闘力的にはダントツで一番手強かったからな。
コーデリアは驚異的なスピードで自らの白銀の鎧を身に纏い、その魔王剣を正しく鞘へと収めた。
かくして、夕刻の温泉村を襲わんとする空気を読まない魔将軍を迎撃するための最凶バディの準備は100%整った。
「いくぞ、コーデリア! 」
「ああ、ユーリ! 派手にかましてやろうじゃないか!」
俺とコーデリアは、我が家の可哀想な玄関のドアを勢いよく蹴り開け、魔族の一千の軍勢が待ち受ける、夕日に染まる黄昏の戦場へと向かって弾丸のように駆け出した。




